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二人目解放、そして事件です(後編)

Side メイベリアン


 ルーカスとの『婚約破棄』により、妾の懐は随分と暖かい物になる。

 もとより、ツェツィに勧められ個人領で行っている事業の収益や税収もあるが、今回はまとまった金額が手に入ることで、以前ツェツィが話していた事業に乗り出す事が出来るようになったの。

 もっとも、妾だけのポケットマネーではもちろん足りぬし、事業を行うにあたり、リーチェの協力も必要なのじゃが、兄上が無理でない範囲の願いを折角聞いてくれるというのであれば、少なくともここで『提案』する事は悪い手ではない。

 そもそもが、ツェツィが出来るのならと女子会で話していたものを、妾とリーチェが実現出来るように動いていたことじゃしな。

 生憎、クロエは公爵家の経営の勉強、領地の運営などで忙しく、無理に関わらせるのも気の毒であったし、ツェツィはクロエ以上に多忙じゃから、妾とリーチェが動いたのじゃ。


「では兄上、妾は平民向けの『学校』を作ってみたいと思っておる」


 妾の言葉に、ツェツィが微笑みを崩さないままではあったが、その目に驚きが浮かんだのが見えた。

 まさかこのような場でこの話をするとは夢にも思わなかったのであろう。


「平民向けの学校、と?」

「うむ。平民の多くは言葉を話す事は出来ても、必要が無ければ文字を書く事や算術を行う事が出来ぬであろう? 親や保護者から、御伽噺として話を聞かされる事はあれども、しっかりとこの国の事を学ぶ事もない」

「そうだな。もっとも、それでも優秀な者は取り立ててはいるが」

「現状では、噂に上っている者や、自ら志願してきた者、実績を作った者、だけを対象にしていたが、学校という新しく平民に学ぶ場を与える事で、優秀な者を育てやすくし、スカウトしやすい土壌を作るのじゃ」

「ふむ」

「もし実現するとして、教師の手配などには、リーチェが協力してくれると言って居る」

「ほう、マルガリーチェが?」


 兄上に視線を向けられ、リーチェが微笑みを浮かべてカーテシーをしてから頭を上げた。


「元々はツェツィの提案でしたが、ツェツィもクロエも個人的な作業が多く動けないため、私とリアンで計画を進めていました。素案は出来ているのですが、学校を建設する場所と初期投資の予算がやはり不足してしまい、実行に移っていません」

「それだけではない。妾とリーチェが主導で動けば、学校は『王立』ではなく、『私立』になってしまう。今は王族である妾であっても、初期投資をさせられるだけで、稼働したらその運営実権をいくら兄上にでも、ただ献上するのはいささか面白くないのじゃ」

