無駄でも続けるしかない
Side メイベリアン
「メイベリアン様。ご機嫌伺いにまいりました」
「うむ」
実に面倒くさいが、婚約者である以上、義務として定期的にこのようにルーカスと顔を合わせねばならぬ。
これを断れば、妾の方に有責があるようにこの男は言いふらすであろう。
ただでさえ、妾の方が周囲からの評価が高いと文句を言っているからの。
「昨年度は、メイベリアン様はご活躍でしたね」
「兄上の妹として、当然であろう」
「しかしながら、私の婚約者である事実を優先していただきたい」
「また、妾のする事に文句でもあるのか?」
「女は男を立てるものです。ましてや婚約者以上に評価をされるなんて、淑女としての自覚があるのですか?」
「そう言うのであれば、おぬしがより励めばよいのじゃ。妾に言うばかりでは成長せぬぞ」
「王女だからと言って、自分が特別だとは思わない方がいいですよ」
はあ、どこまでいっても、自分よりも上に立っている妾が気に入らぬのじゃな。
兄上の妹として、ツェツィの親友として恥じぬよう、妾なりに努力した結果でしかないのに、それを認めずに責め立てるなど、狭量にもほどがある。
あの宰相の息子とは本当に思えぬの。
「別に妾は自分が特別だとは思っておらぬ」
「どうだか」
特別というのは、兄上のような人や、ツェツィのように才能にあふれた人間を言うのじゃ。
「学院の成績だけでなく、平民に媚を売って、王女としての自覚はあるんですか?」
何を言っているのじゃ、こやつ。
今しがた、王女であることを特別だと思うなと言った口で、王女としての自覚があるかじゃと?
「貴女が平民に何と言われているか知っていますか? 薬草姫ですよ。全く情けない。平民如きに侮られているんですよ」
「なぜ、そのように思うのじゃ?」
「貧しい平民の人気取りをしたいのかは知りませんが、陛下に領地を強請ってまで薬草を大量生産し、出荷するなど。貴族としての尊厳はないのですか」
「意味が分からぬの」
「はっ、頭がいいのではないのですか? わかりやすく言って差し上げます。平民相手に小銭稼ぎをするなど、貴族のする事ではありません」
「おぬしは、どこまで愚かなのじゃ?」
「なっ」
確かに、平民用に医薬品に使うように薬草を出荷してはいるが、その意味が分からぬのか。
「平民を気遣う事の何が悪いのじゃ」
「我々は貴族です」
「であればこそ、なおさら民に心を配るべきであろう」
妾達の王侯貴族の生活は平民の税収で支えられている。
民あってのものだと言うのに、それに心を砕かぬなど、愚か者の極みではないか。
魔法薬は確かに効果が高い、しかしながら高価な品物になる為、平民が入手することは難しい。
そのため、医師の多くは医薬品を使用する。
医薬品には薬草が使われているが、今まで大量栽培などされなかったため、それも安定した供給が無かった。
そこで、ツェツィが妾にハーブなるものと一緒に薬草を大量生産することを薦めてきたのじゃ。
土魔法と水魔法を使える魔法士を雇い、安定した供給をする事で、簡単な病に対処する薬を確保することが出来るようになり始めている。
民を守ることこそが、王侯貴族のあるべき姿じゃ。
それに、薬草の一部にもなっているハーブは、平民にはお手軽に飲めるお茶として人気が出始めている。
ハーブに関しては、貴族の令嬢にもじわじわ浸透しているし、香料にもなる為、香水の原材料にもなっているそうじゃ。
何も平民の為だけに特産物を出荷しているわけではない。
「まったく、このような王女としての自覚がなく、婚約者を立てない傲慢な王女が私の婚約者など、なんと嘆かわしい」
「今日の事、宰相に伝えさせてもらう。あ奴も自分の息子が民をそのように見ていると知れば、さぞかし嘆くであろうな」
「なっ、父上は関係ないでしょう」
「何を言う。妾とおぬしの婚約は、兄上の後ろ盾を明確にするためのもの。宰相に言うのは当然であろう」
宰相はルーカスを再教育すると言っていたが、これは本当に再教育以前の問題じゃ。
あの優秀な男でも、子供の養育には失敗するのじゃな。
まったく、兄上の為でなければ、このような男などすぐに婚約を解消するのじゃがな。
いっそ徹底的な失態を起こして、妾の婚約者に相応しくないと判断されないかの。
「口で勝てないからって、脅す気ですか?」
「妾は事実を言っているだけじゃ」
「本当に、こんな人が婚約者など、父上も厄介ごとを押し付けてくれたものです。もっと従順な女性にしてくれればいいのに」
「おぬし、間違っても外交官になるでないぞ」
「どういう意味ですか」
「この国は男尊女卑がひどいが、他国では女性が社会で活躍している国もある。そのような国でおぬしのような態度を取るものが居れば、我が国の恥になる」
「ふん、そのような身の程知らずの国に行きたいとも思いませんね」
