花より実が欲しい
「ツェツィが言っていた、世界の強制力というのを、実感するようになって来た」
「それは、メイジュル様達の再教育がうまくいっていない事?」
「ああ、学園の様子も家での様子も、報告は逐一受けているんだが、あの三人は本当に性根が腐っているんじゃないのか?」
「でも、乙女ゲームでは攻略対象なのよね。ヒロイン視点で語られるから美談だけど、別視点から見れば最悪の浮気野郎ね」
「それなのに、メイベリアン達の評判は反比例するように上がって行っている」
「いやぁ、リアンは与えられた領地をうまく利用してるし、クロエも次期女公爵としての才覚を現しているし、リーチェもしっかり自分の価値を高めてるよね」
「ツェツィがそれぞれに与えたものがきっかけだったとしても、それをうまく活用出来るのは本人の才能だな」
本当に、リアンの領地は今や国一番の香草・薬草栽培地として有名になってきているし、クロエはお父様の仕事を既に支え始めつつ自領の新しい特産物としてお菓子の原材料だけでなく、様々な果実を育て始めているし、リーチェは幼いながらに芸術センスがいいのか、多くの新人芸術家のパトロンとして有名になっている。
いやぁ、わたくしはちょっと最初のきっかけと後押しをしただけよ?
あとは本当にみんなの才能。悪役令嬢ってヒロインのライバルだけあってポテンシャル高いわぁ。
グレイ様がブルーベリージャムをつけて口元に持ってきてくれたスコーンをもぐっと食べて、しみじみとする。
「ツェツィだって、アンジュル商会の商品の発案者として有名だろう。今じゃ、流行の最先端と言えばアンジュル商会の品物だ」
「ハン兄様の手腕がすごいのよ」
「平民を中心に、いままでの食事がおかしいと気づき始める者が出て、アンジュル商会で提供される料理を参考に、調理方法の見直しもされているようだ」
「店頭販売だし、調理しているところを見せながら売っているお店もあるからね」
揚げ物関係とか、やっぱり出来たてが一番だし、行列が出来てるからストックがすぐなくなるんだよね。
「ハーブティーなるものも、薬草に馴染みのある平民は貴族以上にすんなり受け入れているようだ」
「そうだねえ。貴族の人は紅茶にブレンドしてないものはまだ抵抗がある人が多いよね」
なんだったら、平民の方が料理関係が発展しつつある状態だよね。
アンジュル商会のほとんどが、平民街に店を構えてるっていうのも原因だけど。
いやね、貴族街に展開してる店もあるんだけど、身分をかさに着て横暴に振舞われたり、○○家のツケでとかいって現金払いをしなかったりするんだよ。
もちろん、紳士淑女としてちゃんとしてる人が殆どだけど、少しでも傲慢な人がいると、それだけちゃんとした人に迷惑が掛かっちゃうんだよね。
扱っているのはほぼ食品関係と化粧品関係が少し、医療品っぽいものが少し、あとはリメイクも受け付ける衣料品店だから、平民街に店を構える方が家賃的にも見返りが大きいみたい。
リアンも貴族街に無理に店を構える必要はないって言うしね。
話しているとわかるんだけど、リアンってハン兄様ぐらい商売根性あるよね。
わたくしの素晴らしさを世に広めるのが使命、とか言っていたけど、言っている内容がハン兄様と同じなんだよなぁ。
「あ、でも砂糖の代わりにジャムを入れるのは貴族にもウケがいいね」
「もともと形がなくなるまで煮込む料理を食べていたからな、ジャムは受け入れやすいんだろう」
「殺菌魔法のかけられた小瓶に入れて販売しているけど、いい売り上げになっているってハン兄様が言っていたよ」
「クロエール嬢の経営している果樹園の利益も右肩上がりだそうだな」
「ウィンウィンだね」
まあ、他の領地でも真似をし始めているんだけどね。
前にグレイ様が言ったように、一部の貴族だけが富むのはよくないみたい。
各領地の税収に応じて、貴族から王家に納められる税額も決められるんだよね。
前国王の時代と、グレイ様が国王になってすぐの頃は、税収をごまかしたりする貴族が多かったみたいだけど、宰相閣下と協力して、そういう不正を排除して、不正をしていた貴族は爵位を下げたり、最悪領地と一緒に爵位を返上させたりしたらしい。
そのせいで、実の所王家所有の領地が結構な広さで、しかも点在しているから、管理が大変なんだって。
リアンに与えられたのはそんな領地の一つっていうわけだね。
「ツェツィ達が功績を上げていると言うのに、あの愚か者三人は……」
ついに愚か者って言っちゃったよ。わからなくもないけどね。
バラジャムの入った紅茶を飲みつつ、上目遣いでグレイ様を見ると、物憂げな顔をしている。
うん、やっぱりイケメンはどんな表情をしてもイケメンだな。
しばらく何かを考えていたグレイ様だけど、「そういえば」と思考を切り替えたのか、わたくしの方に目を向ける。
「そろそろツェツィの八歳の誕生日だな」
「そうね」
「何か欲しいものはあるか?」
「あると言えばあるけど」
「何でも言いなさい」
「ソバの実が欲しいんだよね」
「ソバの実?」
「小麦粉があるから、うどんとかパスタは作れるんだけど、ソバの実が手に入らないから、蕎麦が作れないんだよね」
「それは、どんなものだ?」
「可憐な白い花を咲かせるけど、匂いは結構きつめ。成長が早いから年に二回ぐらいは収穫出来る植物。あとは……そば茶が美味しい」
「お茶の材料なのか?」
「実を焙煎させると独特の風味と香りがあるね。栄養も高いし、妊婦さんにもいいし」
探してはいるんだけど、これだけの情報じゃあ見つからないんだよねぇ。
この辺にはないのかな?
