子供相手に
学院の帰り、今日はリアンの住んでいる離宮でお茶会を開いているんだけど、メイドがリアンに何か耳打ちして、リアンが眉をしかめた。
「今は、客人が来ているのじゃ。お引き取り頂こう」
その言葉から、誰かがやって来たと言うのはわかるが、リアンがこんなにも明確に眉を顰めるなんて、誰だろう。
メイドが離れていくと、リアンは肉じゃがを優雅に食べながら、はぁ、とため息を吐き出す。
絵面が色々おかしい。
「リアン、どなたかいらしたのでしたら、わたくし達はお暇いたしますわよ?」
「かまわぬ。どうせろくな用事ではないからの」
「どなたがいらっしゃったのですか?」
「母上達じゃ」
「……達?」
「母上が、兄上の後宮の妃を数名引き連れてきているそうじゃ」
「「「うわぁ」」」
思わずドン引してしまう。
そういう物は、事前に訪問しますがよろしいですかって、お伺いを立てておくものだ。
たまたま今日はリアンの所で女子会だからいいものの、もし他の家で女子会をしていたら、空振りに終わるわけだし。
いや、そもそもリアンの所で女子会をするのってあんまりないし、狙ってた?
可能性はある。なんといってもわたくし達のお茶会は、良くも悪くも有名だ。
そんな事を考えつつ、のんびりとお菓子(一部おかず)を食べつつ、今日の授業の内容や、次のお茶会の打ち合わせをしていると、廊下の方が賑やかというか、騒がしくなってきて、何事かとわたくし達が視線を向ける。
そうすると、バン、と音を立てて扉が開けられた。
「何事じゃ」
リアンが不愉快そうに声を出すと、そこには厚化粧の女の人と、その後ろに同じように厚化粧の女の人達。
ひと悶着あった後なのか、この離宮のメイドや護衛の人と、それぞれ連れてきたであろう人達がにらみ合っている。
「メイベリアン。母親が折角来てあげたというのに、門前払いとは何事です。妾に恥をかかせるつもりですかっ」
「おや、門の前に来てからいきなり先ぶれを出すような、そんな無礼者を追い返して何か悪い事でも?」
「お前っ、母を敬う気持ちがないのですか!」
「そう思うのであれば、今後は最低でも前日に予定を確認して欲しい物じゃな」
リアンが馬鹿にしたように言うと、リアンのお母様は眉間にしわを寄せる。
あ、厚化粧にひび割れが。
「ふん。流石は陛下に取り入るような卑しい子供ですね。こんな子供が妾の子供など、虫唾が走ります」
「では、何度も妾の所に来なければよいのではないかの」
「本当に生意気ですね。言うだけは一人前ですか。母親に逆らうなど、家庭教師は何をしているのです」
「兄上が手配した家庭教師に、何か文句でもあるのかの?」
「っ……。そ、そんなことより。そこにいるのは陛下に尻尾を振る雌猫ですね」
そう言ってリアンのお母様が、嫌悪感たっぷりにわたくしを見てくる。
よく見れば、その後ろにいる(多分)グレイ様のお妃様達もわたくしをめちゃくちゃ睨んできている。
うわー、いい大人が子供相手にガンつけてくるとか、ないわぁ。
「妾の親友が、なんじゃと?」
「有名な話ではないですか。年端もいかない小娘が陛下に取り入り、自分の家に有利に取り計らってもらうよう、体を使っていると」
それ、逆を言えばグレイ様が幼女趣味で、簡単にハニートラップに引っかかる馬鹿だって言っているようなものだけど、いいの?
