女子会しーましょ
「ツェツィ、聞いてもいいか?」
「なぁに、グレイ様」
「前世のツェツィは、何か特殊な職業にでもついていたのか?」
「普通のプログラマーだけど?」
「ぷろぐらまー?」
「あー、えっと。別に特別な仕事っていうわけじゃないって事」
「しかし、その割には持っている知識が……」
グレイ様の言葉に、わたくしは思わず苦笑してしまう。
「わたくし、前世から興味がある事は徹底的に調べるのが趣味で、一部の知識では歩くウィキって呼ばれていたわ」
「うぃき?」
「えーっと、辞書みたいな?」
「そうなのか。そういえば、魔法にも興味があると以前言っていたな」
「ええ、魔法なんてファンタジーそのものだもの。わたくしは生活魔法と風魔法しか使えないけど、魔力量はかなりある方みたいだし、その気になれば魔法士として働けるかもしれないわ」
「それは、よくないな」
グレイ様が思いのほか暗い声で言うので、わたくしは「わかってる」とため息をつく。
「わたくしだってデュランバル辺境侯爵家の娘よ。いずれは家の為に嫁に行くのはわかってるわ。でも、まだ子供なんだし、仮婚約もないんだもの。少しぐらい夢を見てもいいじゃない」
「いや、そうでは……。そうなるのか?」
「そういえば、リアンは仮婚約を済ましているのよね?」
「ああ、宰相の息子が相手だ」
そっかぁ。やっぱりそこは変わらないのかぁ。
「第二王子様も、仮婚約しているの?」
「アレが気になるのか? ああ、ハウフーン公爵家の長女との仮婚約が済んでいる」
「じゃあ、騎士団長の息子は?」
「騎士団長の息子? ……まだじゃないか? どうしてこんなことを気にするんだ?」
「えっと、わたくしはまだ仮婚約をしていないから気になったの」
将来悪役令嬢になる子を救いたいとか言えないわぁ。それ言ったら、グレイ様が隠しキャラだってこともゲロっちゃいそうだから言えないわぁ。
でも、王立学院に入る前に、悪役令嬢と交流を持つのも悪くないかも。
「グレイ様、わたくし、お願いがあるの」
「何でも言ってごらん」
「お茶会がしたいわ」
「私としているのはお茶会じゃないのかな?」
「言い方を変えるわ。女子会をしたいの」
「じょしかい?」
「女の子だけでキャッキャウフフするのよ」
「まて。ツェツィは同性愛者じゃないよな?」
「女の子は可愛いと思うけど、恋愛対象じゃないわ」
「そうか。しかし、その……」
「キャッキャウフフ?」
「ああ、それはどういう意味で言っている?」
「おしゃべりしたり、お酒は飲めないからお茶を飲んだり、愚痴ったり、とりあえず楽しもうっていう感じ」
「ああ、そう言う意味か」
グレイ様はほっとしたように息を吐き出した。
まったくもってひどい勘違いをされたものだ。前世ではギャルゲーも嗜んでいたけど、可愛い女の子が好きなのであって、決して同性愛者ではない。
「つきましては、リアンと、ハウフーン公爵家のクロエ―ル様と、オズワルド侯爵家のマルガリーチェ様をお招きしたいわ」
「なぜその人選なんだ?」
「だって同い年だもの」
「他にも同い年の令嬢はいるだろう」
「爵位的にも釣り合うでしょう?」
首を傾げて言うと、グレイ様は一瞬頷きかけて、ふとわたくしを見てくる。
「人選に他意は」
「ないわ」
ごめん、ありまくるわ。
「まだ社交が始まっていないのに、王都に居る貴族令嬢の名前を何故知っている?」
「乙女の秘密よ」
前世でやってたゲームの知識ですとは言えんのでなっ。
「わかった。メイベリアンもツェツィを独り占めするなと抗議をしてきているし、近日中にお茶会の席を設けよう」
「ありがとう、グレイ様」
「……お礼はキスでいいぞ」
「なっ」
いきなりの言葉に顔が真っ赤になる。
「ロブルツィアに聞いた話によると、デュランバル辺境侯爵家の騎士団で行われた武闘大会で、優勝した騎士団長に祝福のキスをしたそうじゃないか」
「去年の話じゃないっ」
「いいじゃないか、キスなんて挨拶のようなものだろう」
色気を滲ませたイケボで、わたくしの唇をふにふにしながら言うのはやめてもらえませんかねぇっ。
「ぐっ。しゅ、淑女は家族以外にそんな簡単にキスはしないわ。婚約者や恋人でもあるまいしっ」
「それもそうだな」
グレイ様がそう言って、わたくしの唇から手を離してくれたのでほっとすると、グレイ様の顔が近づいてきて頬にキスをされた。
「なっなっ……」
「私は国王だから、好きな相手にはキスをして構わないはずだ」
「そんな暴論って、なんでそんなにいっぱいするのっ」
何度も顔のあっちこっちにわざとリップ音を立ててキスをされて、わたくしのライフが減っていく。
喪女舐めんなよ。
「ツェツィがかわいいからだな」
「そんなの理由にならないわ」
ぷくぅと頬を膨らませると、また頬にキスをされた。
多分どころじゃなく、わたくしの顔は真っ赤になってる。
くっそ。イケメンイケボの力を幼女に使うなんて、隠しキャラのくせにっ。
その後も、顔や取られた手に何度も軽いキスを続けられ、わたくしは意識を飛ばしかけつつも、最後は「もうこれ以上したら嫌いになる!」と捨て台詞を吐いたところで終わりになった。
数日後、グレイ様は約束通りお茶会の席を設けてくれた。
「ツェツィ。会いたかったですわ」
「久しぶり、リアン。わたくしも会いたかったわ」
友人との再会を喜びつつも、わたくしは少し離れた位置に座って、メイドにお茶を淹れてもらってこちらを眺めているグレイ様をちらりと見る。
なんでいるのかなぁ?
