ハンバーグパーティーだ!
朝食を食べていると、リーチェから早急にお知らせしたい事があると手紙が届いたので、食事中で無作法になると分かりつつも、封筒を開き中身を確認すると、わたくしは思わずにんまりと口の端を持ち上げてしまった。
「ツェツィ、何かいい事でも書いていたのかい?」
「ものすっごくいい事よ! 今日はお肉祭りよ! ハンバーグパーティーだわ!」
「ハンバーグパーティー……。マルガリーチェ嬢関連だね」
「ええ、やっと婚約解消になったのよ!」
「なるほど。それは確かにハンバーグパーティーだね。だったら、四人が遠慮なくはしゃげるよう、僕は今日は商会ギルドの方で夕食も済ませてくるよ」
「そうなの? わかったわ」
こういう気づかいが出来る所が、ハン兄様の素敵な所だわ。
ウキウキ気分で朝食を食べ終え、学院に馬車で向かい、いつもよりも長い時間がかかって到着した気分になりつつ、教室に向かったけれども、まだリアン達は来ていないようで、わたくしはメイドが既に指定席になった場所で準備を始めるのを眺めながら、扇子をいじりつつ、顔がニヤニヤとしてしまわないようにするのを必死でこらえていた。
「おや、おはようございますツェツゥーリア様。なんだかご機嫌なご様子ですね」
「おはようございます、マドレイル様。とても良い知らせをいただきましたので、当事者を待って居るのです」
「いい知らせですか?」
「はい」
わたくしが扇子をパチリと広げて口角が上がる口元を隠すと、ちょうどクロエが教室に入ってきた。
「おや、赤薔薇様がいらっしゃいましたね。私はこれで失礼します。またお話ししましょう」
「はい、また」
一部のクラスメイトを除くと、留学生もだけどわたくし達をセットで扱うから、二人以上でいると自然と距離を置くよね。
こうなった原因は確実にわたくし達にあるから文句は一切ないけど、他国の王族に気を使わせるのは何だか申し訳ない気持ちになってしまうわ。
「ツェツィ、貴女の所にもリーチェからの手紙は届きまして?」
「もちろんです。朝一で届きました」
「本当に喜ばしいですわね。わたくし、馬車の中で早くリーチェにお祝いの言葉を伝えたくてソワソワしてしまいましたわ」
「わたくしもです」
クロエと二人でキャッキャしていると、いつもよりもカツカツとヒール音を鳴らしてリアンが教室に入ってきた。
「二人とも、リーチェはまだ来ておらぬのか?」
「見ての通りまだですわ」
「ふふ、リアンってばいつもより少し早めの登校ですね」
「もちろんじゃ。一秒でも早くリーチェに今までの苦労のねぎらいと、やっと解放された祝いの言葉を伝えねばならぬからの」
リアンがものすごく弾んだ声で言ったからいつも以上に注目を集めてしまい、代表するようにシュルティナ様が近づいて来た。
「おはようございます、メイベリアンお姉様方。皆様本日はとてもご機嫌がよろしいようですが、何か特別な事がございましたの?」
「おはよう、シュルティナ様。それはもう、妾達にとっては長年の夢の一つが叶ったのじゃ」
「長年の夢ですか」
シュルティナ様はちらりとわたくしを見たけれど、わたくしは自分の事ではないという意味を込めてやんわりと扇子を揺らした。
「マルガリーチェ様に関係していることですか?」
「うむ。ほんに、ここまで来るまで長かった故、労わねばならぬのじゃ」
リアンの言葉にシュルティナ様は少し考え、チラリと今はまだ姿かたちも見えない後方の席をいつも陣取っている人がいるあたりを見て、顔を戻すとにっこりと微笑んだ。
「お祝い事は続くと聞きますし、他の薔薇が真の意味で咲き誇る日も近いかもしれませんね」
「だといいのじゃが、こればかりはのう」
「ふふ。恋する乙女は美しくなると聞きますし、今以上に素敵になられる薔薇様方を見る事が出来るなんて、この上ない幸せです」
そんな事を話していると、リーチェがパイモンド様と一緒に教室に入って来たので、シュルティナ様は「それでは、また」と離れて行った。
きゃぁ、障害物がなくなったから堂々と接近してる!
