リアンの婚約発表(後編)
それぞれの思惑はあるものの、表面上はお祝いムードという感じの中、それでも空気を読まない人間っていうのは居るわけで、改めてリアンやわたくし達家族に婚約のお祝いの挨拶をしに来る人に紛れて、やって来たよ、問題児共。
「驚きました。ついこの間まで平民だった人間と婚約するなんて、メイベリアン様は随分と物好きなようですね」
「ハンジュウェルは正しくデュランバル辺境侯爵家の血を受け継いでいる人間じゃ。しかも、『自分の実力』で爵位を得た者じゃぞ、妾の相手として不足はないの」
「それでも、所詮は平民で居た者じゃないですか、汚らわしい」
ルーカス様の言葉に、リアンが反論しようとしたところで、ハン兄様がリアンを抱き寄せて言葉を止めさせた。
「ルーカス様、よろしいでしょうか?」
「伯爵風情が口を利くなど生意気ですが、いいでしょう」
「おや、これは失礼しました。侯爵『子息』でしかないというのに、伯爵家の『当主』である僕に口を利くなと言うなんて、随分とユーモアがありますね。まあ、その事は今はよろしいでしょう。それにしても、先ほどから平民と随分おっしゃいますが、ルーカス様は新興貴族を随分と馬鹿にしていらっしゃるご様子ですね」
「当たり前でしょう? 所詮は成り上がり、純血の貴族である我々とは持っているものが違うんですよ」
「なるほど、ルーカス様は陛下の御考えにご納得なされていないという事ですね」
「は?」
「新興貴族を認めているのは全て陛下の承認があってこそ。それを認めないという事は、陛下の御考えを認めないという事ですからね。お父君が宰相閣下として陛下と共にこの国をより豊かにしようと努力している中、そのご子息はどうやらそうではないようですね。けれども、ルーカス様は『病弱』で幼いころから様々な事に精通していないと聞きますから仕方がありませんね」
「なにを」
「それに、『病弱』なのでメイベリアン様の婚約者を続けるのもつらかったのでしょう? 婚約者の義務も果たせないほど『病弱』なのですから、しかたがありませんね。学院を卒業したらどうなさるおつもりですか?」
「そんなもの、家を継ぐために勉強をするに決まって」
「ははは、ルーカス様はご冗談が上手ですね。『病弱』な方が家を継ぐのは難しいでしょう? それに、宰相閣下もルーカス様のお体の事を考えて家の事を一切任せた事が無いと聞いていますよ」
「そんな事は……そんなっ」
ルーカス様は、ハン兄様に言われて初めてクロエが小さな時からしているような領地経営の勉強とか、家の管理の勉強、官僚になったりするための勉強を一切していない事に気が付いたみたい。
宰相閣下も、最初は普通の勉強で忙しいんだろうと思っていたみたいだけど、リアンから現在の政治を全く理解していないって聞いて、あれやこれや確認したりこっそり試験してみて、全く理解しないどころか興味を示さないと分かり、再教育に専念したんだけどね、無駄だったわ。
弟さんは幼いながらに必死に勉強してるんだって。
同じ血を持っているのにこの差は何なんだろうねぇ。
ハン兄様に言い負かされたルーカス様はふらりと一歩下がった。
その代わりという感じに今度はメイジュル様はニヤニヤ笑いながら一歩前に出る。
「伯爵家に嫁入りなんて、ついに自分の身の程をわきまえたのか? ふん、偉そうにしておいて結局は伯爵家か。しかも新興貴族とは笑わせてくれる」
「お前は兄上が認める事を否定するようじゃな? なんじゃ、自分の方が正しく偉いとでも言うつもりかの? その根拠はなんじゃ? お前を可愛がっている王太后の実家とやらかのう?」
「吠える事が出来るのも今のうちだけだ。俺はやはり選ばれし人間なのだと分かるのだからな」
ニヤニヤと笑うメイジュル様に、わたくしはやっぱりヒロインとの婚約が進んでいるんだって内心嘆息した。
元平民となんて嫌だっていうかと思ったけど、光属性を持つっていう特別な人間を嫁にする俺すごい! みたいな感じなのかな?
ただ光属性を持ってるだけじゃ聖女になれないって、ちゃんと理解しているのかしら?
してなさそうだなぁ。
そもそも、一年近くあるけど本当に貴族教育を落とし込めるんだよね?
乙女ゲームみたいに礼儀知らずな行動をしまくったりはしないよね?
不安だわぁ。ゲーム補正がどこまであるのか分からないしね。
今は他国からの留学生もいるんだし、馬鹿な真似はして欲しくないのよ。
「そなたが選ばれし? そうじゃな、おぬしのような人間はある意味選ばれているのじゃろうな」
「なんだ、やっと気が付いたのか?」
「妾では、おぬしのような愚行は出来ぬゆえ、王家の恥部をこれ以上ないほどに晒してくれるなどのう。そういう意味では選ばれし者じゃな」
「なっ」
リアンの言葉にメイジュル様が顔を真っ赤にする。
プライベート以外でそうやってすぐに感情を顔に出すのって良くないと思うんだけどねぇ、メイジュル様って王族なのに。
まぁ、勉強から散々逃げ回ってるから分かんないのかもしれないけどさ。
「……ふん、お爺様が言うなと言うから言わないが、俺の婚約者を聞いてひれ伏す事になるぞ」
「おや、ついに孕ませたどこぞの令嬢に責任を取る事になったのかのう?」
「は? 勝手に孕んだ女の事なんか俺には関係ない」
はい、サイテー。クズ発言いただきました。
「ふん、愚弟なんぞに巻き込まれた令嬢が哀れじゃな。自業自得な面もあるがの」
「この俺に相手にされるんだ、光栄だろう」
「どの口が言うのじゃろうな。ルシマード公爵家が愚弟をどうするのか、兄上はご存じなのかの?」
「兄上に何の関係がある?」
「兄上は我が国の国王。王族の行く末は全て兄上が把握しておくべきであろう? そのような簡単な事も分からぬのか? 愚かすぎて頭が痛くなりそうじゃ」
リアンは扇子を開いて顔の半分を隠すと、ハン兄様の腕に自分の手を添えて、メイジュル様達から離れる準備をする。
通常なら、これであとはお別れの挨拶をして終わりなんだけど、果たしてあの馬鹿は分かるかな?