案の定、わたくしだけじゃなく、リアンもクロエもリーチェも呆れた視線を向ける。
子供がわかるのに、大人がわからないとか、あきれてものが言えないわ。
「母上は不敬罪で罰せられたいのかの。後ろにいる兄上の妃達も同じ要件なのじゃろうか?」
「何を言うのです。妾達は身の程知らずの子供に、わきまえるようにわざわざ注意しに来たのですよ」
「九歳に満たない子供を、大の大人が取り囲んで? それは何とも、大人げないの」
リアンがわざとらしくため息を吐き出す。
あ、また厚化粧にひびが入った。
「ああ言えばこう言う。子供は大人しく大人の言う事を聞いていればいいのです。お前も、妾の言う事を聞いて、使用人を連れて離宮に戻って来なさい」
「妾は兄上の許可を得てこの離宮に移って居る。使用人も、希望者を連れてきているにすぎぬ。母上の人望がないのではないかの? そもそも、使用人を連れて出る時、母上は『どうでもいい、すぐにもっと優秀なものを手配する』と言っておったではないか」
「それはっ」
「どうせ、妾の所のコックが作る珍しい料理が目当てであろう?」
「うるさいっ。いいから妾の言う事を聞きなさい!」
「何度も言うが、お断りじゃな」
リアンが馬鹿らしいと切り捨てる。
前から聞いてはいるけど、本当にこの会話は何度も繰り返しているっぽいな。
しっかし、ここに乗り込んで来た目的が、わたくしを囲んで吊し上げする事なのか、コックを連れ去る事なのか、どっちやねん。
まあ、後ろにいるお妃様達は相変わらず、めっちゃわたくしを睨んできているけどね。
「はあ、この事はいつものように兄上に報告させてもらうが、今日は兄上の妃達も連れてどうしたのじゃ?」
「だから、そこにいる雌猫に身の程をわからせに来たのです」
リアンのお母様の言葉に、後ろにいる女の人達が頷く。
しっかし、ここまでリアンしか喋ってないのって、一応先王のお妃様であるリアンのお母様の身分を考えて、なんだけど、いい加減自己紹介してくれないかね。後ろの人達もな!
「本当に、陛下に取り入るなど、なんてはしたないのでしょう。年端もいかぬ子供だと言うのに、娼婦の真似事などして」
「まったくですわね。陛下もこのような子供、切って捨ててしまえばよろしいのに」
「怪しげな商売をして、卑しいったらありませんわ」
「きっと陛下も騙されているのでしょうね」
「ここにいる皆様は、平民の人気取りでお忙しいですもの。子供ながらに人気取りだけはお上手で」
一気にうるさくなったな。っていうか、スタンバってたのか?
グレイ様のお妃様だし、こっちは子供だし、一応は身分を考えて黙っているけど、クロエとリーチェの握っている扇子がミシっていったぞ。
「ほう? 名乗りもせずに、子供相手に言いたい放題。兄上の妃は随分と陰湿じゃな。これでは兄上がツェツィに癒しを求めても仕方がないの」
「「「「「なっ」」」」」
「母上も、妾の親友達に対して名乗りもせずに、無礼だとは思わぬのか?」
「なんですって?」
リアンのお母様も、グレイ様のお妃様も、ここまで言われて名乗らないんだなぁ。
いっそすごいよ。
「それで、用事がそれだけなのであれば、もうお引き取りしていただきたいのじゃが?」
リアンがそう言って扉の方を見ると、先ほどまでいなかった人が姿を現す。
まあ、グレイ様なんだけどね。
「ここで何をしている?」
「「「「「陛下!」」」」」
「まあ、陛下。ご機嫌麗しゅうございます。本日は、妾の娘の顔を見に来ましたのよ」
「顔を見に? それにしては、随分珍しい組み合わせだな?」
「ほほほ、たまたまお茶会をしていたところでしたが、メイベリアンが学院の友人と帰って来たと聞いて、ご挨拶に来ましたの」
「挨拶か。なんでも、断られたのに無理に入ったと報告を受けたが?」
「それは間違いですわ。それに、母親が娘の離宮を訪れるのに、何の許可が居るのでしょうか?」
「ここは、メイベリアンに私が与えた離宮。同じ後宮に住んでいるとはいえ、最低限の礼儀は守るべきだな」
「母上達はツェツィ達に名乗ってもおらぬしの」
「それはまた。この人数で幼い子供を一方的に責め立てていたと?」
「そのようなことはっ」
「そうなのか? 顔を見に来たのであれば、用事は済んだだろう。即刻この離宮から出て行くように。以後、そなた達がこの離宮に近づくことは許可しない」
「どういうことです?」
「報告は上がっている。何度もこの離宮の使用人を無理に引き抜こうとしたり、挙句の果てには脅したりしたそうだな」
「なっ」
そんなことしていたのか。そこまでしてレシピが欲しかったのかね?
