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肉の塔

「ツェツィ、言われるがままに作っていたのじゃが、あの肉の積み重ねた塊は何に使うのじゃ?」

「ケバブを作るのよ! うまくいけば新しいアンジュル商会の商品にもなるわ! 露店売りよ!」

「あの肉の塊を売りますの!?」

「削ぎ落してピタパンで包んで他の野菜なんかと一緒に食べるのよ」

「ピタパンというのは、この薄いパンですね?」

「そうよ! 最近お肉の質もだいぶ上がって来たし、普通に食べる以外の方法も考えてたのよ。そこでピーンと来たの、肉の塔を!」


 この日の為に作らせた専用の調理器の前でわたくしは胸を張る。

 酪農関係者の方から、お肉の他の料理はないかと相談を受けていて、お肉メインの料理を考えていたんだけど、いい物を思いついたわぁ。

 クレープもかぶりついて食べるのははしたないとかいう貴族には向かないかもしれないけど、きっと平民には受け入れてもらえると思うのよね。

 見た目のインパクトがすごいし!

 わたくし達はスパイシーな香りを漂わせる厨房でのんびりとお茶をしつつ、肉が焼きあがるのを待っている。

 いやぁあれだよね。

 バームクーヘンを作った時もそうだったけど、出来上がるのが待ち遠しくて小腹が空くわ。

 コック達はわたくしの指示で積み重なっていく肉の塊に顔を引きつらせていたけれど、今はたまに肉の塔をクルクル回転させて焼け具合を確認している。

 この国は別に宗教上食べられないお肉はないけど、今回使ったのは牛肉。

 販売ルートに乗ったらバリエーションを増やしてもいいわね。

 味付けも変えて、各露店独自の味にしたら食べ比べも出来るかもしれないし。

 ソーセージは最初は腸詰っていうことでビビられたけど、結局は受け入れられたし、やっぱり貴族より平民の方が柔軟性があるわ。


「しかし、あの肉の量をどうやって消費するのじゃ?」

「そうですわね。この屋敷の方々全員に配ってもあまるのではありません?」

「……いや、いざとなれば試作品として出せばいいし?」


 いやね、実験するのでお肉下さいって言ったら、大量のお肉が届けられてその結果、長さ一m、幅五十cmの肉の塔が完成したけど。

 あれだわ。

 前世の露店で見かけてたのがこのサイズだから違和感なかったわ。

 確かに言われてみればちょーっと多いかもしれないけど、うん、いざとなったら本当に試作品としてアンジュル商会の露店をよくご利用してくれている人たちに配ればいいし、何とかなるなる。

 若干顔を引きつらせながら言ったわたくしに、三人は軽くため息を吐き出すと話題を変えてくれた。


「ルシマード公爵家がハンジュウェルが次期商会ギルドの長になる事を突き止めたそうじゃ」

「あらま、意外と早かったわね」

「長の補佐として動き回っているからの、下らない損得勘定に長けているあの者どもには分かりやすかったのじゃろう。そこまで隠しても居なかったのもあるがの」

「ふーん。……ああ、それでハン兄様にわけの分からない贈り物が届けられるようになったのね。受け取らずに送り返しているけど」

「それだけではないぞ。ヤンヴェナ伯爵家の娘を嫁にしようと画策しているそうじゃ」

「まあ、あの素行不良のご令嬢を? ハンジュウェル様もご迷惑ですわね」


 ヤンヴェナ伯爵家はルシマード公爵家の系列の伯爵家で身内での序列はそれなりに上の方だったはず。

 しかしながら、お分かりの通りの貴族至上主義派で子供達ももれなく貴族至上主義として教育を施されている。

 中でもあの伯爵家の娘となれば自分より爵位が上の人にはへりくだり、下の人は見下し、使用人や平民は石ころと考えているような人であり、尚且つ自分は嫁に行くのだからと勉強はろくにせず、学院には男漁りに来たのかと思うような行動を繰り返す阿呆だ。

 メイジュル様に媚を売る令嬢の一人でもあるよね。

 そんな人がハン兄様のお嫁さんになるとか、ふざけんなよ? 妹として許すわけないじゃん?

