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モブって何だっけ?

 魔の森に隣接している我が辺境侯爵家には、代々の習わしがある。

 それは、子供、強いて言うのであれば五歳前の純粋な心を持つ子供が、魔の森にある聖なる祠に、自分の成長と、魔の森の平穏を祈ると言うものだ。


「ツェツィはまだ四歳になったばかりなのに」


 わたくしと手を繋いでいるハン兄様がそう言ってため息を吐く。

 確かに、わたくしはまだ四歳になったばかりだけれども、兄達が領地に帰省するタイミングを考えれば、決して早いとは言えない。


「大丈夫よ、ハン兄さま。今日の為にはやおきをして、お花をつんだのよ」

「朝露がどうのとか言っていたよね」

「ええ、ロブ兄さま。ファンタジーにはそういうようそが大切なの」


 前世の記憶を取り戻してからというもの、わたくしは今のように多分通じていない言葉を使うけれど、熱心に読んでいる御伽噺なんかの影響だと、なぜか不思議パワーで受け入れられている。

 魔の森に行くという事で、辺境侯爵家お抱えの騎士団が護衛についているけれど、今回の人選はいい意味でもめた。

 騎士団の誰もが自分が行きたいと言い出した為、対応が面倒になったお父様が、軽い武闘大会を開き、上位十名を連れていくという事にしたのだ。

 初めて見る武闘大会に興奮したわたくしは、優勝した騎士団長のほっぺにお祝いのキスをしたのだけれど、そのせいで騎士団長は部下にネチネチ嫌味を言われたとか。

 なんだかごめんなさい?

 二時間ぐらい歩いていると、聖なる祠に到着した。

 うっそうとした森が続いていたのに、この場所だけ大分開けていて、その中に手入れがされている祭壇があった。

 祠っていうから、もっとしっかりとした建物だと思っていたから、ちょっと意外だった。


「さ、ツェツィ。お祈りを」

「はい。おとうさま」


 ハン兄様の手を離して、早起きをして摘んだ花束を持って祭壇に向かって、お花を捧げて目を閉じて祈る。

 どうか、わたくしの人生が平穏でありますように。魔の森が、平穏でありますように。

 それと、いつかでいいので、聖獣や魔獣と会えますように。

 最後の祈りは、完全に欲望に塗れたものだけれど、誰も聞こえていないからいいよね。

 祈りが届くように目を閉じて胸の前で手を組んでいると、聖なる祠が光り輝き、その光の中から白銀の光を纏う長身で神々しい美形が現れ、祠の影から黒金色の闇を纏うこれまた長身の神々しい美形が現れた。

 えぇ? だれこれ、祠から現れるとか、不審者?


「ち、父上っ」

「子供達を守れ!」


 ロブ兄様の声に、お父様がハッとしてように騎士に指示を出す。

 とはいえ、二人の放つ圧倒的なオーラに圧されているかのように、その動きはじりじりとしたもので、ちょっと動くだけでも息も絶え絶えと言った感じだ。

 不用意に動けば殺されるのでは、という気配が感じられて、お父様を見ると、顔色は悪いし、脂汗さえ浮かんでいる。

 ちょっと離れた位置で、騎士に守られる形になっている兄様達は、目に見えて震えている。

 確かにびっくりしたけど、そんなに? と思わなくもない。

 しかし……


「すごく、きれい」

「ツェツィ!?」


 わたくしが声を出したことで、お父様が慌てた声を出す。


「おとうさま、あの人達はだぁれ?」

「それはっ」


 お父様が焦ったように言うけれど、正体を知っているのかな。

 しかしながらお父様は動こうとしないので、わたくしはこちらを見て微笑みかけてくる二人に声をかける。


「あの、わたくしの言葉が、わかるかしら?」

『むろんだ、愛し子よ』

『そなたの声が届かぬことなどない』


 返された言葉に、やっぱり、と目を輝かせる。


「おとうさま、あの二人、声もすてきよ」

「いや、何も言っていないだろう」

「え、でもちゃんと話して。……あ、わたくしにしか聞こえていないのかしら?」

『我らの声は愛し子にしか聞こえない』

「やっぱりそうなのね。おとうさま、わたくしにだけわかるみたい」

「本当か?」

「ええ」


 わたくしが頷くと、お父様は警戒しつつも、二人を見る。


「えっと、あなた達は、だぁれ? どうして聖なる祠に住んでいたの? 元からそこに住んでいるの?」

『いいや、ここは単なる中継地点に過ぎない。今は愛し子に加護を与えるために来た』

「加護?」

『まさか魔王も来るとは思わなかったがな』

「……魔王?」


 白銀の人の言葉に目を瞬かせてしまう。

 魔王と言えば、二百年ほど前に、勇者によって封印されたとされているはずだ。


「え? 封印は?」

『そのようなものはされていない。先代の愛し子が、大人しくしてほしいと言ってきた故、身を潜めていただけだ』

「そう、なの」


 御伽噺というのは、多大に脚色されるものだけれども、封印自体がされていないとなれば、パニックが起きるのでは?


