女子会は楽しい
「ねェツェツィ。いつも貰うヘチマの化粧水と、アンジュル商会で扱っている化粧水、何が違うのかしら?」
「材料だね。ヘチマの化粧水は一週間ぐらいで使い切らないと悪くなっちゃうからね。水魔法で冷凍して、使う分を解凍すればいいとはいえ、今のところ大量生産出来るわけじゃないし」
「そうですの。けれど、おかげで肌の調子がよくなっているとメイドも言っていますわ」
「そうじゃな。アンジュル商会の方の化粧水と乳液を使うようになって、母上の怒鳴り声も少なくなっているが、妾はやはりツェツィの手作りのものがよいの」
「ふふ、ありがとう」
学院帰りのお茶会、またの名を、「ツェツィの手料理を食べる会」。
最近では作る工程も見たい、手伝いたいという事なので、三人も厨房に入ったりしている。
お料理教室みたいで楽しいね。
ドレスが汚れる場合もあるので、お手伝いの為にメイドが着るようなワンピースに着替えるのだけど、わたくしが率先して着替えているからか、さして抵抗なく着替えることを承諾してもらえた。
西洋が舞台の乙女ゲームだから、皆洋菓子系が好きかと思ったんだけど、クロエはおはぎが気に入ったみたいで、リアンは肉じゃががお気に入り。
リーチェはハンバーグが好きなんだけど、デミグラスソースよりも、大根おろしと醤油の和風が気に入っているみたい。
一応一緒に作ってるから作り方は知っているはずなんだけど、なぜかわたくしが作ったっていう部分に拘りがあるみたいなのよね。
「そういえば、ラッセル様の噂聞いた?」
「もちろんですよ。例の病弱な幼馴染を屋敷に引き取ったという物ですよね」
「そうそう」
「一応婚約者ですから、どういうつもりかと聞きましたが、『彼女は病弱なんだ。俺が守って何が悪い』と言われました。もういっそ、この事を理由に婚約解消をしようかと考えています」
「それも良いかもしれぬな。その状況では、万が一結婚した場合、その娘を愛人にしそうじゃ」
乙女ゲームにその病弱な幼馴染なんて出てこないから、この先亡くなるのかな?
それならそれで、ヒロインとの会話文に出てきてもおかしくないと思うんだけど、無かったよね。
設定では、脳筋で褒められればコロッと落ちる楽勝キャラだったし。そんな仄暗い設定はやっぱり出てこなかったはず。
「王立学院にも通うことが出来ないほど病弱なのでしょう? お気の毒だとは思いますが、だからと言って幼馴染の屋敷に住むなんて、常識を疑いますわ」
「家族に虐げられているっていうなら話は別だけどね」
「そのようなことはなかったようです。むしろ病弱なのだからと、蝶よ花よと甘やかされて育てられているようです」
「ふーん。となると、今回の事はラッセル様のわがままなのか、そのご令嬢のわがままなのか微妙だね」
「と、言いますと?」
「残り少ない命、好きな人の傍で過ごしたい。とかそのご令嬢が言い出したかもしれないじゃない」
「ありえるの。小説ではお決まりのパターンじゃ。その後、奇跡的に体がよくなり、婚約者を振って真実の愛で結ばれた二人は幸せになるのじゃがの」
「その場合、振られた婚約者には過失はありませんわね。なのに婚約を解消されたなんて不名誉が付いて回るなんて、あんまりですわ」
「だよねぇ」
本当に、この国って男尊女卑が激しいからな。
女の当主もいるけど、ほとんどが次代までの中継ぎとか言われるし。
確かに、生理中は動けなくなる女性もいるし、妊娠すれば執務が難しくなるかもしれないけど、長子相続を認めるんだったら、女性の権威をもっと認めるべきだと思うのよね。
グレイ様も色々対策を考えているみたいだけど、頭の固い貴族に苦戦しているみたい。
「それで、メイジュル様とルーカス様の様子はどうなの?」
「変わりませんわね。相変わらず教育をさぼっているようですわ。ご本人に勉強に真面目に取り組むように言っても、『王族である俺に意見をする気か。不敬罪だぞ。そもそも、俺はお前のようなブサイクは気に入らないんだ、鬱陶しい』と言われましたわね」
「クロエがブサイクとか、メイジュル様の目が腐っているんじゃないの?」
「そうじゃな。クロエは十分に愛らしい」
「ありがとうございます。皆様にそう言われなかったら、メイジュル様の言葉を信じて自分に自信が持てなくなっていましたわ。実際に、言われた当日はかなりショックを受けましたもの」
「ルーカス様はどうなの?」
「ふん、新学期が始まってすぐのテストの結果を見たか? 妾があやつよりも成績が上であったであろう? それを見て『婚約者である私の言う事が聞けないなど、何を考えているんですか。貴女のような高慢な女性を婚約者に持つなんて、父上のご命令とはいえ、あんまりです』と言ってきおったぞ。もちろん、即日宰相には抗議させてもらったがな」
「リアンが首位だったわよね。わたくしは五位だったわ」
「ふふ、次は負けませんわよ」
「私だって、頑張ります。良い成績を残せば、それだけ両親に私の主張が認められるかもしれません」
