お爺ちゃんは心配性
Side ワルダール
いやはや、久しぶりに国に帰って来てみれば随分と面白い事になったものだ。
領地も王都も諸外国で見た物や、見た事の無い物が流通し、様々な国で学んできた事業に関しては孫であるツェツィが既に執り行っているという始末。
まったく、孫に出し抜かれるとは年は取りたくないものだな。
約二十年前、ケェツェルに二人目の息子が生まれ、儂は妻を連れてこの国を出て諸国を旅する事を決めた。
あの当時、このままではこの国は緩やかに滅びの道をたどるしかないと思ったからだ。
王族は貴族の食い物にされ、平民もまた貴族の食い物にされている。
高貴なる者の義務と使命を放棄し、権利ばかりを主張し、甘い汁を吸いたがる愚か者は、必死に足掻く者をあざ笑った。
ここ数代、国王は暗愚ではなかったが優秀というわけでもなかった。
それがよくなかったのだろう。気が付けば滅びの足音が聞こえるようになっていたのだ。
儂が生きている間は持つだろう。だがその後は? 息子の未来は? 孫の未来は?
我がデュランバル辺境侯爵家は魔の森とダンジョンを抱える特殊な一族であるがゆえに、貴族でありながらもその立ち位置は特殊なもので、国への忠誠心もあったが一族への愛情が強い。
だからこそ、全てを息子に押し付けて遊び惚ける悪人と言われようとも、知識を蓄え、国を守るために情報を集めに旅立つ必要があった。
幸いにも、妻は儂の考えを理解してくれて、ケェツェルの妻にだけ事情を話し二人で国を出た。
まさか、あの後にもう一人孫が生まれ、その孫が聖王と魔王の愛し子になるとは思わなかったし、異世界の知識なる物を持って生まれてというのも想定外すぎる出来事だった。
だが、儂から言わせれば甘い。
恐らく本人は人間の汚い部分を見ていると思っているのだろうが、己の手を汚したり、本当に狂気に飲まれた人間と対峙した事はないのだろう。
こちらに戻って来てツェツィをずっと観察してそう結論付けた。
ただの貴族の妻になるのであればそれでもかまわないが、ツェツィがなるのはこの国の正妃であり未来の国母。
必要があれば己の子供ですら切り捨てたり殺す事も躊躇ってはいけない。
儂がこの国に残ったのは、そういった部分も鍛えるためでもあったのだが、こわっぱ、いや、グレイバール陛下に止められてしまった。
なんでもツェツィにはそういう暗い部分を見て欲しくないそうだ。
何とも情けないと思ったが、グレイバール陛下はツェツィが『健やか』である事が必要なのだと真剣な目で儂に言ってきた。
それが聖王と魔王の望みなのだと。
もし儂が想定しているような事をしてしまえば、心が壊れてしまったり、聖王や魔王の望む健やかな状態でなくなる可能性がある為、そういった暗部は全てグレイバール陛下が担うと言われ、儂はため息を吐き出すしかなかった。
通常の聖獣や魔獣の加護を受けるだけでも稀有だというのに、聖王と魔王の愛し子など、そしてその二人が望むのがツェツィが健やかである事など何とも難しい事を言ってくれたものだ。
人間の理から外れているあの二人は、恐らく自分達が言うのだからそのようになると疑っていない。
生きている以上、他人と暮らし、王侯貴族をまとめて国を導いていくという事がどれだけ責任を伴う事なのか分かっていないのだろう。
もしくは、幼い時に愛し子と認定したからこうなるとは予想していなかったか、だな。
「しかし、そなたが国に帰って来たと聞いて隠居の身ながら王都に来てみたが、たまには王都に来るのもいいな。随分賑やかになったものだ」
「まったくだな。息子に任せて領地に引っ込んでいたが、これならたまには顔を出してもいいかもしれん」
「それで? 他国はどうだった。我が国にとって有益なものはあったか?」
儂が国に帰って来たと聞いて、領地に隠居していた爺共がわざわざ王都まで出てきて、もてなせと言ってきたので仕方なく屋敷に招き入れたが、早速の食いつきに肩を竦めた。
「色々あったんだがな、孫娘に全て持っていかれた」
「ああ、お前が手紙で色々指示を出していたのか? だったら噂の才女も納得だな」
「そんな事をするわけがないだろう。孫娘が居たことすら知らなかったんだぞ」
「じゃあ……」
「ああ、今あるものは純粋にツェツィの才能だ」
儂の言葉に爺共は驚いたように動きを止め、誰ともなく笑い始める。
「流石は奇才の孫娘だ」
「それを言ったら鬼才と奇才の孫娘だろう。息子は優秀ではあるが悪く言ってしまえばその範囲で収まる物だったが、孫娘はしっかりと祖父母の血を受け継いだらしい」
「魔の森に現れたドラゴンを一人で討伐した鬼才に、『塔』の勧誘を断って愛を選んだ奇才の孫娘か。末恐ろしいな」