『しかし、聖王と魔王の加護を同時に受けるなど、確かに稀有であるな』

「聖王……」


 魔王は魔獣の王と言われているから、聖王は聖獣の王かな?

 さっき加護って言っていたけど、モブの私には重すぎない?

 読んだ本では、聖獣や魔獣と契約する人間は少ないけど居ないわけではないし、加護を受ける人間もいるとあった。

 でも、高位の聖獣や魔獣になればなるほどその数は格段と減っていくとあったから、聖王と魔王の加護とか、究極のレアなのでは?

 ……わたくし、モブよね?

 なにそのラスボス的能力。いや、『デッド・オブ・ラブ』にはフレーバー的に戦闘イベントはあるけど、ラスボスとかは存在しないんだけどね?

 僅かに頬を引きつらせていると、聖王と魔王の視線がお父様に向けられた。

 少し間があって、クツリと二人が笑う。


『今代の愛し子は、家族に愛されているようだ』

『うむ、なによりだな』


 そうだよ、お父様も兄様達もわたくしにゲロ甘だよ。


『では、人間達が我らの威圧に耐えきれずに失神する前に用事を済ませよう。愛し子よ、こちらに』


 優しく見つめられてそう言われるけど、わたくしの前には不動のお父様がいる。

 でも、ここでいかないっていう選択肢ってあり?

 しばらく考えて、わたくしが動かなければ、いつまでも聖王と魔王は動かなさそうと判断した。


「わかったわ」


 お父様の横を通り抜けた瞬間、お父様が慌ててわたくしの名前を呼んだけれど、わたくしは振り返って安心させるように笑みを浮かべる。


「大丈夫よおとうさま。ひどいことはされないと思うわ」


 そう言って聖王の所に駆けていく。

 近くで見ると、改めてかっこいいな。会ったことはないけど、神様がいるとしたらこんな感じなのかもしれない。

 うん、めっちゃ神々しい。


『我が名はフェルドリクシュティール。我は愛し子を守る盾。我が力がある限り、愛し子は毒や病に侵されることも、傷を負う事も無い』


 その瞬間、白銀の光がはじけてわたくしの体の中に吸い込まれて行った。


「ありがとう。ふぇるどり……りしゅて……」


 うぅ、四歳児の活舌なめんなよっ。


「えっと、シュティって呼んでもいいかしら? その、もうしわけないのだけど、お名前がむずかしいの」

『構わぬよ。愛し子に呼ばれるのであれば、どのような名前でも』

「ふふ、ありがとう。わたくしのことはツェツィって呼んでね?」

『あいわかった』


 聖王はそう言って、わたくしの頭を撫でてくる。


『我もツェツィと呼んでもいいか?』


 魔王が悔しそうに言うので、わたくしはそちらを見て笑顔で頷く。


「もちろんよ」

『そうか。ではツェツィ、こちらにおいで』


 今度は魔王に言われて、わたくしは魔王の方に歩いていく。

 こっちも聖王とはタイプの違った神々しい美形だな。

 ラスボスの風格というよりも、神様だよ、こりゃ。


『我が名はリュンディアシュトル。我は愛し子の刃。愛し子が望むのであれば、いつでもこの力を与えよう』


 そう言った瞬間、今度は黒金色の光がはじけて、わたくしの中に吸い込まれて行った。


「ありがとう。えっと、りゅんでー……しゅとー」


 だから、四歳児の活舌にはその名前は厳しいんだって!


「ごめんなさい、やっぱりむずかしいわ。ディアって呼んでもいい?」

『もちろんだとも』

「ありがとう」


 ニコニコ笑っていると、聖王と魔王が『さて』と言う。


『これ以上長居しては、人間達が本当に失神しかねないな』

『しかし、我らが傍に居ることが出来ない以上、ツェツィの傍に居る者が必要だ』

『確かに』


 そう言うと、聖王の放つ光の中から大きな白獅子が、魔王の影の中から大きな魔狼が現れた。


『何かあれば、この者達に言うと良い』


 そう言って聖王と魔王は姿が朧げになって行く。


『何かあったらいつでも呼ぶがいい、ツェツィ』

『また会おう、ツェツィ』

「またね!」


 にこにこ言い返すと、聖王と魔王わたくしに慈愛の笑みを向けて、その姿を消した。

 やりきった、と思ってお父様達を振り返ると、信じられないものを見るような目でわたくしを見てきており、兄達は気が抜けたのか、地面にへたり込んでいた。


「なんてことだ……」


 そう言って頭を抱えたお父様の胃が、なんだか無性に心配になったのは言うまでもない。

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