アラフィフは内緒
「よく来たね、デュランバル辺境侯爵。それにツェツィ」
「ご無沙汰しております、陛下。それに宰相閣下も」
「お久しぶりです。グレイ様、宰相閣下」
わたくしは今日ばかりはお父様と一緒にグレイ様にお会いしている。
グレイ様も、お父様からある程度報告を受けているせいか、今日は宰相閣下を同席させているし、謁見用の執務室での話し合いだ。
近衛兵は退室させているし、防音魔法も張っているみたい。
「少し会わない間に大きくなったね」
優しく言われてグレイ様を見ると、目が合ってしまい、にっこりと微笑まれた。
「淑女教育も順調のようだ。お転婆姫は鳴りを潜めたのかな?」
「わたくしだって辺境侯爵家の娘だもの。ちゃんと淑女として行動できるわ」
グレイ様の言葉に、咄嗟に敬語を忘れて話してしまうが、宰相閣下やお父様が居ると言うのを思い出して、ハッと口を手でふさぐ。
「口調に関しては気にしなくていい。この面子でツェツィに敬語を使われた方が寂しいからな」
「い、いいの?」
そう言いながら、お父様と宰相閣下を順番に見ると、困ったような笑みを浮かべているが、小さく頷いてくれた。
「さて、早速だが報告にあった、ツェツィの行動や前世の記憶の件だ」
グレイ様が前置きをすっ飛ばして切り込んできた。
「一応、ツェツィにつけた近衛兵からの報告や、デュランバル辺境侯爵の報告を読んだが、異世界の記憶というのは、いささか突拍子もなさすぎる」
そうだよね。普通はそう思うよね。
「しかし、ツェツィの行っていることを鑑みれば、異世界で身に付けた知識を活用しているという事に納得せざるを得ない」
「信じてくれるの?」
「それ以上に納得できる理由が無いからな」
その言葉に、肩の荷が下りた気がした。
「しかし、一つの領地だけが発展しているとなると、いらぬ混乱を起こすのも事実だ」
「え?」
「数ヶ月という短い期間だからまだ広まってはいないが、時間が経てば、デュランバル辺境侯爵が富むようになったことは知れ渡るだろう。もちろん、原因も追及されるはずだ」
「ぁ」
そこまで頭が回っていなかった。
確かに、国内のバランスを考えれば、一つの貴族が力を持ちすぎるのはよくないことだ。
しかも、魔の森に隣接している辺境侯爵家ともなれば、その影響ははかりしれない。
「そこで、ツェツィの行っていたことを、王都でも実行することにする」
「と、申しますと?」
「宰相とも話したのだが、元々王都で実行する計画を立てていて、実験場としてデュランバル辺境領を使用していたとすれば、いらぬ憶測も減るだろう」
「なるほど」
「ツェツィが表立って動いていたというのは、少々誤魔化すのに無理があるが。こちらで過ごしている時は私と定期的に会っていたことはそれなりに知れているので、幼いながらも私の役に立ちたいと思って張り切った、という事にすればよい」
おお、流石優秀な王様。痒い所に手が届く配慮。
「ツェツィ、しばらくは毎日王宮に通い、私や宰相にこの数ヶ月行ってきたことを細かく説明して欲しい。大まかな報告は受けているが、意味が分からないものが多いからな」
「わかったわ。そんなことで家に迷惑が掛からないのなら大歓迎よ」
わたくしの言葉に、三人がキョトンとした目を向けてくる。
「迷惑? ツェツィはそんなことを心配していたのか?」
「そうよ? だってお父様、わたくしがしたことでグレイ様からの心象が悪くなったら大変だもの」
はっきりと言うと、グレイ様が「ククッ」と笑った。
「大丈夫だ、ツェツィ。報告を見るたびに驚きはしたが、心象を悪くするという事はない」
「そうなの?」
「ああ」
その言葉にほっと息を吐き出す。これで家の者が路頭に迷わずに済みそうだ。
「よかった」
「それにしても、以前ツェツィがこの世界の料理は口に合わないと言っていたが、あの時は『世界』という単語に違和感を覚えたが、異世界の記憶があると言うのなら納得できる」
細かいこと覚えてるなあ。確かにそんな話をしたような気がする。
「前世ではこの世界みたいな食事じゃなかったし、そもそも自炊だったし」
「じすい?」
「自分で料理をするのよ」
「危ないだろう。怪我をしたらどうするんだ」
「だから、今は口出しだけで我慢してるわ。王立学院に通うようになったら厨房に立ってもいいって、領地の屋敷のコックは言ってくれたもの」
「ふむ」
「陛下、ツェツィが指示して作る料理は、今までの常識を覆すようなものです」
「そんなにか?」
「はい」
真面目な顔のお父様に、グレイ様が何度か瞬きをする。
「王都の屋敷でも同じようにする予定か?」
「生憎さほど材料を持ち込めていないから、領地に居るほどの物は出来ないわ。でも、今日は帰ったらおはぎを作る予定よ」
「おはぎ?」
