既にシナリオ崩壊
その後も何度も女子会をしていくうちに、クロエール様とマルガリーチェ様とも親友呼びが出来るほどになった。
クロエール様はクロエ、マルガリーチェ様はリーチェと呼んで、砕けた口調が素なら、そっちで話して構わないと言われたので、それ以降は敬語は使っていない。
しかしながら、女子会は大歓迎なんだけど、なんで毎回離れた位置にグレイ様がいるの?
しかも、女子会が終わった後に、なんでいつもわたくしを自分の執務室にかっさらって、膝の上に乗せて仕事するの?
もっとまじめに仕事しようよ、国王!
「ツェツィ、このお菓子、見た目はちょっと華やかさがありませんが、美味しいですね」
「羊羹、気に入った?」
「私はこっちのおはぎが気に入りました。控えめな甘さがいいですね」
「持って来た小豆が尽きたから、それが最後のおはぎだよ」
「そうなのですか? そう思うとなんだか食べるのがもったいないですね」
「また王都に来た時に作るから、遠慮しないで食べて」
「ねえ、ツェツィ。このポテトチップスというのは初めて食べる味ですわ。画期的ですわ」
「あー、リアンはしょっぱい系が好き?」
「食べるのが止まりませんわ」
回数を重ねるうちに、女子会の雰囲気はすっかり軽いものになっている。
お茶を飲んでお菓子を食べて、無駄トークとか、いいねぇ、これこそ女子会だよねぇ。
わたくしももうすぐ領地に帰るので、持って来たお米やもち米、小豆などを使い切るつもりで料理監修をしていたので、王都の屋敷のコックにもかなーり受け入れられている。
領地にいるコックよりも、新しい料理への探求心が強いらしくて、わたくしが次はどんな料理を提案するのか、毎回目を輝かせている。
でもやっぱり、火は危ないから近づけてもらえないし、刃物は持たせてくれないし、揚げ物なんてもってのほかっていうのは変わらない。
でも、熱心にわたくしがお願いした結果、ちょっと材料を混ぜるのとか、器に盛りつけるのとかは手伝わせてもらえるようになった。
前進したよね。
「それにしても、また一年近くツェツィに会えなくなるなんて、寂しいですわ」
「領地が遠いから仕方がないとはいえ、長期休暇で気軽に会えないと言うのは残念ですね」
「そうですね。わたし、お手紙を沢山書きますね」
「楽しみにしてるわ。でも、来年になったらわたくし達も王立学院に通うのだから、そうしたらほぼ毎日会えるわ」
わたくしの言葉に、三人がずーんと重い空気になる。
え、どうしたの?
「王立学院に通うようになったら、正式に婚約……」
「嫌になったの?」
「先日、妾の離宮に婚約者になる予定のルーカスが来たのだけれども、ねっとりと上から下まで値踏みするようなねちっこい視線が嫌でしたわ。妾は第三王女ですから、値踏みされる視線には慣れておりますけれど、あんなにぶしつけで不愉快な視線は初めてでしたわ」
「へえ」
「私も、婚約者になる第二王子のメイジュル様にお会いしたのですが、第一声が『この俺がなんでお前みたいなブサイクと婚約しなくちゃいけないんだ』でしたし、第二王子としてマナーを学んでいるはずですのに、茶器はガチャガチャと音を立てるし、お茶菓子の食べカスはボロボロ落とすし、挙句の果てに、『この俺に相応しい女になるよう、せいぜい努力してみろ』と言われました」
「うわぁ……」
「わたしも、騎士団長のご子息のラッセル様にお会いしたのですが、以前ツェツィが言っていた言葉がわかりました。わたしは、どうやら幼馴染が好きなようなのですが、お父様に婚約者の変更をお願いしても、子供の思いなんてすぐに変わると取り合ってもらえませんでした。ラッセル様の話の内容も、自分が如何に優れているかという自慢話ばかりで、退屈で……」
「そうなの」
とりあえず、全員第一印象が最悪なのはわかった。
「けれど、仮とは言え婚約ですし、簡単に婚約者を変更出来ないですわ」
「そうなんですよね。私なんて相手が第二王子ですし」
「はあ、婚約してからもあの自慢話に付き合わされると思うと……」
先行きが不安だという思いを隠そうともしない三人に、改めてわたくしは仮婚約をしていなくてよかったと思ってしまう。
お父様にわたくしは婚約しなくてもいいのかと聞いたら、微妙な顔をして、「気にしなくていい」といわれたのよね。苦虫をかみつぶしたような顔だったけど、大丈夫かしら?
