うどんを作る
領地に帰ってからも、二ヶ月おきに王都に通うようになっているので、何気に忙しい日々を送りつつ、領地での農業関係や畜産業関係、それに伴う食糧事情の改善が認められている報告を受けて、わたくしはほっと息を吐き出す。
ノウハウは責任者に落とし込んだし、わたくしが王立学院に通うようになっても、この分なら問題なく運営できるだろう。
グレイ様や宰相閣下との取引で、実験場として使った見返りとして、いくつかの加工品は我が領地の特産品として扱うという事で契約を交わすことが出来た。
建前上なんだけどね。
「お嬢様、今日は何を作るんです?」
「うどんよ」
「うどんですか?」
「せっかくみりんもどきを使って麺つゆを作ることが出来たんだもの。実食して確かめなくっちゃ」
本当は、もどきじゃなくって本物のみりんを作りたかったのよ?
でも、まだ出来てないからもどき。
魔法士を大活用して日本酒の作成まではこぎつけたんだけど、正直、そこから先の作り方を知らないのよね。
焼酎も使うっていうのは知っているんだけど、分量とか流石にわからないし、製造方法もあやふやなのよね。
日本酒の作り方を知っていただけ偉いと思って!
あ、でもなぜかこの世界、アルコール類。いわゆるワインとかブランデーとか、ウォッカなんかは良質なのがあるのよ。
わたくしがお酒を飲めるようになる前に、カクテル用のリキュールや果実酒にも手を伸ばすつもりよ。
くふふ、将来どこかにお嫁に行くことになっても、持参金は多い方がいいだろうし、事業を手掛けていた方が政略結婚でも邪険にもされないわよね。
間違っても後宮監禁エンドにはならないわよね?
グレイ様はわたくしの意思を尊重してくれるって言っているし、聖王と魔王の加護の件もあるから、無理強いはしないと思うから、大丈夫よね?
「しかしお嬢様」
「なぁに?」
「薄力粉とかいうのは、普通の小麦粉と何が違うんですか?」
「あぁ、たんぱく質の量よ」
わたくしの言葉に、コックの頭にいつものようにハテナマークが浮かぶ。
「要は、大本は同じだけど、品種が違うの」
「なるほど」
しかし、粉を混ぜるのも疲れて来たな。そろそろ交代してもらおう。
今までの混ぜ方を見ていたせいか、コックは順調に混ぜていってくれているので、時折指導をするだけだったので楽だった。
ある程度塊になってからは、体重をかけて揉みこんでいき、お餅のようにつるりとなるまで頑張ってもらった。それを器に入れて布巾をかぶせてねかせる。
その間は、コックと今まで作った料理のレシピについて話をして時間をつぶしたかったけど、合間に勉強をした方が効率的だと言われ、しぶしぶ家庭教師についていった。
二時間後、打ち粉をしながら麺棒で生地を伸ばしていく。
麺棒? もちろんこのために作らせましたが何か?
厚さ二ミリぐらいにして、間に打ち粉を振りつつ、三つ折りにして、これまた特別に作らせた包丁で一センチ幅で切って行く。
他のコックにはその間にたっぷりとお湯を沸かしてもらっている。
「お嬢様、このぐらいでいいですか?」
「多分大丈夫よ。切ったものをお湯に入れて十分ぐらい煮て頂戴。その間に、麺つゆを温めておきましょう。ネギも切っておかないと。試食なんだし、シンプルに食べるのが一番だわ」
ちょっとまだ意味が分かっていないコックに力説しつつ、出来上がりを待つ。
うどんが成功したらパスタも作りたい。
小麦粉があるのになんでパスタを先に作らなかったのかって?
和食が食べたいからだよ!
ちなみに、納豆も開発したいんだけど、お父様に全力で止められている。
チーズは食べるのに、同じ発酵食品の納豆を食べないなんて、解せない。
でも、確かに前世と違って納豆菌を簡単に手に入れることは出来ないしな。
藁で作ることも出来たはずだけど、こっそり試してみようかな。
「お嬢様、こんな感じですか?」
「え? ああ、そうね。器に盛りつけて頂戴」
どんぶり? これもまたこのために作らせましたがなにか?
器に麺を入れ、麺つゆを注ぎ入れて切ったネギをトッピングすれば、見た目は完璧にうどん!
いざ、実食!
