片鱗はこのころから
一つ、学院では有名な噂がある。
メイベリアン第三王女、クロエール公爵令嬢、ツェツゥーリア辺境侯爵令嬢、マルガリーチェ侯爵令嬢の開くお茶会では、今まで見たこともないようなお茶菓子が提供され、それまで飲んだ事も無いようなお茶が提供されると。
まあ、前世であったお菓子のレシピを、わたくしが横流しして、ハーブティーを提供しているからなんだけどね!
そもそも、リアン達だって一緒に作っているし、頭がいいからレシピはすぐに覚えたのよ。
でも、リアンは自分お抱えのコックにしかレシピを教えていないから、自分のお母様が勝手に振舞えないようにしたみたい。
そもそも、レシピを横流しし始めたあたりで、リアンのお母様とは住む離宮を変えたんだって。
理由としては、自分勝手で横暴で、過去の栄華にしがみついて周囲を見下す態度に耐えかねたとか言ってたけど、前国王のお妃様って皆そんな感じなの?
あ、離宮を変える時は、わたくしもグレイ様に口添えしたわ。
少なくなったとはいえ、ほぼ毎日使用人を怒鳴りつける声を聞いていたら、リアンに悪影響が出るかもしれないもん。
幼いながらに、既に王女としての品格を保っているリアンと、使用人を物のように扱うリアンのお母様では、圧倒的にリアンの方が人気があったみたいで、信頼の出来る使用人をごっそり元の離宮から連れ出したんだって。
まあ、そんなこんなで、わたくし達四人のお茶会に招待されることは令嬢達の間でステータスになっていて、社交界シーズン以外にも四人で打ち合わせして順繰りにお茶会をするんだけど、これが意外と大変なんだよね。
他の学年の侯爵令嬢以上の主催するお茶会と日にちが被らないようにとか、招待する令嬢のリストを作って、親の爵位を考えて誰主催のお茶会に呼ぶかとか、マジ面倒くさい。
令嬢によっては、お茶会のたびに新しいドレスを新調する人もいるらしいけど、リメイクっていう言葉を知らないの?
わたくし達四人は、わたくしが「どうせ子供の頃のドレスなんて、来年には着られなくなるのよ。シーズン中は数着作ってリメイクして着まわすわ」という発言から、身分の割にはそこまでドレスを保有しているわけではない。
リメイクしたり装飾品を変えたりすることで、同じドレスにあんまり見えないようにしているけど、それでも目ざとい令嬢はいて、「高貴な方々なのに、ドレスも満足に買えませんのね」なんて言ってくる時もあるけどね。
そんな時は「一度だけ袖を通してドレスを捨てるなんて、物を大事にしない典型ですね。執着がないと言えば聞こえはいいですけど、飽き性と同意義では?」と返したりしている。
別に質素倹約しろと言っているわけじゃないし。上位貴族にも下位貴族にも財政面から、真面目にドレスを新調出来ない人もいるしね。
リメイクの概念を広めていけば、そういう人もそんなに恥をかかずに済むし、アンジュル商会が手掛けるドレスのリメイクも受け付ける衣料品関係が儲かる。
アンジュル商会も、色々手掛けるようになって来たんだよ。
ハン兄様の手腕がすごい。マジでどこで覚えたんだろう。
商品の開発というか、元のものはわたくし考案のものなんだけどね。
「疲れてる時は甘い物が身に沁みますわね」
「わかるの。あの愚弟どもにはほとほと愛想が尽きる」
「再教育以前に、性根が腐っているとしか思えません」
「だねぇ。まさか公衆の面前であんなことを言い出すとは思わなかったわ」
いつものように、学院帰りの我が家でのお茶会。
そこには普段の淑女らしさをかなぐり捨て、げっそりと姿勢を崩してソファーにもたれかかるわたくし達が居る。
事が起きたのは数時間前。
授業が終わり、今日はわたくしの家でお茶会をしようと話している所に、攻略対象達が近づいて来た。
「おい」
「なんじゃ、愚弟」
ぶしつけに声をかけられ、楽しく話をしていたのを中断され、リアンがあからさまに不機嫌な声を返した。
「俺が用があるのはお前じゃない。クロエール、貴様だ」
「わたくしに? 何の御用でしょうか」
「お前のせいで恥をかかされた! ろくにドレスも買えないような公爵家の令嬢の婚約者なんて気の毒にとな。聞けば、令嬢の嗜みであるにもかかわらず、お茶会で同じドレスを着ているそうじゃないか」
「毎回同じドレスを着ているわけではありませんわ」
「うるさい! そのせいで、俺は婚約者にドレス一枚も贈れないのかと言われたんだぞ!」
「実際に、メイジュル様からドレス一着、装飾品一つ、花束一つ、メッセージカードの一枚も貰ったことはありませんわね」
「お前のようなブサイクに余計な金を使うわけがないだろう!」
婚約者への予算がしっかり組まれているはずなのに、余計とかいうとか、最悪だよね。そもそも、婚約者としての義務を怠っていると、公衆の面前で大声で自供しているって気づかないの?
