そこまで騒がしくなかった
わたくしとグレイ様の婚約発表がされた誕生日パーティー以降、わたくしの周囲は一変! と、いう事はなかった。
まあ、正妃にという部分は驚かれたものの、元々わたくしがグレイ様の妃になるっていう噂はあったから学院の生徒には一部を除き案外すんなり受け入れられた。
ヴェルとルジャが解禁されて、授業中以外わたくしの傍に姿を現しているから牽制にもなっているっていうのも原因だろうけど、一部のわたくしが正妃になる事をよく思ってない人たちも口を出してくる事も手を出してくる事もない。
それに、先駆けて諸外国に外務大臣が出した婚約発表の書簡への返事が続々届いて、どれもが「心の底から祝福します。今後もぜひとも良好な関係を続けたい、むしろ続けさせてください」っていう内容だったみたい。
お爺様、お婆様、本当に何をしたの?
ちなみに、お爺様とお婆様からもらった誕生日プレゼントは、今まで諸国漫遊して集めた各国の弱み大全集で、怖くて中身が見れないよっ!
お婆様から貰った分をちらっと見ただけで、どこぞの貴族が浮気をとか、隠し子がとか、国王のスキャンダルとか、子供の頃の恥ずかしいエピソードとか、本当に何してたの!?
やだわぁ、わたくしってあの二人と同レベルに見られているの?
あんな規格外と一緒にされたくないんだけど。
ともあれ、長期休暇が始まるまでの学院生活はわたくしが思った以上に平穏に過ごす事が出来た。
もちろん、留学して来ている人達からは直接国を代表してってお祝いの言葉と贈物を改めてもらったけどね。
しかし、王宮に既にわたくしの部屋が出来ているとは……。
あ、王太后様はわたくしの後見の一人になるっていうのを宣伝するために、長期休暇が始まるまでは王都に滞在してるよ。
王宮で頻繁にお茶会を開いて、派閥や家格に関係なくご夫人を招待して実力主義の素晴らしさを広めたり、わたくしやグレイ様を怒らせたら大変な事になるってチクチク牽制しているみたい。
貴族の夫人の中にはそもそも王太后様に憧れている人もいるし、新しく王太后様が経営しているマッサージ店のファンも居るから、お茶会は結構盛り上がっているみたい。
さりげなーく実家であるルシマード公爵家はもう落ち目、とかいう噂も広めているみたいだけど、実の娘から出た噂だから水面下で密かに信じられているみたい。
いやぁ、社交界って怖いわ。
お爺様は毎日のように「ちょっと遊んでくる」と言って冒険者ギルドや王宮に行っているし、お婆様は「女はいつでも美しさを求めているのですわ」と言って、王太后様と美容について熱く語っている。
お婆様、結構若くして引退して身分を隠しながら諸国漫遊していた影響か、化粧による肌の劣化が殆ど無くて綺麗なんだよね。
お婆様や王都に戻ってきている王太后様を見て、ご婦人方がその美しさの秘訣を教えて欲しい! って目を輝かせているのをわたくしは知っているぞ。
アンジュル商会の売り上げにぜひとも貢献してください。
さて、色々あるけれども学院の生徒であるわたくし達の本分は勉強なわけで、学年末テストの結果が今日発表されるという事で、わたくし達生徒は緊張して貼り出された結果表の前に向かっている。
まあ、途中で「おめでとうございます」なんて誰ともなく声をかけられているので、わたくし達が上位の成績に居ることは間違いないんだけどね。
「むっ」
「ふふ」
「うーん」
「あら」
リアン達と結果発表を見て思わず声が出てしまった。
「クロエが首位なのはともかくとして、リアンが三位とは珍しいですね」
「パイモンドが二位とは、頑張りましたね。あとで沢山おめでとうと言いませんと」
「わたくしは五位、リーチェは七位ですね」
「実技は妾が一位じゃ」
「けれども座学と総合順位はクロエが一位ですよ」
「むぅっ」
リアンは「やはりあの問題が」とブツブツと言い始めたので放っておく事にして、わたくしとリーチェは素直にクロエを祝福した。
クロエ、頑張ってたもんね。
「マルドニア様は六位、もう少し上を目指していただきたい物ですわね」
「十分だと思いますよ。そもそも、ほら、科目別でクロエの補佐として必要な部分はほぼ満点じゃないですか」
「それはそうですけれども」
「ふ、ふん。妾は経済学と経営学は満点じゃ」
「リアン、それに関しては私達は全員ほぼ満点です」
「むぅ。……ふぅ。しかし流石はクロエじゃな、妾は今回は自信があったのじゃがまさかの三位。言い訳をするのは見苦しいの、ここは素直に負けを認めよう。よくやったのじゃ、クロエ」
「ふふ、ありがとうございます。けれども、上位に名を連ねる方はあまり変動はありませんわね」
「そうでもないぞ、あ奴の名が無い」
「…………え、二十三位?」
わたくしが声を出して言うと、三人がそちらに目を向けて驚いたように目を瞬かせた。
一時期落ちたとはいえ、今までなんとか十位以内を保っていたのに一気に落ちたな。
成績だけが取り柄だったような物なのに、大丈夫なの?