「ともあれ、妾達は忙しいゆえ、これで失礼する」
「おい、俺はまだ話があるんだが?」
「そなた達ばかりに時間をかけるわけにはいかぬのじゃ。仮にも王族であれば分かるものだと思うのだがのう」
「は? 俺の意思が最優先されるに決まっているだろう。伯爵家如きに嫁入するしかないお前と俺は違うんだからな」
「伯爵家、如きとな?」
「かろうじて上位貴族ではあるが、上位貴族の中では最も底辺。所詮は上位貴族のおこぼれに縋っているしかない存在だろう。そんな低俗な奴らの仲間入りをするなんてな、同じ王族として恥ずかしい」
メイジュル様の言葉に、会場内に居る伯爵位以下の人達が一気に冷たい視線をメイジュル様に向ける。
大人の夜会とまではいかないけど、リアンの誕生日だよ? 大規模なパーティーでいろんな爵位の人が集まってるんだよ?
当たり前だけど、たった今メイジュル様がこき下ろした爵位以下の人も大勢いるわけだ。
まぁ、メイジュル様に娘を押し付け、じゃなくて売り込んでいる家は自分の所は例外とか思うかもしれないけど、基本的には馬鹿にされてるって思う家が殆どだよね。
「妾も、そなたのような愚弟が居ること、誠に恥に思っておる。ハンジュウェル、挨拶が済んでいない者がいるようじゃし、そちらに向かおう」
「そうですね」
「王族自らが出向くとは、情けないな。ああ、伯爵家に嫁入りするのだから王族ではないのか、哀れだな」
リアンはそう言うメイジュル様を無視して離れて行った。
メイジュル様は本当に懲りないっていうか、どうやったらあの気質から攻略対象になるんだろう?
それを言ったら、廃嫡確定のルーカス様も、没落確定のラッセル様もなんだけどね。
メイジュル様と婚約する事になるヒロインは泥舟で荒波に乗り出すような物だよね。
いい子(?)なら助けたい所なんだけど、でも、乙女ゲームのヒロインの性格って流されやすい、なあなあ気質なんだよね。
長い物には巻かれろっていう感じで、後半になると虎の威を借るっていう感じになるし。
でも、貴族教育をしっかりされるんだったら、大丈夫かな?
平民として生きている期間が長いのに、母親を失ってすぐに貴族教育を詰め込まれて半年後には貴族の同い年ぐらいの子の中に放り込まれるのは、やっぱり可哀想だもんね。
ショックはあるものの、少しずつでも前向きに貴族としてのマナーを覚えて行けばいいと思おうよ。学院が始まる前に!
噂でしかないけど、ブロッサム伯爵は新しく引き取った庶子をとても気に入っていて、ドレスや宝石を買い与えてそれはもう可愛がっていると吹聴しているそうだ。
跡取り息子さんの方も、妹に取られてしまってとか言っているから、嘘でない限り大切にされているんだろうね。
社交シーズン中はグレイ様と簡単に会えないから確認出来ないけど、影を通して情報は入ってくる物なのよ。
学院に通っていないから、社交の場には出てこないし、勉強を詰め込まれている最中だから外出も出来ない状況で、その事は不満に思いつつも、母親が亡くなっても衣食住が保証されている場所があるっていう事には感謝しているんだって。
普通はそうだよね。
でも、乙女ゲームの中のヒロインは母親が亡くなって、家族とは気まずくて学院で攻略対象と一緒に過ごしている時間が癒し、とか言っちゃうんだよね。
貢物も遠慮なく貰っちゃうし、ヒロインの特性上仕方がないのかもしれないけど、どうなんだろう?
現実はともかく乙女ゲームの時点では相手は婚約者が居るのになぁ。
平民でも、婚約者が居る異性から贈り物を貰ったり、二人で出かけるとかしないと思うんだよね。
少なくとも、我が家に仕えている使用人から聞いた話では無いらしいよ。
実際にヒロインに会ってみたいけど、学院に通う前の令嬢に会う事は出来ないのよ。
わたくし達親友は学院に入学前に女子会したけどね! あれはかなり特殊なの、グレイ様の権力をフル活用した感じだわ。
あとは、あのナナルリーア様だね。学院に通ってないけどあれも例外だねぇ。
身分詐称されるとは流石に思わなかったもの。
あれ以降はお茶会の出入りが厳しくなったから、よかったと言えばよかったのかもしれないけど、常識があればそもそもあんな事はしないのよ。