ご都合主義なんてないでしょ
長期休暇の各領地視察から帰ってくると、クロエから戻ったら連絡が欲しいという手紙が届いており、すぐに戻った事を伝えた。
三日後には学院が始まってしまうけれど、きっとその前に話したい事があるのだろう。
となると、メイジュル様との婚約の事だよね?
まさかとは思うけど、今更ながらに粘られて婚約解消出来なかったとか?
リアンとリーチェもわたくしよりは早く戻ってきているはずだし、緊急女子会かな。
そんな事を考えつつ居間に行くと、ハン兄様がわたくしが居ない間の王都の出来事を色々教えてくれた。
その中には、大々的に発表をされているわけではないものの、メイジュル様とクロエが婚約解消をしたという物があるそうだ。
となると、クロエの用件はなんだろう。
わたくし達に他の人よりも先に婚約解消になった事を話したいのかな?
律義なクロエならありえる。
「王都では、小さき薔薇が未来を切り開いたと話題だね」
「大げさねぇ」
「いやいや。家の決めた婚約が無くなるってかなりだよ。特に王族や上位貴族ではね」
「そうかもしれないけどね」
ハン兄様の話では、リアンとリーチェの次の婚約者がちゃんと『想う相手』というのも重要らしい。
でもクロエはなぁ、家の為にまたクロエのお父様が決めた人と婚約するんだろうな。
相手はマルドニア様だろうけど、クロエは結局マルドニア様をどう思ってるんだろう? 信頼はしているっていう感じだけど、男として見ているのかな?
ぶっちゃけ、女は好きでもない男でも防衛本能が働くけど、出来れば初体験は好きな人とがいいと思うんだよね。
クロエに言ったら、貴族の愛情は後で生まれればいい方ですわ。とか言いそうだけど。
「クロエール様の次の婚約者は、やっぱりマルドニア様になるのは決まりみたいだ」
「やっぱりそうなんだ」
「ああ、内々ではあるけれども知らせが来たよ。父上にも手紙を回しておいた」
「だとしたら、わたくしとは入れ違いね。デュランバル辺境侯爵領には真っ先に行っていたけれど」
「婚約解消については、ルシマード公爵家がやっぱりごねたみたいだな」
「えぇ、悪あがきが過ぎるでしょ」
「そうなんだよな。陛下も婚約解消に賛成しているし、不貞行為を働いたと自供した件は貴族による証言もしっかりある、これまでの積み重ねもあって最終的に引き下がった」
「初めから引き下がればいいのに」
「だけど、ルシマード公爵家はまた次の目標を定めたぞ」
「早くない!? 次の犠牲者は誰?」
「うち」
「うち? ……え、わたくし?」
「違う違う、商会ギルドだよ。貴族が運営している事業関係、つまり商会をまとめる事になるだろう? そこを掌握して影響力を増やそうとしているみたいだ」
「うげぇ」
「そこで、今の商会ギルドの長の息子に、孫娘の一人を嫁がせようとしているみたいだ」
「え? 年齢釣り合う子なんていたっけ?」
「かなりの年の差になるな。そもそも、今の商会ギルドの長は実績がある商会の会長とはいえ平民だぞ。貴族令嬢としてちやほやされたお嬢様が嫁ぎたがるわけがないし、受け入れる側だって嫌だろう」
「だよねぇ」
そもそも、もうすぐハン兄様に長が変わるし、そうなったらリアンとの婚約が発表されるし、商会ギルドを掌握ってかなり無理だよね。
伯爵家になるとはいえ、リアンが嫁ぐ以上王族に縁づくから、下手に手を出せば藪からグレイ様が出てくるもん。
「まあ、変に圧力をかけられて商会ギルドの立ち上がりにケチを付けられても困るから、僕の長への就任は早めるみたいだ。具体的には来年度の社交シーズンに発表と就任だね。メイベリアン様との婚約は、メイベリアン様の誕生日パーティーで発表するそうだよ。来年になったら、ナティ姉上がまたご懐妊しなければうちも家族が揃うし」
「そういう事情なら、そのタイミングがベストね」
その後、現在商会ギルドではハン兄様への引継ぎを密かに行っている事、ルシマード公爵家側に現在の長は仮のものでちゃんとした長を用意している情報を流しているそうだ。
この情報でルシマード公爵家は次の長が誰になるのかを躍起になって調べるだろう。
そして、ハン兄様が次の長に就任すると知って邪魔をしようとしても、今から次の社交シーズンに就任が決定している物を覆すのは難しい。
ハン兄様は横やりが入れられた場合の対処も、グレイ様と話し合いをしているそうな。
腹黒のグレイ様がちゃんと動いているなら大丈夫でしょ。
わたくしは紅茶を飲みながら、いよいよ乙女ゲームの設定から離れてきているなぁと思いつつ、ここまでくるとシナリオ崩壊起こしていてどう転がるかちょっとわからない。
色々イベント潰しはしているけれども、王太后様の例もあるしヒロインがお約束の転生者っていう可能性もまだあるしね。
ただでさえ、今考えるとあの乙女ゲームのヒロインって流され系のちょっと……な性格なんだけどな。
そもそも、ゲームのタイトルが『デッド・オブ・ラブ』、すなわち愛の死。
アプリ版では大分マイルドになっているとはいえ、元のパソコン版のエンディングが全てだよね。パソコン版の世界でないといいなぁ。
果たして、ヒロインにとってこの世界で迎えるゲームのエンディングは幸せな結末と言えるのかな?
