王立学院に入学
王立学院の入学式は、基本的に六歳の時に一度だけ。
それはそうだよね、六歳から十八歳までの一貫教育なんだし、貴族の子女しか通わないとはいえ、各学年でいちいち祝賀会なんてしていたらきりがない。
もっとも、四月の入学式と十二月の卒業式があるから、イベント的には忙しいと思うよ。
入学式は、新入生全員と、在校生の各学年の代表者が出席する。
着席する席は爵位順になっているので、わたくしは前の方に座ることになる。
リアンとメイジュル様は、リアンの方が三ヶ月年上という事もあって、リアンの方が先の席に座ることになったみたい。
メイジュル様はその事が気に入らず、さっきまで喚き散らしていたけど、今は不貞腐れた顔をして、今すぐにでもこの入学式が終わって欲しいと言うように足を動かしている。
王立学院というだけあって、入学式と卒業式にはグレイ様も出席するから、開始前にグレイ様が入場したら大人しくするしかないよね。
入学式は淡々と進んでいき、グレイ様も祝いの言葉を述べ、一時間ぐらいで終わったけど、終わった途端にメイジュル様が側近候補の二人に命令して我先にと会場を出て行ってしまい、ちょっとざわついた。
クラスの位置、わかってるのかな?
わたくし達は、このあと担任に案内されてクラスに行く予定なんだけど。
「愚弟は思った以上じゃな」
わたくしに近づいて来たリアンが、口元を扇子で隠してそう言いながらため息を吐く。
「今まで関りがなかったのですか?」
「同じ後宮とはいえ、母が違えば住まう離宮も違う。何度か顔を合わせたことはあるが、逆にそれ以上の接点はなかったのじゃ。クロエの婚約者になると聞いた時に面会を申し込んだが、妾に会う暇はないと断られた」
「そうなのですね」
リアンの言葉に、わたくしも扇子を開いてため息を吐く。
没交渉の兄弟というのも、王族や貴族では珍しい事ではないけど、どっちかっていうと、メイジュル様がリアンを避けてる感じなのかな?
「あら、ツェツィ。その扇子は初めて見ますわね」
「これですか? 入学祝に陛下に頂きました」
「まあ。流石はツェツィですね。それに、陛下の独占欲も見て取れます」
あ、わたくし達以外にも周囲に人が居るから、今のわたくしは淑女モード。
扇子にはリーチェが言うように、グレイ様専用の紋が刻まれている。
個人の紋を持つのは王族特権、通常は家紋である。
自分専用の紋や家紋があるものを相手に持たせるのは、後ろ盾を意味したり、婚約者であるアピールだったりする。
わたくしの場合は後ろ盾だよね、うん。
「皆さん、移動しますよ」
担任からそれぞれ声がかけられ、各クラスの生徒が移動を始める。
といっても、伯爵家以上の子女のクラスと、子爵家以下のクラスの二クラスしかないんだけどね。
この国の貴族は、王族を除けば、上位貴族として公爵家・辺境侯爵家・侯爵家・辺境伯家・伯爵家、下位貴族として子爵家・男爵家・準男爵家・士爵家がある。
上になればなるほど数は減って行くと考えてもらえばいいかな。
とはいえ、士爵は世襲制じゃないので、その子女が王立学院に通うという事はない。
今年は、王族が二人も入学するし、その他にも当たり年のように位の高い貴族の子女が入学するため、学院側も気を使ってそう。
担任に案内される途中、案の定行き先がわからずうろついていたメイジュル様達を捕獲して、これから数ヶ月使うことになるクラスに到着する。