でも、ロブ兄様もハン兄様も婚約者がいないし、我が家はそういうのを焦らないのかもしれないわ。
「大変ね。わたくしはお父様から婚約に関しては気にしなくていいと言われているけど」
わたくしがそう言うと、三人が「え?」と言って、ちらりとグレイ様に視線を向け、わたくしに視線を戻す。
「ツェツィは、兄上と仲がいいですわよね?」
「色々事情があり、わたくしが健やかに過ごしているかを確認しているわね」
「女子会が終わると、陛下がツェツィを攫うように連れて行きますよね?」
「そうね、わたくしを膝の上に乗せて執務をするのはやめた方がいいと思うわ」
「わたし達との女子会以外にも、王宮に来て陛下と二人でお茶をしているのですよね?」
「さっきも言ったように色々事情があるのよ」
わたくしが肩をすくめて言うと、リアンが「妾の愛読書を貸しますわ」と言い張り、クロエが「わかりやすいと思うのですが」と苦笑し、リーチェが「近すぎて気づかないってありますよね」と空を見上げた。
とりあえずリアン、メイドが持ち込む変な小説を鵜呑みにしたりはしないでね? 親友はちょっと心配だよ?
「兄上、アプローチが足りないのでは」
「なるほど。それはあるかもしれません」
「けれど、お膝に乗せて執務をなさるなんて、どう考えても」
「膝の上に乗せて仕事をするのも困るけど、隙が出来るとキスしてくるのも困ってるんだよね」
「「「はぁ!?」」」
おお、綺麗にハモったな。
「どうしてそこまでされて気が付かないんですの?」
「やはり妾の愛読書をっ」
「わたしのツェツィにキスなんてっ、まだ早いです」
なんか変なのが混ざってない? 気のせい?
いやね、わたくしだって画面越しには恋愛経験豊富なわけで、グレイ様がわたくしに好意を向けていることに気が付いていないわけではないのよ。
でもね、溺愛後宮監禁ルートも、所かまわずどろっどろのぐちゃっぐちゃも、最悪なんかミスって、知らない人に強姦されるのを視姦されるのもごめんなんだわ。
そもそも出会いはわたくしが四歳で、今は五歳。そんな幼女にアプローチする十五歳ってどうよ。
もっと大きくなれば話は変わってくるかもしれないけど、流石にねぇ。
「そもそも、グレイ様の後宮には、もうお妃様が入っているのでしょう? わたくしのような幼女より、その方々を相手にするべきだわ」
「確かに、兄上の後宮には妃達が入りましたわね」
「でも、皆様陛下よりも年上だとお伺いしています」
「そうでしょうね。最低でも王立学院は卒業しているんじゃないかしら」
「ツェツィは、後宮の争いに巻き込まれたくないのですか?」
「いやぁ、そういうわけでもないけど」
言葉を濁して紅茶を飲むと、リアンが目を輝かせる。
「小説にありましたわ。心に決めた人が居ながらも、他に妻を持たなければいけない男の苦悩というのが」
「リアン、本当に本に影響され過ぎよ。後宮なんて、伏魔殿、足の引っ張り合いしかないじゃない」
「それは、否定できませんわね」
リアンは王女様だから、先王のお妃様達が後宮で足の引っ張り合いをしてるのを見てるもんね。
前世でモラハラのパワハラになれてるわたくしは、正直そこらへんはどうでもいいんだけど、一番面倒くさいのは「私、がんばってるのに……どうしてわかってくれないの?」とか言う、かまってちゃん系なんだよね。
妙に媚びるのがうまかったりするから、上司の覚えがよくて、ちょっとしたことでも贔屓されたりな!
なんちゃってヒロインはお腹いっぱいなんだよ!
「けれど、兄上とツェツィがうまくいけば、正式にツェツィは妾の義理の姉妹」
「リアン、抜け駆けはよくありませんよ」
「そうですよ。そんなのずるいです」
小説でよく読むヒロイン()はそんなタイプだよね。特に転生系のヒロインとか、お花畑が多くて。
まさか、ヒロインもわたくしのように転生者、なんてお約束はないわよね?
そんなことになったら、本気で怨むぞ、神様。
「いえ、ツェツィの兄上のどちらかに嫁げば」
「それはナイスアイディアですが、上のお兄様ですと、辺境領に居ることが多くなってしまいますので、狙うなら二番目のお兄様ですね」
「だから、抜け駆けはずるいです」
「しかし、仮婚約をなかったことにするのは難しいですわよね」
「それなんですよね。どこかにいい物件がないでしょうか」
「わたしも、もっとお父様にしつこくお願いしてみます」
これ、わたくしが関わったことで、既にシナリオ崩壊しているのでは? この様子では、ヒロインに嫌味を言うどころか、嬉々として婚約者を押し付けそうだわ。
しかも、婚約者が浮気をしたとか言って、相手の有責での婚約破棄まで予想できるわ。
でもまあ、ヒロインのハッピーエンドの悪役令嬢の末路はろくでもないし、これはこれでありじゃない?
わたくしの大切な親友を、浮気野郎にくれてやる気もないし、浮気野郎のせいでひどい目に遭わせる気も無い。