身の程知らずと言ったか? この男。
「そなた、兄上が宰相と進めている政策を、知らぬのか?」
「いくら私が優秀でもまだ八歳ですよ。知るわけがないじゃないですか」
その言葉に頭が痛くなる。
兄上が戴冠してから進めている政策こそ、女性の社会進出だというのに。
今の貴族の女性が就ける仕事と言えば、メイドや家庭教師ぐらい。あとは人数が少なくなるが、女性の護衛につくための女騎士じゃ。
優秀であれば魔法士として働くことも出来るが、それでも男よりは人数が少ない。
他国の情勢を鑑みて、我が国も女性の社会進出を、社会的地位の確保をすべきだと、そう動いていると言うのに、この男は。
確かに、お茶会を開かぬ男では噂に疎いかもしれぬが、この話は有名なものじゃぞ。
改めてルーカスの愚かさを思い知る羽目になった顔合わせが終わり、妾はラベンダーティーを淹れて口に含む。
疲れた。とにかく疲れた。
本当に、あの愚か者と婚約解消が出来ないか、兄上に聞く必要があるの。
そのためには、兄上の役に立てるよう、よりよい婚約者候補を探さねばならぬ。
はあ、ツェツィが領地から戻ってくるまで女子会もないし、この鬱憤はどう晴らしてくれようか。
◇ ◇ ◇
Side グレイバール
愚か者達だと思っていたが、ここまでだったとは。
再教育がうまくいくとかいう問題じゃないぞ、これは。
まだ子供なのだから、矯正の可能性があると思っていたが、二年経っても成長の兆しが見えない。
メイジュルに至っては見張りを置いているからか、部屋から逃げ出すことは出来ないが、家庭教師の話を一切聞かず、挙句の果てに『俺は王族だぞ。不敬罪で処刑されたくないのなら出て行け』と、私の派遣した家庭教師を怒鳴りつけるそうだ。
ルーカスは、誰に吹き込まれているのかは知らないが、異常なまでの男尊女卑の考え方で、貴族至上主義で、とにかく自分が優位でないと気が済まないようだ。平民の事も見下す以前に道具のように見ているのかもしれない。
なによりも、数年前から政策として公布しているものを知らぬなど、本当に宰相の子供なのか?
ラッセルは、自分の婚約者を放置して幼馴染に貢いでいる。しかもオズワルド侯爵家からの支援金で。商品の代金の支払いも、オズワルド侯爵家に回すように手配していたそうだ。
調査したところによると、幼馴染というのは本当に病弱で、あと数年も生きられないらしい。だからといって婚約者よりも優先する必要はないのだがな。
このまま再教育を続けて、成果は見込めるのだろうか?
三人の婚約者が優秀だと評判になればなるほど、三人の愚かさが際立っていく。
乙女ゲームとやらの悪役令嬢を救うと言うのが、ツェツィの希望なのだから、メイベリアン達に関してはツェツィに任せておけばいいかもしれない。
とはいえ、ツェツィの言ったようにあの愚か者達が、もっと言うのであればメイジュルとルーカスが婚約破棄をすると言い出したら、最悪だ。
メイジュルがクロエール嬢に婚約破棄を言い渡せば、王族は貴族を馬鹿にしていると捉えられるし、ルーカスがメイベリアンに婚約破棄を言い渡せば、王族が軽んじられていると捉われる。
どちらにせよ王家の信用はがた落ちだ。
しかも、ツェツィの話では婚約破棄の理由が実に下らないし、大半がでっち上げ。
だが、本当に最悪なのは逆ハーレムルートなるものだ。
我が国は確かに、男が愛人を作ることは多いが、国王と王太子をのぞき、一夫一妻制だ。
光属性を持った貴族令嬢が、複数の男と関係を持つなど、あってはならない。光属性の魔法には、治癒魔法も含まれるため、神聖視されているのに、その使い手が淫乱など、民や貴族になんと説明すればいいのだ。
「愚息が申し訳ありません」
「いや、ここまでとは。私もメイジュルを侮っていた」
頭を下げてくる宰相と一緒に、重いため息を吐き出す。
ツェツィの言っていた、シナリオブレイクという物に期待をしていたのだが、無理そうだ。
しかし、ここで再教育を止めても、状況が好転するとも思えないな。
「三人の愚か者については、今後も継続して様子を見ることとする」
「かしこまりました」
もし、乙女ゲームの結末がツェツィの言う通りなら、最悪国を騒がせた内乱罪として牢屋行だな。
ただでさえ、ツェツィを正妃にする為に貴族を統制しなければいけないんだ。
身分的には問題はないが、やはり年齢だな。
十歳も離れているとなると、早々に正式に婚約を結んで発表するわけにもいかない。
デュランバル辺境侯爵には、私の正妃にすると言い含めているから、婚約の申し込みは全て断るだろうが、ツェツィが他の男に目移りしないとは言い切れない。
ツェツィは可愛いからな。男どもが放っておかないだろう。
いや、メイベリアン達がガードするから逆に安全か?
あの三人は私に味方をしてくれるそうだしな。