案の定、教室に残っている生徒がこっちを見てひそひそと話をしている。
だいたい、普段わたくし達がドレスの事や装飾品について話していると、「着飾る事しか出来ない醜い性根」とか言ってくるくせに、ドレスを新調することが嗜みとか、矛盾してるんだよね。
「とにかく、俺に恥をかかせるような真似をするな! ブサイクのお前の婚約者に我慢してなっているだけでもありがたいと思え!」
「あら、我慢していらっしゃいますの? 何度も言っているように、穀潰しの夫を養うつもりはありませんわ。我慢なさっているのでしたら、陛下に奏上して婚約解消していただいて構いませんわ」
「ふん。お前はブサイクだが、お前と結婚すれば公爵の地位が手に入る。お前と結婚するうまみはそれだけだな」
「次期当主にはわたくしがなると認められていますのよ? 例え結婚しても、配偶者でしかなく、仕事の手助けをするのであればともかく、何もしない方に権力など与えるわけがありませんわ」
「はっ、結婚したら妻は夫に従うものに決まっているだろう。お前の物は俺のものだ。お前のようなブサイクは、せいぜい俺の役に立って日陰者としてあくせく働けばいい」
「日陰者、と言いますと?」
「お前のようなブサイクは俺に相応しくないからな。俺に相応しい女を家に住まわせるに決まっているだろう」
うわぁ、結婚前から愛人を作る宣言とか、最低。
女遊びが激しいキャラになるって知っているけど、この頃からその片鱗があったのね。
ビシっと指をさしてくる仕草に、人を指さすなんてマナー違反だとため息を吐きたくなる。
「ろくでもない戯言ですわね。今の発言はお父様にご報告いたしますわ」
「好きにしろ。貴様の家が泣きつくから婚約してやっているんだ。お前の家は俺に逆らえないんだからな」
「何か勘違いなさっているようですわね。わたくし達の婚約は、王太后様からの申し出で決まったものですわ。もっと言えば、我が公爵家の財産と地位を狙った、王太后様の実家からの申し出ですわ。王太后様を仲介になさっているので、断るに断れなかったのですわ」
ものすごく嫌そうにため息を吐き出したクロエに、メイジュル様が顔を赤くする。
「うるさい! お前のようなブサイク、俺の役に立てるだけありがたいと思え! そもそも、俺はお前と婚約なんてしたくなんてないんだ」
「でしたら、そのように陛下に奏上なさってください。我が家の立場上、余程の事がない限り、こちらから婚約解消の申し出は出来ませんもの」
「そう言いながら俺に縋るんだろう? 俺に捨てられたらお前を貰ってくれる奴なんて居ないからな」
いや、次期女公爵の配偶者になりたい人なんて山のようにいると思うけど?
教室にいる子息の何人かはこの話を聞いて目を輝かせているし。
令嬢は、今のメイジュル様の言葉に冷たい視線を送る人と、期待に満ちた視線を送る人ではっきり分かれたね。
目を輝かせている人は、第二王子の愛人になって贅沢が出来るとでも思ってるのかな?
クロエがそこまで無能なわけないじゃん。言った通りに穀潰しに贅沢させるわけがないよ。
「とにかく、これ以上俺に恥をかかせるな! いいな!」
そう言ってビシっとまた指をさして、メイジュル様は教室を出て行った。
「あの愚弟は、自分の立場を相変わらずわかっておらぬようじゃな」
「困ったものですわね。再教育も真面目に受けていないようですし、あのような方を我が公爵家に迎えるなんて、気が重いですわ。本当に、婚約解消出来ればよいのですけれど」
「メイジュル様の横暴な態度をいさめるのも側近の役目です。それを放置しているなんて、ルーカス様とラッセル様には側近候補としての自覚がおありなのかしら?」
「ただ黙って傍に居るだけでしたね。わたくし、そちらにも驚きました。彼らの態度がメイジュル様の増長を助けているのでは?」
「そうじゃな。妾も無能な夫の元には嫁ぎたくないの」
「私もです。ラッセル様はメイジュル様と同じように、婚約者の義務など一つも果たしていません。屋敷に招いている幼馴染にかかりきりのようです」
「ルーカスはまだましじゃが、婚約者の義務をろくに果たしておらぬの。側近候補とは主に似るものなのかもしれぬ」
三人が重くため息を吐き出したのを見て、目を輝かせていた生徒も含めて、改めて三人が婚約をよく思っていないと認識したみたい。
そもそも、婚約者の義務を果たさないとか、貴族として最低だしね。
そんなこんなで、ストレスがたまった時は料理でもして発散させるのがいいという事で、わたくしの家でいつものように四人でお菓子を作って、お茶会をしているわけなのだ。
八つ当たり気味に作ることが出来るという事で、メレンゲ菓子をチョイス。
卵白をひたすら泡立ててストレス発散をした。
普段は風魔法を使ったりするんだけどね、ストレス発散の為に今回は自力でやったよ。