婚約発表
「ご覧になって、不仲と噂されているシャッセン侯爵家の方々がいらっしゃいますわ」
「今まで参加せずにプレゼントだけ贈っていたというのに、どういう風の吹きまわしだ?」
「前デュランバル辺境侯爵夫妻がお帰りになったからでは?」
「ご機嫌取りか?」
「いや、ロブルツィア殿とパルメシア殿は学院で仲良くしていたという。姪に会わないのは亡くなった妹君を思い出して辛いからと」
「そういえば、とても仲睦まじい兄妹と評判でしたものね」
「しかし、なぜ今年になって?」
「やはり、前デュランバル辺境侯爵夫妻がお帰りになった事が原因と思えますね」
「だから普段は領地に籠っているデュランバル辺境侯爵と跡取り殿が王都に来ているのか? 跡取り殿の奥方はまたご懐妊とも聞くが」
「愛人探しに来たとも思えませんな。先ほどから言い寄ろうとしているご令嬢やご夫人に冷たい態度と視線を向けている」
「となると、今日の誕生日パーティーで何か特別な事があるのでしょうか?」
はぁ、会場のあっちこっちからいろんな憶測を含んだ声が聞こえてくるわ。
そりゃそうだよね、張り切ったお爺様とお婆様のおかげで、今日の誕生日パーティーが予定以上に豪華な物になっちゃったんだもん。
グレイ様との婚約に至っては、あの日の翌日にほぼ無理やり予定を開けさせて直談判して、「うちの孫を守れないガキが国王? 笑えるな」とか言ったし。
あの時はお父様が顔面蒼白で頭を抱えていたわ。
大臣でお爺様とお婆様を知っている方々はお腹を抱えて笑っていたし、なんだったんだろう、あのカオス。
それで、まあ……わたくしはグレイ様の正式な婚約者になったわけなんだけど、本来なら発表を前にしても婚約者ならエスコートをすべきでしょう? だけどグレイ様はここにはいない。
というか、出るタイミングを待って居る。
お婆様が「サプライズですわ!」と言ったせいよね。しかもわたくしにも分からないとっておきのサプライズを仕込んでいるとか言われたし、恐怖感しかない。
それでも誕生日パーティーは今のところ問題なく進行されて行って、わたくしはあらかたの招待客からお祝いの挨拶を終えてちょっと休憩中。
「中々に面白い事になりそうですわね」
「クロエ、他人事だからって酷いですよ」
「あら、わたくし達にとっては念願の第一歩が叶う日でしてよ」
「そうじゃぞ。より可愛らしくなるツェツィに余計な虫が付く前に対処しておかねば」
「問題ありません。何があっても私達はツェツィの味方です。簡単に譲りませんから」
「リーチェ、貴女のたまに垣間見えるツェツィへの執着がわたくしはちょっと怖いですわ。相手はあのお方ですのに」
「関係ありませんよ。私は将来ツェツィの第一の部下になるんですから。そのための勉強も欠かしていません」
そうだね。影の人がリーチェは筋がいいって褒めてたもんねっ!