「なるほど、それであれば企画提案はするから、場所と資金援助、そして『最初から』私が関わっているという事にしたいというわけだな」

「うむ。流石は兄上、話が早いの」


 妾の言葉に、兄上は少し考えてツェツィの肩から手を離すと、変わらぬ微笑のまま兄上の傍に常にいる侍従と文官を呼びつける。


「この者達をしばらく貸そう。企画の提案はするのだろう? 好きに使え。内務大臣にも、財務大臣にも、国土開発大臣にも、私の方から話を通しておく」

「ツェツィの名前を出しているせいか、随分乗り気じゃな」


 呆れたように言えば、兄上は微笑みこそ変わらないものの、一瞬だけツェツィに柔らかな、甘い視線を向ける。

 ほんに、ツェツィは兄上に愛されておるの。

 妾だって、ハンジュウェルに今後はそのように見てもらう事だって、あるかもしれぬ。

 うむ、妾は努力すれば出来る子なのじゃ。それは恋愛面に於いても変わらぬ。


「……メイベリアンも、本当に王族としての自覚を持って過ごしていてくれて、国王として、兄として嬉しく思う」

「当たり前じゃ。妾は愚かな王族ではないのじゃ。国の事を、国民の事を考えるのは当然じゃ。決して、兄上の治世がよくなるようになど、思ってはおらぬのじゃからな」


 そう、妾はあくまでも兄上の為ではなく、将来正妃になるツェツィの為に動いているのじゃ。

 今はまだ公表できぬ故、口に出せぬがツェツィが兄上の妃になるというのは暗黙の了解になっておる。

 流石にいきなり正妃にすると考えている貴族がどれほどいるかは分からぬがの。

 この場であえて兄上に話をしたのは、打算が無いわけではない。

 タイミングを見て公の場で言おうとは計画していたのじゃ。

 ツェツィがスラム街の再建をする際に資金を集めたように、『国の繁栄の為』に『国王が賛成している事業』に投資する事を貴族の連中に意識させるための物。

 もちろん、資産が無いところから無理に摂取するわけではない。

 なんであったか、塵も積もれば山となるであったかの? 貴族至上主義派は平民の事等どうでもいいと思うであろうが、その平民の中には『元貴族』もいるのじゃ。

 その子供が再び貴族の世界に舞い戻ってくる可能性があるのだとすれば、実力主義派、中立派、貴族主義派の家は希望を見出す。

 ある家は隠れた原石を、ある家は遠くなった親族を、ある家は家を支える忠臣をそれぞれ得るために。

 妾と兄上の会話を聞いていた各家の当主が、早速頭の中で計算をし始めているのを感じ取り、妾は誕生日パーティーに招待している、親しい学院の生徒を見る。

 優秀な者達はそれだけで妾の意図を理解してくれるようじゃ。

 家に帰れば、自分の親に如何に平民向けの学校の建設と運営に支援する事が、自分の家の発展に繋がるかを話してくれるであろう。


「しかし、新事業の話も魅力的だが、メイベリアンはまずはルーカスとの婚約破棄の方を片付けなくてはいけないな」

「そうじゃな。まったく、あ奴も面倒な事をしてくれたものじゃ」

「今日はメイベリアンの誕生日パーティーだし、流石に慰謝料の請求もあるからすぐに書類は出来上がらないだろう。とりあえずはゆっくりパーティーを楽しみなさい」

「兄上の心遣い、感謝する」


 妾がそう言うと、兄上が手を上げて音楽を再度奏でさせ、パーティーの雰囲気を元に戻す。

 ふふ、ルーカスの愚かな態度に我慢が出来ずに、『予定』よりも早く言い出してしまったが、何とか丸く収まったの。

 内心密やかに安堵していると、兄上から離れてツェツィが妾達の方にやってくるのが見えた。


「リアン、わたくしは聞いていませんでしたよ」

「予定が繰り上がっただけじゃ」

「もう、陛下が取りなしてくれなかったら大変なことになっていた可能性だってあるんですからね」

「そこは兄上を信頼しておったぞ」

「リアンはその態度を陛下にちゃんと見せるべきですわね」

「まったくです。私も、いきなり巻き込まれて驚きました」


 クロエとツェツィはともかく、リーチェは絶対にそんな事は思っておらぬじゃろう。

 せいぜい、予定が狂ったぐらいにしか思っていないはずじゃ。

 妾達の中で、リーチェが一番何を考えているか分からぬからな。親友ながら恐ろしいの。


「それにしても、学校を実現出来るかもしれないんですね」

「うむ。ツェツィが平民を大切に思っているのは知っているからの。親友である妾達が協力するのは当たり前じゃ」

「その理論で行くと、わたくしが仲間外れにされていますわね。どうしてですの?」

「クロエは他の用事で忙しいではないか。流石にこちらまで手を回しては、妾達との時間が減ってしまう」


 そう言った妾に、ツェツィ達が「これだから」と声を揃えた。


「…………ちっ、違うのじゃぞ。決して寂しくなるからと言うわけではっ」


 慌ててそう言い訳をしたが、ツェツィはにっこりと優しい笑みを浮かべ、クロエは呆れながらも嬉しそうに笑い、リーチェは保護者のような笑みを浮かべていた。


◇ ◇ ◇


Side ルーカス


 別室に連れてこられた私は、母上と共にソファーに座らされ、対面に座った父上とディーシャル女公爵夫君を正面から見る事が出来ず、けれどもこの状況が納得がいかず、膝の上で握りしめた拳を見つめていた。


「さて、まずはルーカスが主張するメイベリアン様の不貞についての慰謝料か」

「っ! そうです、私という婚約者がいながら他の男に目を向けるなど、許しがたい不貞です」

「なるほど。お前は婚約者がいるのであれば、異性とは適切な距離を保つのは当たり前だと主張するんだな」

「当然です」

「では、メイベリアン様がお前以外の異性と特別仲がいいという噂を聞いたり、現場を見た事があったり、そのような空気を感じ取った事があるか?」

「それは……ありません。そもそも、私は必要最低限しかメイベリアン様に近づけないのですよ。気が付けるわけがありません。けれども、陛下は確かにメイベリアン様が見初めたと言いました。これは明らかな不貞の証拠と言えるでしょう」


 私の言葉に、父上は「なるほど」と納得したように頷いてくれる。

 なんだ、少し心配ではあったが父上はなんだかんだ言って私の味方をしてくれるのか。


「メイベリアン様が不貞を働いたのであれば、慰謝料を請求するのは正当な権利ですね」

「そうですな、ディーシャル女公爵夫君」

「しかし、『いつ』から『だれ』となのか、分かりませんね」

「本来なら不貞相手にも慰謝料を請求すべきなのだが、思い当たる相手はいるのか?」

「いえ、いません。しかし、陛下はご存じなのですから、陛下に聞けばよいのでは?」

「その場合、メイベリアン様の保護者である陛下が、この婚約の解消に向けて準備をしていて、その後の相手を探しており、陛下主導の元、許可されて交流をしているという事になるが、いいのだな?」