リーチェはパトロン相手以外は、異性との接触は本当に必要最低限だったから、めっちゃ注目浴びてるじゃん。
わたくし達の視線に気が付くと、リーチェはパイモンド様にそっと耳打ちをしてから微笑むと、わたくし達の方に歩いて来た。
耳打ちした瞬間、「キャー」っていう小さい黄色い悲鳴が上がった。
「おはようございます」
「「「おはよう(ございます)」」」
「とりあえず、ラッセルとの正式な婚約解消、誠にめでたい。長年の苦労からやっと解放されたのじゃな」
「おめでとうございますリーチェ。やはり、わたくし達の中で真っ先に婚約解消をする事が出来たのはリーチェでしたわね」
「リーチェ、おめでとうございます。わたくし、朝にお手紙を頂いてから、ずっと嬉しくて仕方がありません。それで、パイモンド様と一緒だったという事は、……そういう事ですか?」
「ふふ、そうだといいのですが、今朝一緒だったのは本当に偶然です。ただ、私は婚約者が居なくなった身ですから、特定の誰かに気を遣わずに済むようになりました」
そう言ってふんわりと微笑むリーチェは、まさに恋する乙女っていう感じで、めちゃくちゃかわいい。
あぁっ、女子会だったら抱き着いてるのに、人前なのが、教室なのがもどかしいっ。
「して、次の婚約者に目星は付いているのかの?」
「そうですね。お父様はまだ少々渋っていますし、お相手の家にはまだ話をしていないので、これからと言う所ですね」
「うまくいく事を願っていますわ。けれども、先ほどの様子を見ている限りでは、問題はなさそうですわね」
「そうだといいんですけれど、長い間距離を置いていましたので、今朝も距離の取り方をどうしたらいいのか悩んでしまったんですよ」
「そうなんですか? その割には、とても自然に見えました。ねえ」
「ええ」
「うむ、ツェツィの言う通りじゃ」
「だと嬉しいです。一度目は私の望まぬ物でしたが、二度目は心から望む相手のもとに行きたいものですね」
「まるで物語のようじゃ。幼き頃の淡き恋心が、邪魔者が居なくなって花を咲かせるのじゃな」
うっとりとするリアンに、リーチェが照れたように微笑む。
その時、クロエが教室の入り口を見て、すっと目を細めたのでわたくしもそちらに目を向けると、メイジュル様達が入ってくる所だった。
もちろんラッセル様も一緒なわけで、ラッセル様はリーチェの姿を確認すると、ニヤリと口角を吊り上げた。
キモォ……。関わらないでおこう。
「ラッセル、お前に捨てられたというのはあの女だな」
「はい、メイジュル様」
「傷物になる女が最近増えているな。だがまあ、側近のフォローをしてやるのも主の役目だ。あの女を俺が慰めてやってもいいぞ?」
「メイジュル様のお手の早さはどうかと思いますが。あの役立たず女はそのぐらいしかもう価値がありませんね」
聞こえてきた会話に、教室内の温度が下がる。
「これは、面白い事を聞きました」
「トゥルージャ様? なにか?」
冷気の発生源がどこなのか特定出来ないほど全体的に室温が下がっているけど、ぶち込みに行ったのはトゥルージャ様か。
パイモンド様は養子に入って伯爵家の長子になったけど、メイジュル様に意見出来る立場ではないから仕方がないか。ここで変に口を出して、今後の事に難癖付けられるわけにもいかないもんね。
「自分はこの国にお世話になってまだ間もないですが、メイジュル様はここ最近のこの国の貴族の婚約の流れを知らないと見えますね」
「は?」
「幼いころに結ばれた婚約を見直し、よりよい関係にするという物ですよ。マルガリーチェ様の婚約解消はまさにそれですね」
「何が言いたいのです」
「いえ? 自分はマルガリーチェ様が家の犠牲になり続けなくてよかったと、心の底から安堵しているだけですよ。本当に、婚約解消は喜ばしい事です。申し訳ないが、ラッセル様がマルガリーチェ様の真の価値を分かるとは思えませんからね」
「あの女に価値など」
「ラッセル様、自分は貴方に発言の許可を与えましたか?」
「っ!」
「メイジュル様、我が国でも女性の立場はまだ弱いですが、それでも、貴方のように女性を物のように扱う人は、同性からも嫌悪される対象ですよ」
「女など、その程度しか出来ないのだから、当然の対応だと思いますが?」
「なるほど。同じ国の、同じ血の流れる、同じ王族でも、こうも違う物ですか。いやはや、本当に、グレイバール陛下のご心労を慮ってしまいますね」
トゥルージャ様はそう言ってメイジュル様から視線を外すと、すっとわたくし達の方に近づいてくる。
「マルガリーチェ様。この度は婚約解消、誠におめでとうございます。後程お祝いの品物を贈らせていただきますね」
「まあ、ありがとうございます」
「それにしても、次のお相手の予定はどうなっていますか?」
「リアン達にも話しましたが少々渋ってはいるものの父が動いてくれています。早速今日にでも相手方の家に打診が行くはずです」
「それは素晴らしい! 次のお相手はマルガリーチェ様を大事にし、行いにも理解のある方だといいですね」
「その点は問題ありません」
「そうですか。いやぁ、本当によかったです。マルガリーチェ様に憧れる身としては、あのまま理解を得る事も出来ず、搾取されるしかない人生を送って、多くの事が犠牲になるなど、まさに世界の損失ですよ。そう思いませんか、薔薇様方」
「全くじゃな。本当に、リーチェが柵から逃れる事が出来た事は、誠にめでたい。兄上も、即日婚約解消の書類を承認したそうじゃ」
「今までは、仮にも婚約者が居ましたので控えていた物も、今後はそのような気遣いをしなくてよくなりますわね。次はリーチェに理解のあるお相手でしょうし、本当によかったですわ」
「即日に婚約解消の書類を承認するなんて、陛下もこの婚約解消を前向きにお祝いしている証拠ですね。きっと、次の婚約に関しても、書類を提出したら、即急に対処してくれますよ」
ニコニコとわたくし達が笑っていると、一部を除いたクラスメイトが祝福の意味を込めて拍手を送ってくれる。
リーチェは照れたように微笑みを浮かべると、感謝の意を表してカーテシーをして、「私だけが先に解放されましたが、大切な親友のリアンとクロエの応援も、皆様よろしくお願いします」と口にした。
そんなリーチェの態度に、好感度がさらに上がったのは言うまでもなく、その日からしばらく、学院では薔薇関係の食品や香物が流行した。
黄色い薔薇がよく飾られていたのも、リーチェをお祝いする気持ちを表していたんだろうな。
嫉妬、不貞、薄らぐ愛なんていうマイナスな花ことばもあるけど、黄色い薔薇には、友愛、献身、平和、愛の告白、なんて物もあるんだよね。
ちなみに、ハンバーグパーティーはハンバーグケーキを作り、好きなソースで食べるという物にした。
もちろん、保護者代理であるハン兄様が『今日は遅くまで遊んでいいよ』と暗に言ってくれていたので、お言葉に甘えて夕食の時間まで女子会をしたので、その日の夜はいつもよりも高揚感があったけれども、布団に入ったら思った以上に速攻で瞼を閉じるはめになった。