後宮監禁エンドはいやー!
領地に帰る前日、女子会ではなく、グレイ様とのお茶会をする為に王宮に訪問した。
いつものガゼボに案内されると、グレイ様が手を伸ばしていつものようにわたくしを膝の上に乗せる。
「しばらく、ツェツィと会えなくなるのは寂しいな」
「来年の王立学院の長期休暇にはまた王都に来るわ。その後は王立学院に通うようにもなるし」
「わかってないな。ツェツィが膝の上に居ると、仕事が捗るんだ」
「うわぁ……」
ちょっと引いた。これって軽く所かまわずどろっどろのぐちゃっぐちゃエンドのフラグじゃない?
「でも、ツェツィの発案の複数の例の案件があるだろう」
「そうね」
「確かに、ツェツィの計画は完璧に近いものだが、やはり実際に見ないと心配じゃないか?」
「……何が言いたいの?」
「領地には帰らず、王都に」
「おぉっと、わたくしってば急に領地にある色々な物が気になってきたわ。そうよね、責任者は決めたとはいえ、付け焼刃だもの。計画書を完璧に提出した王都のものとは違うわよね」
「……はあ。数ヶ月に一度、王都に来て様子を見ることで妥協しよう」
「それ、妥協なの?」
「本来なら、ずっと王都に居て欲しいのだが?」
「妥協ね。素晴らしいと思うわ」
こういう腹黒な面は、乙女ゲームのキャラ設定のまんまなんだけど、何を間違って幼女相手に色気を振りまくようになったんだろう。
わたくしはポテトチップスを食べながら、むぅ、と眉間にしわを寄せると、すかさず額にキスをされてしまう。
「グレイ様っ、何度も言うけれど、淑女にこんな風にキスをしてはいけないわ。それに、グレイ様にはお妃様が居るじゃない。その人達にすべきよ」
「妃ね。貴族のパワーバランスを考えて後宮に突っ込んでいるだけの女だ」
「ひっどぉ」
そう言えば、乙女ゲームの時点ではグレイ様には子供はいなかったな。
え、種なしなの? それなのに絶倫なの?
いやいや、普通に考えて避妊薬を盛っていると考えた方が健全か。
乙女ゲーム的に、攻略対象に子供がいるっていうのはあれだと思っての設定かもしれないけど、普通に考えて、ゲーム開始時はグレイ様は二十六歳。
後宮もあるんだし、子供が居てもおかしくはなかったはず。
今更ながらに、グレイ様の設定がガバいな。
あ、でも待って。グレイ様ルートでは、お妃様達は密かに恋人がいて、グレイ様が知らないと思って逢瀬を重ねているっていう会話があったような。
うわぁ……。それって、後宮にある自分の離宮に浮気相手を引き込んでるって事? それでばれないと思ってるの?
馬鹿なの? 姦通罪で死にたいの?
「しかも、あの女達はこれまで婚約者がいたのに、私の妃になれると知って、喜んで婚約者を捨てたような奴らだ。信用できん」
「そうなの? 婚約していた人は大丈夫なの?」
「それぞれの家が責任をもって、次の婚約者を探したらしい」
「そうなんだ。元婚約者に未練とかはないのかな?」
「あるかもな」
「あるの!?」
まさか、浮気相手が元婚約者とか?
「義務として相手はするが、あの女達に次代を産ませる気はない」
それってどうなのよ。っていうか、幼女に聞かせる話か?
「私の子供は、愛する者に産んで欲しいからな」
だからっ声にっ色気を混ぜるなっ!
うっそりと微笑んでわたくしの頬を撫でるなっ!
「グレイ様、戯れが過ぎるわ」
「本気なんだが?」
「余計に悪い! いい? わたくしは五歳、グレイ様は十五歳で国王で、既に後宮に妃を迎えているの」
「それが何か問題か?」
「大ありでしょう。国王がロリコンなんて醜聞にもほどがあるわ!」
「ろりこん?」
「幼女趣味!」
「ああ、なるほどそう言う意味か。大丈夫だ。私はツェツィ以外はどうでもいいからな」
言いきった。言いきりやがったよこの腹黒。
「わたくしはいずれ、家の為に嫁ぐ身なの。余計な噂は困るわ」
「それは心配しなくていい」
「どういう意味よ」
「ツェツィは私の後宮に入るから」
「いーやー!」
溺愛後宮監禁エンドはいやぁ!
なんとか逃げようと、グレイ様の膝の上でじたばたするけど、しっかりホールドされてて逃げられない。
「後宮暮らしは嫌か?」
「嫌に決まっているわ! 何考えてるの!」
「ふむ」
わたくしの言葉に、グレイ様は何かを考えこむけど、しばらくしてとてもいい笑顔を向けて来た。
嫌な予感しかしない。
「私も頑張るから、ツェツィも頑張ってくれ」
「どういう意味?」
「ツェツィの淑女教育は順調だと聞くし、少し勉強量が増えても問題ないだろう」
「え……」
これ以上勉強の時間が増えたら、わたくしの趣味の時間が減るから、問題あるんじゃ?