 戸籍上はハン兄様はもうデュランバル辺境侯爵家の人間じゃないけど、わたくしの兄なのよ?

 全力でリアンとの仲を応援するに決まってるでしょ。


「まあ、いずれにせよ権力でどうにかしようとも、社交シーズンが始まってすぐに商会ギルドの長になって授爵が決まっておるし、妾の誕生日パーティーで婚約発表なのは決まっておる」

「気を付けなければいけないのは、襲われて既成事実を作られて責任を取れと言われることですね」

「それは確かに気を付けないといけませんわね」

「お酒に酔わせては無理だろうから、媚薬を盛るとか?」

「ツェツィ、今のハンジュウェルに暇な時間などないぞ。睡眠時間まで分単位で決めて働いておるからの」

「あ~」


 あの体力回復の魔法薬はまだ使ってないのか。


「わたくし達との商談もあまり行えていませんものね。リアンは少し寂しく思っていますのよ」


 からかうようなクロエの言葉に、リアンが顔を赤くしながら小声で「そんなことは」ともごもご言っている。

 可愛いねぇ。


「と、とにかくルシマード公爵家の動きには気を付けた方がよいの。何やら他にもこそこそと動いているようじゃし」

「他?」

「クロエとの婚約解消でメイジュルは見放されたと思ったのじゃが、未だにルシマード公爵がメイジュルの離宮に出入りを続けておる。まあ、それで言えば娘を連れた貴族の出入りも続いているのじゃがな」

「今のメイジュル様の価値ですか。有力な令嬢は既に予約済みですし、目をかけるほどの物がありますかしら?」

「ん~、無い事はないかなぁ」

「「「どんな?」」」


 三人の問いかけに、わたくしは答えていいものか悩んでしまう。

 乙女ゲームのヒロイン、すなわち光属性を持った令嬢の婚約者にして、その令嬢が聖女になればメイジュル様はその夫として付加価値が上がる。

 と、ルシマード公爵家は考えているんだろうしな。

 ブロッサム伯爵家がグレイ様の言いつけを守らず、というか、そのご夫人がお茶会でルシマード公爵夫人に養女にした娘が光属性である事をゲロったのは影が確認済み。

 この件に関してはグレイ様からブロッサム伯爵家に抗議が入っており、ブロッサム伯爵夫人は領地に謹慎処分になっている。


「まだ言えないけど、将来有力になるかもしれない令嬢が居るのよ。ルシマード公爵が狙っているのはその令嬢との婚約でしょうね」

「有力になるかもしれない令嬢ですか? けれどもメイジュル様は功績も上げていないので婿入りするしかない身ですよね。クロエの言ったように目ぼしい家の跡取り令嬢は予約済みですよ?」

「順調に問題なくいけば、授爵するかもしれない令嬢よ」


 そう言ったわたくしの言葉に、リアン達が少し考えて首を傾げる。

 分からないと眉間にしわを寄せたリアンとクロエとは違い、リーチェはもしかして、と頬に手を当てた。


「ブロッサム伯爵家に新しく庶子として引き取られたご令嬢が関係していますか?」

「あら、ブロッサム伯爵は新しく愛人をお作りになったのですか?」

「いえ、私達と同じ年のご令嬢だそうです」

「それは珍しいの」

「なんでもお母様と最近王都にいらっしゃったのですが、そのお母様は馬車の事故が原因でお亡くなりになったそうです。それで父親であるブロッサム伯爵を頼ったのだと聞きました」


 リーチェ、貴女の情報網はどこまで広がってるの? ちょっと怖いよ?