攻略対象として息してる?
あ、でもヒロインはメイジュル様の婚約者になるからもう攻略者とかどうでもいいのかな?
「ふむ、弟に家督を取られそうになっているというのにこの成績では本当に『病気』で『静養』しなければいけぬの」
リアンの言葉にわたくし達はそれもやむなしと頷く。
長子相続の抜け道である、『長子が家を相続出来ない状況』にする一番の手段が『病気』だ。
もちろん、過激な所では亡き者にするっていうのもあるけど、長子が亡くなった場合はどんな状況であれ、国が徹底的に死因を調べるから中々その手段を取る家はないんだよね。
長子に生まれたがために愛しても居ない相手と政略結婚してとかほざく貴族も居るけど、どうせ愛人作るし建前上言っているだけだろうって思う。
本当に愛する人と家を捨ててでも結ばれたいっていうんだったら、自分で『病弱なので家を継げない』って宣言して廃嫡されればいいんだもん。
権利だけ主張して義務を果たさない貴族なんざいらねーんだよ。
わたくし達が結果も見たし移動しようとすると、ちょうどメイジュル様達がやって来たんだけど、メイジュル様とラッセル様はいつも下から見た方が早いのになんでいつも自信満々に上位の成績から見て行くの?
メイジュル様なんてまともに授業を受けていないのに。
こっちを睨まれたけど、ヴェルとルジャがいるせいか睨んでくるだけだ。
居なかったらこっちにリアン達に必要以上に接触しないっていう契約を忘れて怒鳴って来ていたかも。
「なっ、こんなの間違っている! 採点のやり直しを要求する!」
背後でルーカス様が騒いでいるのが聞こえたけど、自分の成績が悪いからって学院のせいにするのはよくないと思うな。
しかし、本当になんでいきなり成績が落ちたんだろう?
ルーカス様は一応真面目に授業は受けていたよね。
わたくし達はパビリオンに移動すると、防音の結界を張って肩の力を抜いた。
「ルーカス様はどうしていきなり成績が落ちたの?」
「うーむ、愚弟に付き合ってあまり家で勉学が出来ぬのかもしれぬな」
「付き合って、ですの? メイジュル様が何かしているのでして?」
「ほれ、前に話に出たであろう。ブロッサム伯爵家が引き取った娘」
「ええ」
「その娘とメイジュルが仮婚約をしたのじゃ。ルシマード公爵からどうやらまめに令嬢と交流を持つように言われているようなのじゃが、令嬢はまだ学院にも入っていないしマナーが完璧と言えず、王宮に呼ぶ事が出来ぬゆえ、メイジュルがブロッサム伯爵家に通っているようなのじゃ。ルーカスとラッセルは側近という事で付き合って会いに行っている可能性があるの」
「あの時に話した可能性が現実味を帯びてきたという事ですわね」
「うむ、あのルシマード公爵がただの伯爵令嬢とメイジュルを婚約させるとは思えぬからの」
「どうします? 長期休暇の間私達は王都を離れますが、その間に出来る限りアカリア様の周辺を調べておきましょうか?」
「そうですわねぇ。本当に素質があるのでしたら大騒ぎになりますわ。メイジュル様で納得してくれればいいですが、欲を出す愚か者ではないとは言い切れませんもの」
「ツェツィの邪魔はさせません」
……ああ! 聖女になってグレイ様を狙うかもしれないって言う事ね!