リーチェの言葉に仕方がないとリアン達が肩を竦めると、お父様がこっちにやってくるのが見えて視線を向ければ、おいでと手招きをされた。
「いよいよ発表かの」
「わたくしとしては、ツェツィも知らないサプライズなる物が気になりますわね」
「ツェツィのお婆様達はユニークな方々ですね」
「そうですね。このパーティーが穏便に終わるといいのですが」
「「「無理じゃな(ですね)(ですわね)」」」
知ってる。
内心でため息を吐きながら、優雅にリアン達の元を離れてお父様の隣に並ぶと、一段高い壇上の方に行く。
そこにはもう親族が揃っていて、特にお爺様とお婆様がものすっごくにこやかな雰囲気を纏っている。
こうなったら腹をくくるしかないよね。
グッと気合を込めてお父様と共に親族の列の中央に立つと、お父様が注目を集めるように手を叩いた。
一気に視線が集まり、何が始まるのかと、何が知らされるのかというような好奇の視線を向けられ、一瞬頬が引きつりそうになったけど、長年受けている淑女教育が功を奏してわたくしの微笑みが崩れることはなかった。
「本日お集まりの皆様。ここで重大な発表をしたいと思います。我が娘、ツェツゥーリアの婚約が決まりました」
お父様の言葉に会場がザワリと揺れた。
本来ならば婚約発表にはその相手が付き添う物なのに、わたくしの傍にはそういった人物がいないのだから、お父様の狂言では? と思っている人もいるのだ。
そもそも、わたくしはグレイ様の後宮に入るって噂されているしね。
「お相手は、……どうぞお入りください」
お父様がそう言うと、会場の扉が開き、そこからグレイ様が入場してくる。
この状況に会場のあちらこちらから「そんな」とか「まさか」とか言う声が聞こえてくる。
分かる、分かるよ。後宮に入る妃であれば『婚約者』とは言わないからね。
って、グレイ様の後ろに王太后様がいる!?
聞いてないよ!?
驚いている間にグレイ様はまっすぐにわたくしのところまで来ると、手を取って手の甲に口づけた。
「この日をずっと待っていた。ツェツィ、約束通りに私の正妃になってくれ」
蕩けるような笑みで言われて、わたくしは婚約の契約書にサインをした時以上に顔が赤くなってしまった。
あの時はテーブルをはさんでいたし、どっちかって言うとわたくしに有利な契約書に神経が向いていたから、この破壊力を真正面から受け止めるのは、くっそ油断した。
いや、クールになれ。わたくしは精神的には大人なんだから、ここは余裕を持って返事をするのよ。
「はい、陛下。ずっとお傍で陛下をお支えいたします」
「婚約者になったんだ。グレイと呼んでくれ」
「グレイ様」
「ああ、それでいい」
満足そうに蕩けた微笑みを浮かべ、そっとわたくしの頬を撫でるグレイ様に、思わず腰が抜けそうになったけど、がんばれわたくし。
「後宮の妃ではなく、正妃?」
「そんな、まさか」
「陛下は本気でおっしゃっているのか? こんな事が許されると?」
「後宮に居るお妃様達の立場が無いではないか」
「そもそも、まともに正妃教育を受けているのか?」
「そうだ、正妃になるというのなら、もっと前から発表があってもいいはずだ」
ざわざわと招待客達が話しているけど、聞こえているからな?
まあ、ルシマード公爵家の人間は招待していないけど、系列の家の人とか、後宮に入っているお妃様関係の家の人とかをわざと招待しているから、こういった文句が出るのは想定内。
「文句がある者は前に出よ。発表していなかっただけでツェツィが私の正妃になる事は以前より決定していた事だ。正妃教育も問題なく行っている。そうだな、王太后殿」
「ええ、ツェツゥーリア様の教育に関しては私が保証いたしますわ」
王太后様の言葉に、またもや会場がざわついた。
この婚約に真っ先に反対しそうなルシマード公爵家の娘である王太后様がわたくしの味方に付いたんだもんね。
「お、王太后様はご静養中ですので、正常な判断が出来ていないのでは?」
「そうです、陛下にご無理を言われているのではありませんか?」
ルシマード公爵家の系列の家の人がそんな事を口にしたけど、王太后様はその人達に冷たい視線を向けた。