「今日のお茶会はツェツィが希望したのですってね。兄上ってばツェツィを独り占めするなんて、本当にずるいですわ」
「まあ、用事があったからね」
手紙のやり取りをしているうちに、リアンに対して敬語はいらないと言われているので、フランクな口調で話しているが、そんなわたくしを見て、クロエール様やマルガリーチェ様は驚いて目を見張っている。
内心の動揺をそれだけで済ませているのは、淑女教育の賜物だろう。
さて、わたくしは辺境侯爵家の娘という事もあり、位置的には公爵家よりは下、けれども侯爵家よりは上という微妙な所。
すっと視線をリアンに向けると、リアンも心得たものなのか、すっと表情を王女様モードに切り替える。
「初めまして。妾は第三王女のメイベリアン=ジャンビュレングですわ。こちらは、わたくしの親友のツェツゥーリア=デュランバル辺境侯爵令嬢です」
「初めまして。デュランバル辺境侯爵家の長女、ツェツゥーリア=デュランバルです」
「私はハウフーン公爵家が長女、クロエール=ハウフーンと申します」
「わたしはオズワルド侯爵家の次女、マルガリーチェ=オズワルドと申します」
貴族社会では、下の身分の者が上の身分の人に話しかけるのはご法度。それが許されるのは気心の知れた友人である場合のみ。
ただし、身分が上の立場の人が紹介したのであれば話はまた変わってくる。
本当に面倒くさいよね。
「それで、お聞きしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「なんでしょう、クロエール様」
「貴族の令嬢は、王立学院に通うようになってから社交をするのが基本です。本日は、どのような意図でお茶会を?」
「そうですわね。妾も気になっていますわ。ツェツィの人選だと聞きましたけれど」
「わたくし、辺境領にいますでしょう? 王都の事に疎くて。リアンから手紙でなんとなくは知ることが出来るのですが、同い年の方とお話をして王都の事を知りたいと思ったのです」
もっともらしいわたくしの言葉に、三人はなるほど、と頷く。
素直っていいと思うよ。
「ツェツゥーリア様は、メイベリアン様と仲がよろしいのですね」
「はい。リアンはわたくしの初めてのお友達です」
「ツェツィ、ただの友達ではありませんわ。親友ですわよ」
「そうだったわね。ごめん」
リアンは、どうやらメイドが持ち込んだ小説を読んで、親友というものに憧れを持ったらしく、それなら早速と、友人であるわたくしを親友認定したらしい。
かわいいから全然ウェルカムだよ。
「けれど、王女に対してその口調は如何なものかと思いますわ」
「構いませんわ。兄上が妾に自慢してきたのです。自分はツェツィと愛称で呼び合う仲で、ツェツィは敬語も省いた親しい仲だと。ツェツィの親友は妾なのにっ。なので、妾にも敬語をやめるように言ったのですわ」
「陛下にも!?」
「それは、不敬なのではありませんか?」
「兄上が望んでいる以上、不敬にはなりませんわね。それに、一応人前では淑女然としていますわ」
「……でも、先ほどはメイベリアン様に対して、その、砕けた口調を」
「ああ、申し訳ありません。久しぶりに親友と会えたので、つい興奮してしまって。お恥ずかしいです」
そう言って頬を染めると、なぜか三人も頬を染めた。
「かわっ……、こほん。ツェツゥーリア様は王都のどのような事をお知りになりたいのですか?」
「そうですね。恋愛事情でしょうか?」
「まあ、ツェツィ。社交もまだの妾達にはまだ早い話ではありませんか?」
「でも、リアンもクロエール様も、仮婚約を済ませているのよね? もしかして、マルガリーチェ様もですか?」
「え、ええ。先日、騎士団長のご子息との仮婚約が成立しました」
くぅっ遅かったか。マルガリーチェ様は幼馴染に思いを寄せてたんだけど、それに気が付く前に婚約のせいであきらめざるを得ないんだよね。
でも、ずっと心のどこかで好きな人と婚約者を比べて、そのせいで不貞を疑われるようになるはず。
そんなのあんまりじゃないかっ。
「皆様、その仮婚約は受け入れることが出来るんですか?」
「家の為に婚約、いずれは婚儀を迎える。それが貴族の令嬢としては常識です」
「でも、気になる人とかいませんか?」
「何をおっしゃりたいのかしら?」
伝わらないよねっ。五歳だもんねっ。いや、マセガキだったらだれだれちゃんが好きとか、だれだれちゃんと結婚するとか言いだしてもいいんじゃない?
「一緒に居たい人とか、一緒に居ると心が温かくなる人とか、そう言う人はいませんか?」
「妾は、生憎同年代の異性に会ったことがありませんわ」
「私もですね。まだ社交が始まっていませんので、そう言う機会はありません」
「……わたしは幼馴染は居ますが、兄弟のようなものですので」
言い淀んだね? 今、言い淀んだよね?
「もちろん、家の為に婚約や婚儀をする重要性はわたくしもわかっていますし、わたくし自身、お父様の決めた相手に嫁ぐつもりです。でも、心に誰かが居るのなら、きっとその気持ちを押し隠すようなことになったら、辛いと思うんです」
しみじみとマルガリーチェ様を見て言うと、マルガリーチェ様は困ったように眉を寄せ、首を傾げる。
まだ自覚なしかぁ。自覚するのって、婚約者に会った時に、幼馴染との違いに気が付いてっていう感じなんだもんね。まだ仕方がないのかなぁ。