二人目解放、そして事件です(中編)
護衛に阻まれ、こちらに近づく事が出来ないヴェヴェル様は、ギロリとわたくしを睨みつけて、口を大きく開いた。
「この泥棒猫が! 私の陛下の傍に居ていいなど誰が許可をしたのです! 幼いころから陛下に色目を使う雌猫が、即刻陛下から離れなさい!」
喚く声は会場内に響き、グレイ様の寵愛が深いと言われているわたくしへのあまりの言動に、ほとんどの参加者がヴェヴェル様の今後を憂いた。
わたくしはグレイ様に頂いた扇子をゆっくりと開いて持ち上げて口元を隠すと、微笑みを浮かべてヴェヴェル様を見る。
「御機嫌よう、ヴェヴェル=アッシュフォル侯爵令嬢様。本日は招待もされていないのに、無作法にも陛下の妹であり、わたくしの大切な親友のリアンの誕生日パーティーに乱入し、場を乱すなんて、何を考えているのですか?」
「お黙りなさい! 私は正妃になるのですよ。何を考えているというセリフは、私が言うべき事です!」
「あら、そうなのですか? 陛下」
わたくしがゆっくりと背後を振り返ってグレイ様を見ると、グレイ様はわたくしの肩に手を置いて、ヴェヴェル様を冷たい視線で見る。
「抱いても居ないのに、私の子供が出来たなどという妄言を吐く女を正妃にするわけがない。それに、そなたはもう私の後宮を出され妃でもなくなり、実家に戻っている。正妃になど、そもそもなれるわけがない」
「何を言っているのです。私は陛下の妃です。御子だって授かったのですよ」
そう言って、愛しそうに自分のお腹を撫でるヴェヴェル様に、グレイ様はさらに冷たい視線を送る。
「聞こえていないようだな? 私は、そなたを抱いていない。それなのに子供が出来るわけがないだろう。そもそも、そなたは妊娠などしていない」
「そんな事はありません。毎夜私をあんなに熱く愛してくださったではありませんか! あんなにも熱く陛下に求めていただいていたのですから、当たり前ですが私は他の妃と違い、陛下以外の男を知りません!」
おい、何気に他のお妃様に間男が居る事暴露しないでくれる?
「魔道具で正式に妊娠していないと判定されたのに、信じないと?」
「あのような物より、母親としての自覚が正しいに決まっています。それに、『塔』はツェツゥーリア様の後ろ盾だとも聞きます。便宜を図ったのでしょう」
「おや、それは聞き捨てなりませんね」
にっこりと、機嫌のよさそうな声と顔で、いつの間にか現れた教師がヴェヴェル様のすぐ傍で話し始める。
「確かに我々『塔』の重鎮は、ツェツゥーリア様の後ろ盾ではありますし、大切にしていますが、贔屓していると思われるのは心外です。むしろ、大切だからこそ試練を与えるのが『塔』のやり方ですよ」
優しく諭すような、楽し気な声は聞き心地がよすぎて、わたくしは思わず身を固くしてしまう。
いつも聞いている教師としての声音ではない。長い年月を生きた、賢者としての声音なのだと分かってしまうからこそ、警戒してしまう。
「もし、『塔』の魔道具に疑念をお持ちなら、今後使うのも不安でしょう。貴女がご使用の『塔』が関わった魔道具を『全て』お引き取りいたしますよ」
「それはっ」
「おや? 貴女の中では、我々はツェツゥーリア様に便宜を図っているのでしょう? そして、そんな我々を信用出来ない。それでしたら、我々が手掛ける物を使うなどという不安に苛まれては、それこそ本当に妊娠なさっているのなら、お子様によろしくない。今すぐにでも引き取りましょう」
にっこりと言われた言葉に、ヴェヴェル様が顔を青くさせる。
それはそうだろう。使用人がいくらいたとしても、王侯貴族の生活は魔道具が無ければどうしようもなくなるのだ。
もちろん、『塔』が作っている魔道具ばかりではないけれども、ほとんどの魔道具の根源は『塔』が関わっている為、『塔』が関わっている魔道具を引き上げると言われてしまえば、それは生活にダイレクトに影響する。
「いえ、そこまでしなくとも」
