堂々とし過ぎて笑える
長期休暇に入る前、大臣の交代があったり、それに伴い不正をしていた貴族の摘発があったりと、些か騒がしい中わたくしの十五歳の誕生日パーティーが開かれた。
毎年義理で招待状を送っているけど、メイジュル様達はここ数年参加していなかったのに、気が変わったのか今年は参加している。
とはいえ、クロエをエスコートしているわけではなく、その隣にいるのは上級生の身分の低いご令嬢。
婚約者がいて同じパーティーに参加しているとは思えないほど、人目をはばからずイチャイチャしているというか、肌を寄せ合ったり耳元に口を寄せておしゃべりをしている様子は、見ている側を不快にさせる。
多分、側近として付いて来ているルーカス様もラッセル様も止めないし、まじふざけてるわ。
「キャー、これってアンジュル商会で限定販売されているって有名なお菓子なんですよぉ。やっぱり、メイジュル様に連れてきてもらってよかったぁ。流石はメイジュル様ですね」
「このぐらいなんて事はない。それにしても、久しぶりに参加したが、変わった物ばかり並んでいるな。お前がそこまで言うなら食べてやらない事はないが、自分の家が後押しをしている商会の物ばかり用意するとは、贔屓が過ぎるな」
「えぇ、メイジュル様知らないんですか? デュランバル辺境侯爵家のお茶会ではコックが作ったっていう料理やお菓子が有名なんですよ。アンジュル商会の物もありますけど、多分これって、お屋敷のコックが作った物もありますよぉ」
楽しげな雰囲気の中、そんな声が聞こえてきて、わたくしは思わず視線をチラリと向け、ため息を吐き出しそうになりつつ、すぐに視線を戻して次の人と挨拶をする。
参加するだけして、挨拶もしないんだったら帰れよ。
お前らからのプレゼントなんて期待してないけど、どうせ用意してないんだろう?
「ふん、怪しげな料理ばかり作るなど、辺境侯爵家など所詮は田舎者だな」
「あ、それは分かりますぅ。やっぱり王都から離れた場所で暮らしてる家の人って、ちょっとって思いますよねぇ」
甲高い笑い声に、挨拶を続けつつも思わず眉をひそめそうになる。
聞こえないふりをしてはいるけれども、メイジュル様の周囲には人がいなくなっており、ぽっかりと空間が広がっている。
せっかくの十五歳の誕生日パーティーなのに台無しにされそうで嫌だなぁ。
しかし、今の発言は貴族の大半に喧嘩売ってるよな。
王都に常駐している貴族なんて一握りだぞ?
大抵の貴族は自分の領地に居るんだからな、そこの所を理解していないとか、どんだけ馬鹿なの?
「それにしても、田舎者とはいえ辺境侯爵のご令嬢にもなると、貰えるプレゼントがすごいですねぇ。ねえ、メイジュル様。私もあんな綺麗な髪飾りが欲しいですぅ」
「髪飾りか? お前にはドレスを贈ろうと思っていたんだけどな」
「えぇ、ドレスですかぁ? このドレスもメイジュル様がくれたじゃないですか」
「それもいいが実はもう用意している。着替えて来い」
「キャー! メイジュル様大好きですぅ。このドレスも素敵だから期待しちゃうっ。ふふ、ちょっと着替えてきますねぇ」
「そうしろ。おい、着替えを手伝ってやれ」
メイジュル様はそう言って連れて来たメイドに指示を出した。
なるほどねぇ、いつもは侍従を連れているのにどうして今日はメイドなのかって思っていたけど、着替えさせるためだったのね。
しっかし、婚約者にはドレス一枚贈らないのに、他のご令嬢には贈るのねぇ。
「やれやれ、メイジュル様にも困ったものですな」
「ラウグーン侯爵様、折角いらしてくださいましたのに、ご不快な思いをさせて申し訳ありません」
「ツェツゥーリア様のせいではありますまい。しかし、いくら年頃のご令嬢のドレスは扇情的なデザインの物が多いとはいえ、先ほどのご令嬢の物は大胆な物でしたね。最近の若者ではあのような物が流行っているのですか?」
「まさか。あれでは男性を誘うご職業を専門にしている方と間違われてしまいます。そう見えないようにするデザインを見極めてこそ、貴族の淑女という物です」
「そうですか。でしたら安心です」
そんな話をしつつ、どんどん挨拶を終えて行き、一息ついたところでリアン達と合流する。
それぞれ親衛隊に所属していると推測される子息令嬢に囲まれていたけど、わたくしが視線を向けたらすぐに集まってくれたわ。
さっすが親友!