「だが、甘い部分も多い。グレイバール陛下は暗部は全て自分が引き受けるなどと言ってきたぞ」
「それはまた寵愛しているな」
「いいのではないか? どちらにせよ『あの』通過儀礼はもう無くなって久しい」
「しかしながら陛下は『あの』通過儀礼をしたと聞いたがな」
「らしいな。あのこわっぱが立派になったと思ったさ」
王位を継承する際に行われていた通過儀式。それは簡単に言えば『人殺し』だ。
それも自分の身近な人間を殺すという物。もし身近な人間が裏切った際に躊躇う事なく正しい道を選ぶ事が出来るようにと定められた儀式が無くなったのはいつだったのか。
幾代か前の正妃になった女が『残酷で野蛮だ』と言った為、無くなったと言われている。
それでも、グレイバール陛下は行った。僅か十二歳で即位した覚悟を己に科すために行ったと宰相に聞いた。
選んだのは、信頼を寄せていた乳母とその子供だったそうだ。
そう考えると、確かに『野蛮で残酷』な儀式なのかもしれないが、国を背負うというのはそのぐらいの覚悟が必要だと儂は思う。
「しかし、陛下が覚悟を決めたのであれば臣下である我らは従うまでだ。間違った事をすれば正すのも老いぼれの仕事ではあるがな」
「まったくだ。それで、お前さんが見て来た他国はどうだった?」
話を戻されて「そうだな」と思い出して語り始める。
「様々な国があったぞ、清潔な国、不潔な国、貧富の差が激しい国、階級制度がひどい国、奴隷が居る国。優れた技術を持った国、富んでいる国、神秘を重要視する国。そうだな、少なくともあの道に汚物をぶちまけている国にはもう二度と足を踏み入れたくないな」
「はあ? 汚物が道に?」
「我が国のように水路が整備されていないせいだろう。窓から汚物を捨てるんだぞ、目の当たりにしてゾッとした」
「それは嫌だな」
「逆に、石造りの道はほとんどないものの、道にゴミ一つ落ちていない国もあったな」
「それはそれですごいな」
「本当に、世界は広いと思い知ったさ。そして、我が国の先行きがより一層不安になった……んだがな」
「孫娘に先を越されたと」
ククク、と嫌味を含んだ笑い声が向けられる。
「いいじゃないか。お前とシャングレナ様の『結果』がツェツゥーリア嬢に集まったんだろう。『塔』だって目をかけているそうじゃないか」
「研究馬鹿が外に目を向けるなんてよっぽどだぞ」
再び上がった笑い声に肩を竦める。
何も知らない人間から見れば、ツェツィの規格外さも儂と妻の孫娘ならと儂らを知っている者からは納得されるだろうが、そうでない者からは好奇の目や忌避の目を向けられるだろう。
暗部はグレイバール陛下が請け負ったとしても、そういった視線に打ち勝つのはツェツィ自身でなくてはいけない。
それに負けてしまうようでは国を背負う正妃に、国母になる事は出来ない。
「老いぼれに出来る事は少ないが、余生は孫の為に力を使うとするさ」
「何が老いぼれだ。聞いたぞ、新しく出来たという冒険者ギルドの小僧たちを鍛え直したんだって? 武官の若者も叩きのめしたそうじゃないか」
「基準が甘かったんでな、ちょっと見直させただけだ。儂らが若い頃はもっと命がけだっただろう。最近の若いのは無理をしないで被害を最小限で済む範囲でしか行動しないようだ」
「それもまた時代の流れという物だろう?」
「それが甘い。今は落ち着いているとはいえ、魔物の氾濫はいつ起きるか分かったものじゃないからな」
いざそれが起きた時、対応出来ませんでしたでは済まないのだ。
「必死に自分達を、家族を守る冒険者たちを物乞いと馬鹿にした貴族に「だったら自分達が体験してみろ」と、学院の教育項目に魔物との実戦、ダンジョンでの戦闘訓練、戦闘系の実技では実戦形式というように変えたのは懐かしい思い出だな」
言われた言葉に苦笑してしまう。
辺境を守ったり、ダンジョンを持つ領地の貴族を田舎者、役立たずとののしり、冒険者を物乞いとののしった貴族の馬鹿どもに痛い目を見せるつもりだっただけなのだが、思いのほか大きな話になったのはいい思い出だ。
その科目は今も残っているそうだから、流石に冒険者を物乞いと言う者は居ないようだが、それでも平民を自分達とは出来が違う石ころと蔑む貴族はこの国にはいるのだ。
「とはいえ、今は儂らも楽しむとしようか」
「お前の楽しむは基準がおかしいから付いて行きたくないな」
「何を言う。今の若者が甘いだけだ」
そう言って笑うと、他の者も笑う。
どうか、愛しき子供たちに祝福があらん事を。
「モブ令嬢は特殊設定もち」は乙女ゲーム開始前編はこれにて完結となります。
乙女ゲーム開始後編に関しましてはムーンライトにて筆者名「茄子@物書きメイド」やタイトル「モブ令嬢は特殊設定もち」で検索していただければと思います。