「大丈夫よ。聖女の地位を利用してグレイ様に近づいても、グレイ様は絶対に靡かないし、万が一靡いたら死ぬわ」
「そうですね、ツェツィ以外を見るとしたら万死に値します」
「あ、いやそうじゃなくてね。えっと、……やんごとなき方にわたくしだけを愛してくれるって誓ってくれているから」
流石に聖王と魔王に誓ったとはいえないよね。聖王はともかく魔王はなぁ。
「なんと! 兄上もやる時はやれるのじゃな」
「それでも身の程知らずという者は居ますわ。メイジュル様の婚約者になるというのでしたら、わたくし達も『最低限』の接触はあるでしょうし」
「王宮の方には妾の手の者を残して監視を続けさせておこう。あと、兄上の妃の方もそろそろ片づけるようじゃ。ツェツィを正式に婚約者と発表したからの、泳がせるのにも飽きたであろうし兄上の事じゃから叩いて埃を出すであろう」
「陛下のお妃様をすべて出してしまったらリアンのお母様が大きな顔をするのではありませんでしたか?」
「それなのじゃがな、我が母ながら汚らわしい事に離宮に男を引き込んでおるのが内々の調査で分かっての。いや、それに関してはもとよりわかっていたのじゃが、あろうことか子を宿したのじゃ」
「「「えっ」」」
「子供に罪はないという事で、安定期に入るまでは離宮に滞在するようじゃが、安定期を過ぎれば実家に帰される事になっている。表向きは『病気による静養』じゃな。そのうち『事故』に遭うやもしれぬ」
「今になって妊娠かぁ……避妊はしてたんでしょ?」
「そのはずなのじゃが、なんぞ不手際でもあったのじゃろう。相手の男は既に処分されておる」
「そうなりますと、今後の後宮の女主人は実質リアンになりますわね」
「妾だけでは無理じゃ。メイド長や女官長の手を借りる事になる」
「後宮のしきたりって独特でしょ? いきなりそんな事して大丈夫って。あー……」
「ツェツィ? どうかしましたか?」
「タイミング的に、わたくしとの婚約発表があったじゃない? お妃様を追い出して、リアンのお母様を追い出す事で堂々とリアンがメイド長と女官長を後宮に引き込む事が出来るようになるわけよ」
「ふむ、確かに今までは妃に仕える使用人に関しては実家の息が強くかかっていた者が多かったの。王子・王女は母親の手の者が多いことが殆どじゃ、妾は兄上が手配してくれているが」
「この機会に後宮を監視下に置こうとしているのかも。メイド長と女官長はグレイ様の直臣だし」
「じゃが、母上の妊娠のタイミングが合わぬぞ」
「そっちに関しては計画していたのがドンピシャでタイミングがあっただけかも」
わたくしの言葉にリアン達が「なるほど」と頷いた。
婚約云々はお爺様とお婆様の暴走もあったけど、後宮への手入れに関してはグレイ様はずっと計画していてもおかしくはない。
特に、メイジュル様がちゃんと婚約をするのであれば『前国王の王弟』に倣って王宮を出る事で貴族に要らぬ心配をさせないとでも誘導すればいい。
婿入りする人が実家を出て子供の頃から相手の家に住むのはそれなりに実例があるしね。
むしろ、家を大切に思うなら無駄な継承争いに興味はないと示す意味で率先してする人も多い。
「妃達を追い出す理由は、やはり不貞であろうな」
「避妊はしてるけど、目撃証言はしっかり取っていそうだもんね」
「妾も後宮を出てハンジュウェルの屋敷に移りたいが、そうなると後宮に誰も居なくなってしまうからの」
「あら、リアンが結婚して後宮を出たらどのみち同じでは? ツェツィもすぐに妊娠するとは限りませんわよ」
「正妃が居れば後宮の管理は正妃がする事になっているのじゃ。じゃから後宮に妃や王子・王女が居なくても問題はない」
「めんどくさいのね」
「大変ですね、ツェツィ。でも、私はいつだってツェツィを支えますよ」
「ありがとう、リーチェ。でもリーチェも結婚してすぐはパイモンド様を構った方がいいよ?」
「善処します」
あ、この顔はいずれわたくし専用のメイドじゃなくて女官になる気だわ。
まじもんの部下になる気だわ。子供の乳母もしたいって言ってたし、リーチェってばどれだけわたくしが好きなのっ! 照れちゃう!
ともあれ、後宮の問題はグレイ様に任せて大丈夫そうだし、メイジュル様の婚約に関しては乙女ゲーム補正がどこまで働くのかしらね。
もうリアン達には関係ないからわたくしはどうでもいいけど。