「それが何か?」

「保護者がすでに結ばれている婚約が危ぶまれていると判断した場合、『予備』を見つけ引き合わせるのは何一つおかしい事ではない」


 父上に言われ、はっとその事に気が付き、思わず拳を握り締める。


「ああ、それでしたらメイベリアン様とその相手に慰謝料を請求する事は出来ませんね。メイベリアン様が見初めたとはいえ、保護者である陛下が用意した相手なのですから」


 ディーシャル女公爵夫君がクスリと笑って言う言葉に、さらに拳を強く握りしめてしまう。

 私は『何一つ悪くない』のに、こんな責められるような事を言われるなど、父上は息子である私がこんな屈辱を味わっているのに、なぜ助け船を出さないんだ。


「では、次にメイベリアン様への『不敬罪と侮辱罪の慰謝料』と、一時的な『不貞への慰謝料』ですな」

「ディーシャル女公爵夫君、私はそのような物を払う義務はないはずです! そのような事をした覚えなど、何一つないのですから」

「ほう? 婚約者とはいえ第三王女であるメイベリアン様に数々の暴言を言っている所は多くの人間が見ていますし、平民への人気取りなどと侮辱したという事も、長年にわたり宰相閣下に苦情を言っている。そうですよね」

「ええ、学院での行動は言うまでもなく、婚約者の義務で行っていた顔合わせの際の言動は、陛下がご用意してくれていた監視により確証を得る事が出来ています」

「それはメイベリアン様が悪いのです。婚約者であるにも関わらず、私よりも優秀な成績を修めたり、薬草姫などと言われ平民に媚を売っているのですから」

「この国の国法に、婚約者よりも優秀であってはならないという物も、平民に優しくしてはいけないという物もありません」

「そんなもの、国法になくとも常識で分かるでしょう」

「そのような常識、初めて聞きましたな。そちらの家ではそのような家訓なのですか?」

「まさか。能力は磨いてこそだと思っておりますし、常々子供『達』にはそう言っています」

「そうですか。国法にもなく、家訓でもないというのなら減額の道はありませんね。次に一時期にあったルーカス殿の『不貞による慰謝料』ですが」

「そんな物をした記憶はありません!」

「十歳か十一歳の時、お前はとある女生徒と親密になっていたな。その女生徒をきっかけに婚約破棄だと騒いでいたじゃないか。忘れたのか?」


 その言葉に、すっかり忘れていた思い出したくもない記憶がよみがえってくる。


「そのせいで、お前とメイベリアン様の婚約は様々な条件の見直しがされたのだぞ」

「それは……」

「学院の生徒も、お前がその女生徒と婚約者がいる身だというのに考えられないほど親密に接していたと証言していた」

「私は被害者です。あの女に騙されていたのです」

「お前は先ほど婚約者がいるのであれば、異性とは適切な距離を保つのは当たり前と言ったのだ」

「それはっ……男と女では状況が違います」

「男女で異性に対する態度が違う事は正当化される。そのような国法は、どこにもありませんね」


 ディーシャル女公爵夫君はそう言ってサラサラと紙にいくつかの数字を書き出していくと、それを父上に見せた。


「如何でしょう?」

「……ふむ。相場よりも少ないのでは?」

「元々、婚約解消するために動いていましたから、それを考慮しています」

「ご配慮ありがたい。しかし、これでも妻の個人資産では賄えませんね。分かっていた事ですので、足りない分は我がフォルヴァン侯爵家から出しましょう」

「では、婚約破棄の契約書に関して整えてまいりますので、少々お待ちください。宰相閣下とルーカス殿のサインが終わったらメイベリアン様にも持って行きしょう」


 そう言って出て行くディーシャル女公爵夫君を見送って、私は納得がいかないと父上に抗議をしたが、再教育の効果が見られない私は、学院を卒業するまでに今後の事について考えるようにとだけ言われた。

 母上は、個人資産がすべてなくなるという言葉にショックを受けたようで、父上に全額を立て替えて欲しいと懇願したが、聞き入れてはもらえなかった。

 しばらくして戻って来たディーシャル女公爵夫君が用意した婚約破棄の契約書には、メイベリアン様とは今後立場をわきまえて接する、知り合いとしての適切な行動をする、間違っても迷惑をかけない。などという条件が追記されていたが、それよりも私が驚いたのは慰謝料の総額の三千万ガルという数字だった。

 これで考慮している? 嘘だろう。

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[一言] 流石にルーカスでも書類の金額は読めたか(笑)
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