「しかしながら、妊娠測定器の結果はご納得なさっていないのでしょう。広く使われている魔道具ですが、信用出来ないというのなら、我々の面目もありますからね」
あくまでも、にこやかに話す教師に、ヴェヴェル様は最初にここに乱入してきた時の勢いを失っていく。
それでも、「確かに陛下の御子を妊娠しているのです」と主張したため、ここで改めてヴェヴェル様の妊娠測定を行う事が急遽決められた。
誕生日パーティーがとことん台無しになってしまい、リアンに申し訳ないと視線を向けたが、リアンは面白そうな輝きを瞳に浮かべている。
婚約解消が出来てハイになっているのもあるだろうけれども、これを余興にする事に決めたのだろう。
淑女の妊娠測定など、通常人前でする物ではない。とはいえ、ドレスを脱ぐとか、肌を露出させるわけではない。
魔道具を服の上から腹部に当てれば、中の様子が分かるのだ。
前世で言えばエコー写真みたいなものかな。
教師がアイテムボックスから妊娠測定器を取り出すと、そっと動きを拘束されているヴェヴェル様の腹部に魔道具を当てる。
ふわっと浮き上がった画像には、もちろん『空っぽ』の子宮が映し出されている。
「やはり、妊娠はしていませんね」
「嘘です!」
ヴェヴェル様は暴れて魔道具を取り上げようとしたけれども、動きを封じられているのでそれも出来ない。
「私は毎夜陛下に愛していただいていたのです。御子が授からないわけがありません!」
そう叫んで、ヴェヴェル様はわたくしを睨みつけた。
「貴女が、貴女が居なければこんな事にはっ!」
「申し訳ありませんが、陛下の個人紋を使う事も許されていないヴェヴェル様とは、元より立っている場所が違いますよ」
「ツェツィの言う通りだ。政治的な意味合いで仕方なく後宮に入れたそなたと、ツェツィを同じだと思わない事だな」
「陛下! どうしてそのような雌猫を庇われるのですか。騙されないでください!」
「ツェツィに騙されるのなら、本望だ」
「あら、陛下はわたくしに簡単に騙されてくれるのですか?」
「どうだろうな? ツェツィの嘘を見抜くのは、私には難しい事ではないからな」
この会話だけで、わたくしとグレイ様が親密だというのが分かる。
ちらりとヴェヴェル様に視線を向ければ、拘束されたまままだわたくしを睨んできている。
「それにしても不思議ですね。よく監禁されている家から脱出して、許可されていないのに王宮に入る事が出来たのですか?」
「そんなもの簡単です。家は私が少し大人しくしていれば自由に動けますし、お父様の名前を出せば動いてくれる人など、王宮には沢山いますもの」
「ほう? ヴェヴェル、それでは『お前の知る限り』の関係者をリストにして『私に』提出してくれるな」
「もちろんです。陛下のお役に立てるのでしたらなんでもいたします。ふふ、正妃となるのですもの、当然ですね」
「ま、まてヴェヴェル」
「どうしましたお父様、お顔の色が悪いですよ? いつも私に自慢げにおっしゃっていたではありませんか。法務、すなわち司法を司っている我が家には、今まで便宜を図ってきた数々の家があるのだから、私の将来は安泰だと。話をすれば、我が家に『恩がある』家はなんでも言う事を聞くと」
「だっ黙れ!」
「黙るのはそなただ。とりあえずは、事情がはっきりするまで、引継ぎもあるのだから、王宮で『ゆっくり』するがいい。連れていけ」
グレイ様の言葉に、いつのまにか法務大臣の背後に来ていた衛兵が腕を掴んで立たせると、半ば引きずるように会場を出て行き、ヴェヴェル様も続くように会場から連れ出されて行った。
「メイベリアン」
「なんじゃ、兄上」
「面白い余興の礼に、お前の次の婚約者に『上乗せ』をしてやろう」
「おや。あの者はこの件に関しては『何も』しておらぬぞ。それなのに、その時の気分でそのような事をするなど、賢王とは言えぬ行いじゃな」
「ふむ、では『上乗せ』は不要か?」