改めてお祝いの言葉をかけてもらって、和やかに話していると、会場の入口の方が一瞬空気が揺れて、視線を向ければ戻って来た令嬢の姿にわたくしは思わず動きを止め、一拍置いてグレイ様から新しく貰った扇子を開いて口元を隠した。
なに、あのドレス。場末の娼婦でも着ないでしょ。
胸元が開いているのは、この周辺諸国の流れ的に分からないでもないし、袖がないのもおかしくはない。
でも、パーティー会場で手袋なしで参加って何を考えているの? 自分は給仕係ですって自分で言ってるの?
そして何よりも、スカートはプリンセスラインやベルラインが基本だけど、あの令嬢が着ているドレスのスカートはワンピースのような、言ってしまえば些かボリュームに欠けたAライン。
しかも何が悪いって、そのスカート丈。
足首まで隠せとまでは言わないけれども、それでもくるぶしの少し上あたりの長さのロングスカートが普通なのに、膝上ってバカにしてるの?
せめて、下地が膝上でもその上からレースやシフォン生地を重ねてロング丈にするならともかく、ガーターストッキングをはいているとはいえ、足が丸見えの膝上丈のスカートを、よく着たな。
贈る方の神経も疑うわ。
前世では確かに見慣れた長さではあるけど、この国では間違いなく、少なくともこのパーティーには場違い。
「メイジュル様ぁ、着てみましたけどどうですか? ふふ、こんな短いスカート、初めて着ましたけど恥ずかしいです。でも、メイジュル様はこういうのがお好きですか?」
「よく似合っているぞ。そうだな、そういうドレスの方がいじりやすそうだと思っていたんだが、俺の目は正しいな」
「いじりやすいなんて、メイジュル様ってばぁ」
場違いな会話に、主催者側として顔が引きつりそうになってしまう。
わたくしの誕生日パーティーで、わたくしの親友の婚約者でありながら堂々とした浮気行為をするなんて、いい度胸よね、ほんとに。
「しかし、こうして見るとお前の足はやっぱりいいな。本当ならもっと見えるようにしたいが、デザイナーに止められた」
「やだぁ、流石にこれ以上は皆に見せられませんよぉ。見ていいのはメイジュル様だけです」
「それもそうだな。ああ、そうだ。このまま俺の離宮に来い」
「ほんとですか? 嬉しいです」
「折角ドレスを贈ったんだ、脱がせるまでがお楽しみだからな」
「きゃぁっ、もうメイジュル様ってば。でも、今日も楽しみにしてますね」
聞こえてきた会話に、気が付けば会場のあちらこちらでされていた会話が止まっている。
堂々とした浮気をしていると捉えられる発言と行動に、メイジュル様達を見てから、招待客がクロエに視線を向けた。
視線を受けたクロエが、わたくしを見て来たので、わたくしはわずかに頷く。
それを受けたクロエは、傍で控えていたマルドニア様を連れてメイジュル様達の方に近づいて行く。
流石に自分達に近づいて来たクロエに気が付いたのか、メイジュル様の視線がクロエに向けられ、見せつけるように令嬢の腰を抱き寄せた。
「メイジュル様、そちらの方に随分変わったデザインのドレスを贈っていらっしゃるようですけれども、どちらのお店で仕立てましたの?」
「お前には関係ないだろう」
「いいえ、そのように斬新なドレスを仕立てるお店となれば、ぜひとも教えていただきたいのですわ」
「ふん、まあいいだろう。サルモルジャという店だ」
「存じ上げませんが、どちらにあるお店ですの?」
「そこまで仕立てて欲しいんだったら自分で調べるんだな。まあ、お前のようにお堅い不細工が、こんなドレスを着こなせるとは思わんが」
「そうですわね。わたくしには無理ですわね」
「分かっているじゃないか。パティはお前と違って美しいし、従順で、俺を楽しませるという事を理解している。この足は見えていない所も細く美しく、豊満な胸はドレスを脱いでも崩れることなく形を保っている。肌も触れれば吸い付くようにしっとりとしているんだぞ」