パソコン版の世界でのエンディングだったら、わたくしは絶対にいやだわ。
「皆色々動いているねぇ。わたくしも頑張らなくちゃ」
「これ以上無理に頑張らなくてもいいと思うけど?」
「無理はしてないわよ? 無茶だってしてないからね?」
「そう? 父上から手紙をもらったよ? また魔の森に行って、聖王と魔王を呼び出したんだって?」
「うっ」
いや、ちょっと試したい事があったというか、ね?
「護衛の騎士達にまた気絶者が出たみたいだし、あまり無茶はさせないように」
「はーい」
でもね、海の向こうにあるという日本っぽい国の付近まで行く事が出来たら、この目で色々なものを物色出来ると思ったのよね。
聖王と魔王の話で、その国の近辺には該当する中継地点はないそうな。
くっそぅっ! 近くの国にならあるみたいなんだけど、それでも移動に数日かかるから、わたくしのスケジュールを考えると行くのが難しいと判断したんだよね。
しかも、聖王と魔王に言語が違うって言われて絶望した。
わたくしの異世界転生補正に、言語自動翻訳は無いからな。モブだし!
とはいえ、ヴェルとルジャが向こうが話していることを翻訳してくれる事は出来るんだけどね、わたくしの言葉が伝わらないんだわ。
世の中うまくいかないねぇ。
ゴブラッタさんに言語の事を聞いたら、現地で何人も通訳を雇っていたらしい。
この近隣諸国でも、国によって僅かに言語が違うからなぁ。
同盟や条約を交わしている国の言語は習得しているけど、海の向こうの国の言語も習得しておくべきか。
その場合、教師を海の向こうから招く事になるけど、やっぱり船の帰還率がなぁ。
船の精度を上げるとなっても、わたくしって船の知識がそこまであるわけじゃないし、王太后様なんてそっち系の知識は全くないって言ってるから、どうしようもないよね。
造船技術なんて、専門家やマニアじゃなければ知らないよねぇ。
転移魔法を使える『塔』の人に頼めば、多分問題は解決するだろうけど、『塔』に借りを作ると後が怖そうだしな。
語学に関してだけ頼るのはありかな?
もしくは、向こう側が都合よく日本語とか。前世のいくつかの言語は基礎の部分なら習得しているのはあるけど、どれかヒットしているといいなぁ。
まあ、そんなご都合主義なんてないだろうけど!
「しかし、この年頃の女の子は少し見ないだけで化けるって父上が言っていたけど、約三ヶ月しか経ってないのに結構変わったね」
「そう? お父様にも会うたびに成長していく姿が見れて嬉しいって言われたわ」
「ツェツィはお化粧も薄いから特にそう見えるよね」
「従来の厚化粧だと顔立ちの変化はちょっと分かりにくいかもしれないわね」
「でも、僕としては……」
「ん?」
「陛下の理性に期待するかなぁ」
ハン兄様はそう言ってため息を吐いたけど、なんぞ?
確かに、ここ最近胸は急激に大きくなってきたし、腰だってメイド達のマッサージの効果かくびれがはっきりしてきたけど。
ブラジャーが無いから形が崩れるんじゃないかと思ったけど、そこは不思議パワーが発動されるらしい。
ドレスにパットのような物は付いているけど、正式なドレス以外の簡素なドレスは、流石にワンピース風で胸元がざっくり開いているという事も無いから、パットの付いた下着っぽい物を着るんだよね。
本当に、ブラがないのに型崩れしないとか、流石ゲームが元になってる世界だよ。
でも、王太后様なんて密かにナイトブラの開発してるよっ。寝る時に胸が横に垂れるんだって! 巨乳がよぉっ!
わたくしの胸はまだ生長途中だから、柔らかいっていうかまだ張りのあるちょっと硬い感じなんだよね。
メイドは胸のマッサージはしてくれないから、寝る前にベッドで密かに自分でマッサージしてるんだけど、効果は今の所実感してない。
グレイ様だって、まだこんなお子様な体じゃねぇ。
触ったら我慢出来なくなるって言われたけど、……いや、グレイ様だから何とも言えないわ。
前世の胸のマッサージの知識が妙な所で役に立っているけど、もうちょっと女性らしい柔らかさが欲しいな。
指を入れるとふわふわで沈むっていうか、フカフカとするようなのがやっぱり喜ばれるでしょ。
ナティ姉様、子供を産んで胸が大きくなったからこっそり触らせてもらったけど、むっちゃ気持ちよかったもん。
あ、やましい行為じゃないよっ。母乳が溜まってきついっていうから補助しただけ! ちょっとマッサージしただけだからっ!
本当だからっ! やましい気持ちでナティ姉様に触ったらいくらわたくしでもロブ兄様にものすごく怒られるから!
「ねえ、ハン兄様」
「ん?」
「女らしくなるには、どうしたらいいのかしら?」
「いや、これ以上陛下の理性を試すような事はしない方が身のためだと思うよ?」
「だって、胸はクロエやリアンの方が大きいじゃない? 男の人ってやっぱり大きい方がいいのかなぁって。あ、リーチェだってわたくしと同じぐらいで小さいわけじゃないけど」
「うーん」
ハン兄様が困ったように笑う。
「僕の素直な感想言ってもいい?」
「むしろ、素直な感想が聞きたいわ」
「好きな相手なら、大きさなんて関係ないと思う」
「……ハン兄様」
「なにかな?」
「そんな夢見る乙女みたいな回答は求めていないわ」
男なんざ、ちっぱいよりでっぱいの方がどうせ好きだろうがよぉ!
バッサリと言い切ったわたくしに、ハン兄様が困ったような、引きつったような笑顔を向けて来たけど、「理想の相手は好きな人」なんて言うのと同レベルの言葉をそう簡単に信じるほど、こちとら純粋じゃないんだよっ。