「他に欲しいものは?」
「うーん、色々あるけど、一番欲しいものはこれかな」
「ちなみに、色々とは?」
「お刺身かお寿司が食べたい」
「それはなんだ?」
「生魚の切り身を食べやすいサイズに切ったものだね」
「流石に生魚は危ないだろう?」
「そうなんだよねえ、一応冷凍されて輸送されるお魚を見てはいるけど、寄生虫が居るかはわかんないし、醤油はあるけどワサビがないからわたくしもいまいち不安だし」
「ワサビ?」
「緑色で、きれいな水の所に生育していて、すりおろして食べるんだけど、つーんと辛い食べ物。なれないと鼻に来るんだよね」
畑で育てる方法もあるって聞いた気もするけど、そっちは作り方知らないしな。
こう考えてみると、和食って偉大だわ。日本って食文化に優れていたのね。
「一応探してはみるが、見つからないかもしれないな」
「わたくしも一生懸命探しているのだけど、見つからないから期待はしていないわ」
「そう言われるのも男としてちょっと傷つく」
「わたくし、事実ははっきり言うタイプなの」
「ちなみに、他には?」
「納豆かな」
「それは、以前に言っていた腐った大豆のことだな」
「発酵! 腐ってないから! それで言ったらチーズだってヨーグルトだって発酵食品だから! グレイ様もお気に入りの醤油と味噌も発酵食品だから!」
今飲んでる紅茶だって発酵食品なんだからね。
確かに納豆は独特の匂いがするし、粘々するけど、栄養満点なんだからっ。
こっそり作ってたんだけど、温度調節がうまくいかなくて失敗しちゃうんだよね。
挙句の果てに兄達に作ってるのばれたし。
わたくしの納豆ご飯~っ!
……いや、もう一つあるじゃない!
「グレイ様、すぐに手に入れたいものがもう一つあるわ」
「なんだ?」
「梅よ」
「梅?」
「白とか、赤とか、ピンクの花が付いて、いい香りがして、二月ぐらいに花を咲かせるのだけど、地域によって差が出るかもしれないわ。実は五月ぐらいから収穫出来るけど、梅干しにするには完熟したものがいいから七月ぐらいかしら」
「梅干し?」
「でも、青梅を使ったソーダも捨てがたいわ。どちらにせよ、梅は重要ね、うん」
「つまり、主目的は花そのものではなく、実、つまりは食品なんだな?」
「そうね。あ、でも梅の香りも好きよ」
「一瞬でも、ツェツィに色気が出たと思ったんだがな」
む、それじゃ、まるでわたくしに色気がないみたいじゃない。
でも……。
「他にも、まだこの国にはない果物系も欲しいわね。梨とか桃、柿、マンゴーにパイナップル。うぅ、考えるだけでもこの国の食事情が怨めしいっ」
「とりあえず、今言った物の特徴なんかをあとで教えてくれ。探してみる」
「そうね、お父様の伝手じゃ無理でも、グレイ様の伝手ならワンチャン?」
こんな時こそ、権力を使わなくっちゃ。
そう思って目を輝かせると、グレイ様が微笑ましいような、残念なものを見るような目でわたくしを見てくる。
……あ、もしかして国王の権力を使わせる悪女とか思われた?
「無理ならいいのよ?」
「いや、探すぐらい構わない。うまくいけば国家事業が増えるだけだからな」
国家事業にするとか、大げさだな。わたくしが個人で楽しむぐらいでいいんだけど。
あ、でもアンジュル商会でジュースとして売り出すなら大量に必要かも?
ふーむ、うちの領地もまだまだ余裕があるし、もし見つかったらお父様に相談しなくちゃね。