リアンのお母様は、顔を盛大に引きつらせている。あー、厚化粧が崩れてるよぉ。
「娘の使用人を奪おうとするなど、親としての恥を知れ」
「くっ……」
ギリっと歯を食いしばった音が聞こえた。
リアンの話だと、見栄っ張りだっていうしねぇ。
お茶会も、無意味にやたらと開いて、自分の娘はグレイ様に特別に目をかけられているって、他の人に自慢しているそうだし。
コックを引き抜きたいのも、物珍しいお菓子を出して、自慢したいんだろうな。
「お前達も、お茶会を開いたり、招待されて出席する自由は与えているが、招かれもしない離宮に訪問するなど、礼儀がなっていないようだな」
「わ、私共はついて来いと言われただけです」
「そうです。先王のお妃様のご命令に従ったまでです」
必死に言い訳を始めるお妃様達に、グレイ様が冷たい視線を向ける。
「兄上、その方々は、随分と好き放題言うてくれたのじゃ」
「どんなことだ?」
「そうじゃな、母上はツェツィの事を雌猫と言ったの。妃達も否定はせなんだ。娼婦と言ったり、切り捨ててしまえと言ったり、卑しいと言ったり、妾達を平民の人気取りをしているとか、ああ、兄上が騙されているとも言っておったの」
「なるほどな。随分と躾がなっていないようだ」
グレイ様の言葉に、お妃様達が慌ててグレイ様の傍に我先にと近づく。
「陛下、言葉の綾でございます」
「私は止めたのでございますよ」
「決して悪く思って言ったのではございません」
「陛下、お疲れでございましょう。今からわたくしの離宮に参りませんか?」
「子供にかまけるなど、陛下の貴重な時間がもったいのうございます」
しなだれかかるようなお妃様達に、内心で必死だな、と呆れてしまう。
うわぁ、子供の前で「今夜は私の所に」とか言い始めたよ。
そんでもって言い合い始めたよ。キャットファイトになるのかねぇ。
「私は忙しい。お前達に無駄な時間を使う暇はない。今すぐこの離宮から出て行け。さもなければ、お前達は当面、与えた離宮から出ることを禁止する」
グレイ様の言葉にお妃様達が黙る。
そんなことになったら社交が一切出来なくなるからねぇ。
夜会にも出席出来なくなるから、お妃様としても終わっちゃうよね。
正妃が居ない以上、お妃様が執務をしなくちゃいけないんだけど、グレイ様の話では一切、本当に、一切してないって話だもんね。
今はメイド長が代理でしているらしいよ。出来ない部分はグレイ様がやってるんだって。
いやぁ、大変だね。
そんで、正妃の執務を一切補助しないお妃様の仕事といえば、貴族のバランス調整という名のご機嫌取りと、子作り。
それでも、お妃様達は、貴族のそれぞれの派閥争いをしている所から送り込まれているわけで、自分の派閥の貴族を贔屓するわけだ。
子作りはグレイ様が避妊薬を飲ませているっぽいしね。そもそもやってないそうだし。
思いっきり役立たずじゃないですか、やだー。
グレイ様に冷たい目で言われたお妃様と、リアンのお母様が、主に、わたくしを睨んでから部屋から出て行った。
グレイ様はそのまま部屋に残り、わたくしの方に来ると、慣れた手つきでわたくしを抱き上げ、膝の上に乗せると、ため息を吐き出す。
「全く、報告を受けて来てみれば、ろくでもないな」
「兄上も大変じゃな。じゃが、忙しいのであれば執務に戻るべきではないのかの?」
「休憩だ」
グレイ様はそう言って、わたくしが飲んでいたカップを取って、中身を飲み干すと、手を伸ばしてわたくしが食べているパンケーキを切り分けると、そのまま口に運んだ。
いやね、確かにわたくし達が作ったし、わたくしが食べていたから安全とはいえ、平然と……。
っていうか、わたくしのパンケーキ!