その花言葉は
リアンの婚約破棄のお祝いムードが終わらないまま、社交シーズンが終わり学院が再開すると、やはりリーチェの時のようにあちらこちらで今度は白薔薇を見るようになったり、令嬢のドレスや装飾品にさり気なく白薔薇がモチーフにされていたり、また薔薇の香物がよく使われるようになった。
リーチェの時と違い、次の婚約者が発表されていないとはいえ、グレイ様の承認は既に済んでいるという事もあり、特に婚約の申し込みなどはないらしい。
やっぱり国王が認めている婚約者がいるのに、横やりを入れようとするのは勇気がいるもんね。
しかしながら、リーチェに続いてリアンも望まない婚約が無くなったとなると、次の視線は当然のようにクロエに向けられる。
今では、実技はまだデッドヒートを繰り返しているとはいえ、リアンを抜いて堂々の座学に於いて学年首位を維持しているクロエは、良くも悪くも貴族の考えを持っている。
まあ、わたくし達の前では淑女を放り出して気を抜いているけれども、根本にある軸は貴族として家の為、国の為に尽くす事で、自分の事はその後に回すという物だ。
これに関しては、クロエの家の厳格な教育方針もあるのだろうけれども、幼いころに魔力が多すぎて様々な人に心配をかけたという記憶があり、その恩を少しでも返したいという物から始まり、わたくしの影響で、貴族という物は、権利を享受するために義務を怠ってはいけないのだと確信し、公爵家の人間として誰にも恥じぬよう生きたいと思うようになったそうだ。
だからって、自分の恋愛感情を二の次にするのかぁ、とは思わなくもない。
貴族として、政略結婚は義務だと言われてしまえば否定は出来ないし、政略結婚を無くしてしまえば、貴族の関係性が保てない事もあるから間違ってはいない。
でもなぁ、クロエはモテるのに、自分の好みよりもパートナーとしての能力を重視するって、それでいいの?
クロエは、それが貴族だと言うだろうけれども、すぐ傍に誰よりもクロエを想っていて、支えていて、それでいてクロエを尊重している存在が居るんだけどな。
リーチェはマルドニア様の気持ちには気付いているみたいだけど、クロエの態度があくまでも侍従見習い相手にする物だから、特に何も言わないみたいなんだよね。
それに、メイジュル様のせいでクロエって軽く男性不信だしな。
貴族の令嬢として問題ない程度の態度は崩さないし、あんなんでも婚約者がいるという事で、異性に必要以上に接していないと言われれば納得出来る範囲の態度なので分かりにくいけれども、長い付き合いだし、よーく見ていれば何となく分かってくる。
そんなクロエが問題なくマルドニア様を傍に置いている時点で、マルドニア様は見込みあるんだよね。それが、侍従見習いに対する物だとしてもね。
……流石に、侍従見習いじゃなくて、婚約者候補ってなったら態度を変えるかな?
変えそうではあるよね。やっぱり使用人になると思っている人への態度と、婚約者になる人への態度って変わってくる物だもん。
特にクロエはなぁ。
女子会でのんびりとおはぎを食べている姿は、現時点で王宮で働いている人からも既に注目を浴びている少女とは思えない。
クロエがハウフーン公爵家を継いで導いていくのであれば、この国に多大な貢献をしてくれると、様々な文官や大臣が言っているのをグレイ様経由で聞いている。
そもそも、全体的にグレイ様のフォローが入っているとはいえ、わたくし達四人の行動は画期的な物なので、注目を浴びているというのはある。
「あとはクロエだけだねぇ」
何気なく口に出せば、口の中のおはぎを咀嚼して、緑茶でのどをしっかり潤してから、「そうですわね」とクロエが返事をした。
「メイジュル様との婚約に関しては、お父様が動いておりますが、やはりルシマード公爵家がなかなか引いてはくれませんわね。我が家の資産が目当てなのでしょうが、我が家を乗っ取る事が出来れば、さらに自分達の影響力を増やす事が出来ると思っているのでしょう」
「色々条件付けて、もう例え結婚しても白い結婚で離れで生活させられるっていう時点で、それが無理だっていうのに、まだ粘るんだねぇ」
「わたくしと結婚さえしてしまえば、どうにかなるとでも思っているのですわよ。わたくしが爵位を継いだら毒殺でもするつもりなのかもしれませんわ」
「それは流石に……」
「なくはありませんわよ。綺麗なツェツィにこんな事を話したくはありませんけれども、貴族の世界は穢れていますもの」
わたくしを綺麗だと言いながらも、しっかりと現実を教えてくれるクロエは優しいと思う。
でも、わたくしってクロエが言うほど綺麗じゃないんだけどな。
前世アラフィフで、モラハラやらパワハラを生き抜いてきた女だよ?