ちなみに、二位がクロエ、三位がパイモンド様、四位がルーカス様。リーチェは七位だ。
パイモンド様はいつでもリーチェを迎えることが出来るように、地盤を固める事にしているんだって。
長子だったら、リーチェを迎え入れるのももっと簡単だったかもしれないけど、次男だしね。
リーチェの両親が、パイモンド様との婚約を認めないのも、そこら辺が関係しているんだと思う。可愛い娘に苦労はさせたくないだろうし。
優秀であれば、子供のいない親族の家に養子に入るっていう話もあるみたいだけど、どうなるのかな。
「はぁ、婚約解消したいですわ」
「そうじゃな」
「まったくです」
乙女ゲームが始まるまで、強制力で婚約解消出来ないだろうし、大変そうだなぁ。
パクリとフレンチトーストを食べながら考えていると、三人の視線がわたくしに集まっている。
なんじゃらほい。
「ツェツィは陛下との仲は進展しているのですか?」
「そっ、そんなのあるわけないじゃない。わたくしとグレイ様は年も離れているし、そもそもそういう仲じゃないし」
「けれど、毎週陛下にお会いしておりますわよね?」
「だから、それは事情があるからなんだってば」
「聖獣と魔獣を従える乙女が、国王と結ばれる。まさに絵に描いたような物語でないか」
「もうっ、リアンは恋愛小説を読み過ぎよ」
この屋敷によくやってくる三人は、もちろんヴェルとルジャの事を知っている。
といっても、三十センチの擬態状態なんだけどね。
辺境領に居た時に加護を授けてくれた、子供の聖獣と魔獣っていうのを信じてくれている。
陛下に会いに行っているのは、そんな珍しい状態に陥っているわたくしの保護が名目って言ってるんだけどな。あながち間違ってないし。
確かに、グレイ様とは週に一度会っているし、相変わらずキスしてくるし、くすぐってくるけど。
だんだんそれが楽しいと思い始めてるわたくしも居るけど、それは前世最推しのキャラだから、あの顔面偏差値とイケボにやられているだけだと思うし。
「じゃが、ツェツィは正妃教育を受けているのであろう?」
「はあ!?」
「兄上が教師を手配していると聞いておるのじゃが」
「確かに、王宮から紹介してもらった家庭教師はいるけど、えぇ?」
「この様子では、本人は知らないという感じですわね」
「陛下は外堀から埋めて行っているのでしょうか」
えぇ、でもそれならお父様や兄達が何か言ってくるんじゃない?
いくらなんでも娘の家庭教師だよ?
グレイ様の紹介とはいえ、正妃教育をしてくるような人なら、何か言ってくるのが普通だよね?
確かに、辺境侯爵家の令嬢が覚える物なのかなー、と思う内容もあったりしたけど、将来どこかの家に嫁いでも問題ないようにするためだと思ってたよ。
外国語とか、最悪国外に嫁いでもいいようにとかね。
「ツェツィは兄上の正妃になるのが嫌なのか?」
「正直言っていい?」
「なんじゃ?」
「正妃とか、面倒くさそう」
「ふっ、ふふふ。望まれているのに、女性の最高位を面倒くさそうなんていうのは、ツェツィくらいですわよ」
「でもわからなくはないですね。私だって正妃になれと言われたら戸惑ってしまいます」
「でしょー」
「くくく。兄上も気の毒じゃな」
まったく、他人事だと思って楽しんでるな?
リアンは王女だからグレイ様の正妃なんて絶対にならないし、クロエも女公爵になる事が決まっているから、正妃に望まれることはないもんね。
うぅ、わたくしの味方はリーチェだけ?
「リアンだって、他国の正妃になれって言われたらどうするのよ」
「うーむ、後宮のあれやこれやに巻き込まれるのは、正直嫌じゃな」
「ほらぁ」
「じゃが、妾も一人の王女じゃ。国の為なら人身御供に……なりとうないの」
だよねー。現在進行形で人身御供みたいな形でルーカス様と婚約してるもんね。
「そうじゃ! 先日読んだ本に、功績を上げた英雄に王女が下賜されるという物があった!」
「リアン、貴女どれだけ本を読んでいるの」
「それで、下賜される英雄は、戦いで傷が多く、王女から見ると恐ろしくて仕方がないのじゃが、一緒に過ごしているうちに、その優しさに惹かれていくのじゃ」
「王道だねえ」
っていうか、本当に恋愛小説大好きだね、リアン。
読書家なの? 空いてる時間をすべて読書に費やしているの?
そのうち自分で書くとか言いそうな気がするわ。
同人読み漁っているうちに、自分の好みのマイナーカプを求めるあまり自給自足するみたいな。
フレンチトーストを食べ終わり、紅茶を飲んで「ハフゥ」と息を吐き出す。
しかし、グレイ様は本当に何を考えてるんだろう。
外堀を埋めてわたくしを本気で正妃にするつもり?
確かに、聖王と魔王の加護を貰ってる状態なんて、国として放っておけないだろうけど、別に何もしないんだけどな。
週に一度会っているのも、わたくしが心身ともに健やかに過ごしているかを確認するためだし。
……なんだろう、義務で会ったり構われていると思うと、胸が苦しい気がする。