そう思い、フォークを持ったけれど、乳母にやんわりと押さえられてしまう。
こ、このパターンはっ。
「まずは、使用人が食べて確認します」
意訳:初めてのものを毒見なしで食べるな。
あうぅぅぅ。
大量に作ったので、使用人が食べてもわたくしの取り分が減るわけではないけど、だけどぉぉぉっ。
「……おぉ、お味噌汁とは違う意味でお腹が温かくなる」
「お醤油とはまた違った味。これもなかなか」
「つるんとしたこのうどんという物。噛み応えもなかなか」
ん? そんなにコシがあるの?
「でも、するすると飲みこめる感じが癖になりそう」
もういい? もういいよね?
期待の目を込めて乳母を見ると、頷いてくれたので、わたくしもフォークを持って早速うどんを食べる。
「ちゅるっ」と音を立ててうどんを口に入れてもぐもぐすると、確かに予想よりもコシが強い。
そんなに体重をかけてこねてた?
でも、麺つゆ自体はちょっと物足りないけど、まあまあかな。若干薄め?
七味の開発もしたいなぁ。でも、あれって実際に具体的に何が入ってるかはよく知らないから、まずは一味かな。
とうがらしはこの世界にもあるし。
七味、七味なぁ……。山椒、けしの実、白ごま、黒ゴマ、あと二個なんだっけ?
そんな事を考えつつ、ちゅるちゅると音を立ててうどんを食べたり、ずず、と麺つゆをすすっていると、気が付けばわたくしに視線が集まっている。
なんぞ?
「お嬢様。淑女たるもの、音を立てて食事をするなどあってはなりません」
「……忘れてた」
そうだよね、つい前世の感覚で食べちゃったけど、音を立てて食べるのはマナー違反だよね。
これは、ソバ粉を手に入れて蕎麦を作った時も気を付けなければいけないのでは?
長い麺物を食べるときって音が出ちゃうんだよね。パスタみたいにフォークに巻き付ければまた別かもしれないけど。こんな時は貴族のマナーが憎いっ。
「今後はお忘れなきよう。もうすぐ王立学院に通うようになるのです。いつどこで誰の目があるかわからないのですよ」
「わかってるわ」
「お言葉遣いも気を付けてください。人前では、くれぐれも淑女らしくなさってくださいね」
「もちろんよ。家に恥をかかすような真似はしないわ」
「お嬢様ももうじき六歳。そうなれば乳母としての私の役目はお役御免になり、この屋敷でお嬢様のご多幸をお祈りするしかございません」
「ナニー」
そうよね。乳母は基本的に六歳の誕生日に解任されて、他の使用人と同じ扱いになるのよね。
うぅ、なんだかそう考えると寂しいな。
「本当に、お嬢様のお転婆を矯正できなかったこと、ナニーは悔しくて仕方がございません」
「……ナニー?」
「天使のように愛らしいお嬢様ですのに、淑女らしくないなどと噂され、お嬢様の名に傷がつくようなことがあっては、亡くなった奥様に申し訳が立ちません」
「それって、わたくしが淑女失格という事?」
「いいえ、お嬢様は他人の前では淑女然としていらっしゃいます」
「なら――」
「しかしながら、親しい人が近くにいると気を抜いてしまう癖があるのも事実。そこに付け込まれないとも限りません」
「ぅっ」
「本当に、本当に、ナニーはお嬢様が心配でなりません」
いやぁ、大丈夫だよ? 王立学院とか社交ではちゃんと淑女するよ? ……多分。
確かに、国王であるグレイ様とか、リアン達とか、お父様とか兄達とか、家の使用人には砕けた口調だけど、わたくしだってやる時はやれる子なのよ? ……きっと。
宰相閣下だって、将来有望だって言ってくれているし、心配しなくても、家の恥になるような真似はしないわ。……恐らく。
わたくしの考えていることを察したのか、ジト目になる乳母からそっと視線を逸らす。
「お父様にも召し上がっていただきたいけど、夕食前なのに大丈夫かしら?」
逃げるが勝ち。話をそらそう。
「お嬢様が食べたぐらいの量なら大丈夫じゃないですか?」
「……それもそうね」
わたくしは、幼女ということもあり、子供用お茶碗にうどんを盛り付けている。
確かにこの量なら、夕食に支障は出ないだろう。
「じゃあ、お父様の所に持って行きましょう」
わたくしがそう言うと、コックが予備のわたくし用のお茶碗にうどんを盛り付けてくれた。
ちなみに、うどんを食べたお父様の感想は、もう少し汁の味が濃い方が好みかもしれないというもので、この辺は長年の香辛料まみれの料理による味覚弊害によるものかな、と思ってしまった。