認識を改めないとね
「ツェツィ、この材料は肉じゃがを作るのかの? それにしては、いつものしらたきはないようじゃな」
「この謎の粉も、なんだか刺激的な香りがしますわね」
「いくつか見知った香辛料もありますが、何を作るんですか?」
「ふっふっふ。今日はカレーを作るのよ。カレー粉の材料になるスパイスを仕入れるのに結構苦労したけど、グレイ様に紹介してもらった商人はいい仕事をしてくれたわ」
本当は、八歳の誕生日までにって色々してくれたけど、結局間に合わなかったからって、誕生日プレゼントは新しい扇子と髪飾りをくれたんだけどね。
それでも、商人にいろんなものを探させるのは続けていたみたいで、グレイ様に話した果物じゃないけど、東方の国にあるっていう香辛料を持ってきてくれて、カレー粉の材料がそろったっていうわけよ。
ある程度はこの国にもあったんだけどね、肝心のクミンが無かったんだよ。いやぁ、手に入ってよかった。
「そのカレーという物は、どうやって作りますの?」
「ツェツィ、その材料の大量生産は可能かの?」
「味が想像出来ませんね」
「クミンの種ももちろん買ったから、リアンに後で渡しておくね。カレーはまずカレー粉を作るところから始めるんだよ。味は、わたくし達はまだ子供だから甘口にしておこう」
わたくしは、四人でコックに頼んで粉末状態にしてもらった香辛料を混ぜて行き、カレー粉を作ると、他の材料も切って行く。
最近は、リアン達も包丁の扱いに慣れてきたよね。
今回は初めての料理だから、わたくしに聞きながらでテンポは少し悪いけど、初めての調理ってそんなものだよね。
最近では、火を使う事もコックが許可してくれているから、わたくし達が直接作業を出来るようになったしね。
材料を混ぜたり、野菜を切ったり、炒めたり、煮込んだりするので、それなりに時間がかかる。
最低限の下準備はコックに頼んでおいたけど、やっぱりこうしてじっくり料理をするとなると、長期休暇じゃないとなかなか難しいよね。
カレーを作っているから、厨房はすっかりカレーの香りに包まれている。
うわぁい、久々のカレーだよぉ。うへへ。
クリームシチューやビーフシチューは作ったことはあったけど、やっぱりカレーは別格だよね。
実に食欲をそそってくる香り、たまらん。
「カレーは万能なのよ。これからカレー粉を量産出来れば色々な料理に使えるわ」
「ほう? その色々な料理というのには興味があるが、まずはこのカレーなるものを実食せねばならぬの」
「そうですわね。刺激的な香りですし、食べるのが楽しみですわ」
「ふふ、ツェツィが私達に作ってくれる料理はどれも美味しいですよね」
「期待してくれていいよぉ。……よし、こんなものかな。ご飯持ってきて~」
わたくしがそう言うと、コックがお茶碗に白米を盛ってくれる。
あ、そっか……。今までご飯と言えばお茶碗に盛りつけるのが殆どだったよね。
「ごめん、今回はお皿にご飯を盛って欲しいの。オムライスに使うチキンライスみたいに」
「かしこまりました」
すぐさまコックが慣れた手つきで、お茶碗からお皿にご飯を盛りつけ直して持ってきてくれる。
そこに、お玉でカレーをかけて行って、かーんせーい。
「試食どうぞぉ」
もう慣れたよ。わたくしが初めて作ったものを試食されるのも。
幾人かのコックやメイドがそれぞれスプーンを持って、カレーとご飯を一緒に口に含む。
「これは、また刺激的な味ですね」
「ふむふむ、相変わらず見た目と味が合わないと言うか」
「ん~、ピリ辛でおいしいです」
「癖になる味だな。もう一口」
「あ、ずるい。私ももっと食べたい」
くふふ、案の定皆カレーの虜だね。
試食も終わったし、食堂に運んでもらって四人でカレーを食べ始める。
ハン兄様は、アンジュル商会の様子を見に行くとか言って、今日は平民街に出かけている。
カレーは大量に作っているし、ハン兄様は帰って来てから食べてもらおう。
「ツェツィ、これは革命じゃ」
「まったくですわ。これはツェツィが薦めるだけの事はありますわね」
「美味しいです。ピリ辛なのに甘みもあって、コクもあって、確かに万能かもしれません」
三人も大絶賛だね。
でもやっぱり甘口にしておいてよかったわ。
これ以上辛いと、子供にはちょっと厳しいかもしれないしね。
ん~、そう考えるとハン兄様には甘口じゃ物足りないかも?