上位貴族の子女が使うと言うだけあり、前世の学校の教室とは全く違い、ふかふかのソファーに、子供用とはいえ豪奢な机が配置されている。
席は自由という事なので、わたくし達親友は固まって前の方に座ることにした。
メイジュル様達も固まって座るみたいだけど、席はサボりやすいようになのか後ろの方。
上位貴族の子女は、家の事情がそれこそ小説なんかみたいに特殊で無い限り、家庭教師をつけられて、学院のその年で学ぶことは履修済みの為、学院に通うのは人脈を広げたり、見識を広めたり、社交界に出入りするための許可を得るためであったり、貴族としての見栄の為だ。
学院に通う事で、今後社交界を生き抜く術を身に付けていくと言うのが本来の目的なのだが、飛び級や専門分野を深く学ぶことも出来るため、学者になりたい人や武官・文官になりたい人は専門的な知識を身に付けることもある。
この国の爵位は余程の理由があって国王に認められない限り、男女問わず長子が爵位を継ぐことになっている。
かつて、爵位を巡って兄弟間で血みどろの争いが絶えなかったために作られた法律だそうだ。
例外としては、王太子……ひいては国王になる人だけは、長子が絶対になるというわけではない。王族の長子が暗愚だった場合困るからね。
正妃を含めて国王や王太子の妃達は自分の子供の地位を、ひいては自分の地位を有利にしようと動いたり、我が子可愛さに無駄に甘やかしたりして、養育に失敗する例がいくつもあるらしい。
今も、第一王女と第二王女、そして第二王子の養育に失敗しているしな。
……あれ、第一王女と第二王女って、今年から他国に留学することになったけど、そんな設定だったっけ?
第一王女は他国の王族に嫁ぐから、あったかもしれないけど、第二王女は国内の公爵家の嫡男に嫁ぐんだよね? 留学してて大丈夫なの?
今更ながらに疑問に思う。
考えてみれば、第二王女が正式に婚約したという話も聞いたことがない。
シナリオが狂っているのだろうか。本編には関係ないから誤差なのかな。
リアン曰く、王族の地位にしがみつくような人物らしいので、王族以外に嫁ぐのを嫌がったのかもしれない。
担任になった人は、侯爵家の次男だそうだけれども、今は家を出て王立学院の教師として生計を立てているそうだ。
後ろの方から「つまりは平民か」とか聞こえて来たけど、王立学院の教師になるのってすごい名誉職なんだよ?
王立学院の教師って言うだけで、士爵位を与えられるんだよ? そこのところわかってる?
「皆さんは、基本的にはそれぞれの家でもう履修済みだとは思いますが、復習のつもりで授業を受けてください。事前説明を受けていると思いますが、飛び級することも可能です。その場合、単位取得のためのテストを受けてもらうことになります」
担任教師の言葉に、わたくし達は真剣に耳を傾ける。
この学院での基本的な規則は大人の社交界と変わらない事や、一部の施設は身分によって使用出来ないことが告げられる。
前世のように給食や食堂はないので、お弁当制になっているそうだが、乙女ゲームではそんな台詞はこれっぽっちも出てこなかったぞ!
そんな制度だったら、ヒロインによる手作りお弁当イベントとか、昼休みにお弁当のおかずの交換イベントとか、なんだったら食べさせ合いイベントとかあってもよかったじゃない。
そうすればご都合主義の食事事情だったかもしれないのに!