「私に向かって随分と無礼な口を利くものですね。正常な判断が出来ないなど、私に対する侮辱以外の何物でもありません。なんでしたら私が正常であるという医師の診断書を全貴族に配りましょうか? そのうえで、社交界に復活し今までの間違った行いを悔い改めて陛下とツェツゥーリア様をお助けしましょうか? そもそも、この場で私に向かって発言をする事を誰が許したのです?」
「ヒッ」
王太后様の言葉に、発言をした貴族が顔を青ざめさせた。
このパーティーに参加するにあたり、多分だけどルシマード公爵家からちょっとした騒ぎならもみ消すから好きにしろとか言われていたのかもしれない。
グレイ様が居る以上そんな事をしたらただですむわけがないけどね。
「ツェツゥーリア様は、剣聖と名高いワルダール様、『塔』とも関わりのあるシャングレナ様も王都に残り支援なさるそうです。このお二人は諸外国にも顔が利きます、正妃の後ろ盾としてこれ以上の強い味方は居ないでしょう」
王太后様の言葉に、お爺様とお婆様はにっこりと微笑んで頷く。
すでに外務大臣が諸外国にお爺様とお婆様が今後はこの国に留まって、正妃になる孫の支援に全力を尽くすって書簡を出しているそうだしね。
あはは、話が進む時って一気に進む物なんだなぁ。
「私がツェツィを幼少期から寵愛していたのは有名な話だ。何をどう間違ったのか、後宮の妃と同レベルに扱うなどという噂が出回っていたのを放置していたのは、偏にツェツィの希望であったため。だが、私の婚約者として、未来の正妃として今後公務にも正式に就くツェツィに危険が及ばぬよう、いや、違うな。無駄な事をする輩が出ぬようはっきりさせておこう。ツェツィ、解放していいぞ」
「わかりました」
グレイ様の言葉に、わたくしはヴェルとルジャを出現させる。
その様子に、事情を知る人以外が息を呑んで硬直した。
「ツェツィと親しい者であれば知っていることではあるが、ツェツィには幼い時より聖獣と魔獣の加護が付いている。しかしながら、私がツェツィを寵愛するのはそのためではない。例え加護がなくとも、私はツェツィを愛し、傍に置きたいと思った。そして念を押していっておく、この二体は高位の存在であり、ツェツィに手を出せばそれすなわち己の死であると心得よ」
グレイ様の言葉に、硬直が解けていない人たちが微動だにしない。
大丈夫? 生きてる?
「ツェツゥーリア様に加護を与えている方々の存在については、私が保証いたしましょう」
そう言ったのはマドレイル様。自身も下位の聖獣の加護を得ているからわたくしが聖獣の加護を得ているっていうのは薄々気が付いていたのかもしれない。
「ツェツゥーリア様はこの上なく強い高位の聖獣と魔獣の加護を受けていらっしゃいます。こうして姿を現した以上、直接的であっても間接的であっても、危害を加えるのであればその者に待ち受けるのは容赦のない死です」
正確には聖王と魔王の加護だけどね。うん、まあどっちにしろ死ぬことに違いはないね。
マドレイル様の言葉に、硬直していた人達も少しずつ解凍されて行って、顔を見合わせたりしている。
これはあれだよね、この話はあっという間に社交界だけじゃなく国中に広まるな。
「フォッフォッフォ、なんともめでたいではないか。わしら『塔』の賢者もツェツゥーリア様の後見として鼻が高い」
突如現れた人物に、流石にグレイ様も一瞬驚いたようにわたくしの手を握る手に力が入ったけど、顔は微笑のままなのは流石だわ。
っていうか、『今日は』なんでそんな姿をしているのか聞きたいんだけど?
単なる変装なのか、魔法で姿を変えているのか、かなり興味があるわ。
「ツェツゥーリア様はわしらにとっても可愛い子じゃ。なにぞする不届き者がいれば、『塔』が制裁を加えよう」
どんどん出てくる重大発表に、招待客が軽いパニックを起こしているような気がしないでもないけど、うん……。
なんかすまん! モブなのにこんな特殊設定持ちで、本当にすまん!
だがわたくしは悪くねぇ! 悪いのはバランス調整を間違った運営と、クソシナリオを書いたライターだ!
そしてわたくしにも知らされていないサプライズって、王太后様と『塔』の介入だったのか!