流石に毒殺云々はなかったけど、足の引っ張り合いなんて日常茶飯事だったよ。
「正妃となるツェツィの負担を減らせるよう動きますが、それであっても、ツェツィもある程度の清濁は覚悟してくださいましね」
「大丈夫よ。そこの所の覚悟はあるわ。わたくしの事よりも、クロエの婚約よ。リーチェに続いてリアンが婚約破棄をして、貴族の間ではますます婚約の見直しが流行しているじゃない。波に乗るなら今よ」
「乗れる波とそうでない物がありますわよ。リアンの場合は、代わりが見つかっているから可能だった物ですもの」
あっさりと言って、おはぎを食べる事を再開したクロエにわたくし達は思わず顔を見合わせる。
良くも悪くも貴族の見本のようなクロエ。だからこそ、わたくし達はクロエにはちゃんと幸せになって欲しいんだけどなぁ。
「話は変わりますが、ツェツィの提案した香水の進み具合はどうですか?」
「そうじゃな、妾の領地で調合師が幾人か考えているようじゃな」
「従来のきつい香りではなく、軽い物ですから、調合師も慣れないのかもしれませんね」
「リーチェの言う通りじゃ。香りに香りを重ねるような調合が多かったからの、引き算の調合は慣れていないようじゃ」
「練り香水、そんなに難しいかなぁ?」
いっそ、わたくしが自作する?
わたくしが最初に手をかけちゃったら、調合師の面目がって思っていたけど、こんなに難航するとはねぇ。
「調合師も、新しい物にチャレンジするのは楽しいと言っていたのじゃが、新しく加わった香りもあるじゃろう? 色々と試行錯誤しているようなのじゃ」
「へぇ」
うーん。楽しんでいるんだったらまだ待って居た方がいいかな?
「しかしながら、手づまりなのも事実。そこで、今度王都にエッセンシャルオイルのサンプルを持ってやってくるそうじゃ」
「つまり?」
「言い出しっぺのツェツィに意見を直接聞きたいようじゃな」
「あらま」
それはまた、向こうから助力を求められるんだったら、おばちゃん張り切っちゃうよ!
「そういう事なら、ぜひ協力するわ」
「そうか、ではそのように書簡を出そう。……妾達も、一緒に調合をしても良いじゃろうな?」
「いいよぉ」
「それでは、四人でお揃いの器を用意しましょう」
「いいですわね。銀細工の物よりも、紅花製の口紅を入れているような陶器の方がよいでしょう?」
「そうだね」
漆塗りあたりがあればベストなんだけど、無いしね。
香合とかもしたいけど、そこまで詳しいわけじゃないんだよね。源氏物語は読んだけど。
しかし、練り香水は前世で愛用していたけど、こっちでは素材になるエッセンシャルオイルがまたちょっと変わってくるっていうか、そこまで種類が無いからなぁ。
前世で愛用していた調合内容を再現は出来ないし、かといって、完全に再現出来たとしても、この年齢には合わないしね。
まぁ、リアン達と楽しみながら作るのもいっか。
皆にそれぞれ合うような練り香水を付けたいねぇ。
この世界っていうかこの近辺の国って、香水ぶっかければOKっていう文化だから、とにかく香りに香りを足し算に掛け算していくのが流れなんだよね。
ほのかに香らせるっていうのも難しいの。
お風呂に香油は垂らすし、お風呂のあとのマッサージでも香油を付けるし、髪の毛をまとめるのにも香油。
ぶっちゃけ、そんなに香油を使っているのに、さらに香水とかねぇ。
香りの不協和音だよ。
ちなみに今のわたくし達は香水系は付けてないよ。
香水系の代わりに、ポプリの入った袋を持ち歩いているの。
これも、お揃いの袋に入れて色違いにしてるんだよ。
お料理するしね、あんまり匂いがきつい状態でしたくないんだもん。
ポプリだったら料理をする時にアイテムボックスに入れちゃえば匂いも遮断出来るし。
「香りで思い出しましたわ」
「どうしたの?」
「最近、わたくしの部屋に飾られる花の趣向が変わったので、飾り付ける担当が変わったのかと聞きましたら、マルドニア様が自ら選んでいらっしゃるそうですのよ」
「へえ!」
「侍従になるべき者として当然の気遣いとおっしゃっていましたが、本当にわたくしにはもったいないほど優秀ですわね。あの方の主として恥じないようにわたくしも頑張りますわ」
「流石はクロエですね。それで、最近飾られた花はどのような物でしたか?」
「カラーですわ」
花言葉は乙女のしとやかさ、華麗なる美、清浄かぁ。
選ぶ花が恋や愛に関係する物ばっかりだったらクロエも何か思う所が出てきそうだけど、そうさせないように違う物も混ぜているのか、純粋に花で想いを伝える気が無いのか、微妙なチョイスだな。
「次はどんな花をと聞きましたら、ストックあたりがよいかとおっしゃっていましたわね」
「ふーん」
次はドストレートな花言葉の花をチョイスしてるなぁ。
でもこの時期にストックを手に入れるって、結構大変よね。
手はかけているんだなぁ。