辛さは調節出来るし、ハン兄様の好みの辛さも探っていこうかな。
「しかし、カレー粉なるものは本当に様々な香辛料を使うのじゃな」
「最低四種類ぐらいで出来ないこともないけど、コクを出したりするには、こだわりたいんだよね」
「カレー粉なるものには他にも使い道があるのじゃな?」
「揚げ物に使ってもいいし、おかず関係に使うのも出来るし、本当に色々使えるよ」
「ふむ。他の料理も楽しみじゃな」
「そうですわね」
「本当にツェツィは天才ですね。これは陛下が寵愛するのも納得という物です」
「そうじゃな。しかし、才能だけではない。ツェツィは見た目も性格も優れておる」
「まったくですわ。わたくし達もツェツィに救われていますのよ」
「そうですね。こういった女子会が無ければ、今頃ストレスでどうなっていたかわかりません」
「皆の役に立てているんだったら嬉しいな」
そう言って、へにゃりと笑うと、三人が「かわいっ」と口元を押さえて身悶える。
そうだよね。悪役令嬢だって意志のある人間だもん。
子供の頃からいろいろ我慢させられていたら、ちょっと性格がひねくれたっておかしくはないよね。
それに、リアン達は婚約者を盲目的に愛しているとかっていうわけではないし、第三者から見てもひどい婚約者に耐えてたら、ヒロインが現れたら嫌味ぐらい言うよ。
逆に嫌味だけで済ませているのがすごいよ。逆に人間が出来ているよ。
そういえば、魔法植物の暴走とか、暴走したスライムに襲われるとか、街で襲われるとか、そういうイベントをつぶすにはどうしたらいいかなあ。
魔法植物は、授業の関係上で学院に置かないというわけにはいかないし、実戦の為に魔物と戦う授業を無くすわけにはいかない。
街でっていうのは、絶対に護衛から離れないようにとかすればいいかな?
う~ん、イベントの強制力っていうのがどこまで働くかわからないし、難しいなぁ。
乙女ゲームが始まったら、グレイ様にお願いして、リアン達に特別な護衛を付けてもらおうかな。
わたくしに付けているみたいなやつ。
「学院が始まったら、またお茶会とかで忙しくなりますわね。社交シーズンほどではないとはいえ、忙しなくなるのに変わりはありませんわ」
「私達のお茶会に誘われたかどうかで、令嬢達が自慢し合うのももう慣れましたね」
「わたくし達のお茶会に出るお菓子とかお茶について、探られるのも慣れてきたわね」
「そうですね。他の家から我が家の使用人にお金を渡して、レシピを盗もうとする人もいますね」
「母上が乗り込んできて、コックを返せと怒鳴り込んでくる時もあるの」
「アンジュル商会の料理人を引き抜こうと、必死な人もいると聞きますわ」
「そういう人たちって、弟子入りするとかっていう発想がないのかねぇ」
アンジュル商会のお店では、別に料理人を募集していないってわけじゃないし、ちゃんと働けば料理のレシピも教えるんだけどな。
でも、料理人希望で来る人って、全員平民なんだよね。
貴族の家で勤めていたコックとか、誰一人として応募がないってハン兄様が言ってたもん。
グレイ様付きのコックにも、調理方法とかレシピを教えてるけど、グレイ様は基本的にわたくしの手作りがいいみたい。
それでも、グレイ様の健康を考えて、普段からもわたくし基準のちゃんとした料理を食べてってお願いしている。
あんな焦げた料理とか、どろどろの料理ばっかり食べていたら、寿命が縮むよ。わたくしの勝手な思い込みだけどね。
でも、この世界の人の寿命が短い理由の一つに、食生活も関係していると思うのよね。
ただ、グレイ様に出す料理を作るだけならともかく、夜会とかに出す料理を、わたくしのレシピで作るってなると、大変なんだって。
そんなにかなぁ? 確かに、火を通さない物は貴族の人って食べたがらないよね。
せめてサラダを口にするようになれば、大分変わると思うんだけど。
普通の貴族って果物も滅多に食べないみたいだしね。
平民は果物は貴重な栄養源で元々食べていたみたいだけど、貴族は毒の可能性を考えて、生ものは無理っていうのが多いみたい。
アンジュル商会で綺麗にカットした果物とか、果物を使ったお菓子とか作るようになって、果物の良さが改めて広まって行っている感じかな。
ジュースに関しても、平民に広まるのは早かったけど、貴族は「怪しげな飲み物」みたいに言っている人が多いし。
失礼だよねえ。
お店を出しているのが平民街っていうのもあるけど、本当に食文化に関しては、平民の方が発展し始めてるよ。
貴族は自分の認識を改めた方がいいよね。