「今日は入学式と、今後使用する教科書類の受け取りだけです。明日からは各自お弁当を準備してくるようにしてください」
担任教師の言葉に、大体の生徒が頷く。
教科書類は、それぞれに付き添っているメイドや侍従が持っていくので、基本的にわたくし達がする事はない。
広大な校舎の見取り図を四人で眺めるも、低い学年が使用出来る、というか行動範囲はさして広くはない。
基本的に、十三年間この王立学院に通うので、サロンもいくつもあり、年齢や爵位で使用出来るサロンが変わってくるのだ。
「パビリオンがあるのじゃな」
「サロンもいいですが、天気が良い日はこちらで食事をとるのもいいかもしれませんわね」
「ふふ、サロンでも私達が使用するようになる場所は、他の貴族とはまた隔離されますよね」
「そうでしょうね。何といっても、わたくし達以外の令嬢は皆伯爵家以下の令嬢ですもの」
今年は伯爵家以下の令嬢が多い。子息は侯爵家の人がそこそこいるんだけどね。
施設利用の優先順位は、王族であるリアンが居る以上、席を譲るのが常識だ。
常識が通じない相手も居るけどね。メイジュル様達とか。
「そういえば、例のレシピを貰ってもよかったのですか?」
「パン自体は普通に流通していますし、サンドイッチのレシピぐらいどうということはありません」
「離宮のコックも、兄上のお墨付きとはいえ、当初は戸惑っていたようじゃな。火を入れない料理など大丈夫なのかとか、平民が食べるようなものではないのかとか言っておったの」
「わたくしの家も似たようなものでしたわね。陛下も召し上がるものだから問題はないと説明しましたけれども」
「そうですか。社交も堂々と出来るようになりますし、皆様を我が家に是非お招きしたいです。色々なお料理をご提供します」
「それはいいですね」
わたくしの言葉に三人ははしゃいだ声を上げる。
四人でグループを作ってしまっているのと、爵位の関係上伯爵令嬢達はわたくしに話しかけることは出来ない状態だ。
「そうだわ。私の幼馴染を紹介させてもらってもいいですか?」
「もちろんじゃ」
リアンの言葉にリーチェが嬉しそうに笑みを浮かべると、少し離れた位置で、他の子息と話している男の子の所に行って、手を引いて戻って来た。
「紹介します。こちら、私の幼馴染のパイモンドです」
「第三王女のメイベリアン=ジャンビュレングじゃ」
「ハウフーン公爵家が長女、クロエール=ハウフーンですわ」
「デュランバル辺境侯爵家が長女、ツェツゥーリア=デュランバルです」
「僕はガレボルット侯爵家の次男、パイモンド=ガレボルットです。どうぞよろしくお願いします。皆様の噂はマルガリーチェから聞いていますよ」
「おや、随分と仲が良いのじゃな」
「そうですよ。パイモンドとは物心がつく前からの付き合いです」
「ふふ、彼の為に婚約相手を変更して欲しいと言ってましたわよね」
「そうですね。でも、両親が未だに納得してくれなくて、今日は家に帰ったらすぐに正式に婚約を結ぶために、午後には相手の家に行くみたいです」
「それは妾もじゃな」
「わたくしもですわ」
三人がため息を吐いていると、こちらに近づいてくる集団。まあ、メイジュル様達なんだけどね。
「おい、こんな所で何をしている。俺に手間をかけさせる気か。婚約を正式に結ばなくちゃいけないんだぞ」
「まだメイドが教材を取りに行って戻って来ていませんわ。それに、正式な手続きは午後にわたくしと両親が王宮に赴いて手続きをするはずですわよね」
「ちっ。こんなブサイクな女の都合に合わせないといけないなんて、俺は王族なのに」
「メイベリアン様、午後には私も王宮に両親とともにお伺いします」
「別に、来ずともよいのじゃがな」
「そうはいきません。これはあくまでも陛下の為の政略結婚の準備ですから」
「兄上の為とはいえ、妾を疎ましく思っている相手と婚約をするのは気が重いの」
「それは私が言いたいですね。父上の命令でなければ……」
「マルガリーチェ。お前は今日をもって俺の婚約者になるんだ。そんな男をいつまで傍に置いておくつもりなんだ?」
「私、何度も婚約相手の変更をしたいと言っていると思います」
「そんなことは許されない。お前には俺しかいないんだ」
「現在進行中で両親を説得中です。ラッセル様も、幼馴染のご令嬢と親しくしていると聞きますが?」
「ナナリーは妹のような存在だ。病弱で俺が居ないと何も出来ないから傍に居るだけだ。下種な勘繰りはするな。とにかく、午後になったらお前の両親と一緒に俺の家に必ず来い」
それぞれ言いたいことは言ったという感じで離れて行った三人に、わたくし達は思わずため息を吐き出してしまう。
名乗りもしなかったよ、あの人達。
わたくしはメイジュル様と一応、かろうじて名乗り合ってるけど、他の二人は知らん。
乙女ゲームでは第二王子の教養の無さとかに呆れてるっていう設定だけど、お前らも人の事言えないからなっ。