「まあ、そうですの。それはまるで、実際に見て触れたような事をおっしゃいますわね」
「はっ、お前は頭の良さだけが取柄なのに分からないのか? お前には出来ない事をパティは出来る。意味は分かるな? 俺とパティはそういう仲だ」
「それはつまり、枕を共にする仲という意味ですの?」
「枕を使った事はないがな。この美しい体を前にするとベッドまで待てないんだ。お前じゃあ無理だがな」
「やだぁ、メイジュル様ってば」
「なるほど、お種を与えているという事ですのね?」
「ようやく理解したか」
「ええ、とてもよく理解出来ましたわ。このパーティーに参加してくださっている皆様が証人になってくださいますわね」
クロエがそう言ってからにっこりと微笑んだ気配がして、一歩下がった。
「ちなみに、メイジュル様のお相手をなさるのはそちらのご令嬢だけでして?」
「いやぁ? 俺はモテるからな。俺が声をかければ足を開く女はいくらでもいるぞ」
「そうですの。ふふ……」
笑うクロエに、メイジュル様が眉間にしわを寄せる。
「なんだ、狂ったのか? 仕方がないだろう、お前のようなブサイクで生意気な女は俺の好みじゃないんだ。お前相手じゃ勃つ物も勃たない」
「それはそれは、ふふふ」
クロエはおかしくて仕方がないと言うように穏やかな笑い声をこぼす。
「今日の事、詳しくお父様にご報告させていただきますわね」
「ふん、相変わらず親に頼り切ってばかりだな」
「何とでもおっしゃってくださいませ。けれども、そうですわね。きっと面白い事になると思いますわ」
「面白い事?」
「ええ、ではそちらの……パティ様? と仲良くなさってくださいまし」
クスクスと笑ったままクロエはマルドニア様と一緒にわたくし達の方に戻ってくる。
入れ替わるように、幾人かの紳士がメイジュル様達に近づいて行って何かを話すと、メイジュル様が豪快に笑った後、ルーカス様とラッセル様、そしてパルティア様を連れて会場を出て行った。
離宮に戻って、お楽しみなんだろうけど、その前に自分の置かれた立場を自覚した方がいいんじゃない?
クロエ、相当キレてるよ?
「ツェツィ、申し訳ないのですが急用が出来てしまいましたの。今日はもう失礼してもよろしいかしら?」
「ええ。また学院で会いましょう。何かあったらいつでも言ってくださいね。力になります」
「ありがとうございます。皆様、メイジュル様がお騒がせして申し訳ございませんでした。ツェツィの誕生日パーティーは始まったばかりですので、どうぞ最後までお楽しみくださいませ」
クロエはそう言って美しく礼をすると、マルドニア様と一緒に会場を出て行った。
わたくしは手を上げて止まっていた音楽を再開させると、周囲に視線を巡らせる。
老齢の貴族から順に元の雰囲気に戻って行く。
「面白い事になったの」
「確か、クロエの婚約継続の条件に、子種をばらまかないという物が加えられていましたよね」
「これだけ証人がいるのですから、メイジュル様が否定しても無駄ですし、勘違いだというのも難しいでしょう。どう考えてもそう受け止める事が出来る発言でした」
「ツェツィの誕生日パーティーに泥を塗った事は許せませんが、クロエにはいい事でしたね」
「そうですね。流石にルシマード公爵家も今回ばかりは」
わたくし達はそう言って微笑み合うと、この噂を広めるべく動き始めた。
もうすぐ長期休暇に入ってしまうけれど、新年度になった辺りにはクロエも婚約解消に至っているかな。
ハン兄様の所に慌てて挨拶をしに行く人がいるけど、ルシマード公爵家の親類だったね。
手遅れになる前にこの事を教えに行くつもりかな?
もう十分に手遅れだと思うけどなぁ。