足音が聞こえて来た
「ツェツィ、次の長期休暇に鉱山を稼働させるそうだな」
「そうなのよ。この間の長期休暇の間はその調整でちょっと忙しかったわね」
グレイ様とのお茶会で、麩焼きせんべいを食べつつ頷く。
表面に薄く黒糖(数年前に手に入れた)を塗る事で結晶化して、食べるとパリっとした食感なのにホロホロと口の中で蕩けて行くのがいいんだよ。
ふふ、このお菓子を作るのには苦戦したわ。
でも食への拘りは捨ててはならない! それがわたくし!
あ、麩焼きって聞くとお麩を使ってると思うかもしれないけど、材料はお米だから。
はぁー、日本茶が美味い。
「領地の方も整備が整ったと聞くし、相変わらず仕事が早い」
「どこかの誰かさんが優秀な人を派遣してくれたからねぇ」
「自ら喜んで立候補していたぞ」
「王宮での出世の道をそれてまで来る意味があるのかなぁ?」
「意味を持たせるように動いておいて何を言う」
あらま、お見通しかぁ。
王太后様の意見もあって、わたくしの領地で現地実績を積んだっていう功績を持つ事で、王都に戻ってもすぐに重要役職に就けるようにってこっそり動いてたんだけどな。
そう思いながら、ちょっとだけ元に戻った距離に座っているグレイ様を見る。
「折角地方で実績を作ってるんだよ? 中央で生かすのも手でしょ」
「派遣された者が戻りたいと思えばな」
「その点はどうなのかなぁ?」
無茶苦茶活き活き働いてくれているもんね。
結婚した人もいるし、そういう人は王都には戻らないかもなぁ。
「そもそもだな。正妃になったらどちらにせよ領地経営は基本的に任せることになる。新しい者に交代でやらせるよりは、初めの頃から知っている者に任せる方が安心だろう?」
「それはそれで、新しい風が吹かなくなるからよくないと思うわ」
その手の采配は難しいところよね。
わたくしよりも、グレイ様の方が得意そうだけど、どうなんだろう?
再びお茶菓子を手に取って口に運んで、う~ん、と考えていると、グレイ様がクスリと笑う。
「まあ、好きにやるといい。私も出来る限り手を回しておく」
「それはそれで怖いわね」
呆れながらパリっと一口齧ると、じゅわっと上品な甘みが口の中に広がっていく。
とりあえず、鉱山の採掘が始まってすぐに大当たりとかが起きない事を願っているわ。
当たったら当たったで、砕くんだけどね。
ただ、魔石の大当たりが出ると砕く事が出来ないからちょっと面倒なのよ。
聖王と魔王の加護がどこまで影響するか分かんないのよねぇ。
本人たちに聞いても、愛し子の資質によるとか意味不明な事を言われたし。
「そういえばブロッサム伯爵家が新しく庶子の娘を引き取ったそうだ」
「ヒロインだとしたらちょっと早くない?」
乙女ゲームの設定では、乙女ゲームが始まる半年前に引き取られるはずだよね。
「長期休暇の時期が終わった後、母親と共に王都に来る途中、馬車の事故に遭って母親が大怪我を負ったんだが、王都についてから全財産を治療費に充てたものの、その甲斐なく怪我が原因で亡くなったそうだ」
「何で王都に?」
「今の王都は過去に例がないほどに栄えているからな。職を探しにでも来たのだろう」
「そうなのかぁ」
「そこで、その母親が亡くなる前に娘に実の父親の事を伝え、母親が亡くなった後に一人で父親の元に行って面会したんだ」
「なるほどねぇ。よく実の親子だってって、魔道具を使ったの?」
「ああ。庶子を迎えるというのだから、貴族に籍を置くという事だ。魔道具を使う理由になる」
「お高い魔道具だって言ってたし、使わないと勿体ないもんね」
ヒロインだとしたら早い登場だなぁ。
「今年の編入には間に合わなかったが、来年の新学期までにマナーを学ばせるらしい」
「一年近くあるし、本当にヒロインだったらちゃんと貴族としての常識は身に付きそうね」
少なくとも、名乗り合いも済んでいない子息にいきなりため口なんてないだろう。
リアン達も、婚約者でなくなったし初日からわざわざヒロインに話しかけるっていう事はしないだろうしね。
学院に入る前にお茶会に招待するっていうのも出来ないし、伯爵家の令嬢になったら社交シーズン前のお茶会にも当たり前だけど誘わないといけないわね。
ブロッサム伯爵家って…………。
「その家、ルシマード公爵家の系列じゃない!」
「そうだな」
なんてこと。よりにもよってあの家の系列とはなぁ。
貴族至上主義派だったかな? そこまで強い影響力を持った家ではないけれども、自分の娘がメイジュル様と親しくなっていくとなったら、考えも変わるかも?
まぁ、今のメイジュル様に未来なんてないけどね。
ルシマード公爵家はメイジュル様に見切りをつけているんじゃないかな?