「あんこを使ったお菓子」
そもそもあんこが通じないので説明になっていないが、他に答えようがない。
「そうか。では、それを明日、私の分も持ってくるように」
「陛下!?」
「宰相、異世界の菓子という物に興味はないか?」
子供が悪戯する時のような顔で言うグレイ様に、宰相閣下が困ったような顔をする。
正体不明なものをグレイ様の口に入れるわけにはいかないという思いと、未知への物への興味が内心で戦っているのかもしれない。
「それに、ツェツィが私を害するようなものを作るわけがないからな」
「当たり前だわ。あ、でも……」
「なんだ? 問題があるのか?」
「おはぎ、紅茶には合わないかもしれないわ」
わたくしは至極真剣に言ったのだけれども、グレイ様は「そんなことか」と苦笑した。
「異世界ではどんなものと合わせて食べるんだ?」
「緑茶とかほうじ茶とか」
「聞いたことの無い名前だな」
「緑茶は、紅茶と製法が違うだけで、使う葉っぱは同じよ」
「そうか。お茶の種類が増えればそれだけ我が国の交易道具も増えるという事だ。そのりょくちゃという物の作り方はわかるか?」
「えぇっと……」
なんだっけ。加工方法が違うのよね。
「えっと、紅茶を作る時は完全に茶葉に火を通すけど、緑茶は途中で加熱を止めるの。だから、茶葉が緑色なのよ」
「ふむ、そこまで詳しくはないと言う所か?」
「流石に、お茶の種類ならともかく、何度で何時間蒸すとかまではわからないわ。日本茶にも色々種類があるし」
「りょくちゃや、にほんちゃというものに関しては、今後の課題かもしれないな」
ちょっと大げさとは思いつつ、この世界でも緑茶が飲めるかもしれないと言うことに僅かにテンションが上がる。緑茶の茶葉ができればほうじ茶も作れる。
ウーロン茶も確か同じ茶葉のはずだし、夢が広がっていくぞ。
そういえば、前世では、麦茶に砂糖を入れて友人にドン引きされてたけど、あの時はご当地特有のものだって知らなかったんだよね。
冬至カボチャにあんこを乗せるのもご当地特有って言われて、密かにショックを受けたのは内緒。
ちなみに、わたくしの中のお汁粉は、粒あんの汁物の中に白玉が入ってるやつだ。
……はっ! 料理の概念がわたくし基準になれば、あれやこれやをわたくし色に染めることが出来るのでは!
そうと決まれば早速って、わたくしまだ自分で料理が出来ないんだったわっ。
「お料理がしたいわ」
「ツェツィはまだ五歳なんだぞ。いくら知識があるとはいえ危ないだろう」
「わかってるけど、指示しか出せないのって、もどかしいわ。わたくしは聖王の加護で傷なんて負わないのに」
「それ、一応最重要秘匿情報だぞ」
「わかってるわ」
だからこそもどかしいのよ。
「お父様」
「なんだ、ツェツィ」
「わたくし、必ずや今日中に王都の屋敷のコックを懐柔してみせるわ」
「懐柔?」
「ええ、領地の屋敷のコックはわたくしに甘いけど、王都のコックまでそうとは限らないでしょう? 一応、昨日のうちにお菓子を作る指示を出す許可は取れたけど、もしかしたらレシピだけ渡されてコックが作ると思っているかもしれないわ」
「あー、そうだな」
「ふふふ、アラフィフの社交術を舐めてもらっちゃ困るわ」
「あらふぃふ?」
「ごほん。なんでもないのよ、今のは忘れて」
前世の記憶があるのは言ったけど、何歳で死んだかは言ってないからなぁ。流石に精神年齢言ったら引かれそう。
「そういえば、確認しておきたいのだが」
「なぁに、グレイ様」
「前世では結婚していたのか?」
「ううん。わたくしは喪女だったから」
「もじょ?」
「定義からは少し外れちゃってるけど、言っちゃえば男っ気がない感じ?」
交際経験が皆無とか、処女だとか、恋愛感情を向けられたことがないとか色々あるけど。処女を失ったのって大学の時だし、相手も彼氏ってわけじゃなかったし、そのままアラフィフまで生きたし、喪女だよね。
「ふむ」
「まあ、若気の至りで処女ではなかったけど」
「……ほう?」
「ツェツィ!?」
「若かったし、お酒の勢いだったのよ。一夜の過ちってやつだわ」
いやぁ、飲みなれないお酒に飲まれて記憶はないけど、起きた時は明らかに事後だったよね。
しかも相手は起きたらいなかったから誰かわかんないし、今思い出しても最悪な処女喪失だわ。
「はは、まさかツェツィの口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。これは、もう少し……」
「陛下、ご自重ください。相手はまだ五歳です」
わたくしの隣で目を白黒させるお父様に、何やらよからぬ事を考えていそうなグレイ様、そしてそんなグレイ様を見てため息を吐く宰相閣下と、なかなかにカオスだけど、わたくしのせい?