「もちろん、ツェツィの趣味の時間を多大に減らすような真似はさせないから、安心して構わない」
「心の声を読んだの!?」
「いや、ツェツィの考えそうなことだから」
「むぅ」
図星なのでぷくぅと頬を膨らませてしまう。
そんなわたくしに、グレイ様はいつものようにわざとリップ音を立てて頬っぺたにキスをすると、他の場所にもキスをしてくる。
なれねー。この行為になれねーわ。
ついでに言うなら、キスしながら片手で唇をつついたり、フニフニするのをやめて欲しいんだけどっ。
そんな事を考えていると、ふいに耳に「チュッ」とキスをされて息を吹きかけられて、思わず「ひゃぅっ」と飛び上がりそうになった。
びっくりしたぁ。めっちゃくすぐったかったわ。ぞわぞわした。
そんなわたくしの反応に、グレイ様は何かを考えているようで、真剣な顔をした後、耳元で「ツェツィ?」と艶のある声で囁いて来た。
「うひゃっ、そこでしゃべっちゃだめっ。くすぐったいわ」
「へえ、なるほど」
「何がなるほどなの?」
「いや? でもツェツィは前世では異性と肉体関係があったんだったな?」
「そうね。お酒のせいで記憶にないし、相手も覚えてないけど、しっかり事後だったわ」
「……つまり、純潔は失ったものの、快楽は知らないと」
「いや、それなりに自慰はしてって、幼女になにを言わせるのよ」
「ツェツィが自分で言ったんだぞ。しかし、なるほどな。これは開発のし甲斐がありそうだ」
色気たっぷりな笑顔で物騒なことを言われた!
開発とか、幼女相手に何言ってんだこの腹黒。
「ちなみに、具体的に自分でどんなことをしていた?」
「言えるかっばかー!」
わたくしは今度こそ顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、グレイ様の顔をペチンと叩いて膝から降りて、ガゼボから抜け出して庭に駆けだしていった。
◇ ◇ ◇
Side グレイバール
真っ赤になったツェツィが駆けだしていったのを見送って、クスクスと笑ってしまう。
達観しているように見えて、素直で純情で、初心な所がたまらない。
前世で私以外の男と関係があると聞いた時は、嫉妬で目の前が真っ赤になったが、今の話だと本当に一夜の過ちで、しかも相手の顔も覚えていなければ、行為の内容も覚えていないようだ。
しかし、初心な反応ではあるが、全く知識がないというわけでもなさそうだし、耳年増というものだろうか。
「陛下、御戯れが過ぎます」
すっと現れた影に、思わず苦笑してしまう。
実の所、ツェツィの行動は影により、本人が思っているよりも詳細に報告されている。
ただ、内容があまりにも不可解過ぎて、解説込みでツェツィに説明してもらう事にはなった。
「ツェツゥーリア様は、影の間でも人気なのですよ」
「まてまて、お前達は私の影だろう。忠誠を誓う相手を間違えてないか?」
「もちろん、我々の忠誠も命も陛下のものです。しかしながら、ツェツゥーリア様を可愛らしいと思う心は別でございます」
「いや、影なんだから心を殺せよ」
思わず呆れた声が出てしまう。
王家の刃にして盾である影は、国王が所有するものであるが、国王であれば無条件で使えるものというわけではない。
実力を認められ、忠誠を捧げるのに値すると認められて初めて、影を使えるようになるのだ。
父上が早くに亡くなったため、十二歳で王位についた私の第一の試練が、影に認められる事だった。
「それで、ツェツゥーリア様を本気で正妃になさるおつもりですか?」
「本当なら、後宮に閉じ込めておきたいのだが、本人が嫌がっているからな。本宮で私と一緒に過ごすのなら正妃にするしかあるまい」
「そう言う問題でしょうか?」
影の言葉に苦笑する。
ツェツィが何を恐れているかは知らないが、初めは家族と離されるのを嫌がっていたが、先ほどの否定はそう言った感じではなかった。
後宮の妃同士による足の引っ張り合いを懸念しているのか?
確かに、私がツェツィを寵愛しているのではと、社交界では噂になっているようだしな。事実だが。
メイベリアン達も居ることだし、王立学院に通っても身分が上になるツェツィに変な事をする馬鹿は早々居ないだろうが、絶対とは言えないな。
聖王の加護のおかげでツェツィが傷を負う事はないとはいえ、精神的な攻撃は別かもしれない。
第一王女と第二王女も在学しているし、手を打っておくべきか?
あの二人は、自分を着飾る事と、身分にしか興味が無いからな。
適当な婚約者でもあてがっておくか。
年齢的に、自分に見合う優良物件が居ないとか言って、持ち込んだ縁談を拒否してきたし、いっそ国外に目を向けるべきだろうか。
第二王女は、一応公爵家の嫡男と仮婚約状態だが、第二王女が「王女の身分を捨てるなんて嫌ですわ」とかわけのわからないことを言っている為、王立学院に通っているにもかかわらず仮婚約のままだ。
公爵嫡男にも学院で想う相手が出来たようだとも聞くし、二人ともまとめて国外に出してしまうか?
この国では婚儀は一部の例外を除き十八歳以上でないと認められないが、他国では別にそんな事はないという国もあるし、生活に慣れさせるという名目で、留学させると言うのも手だな。
あの二人がいなくなれば、学院で一番身分の高い女生徒はメイベリアンになるし、メイベリアンが居ればそこら辺の女性がその親友であるツェツィに手を出すことはしないだろう。
悩ましいのは、既に王子としての責務を放棄しているともっぱらの噂のメイジュルだが……。
もしツェツィに手を出そうものなら、実の弟であろうとも容赦はできないな。
仄暗く笑ったところで、影がすっと姿を消して、離れた位置でメイドとしての顔を取り繕っているのが見えた。
どうやら、一通り庭を走っていたツェツィが戻って来たようだ。
逃げるように駆けだしたくせに、律義に戻ってくるあたり、本当に可愛いな。