それとも、まだ利用出来ると思ってる? 御輿にするにしても厳しいと思うんだけどなぁ。
傘下に居る貴族を全員動員しても、クーデターは起こせないと思うし。
「厄介な家の庶子だわ」
「実際、鑑定の場に居合わせた文官に確認したが、以前ツェツィが言っていた栗色の髪に藍色の瞳をした少女だそうだ。そして何より、まだ公表していないが、属性検査の結果は光属性だ」
「確定じゃないの。口止めしたわよね?」
「一応、主家にも言わないようには言っているが、なんせあのルシマード公爵家の系列だからな。どこまで黙っているか」
自分の傘下の家に光属性の娘が現れたとなったら、ルシマード公爵は絶対に聖女として担ぎ上げるわよね。
今はメイジュル様もフリーだし、婚約させるかも?
本当に聖女になったら、一代限りの名誉爵位が与えられるわよね。
婚約解消されて次の相手がいない第二王子の相手としては結構ふさわしいんじゃない?
確かに、後ろ盾になる家の影響力を吸収する事は出来ないけど、聖女としてちゃんと働くのならその影響力はあるわよね。
「もし、ルシマード公爵にその子の情報が流れたらどう動くかしら?」
「メイジュルの婚約者にするだろうな」
迷いなく言うグレイ様の言葉に、やっぱりそうだよね、と思ってしまう。
まさかとは思うけど、聖女の力を利用してクーデターなんて考えないわよね?
「ツェツィが心配しているような国家転覆は狙っていないと思うぞ」
「そうなの?」
「あの家は、あくまでも王家に寄生したり後ろから操ろうとはしているが、自らが表に立とうとは思っていない」
「なんでよ」
「何かあった時、表に立って居たら逃げられないだろう? あくまでも自分達の逃げ道は確保しておくのがあの家のやり方だ」
「げっすぅ」
要するに、信用しちゃいけないって事ね。する気も無いけど。
自分達がやばくなったら簡単に国を裏切るんだろうな。
「それで、そのブロッサム家に引き取られた庶子のお名前は?」
「アカリアだったかな?」
「ふーん、アカリア=ブロッサム様ね。もちろん影を付けてるんでしょ?」
「貴重な光属性だぞ、当たり前だろう。ただ、魔力量は今の所そんなにないようだな」
「魔力量に関してはまだ増える時期じゃない?」
「そうだな。平民として暮らしていくには問題ない量だそうだからな、今後の鍛え方によるだろう」
「光属性の持ち主の魔力を増やすかぁ。『塔』が張り切りそうだねぇ」
まだ魔力が増える時期とはいえ、基本的に魔力は二次性徴期を迎えて少し経ったぐらいで安定するんだよね。
そこから爆発的に成長するっていう例はあんまりない。
平民として生活に困らない量っていう事は少ないっていう事はないけど、特段多いっていうわけでもないのか。
うーん、乙女ゲーム内でヒロインが特別授業を受けていたのって、貴族としての常識やマナーを教えるほかに、光魔法を使えるようになるっていうのもあったけど、もしかして魔力量を上げるのも目的だったりするのかな?
魔法植物に関しては、該当植物が保存してある温室に鍵が設置されて生徒だけじゃ絶対に立ち入り禁止になっているし、魔物の管理も教師がしっかり管理しているので、何かあった場合教師の責任になる。
そもそもあの教師が魔物の暴走を許すとは思えない。
実技試験の方も、シナリオ上では悪役令嬢は取り巻きの令嬢と組んで挑むけど、今ならわたくし達四人で組むからぶっちゃけ何があっても対応可能だよね。
街の治安も、グレイ様が働きかけてくれているおかげで、衛兵の見回りが強化されて以前とは比べ物にならないぐらいに良くなっている。
同時に、リアン達は平民の人にも顔が知れているからちょっとでも可笑しな人に絡まれたらあっという間に広まるしね。
それだけ平民街に顔を出しているっていうのもあるけど、皆が色々貢献しているっていうのが影響しているのよ。
明らかに生活水準が向上してるもん。
もちろん、リアン達だけじゃなくて、アンジュル商会の商品を開発しているわたくしだってそれなりに有名よ。
そう考えると、悪役令嬢が遭遇しそうなイベントはあらかた潰せたよね。
ヒロインが攻略対象とお茶会に来るっていうのは、ラッセル様の幼馴染の件があってから、『招待状に書かれた本人』と『事前に申請があった人』のみが参加許可ってなっているから、その日に突然来られたらそもそもお茶会への参加が出来ない。
事前に申請があっても、主催者が参加を許可していなければそもそも参加出来ないしね。
招待状も貰っていないのに『お友達だから』で簡単に参加されたら、主催者も困るのよ。
「それにしても、わたくしがこの世界に転生してから十年以上たったけど、やっと乙女ゲームが始まるんだっていう兆候が見えて来たなぁ」
「私としては、無駄に国内をかき回してくれなければいいのだが、ツェツィの話では難しそうだ。シナリオブレイクとやらをしてどうなるのか分からないのだろう?」
「そうねぇ。ヒロインの、アカリア様に今の所変な行動はないの?」
「伯爵家に引き取られる以前の行動は分からないが、今の所影からの報告ではないな。母親の死にはショックを受けているようだが、自分の立場を受け入れて大人しくしているようだ」
「ふーん。っていうことは転生者じゃないのかな。でも、まだ油断は出来ないか」
どっちにせよ、ここまでシナリオブレイクしている以上転生者だとしてもどうしようもないしね。