「ふむ、今年の編入には貴族教育が間に合わなかったという事かの。しかし、その娘が関係しているとは?」

「そうですね、ブロッサム伯爵家には既に跡取りがいらっしゃいますが、その上でメイジュル様が婿入りしても構わない状態になるのだとすれば、と考えれば確率はかなり低いですが聖女の素質があるのでは?」

「「なるほど?」」


 こっわっ、リーチェの推理力がこっわっ!


「しかし、聖女となるには光か闇の属性を持ち、なおかつ王侯貴族と平民に認められるだけの功績を出さねばならぬ。自称聖女では爵位は得るこは出来ぬぞ」

「そうですわね。ルシマード公爵家の系列が一枚岩になって聖女だと主張しただけでは足りませんわね」

「だから、素質なのでは? ねえ、ツェツィ?」


 リーチェが微笑んで言うので、わたくしは降参の意味を含めて両手を上げた。


「……まあ、あくまでもこれは私の推測ですので」

「そうじゃな。可能性の推測じゃな」

「ルシマード公爵家がメイジュル様を他の事に利用する可能性もあるかもしれませんわね」


 わたくしが何も言わないのでリアン達はそう言ってお茶を一口飲んだ。

 うーん、物分かりのいい親友達で助かるわぁ。

 でも、実際にもうルシマード公爵家にヒロインの事が漏れているんなら、婚約させてもおかしくはないよね。

 ヒロインが最初から攻略対象と婚約者ってシナリオ的にどうなの? って思わなくもないけど、それもありなのかなぁ?

 リアン達は完全に婚約解消(破棄)しているし、必要以上に接触しないってなっているし、そもそも根本的な所でヒロインに対して何かするメリットなんてないし、冤罪ぶっかけようにもメイジュル様達とリアン達とでは学院内での評判が桁違いだし。

 家に圧力かけるなんてそもそも出来ないしねぇ。


「けれども、もし聖女が誕生するとなれば、諸外国がうるさくなりますわね」

「『塔』もじゃ」

「この近辺で前に聖女が出たのは、魔王を封印した時じゃったな」

「そうですね。少数精鋭で封印に向かったとあります。けれども、聖女が亡くなったその後は近隣の国で小競り合いがしばらく続きましたけど」


 そうなんだよねぇ、今でこそ落ち着いてるけど百年ぐらい前までは小競り合いが続いていたんだよね。

 別に、誰かが率先して止めようとか言ったわけじゃなく、自然に小競り合いが減って行って今の状態に落ち着いたそうだけど、百年かけて同盟や条約を強化するために王族は国内に留まる以外にも国に嫁入り婿入りは当たり前だったらしい。

 その慣習は今でも続いているよね。

 グレイ様にも他国から妃に迎えて欲しいっていう打診が来ているそうだし。

 いやね、わたくしを構っているせいでグレイ様ってば幼女趣味の噂があるじゃない?

 年が合わなくても(かなり下)でも受け入れるだろうって、未だに申し込みがあるそうなのよ。

 外務大臣がニヤニヤしながらグレイ様に釣り書き持って来てたもんね。

 あの人、グレイ様がわたくしだから好意を持っているって知っているのに、「折角の申し込みなので、直筆でお返事を」って未だに持ってくるんだよ。

 完全にグレイ様で遊んでるわ。

 でもわたくしには優しいおじ様だから何の問題も無い!

 むしろ、諸外国及びちょっと遠い国の言語及び習慣、マナーや歴史なんかを腐らずに勉強しているわたくしを率先して褒めてくれるわ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 外務大臣…楽しそうですね(笑) そして諦めないルシマード公爵… その意欲を他に使えば…(笑)
[一言] 記憶が戻ってヒドイン化するのはある意味救いなのかもしれませんね。 メイジュルの婚約者なんてまともな神経ではやっていけませんし。 親が他の派閥に所属していれば記憶が戻らないほうが良かったと言え…
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