「自分の実績でないところで発生した『上乗せ』など、あ奴は喜ばぬであろうし、受け入れぬであろうな」
「なるほど、流石はメイベリアンが見初めた相手だ。そうは思わないか、叔父上」
グレイ様は上機嫌な声でそう言うと、ディーシャル女公爵夫君は笑顔で頷く。
「本当ですな。王侯貴族の中には、他人の手柄をさも自分の手柄のように吹聴する愚か者が多いというのに、メイベリアン様の次のお相手は誠実な方なのですね」
そこまで話されたところで、ルーカス様がある事に気が付いたのか、ニヤリと笑ったのが見えた。
「メイベリアン様が見初めた、という事は不貞をしていたという事ですね。婚約解消と言われましたが、私はメイベリアン様の有責による婚約破棄を申し立てます。不貞による慰謝料を頂きますよ」
そう言われて、リアンは扇子の下の口元を面白そうに持ち上げる。
あーあ、折角『婚約解消』で落ち着けるところだったのに、ルーカス様って成績はそこそこいいはずなのに、やっぱり馬鹿だなぁ。
「ふむ、妾の有責による『婚約破棄』か。よいぞ。しかし、それであるのなら、妾はそなたに『不敬罪・侮辱罪』それと、一時の火遊びであったとはいえ『不貞』による『慰謝料』を請求させてもらう」
「は?」
「分からぬのか? 以前より兄上が『今は婚約状態』と言ったのじゃ、国王である兄の『意を汲んで』王家の姫として次の相手を準備しないわけがないであろう。こんなにも早く次の準備が整っているのは、当然じゃが、国王である兄上も、宰相であるそなたの父親も、全て承知の上じゃ。そのうえで、『婚約解消』という事で双方今までの事を無かった事にしたのじゃが、そなたが『婚約破棄』にすると言うのであれば、婚約していた間の慰謝料を貰うのは当然であろう」
扇子の下で笑いをかみ殺しながら言うリアンは、そのまま宰相閣下を見て「よいな?」と言った。
「仕方がありませんね。陛下の恩情にて婚約解消としていただいたのを、愚息が婚約破棄にすると言ったのです。まだ子供とはいえ、貴族である自分の発言に責任が発生すると理解出来ない程愚かではないのですから、自業自得です。慰謝料に関しましては、財務大臣と『新しい』法務大臣と話し合いをし、『双方の慰謝料』を算出してお支払いいたします」
「かなりの金額になると思うのじゃが」
「ご安心ください。妻の持参金などがありますし、宰相の職に就いている関係上、どこかの家と違い我が家は金銭的に困ってはいません」
「旦那様! 私の持参金を使うというのですか!?」
「当たり前だろう。お前は常々言っているよな。ルーカスに何かあった時は、自分の持参金を使いたいから、私が結婚をする際に渡していた支度金も合わせて、持参金はルーカスの為以外には一切使わないと。今使わずに、いつ使うのだ?」
「そんな、横暴です!」
必死な様子のフォルヴァン侯爵夫人の姿に、グレイ様がクスクスと笑いをこぼす。
「なんと息子想いな母親なのだろう。私の母上は早くに亡くなってしまったからな、母親の愛を一身に受けているルーカスは恵まれているな」
グレイ様の言葉によって、ルーカス様も、フォルヴァン侯爵夫人も逃げ場が無くなってしまう。
今更「やっぱり婚約解消で」とは言えないし、『愛しい息子』の為に支度金も持参金も使っていないのであれば、今こそ使わなければ、今度はフォルヴァン侯爵夫人が社交界の笑い物になるのだ。
既にクスクスと笑いを向けられているフォルヴァン侯爵夫人とルーカス様は、体を震わせながら宰相閣下に「手続きをするために別室に移ろう」と言われて連れだって出て行った。
「メイベリアン、今日あった事のおかげで、この国の膿を今まで以上に探る事が出来る。先ほど、次の相手への上乗せはいらないと言ったが、そなた自身への褒美は何がいい? せっかくの誕生日パーティーがこんな事になったのだ、主催者として、兄として無茶でない願いであれば叶えよう」
グレイ様の言葉に、リアンは少し考え「それであるのなら」と笑みを浮かべ口を開いた。