お祝い事!
「新しい区画整備は順調のようですね」
わたくしは、鉱山のある領地で元々いる領民と、今後増えてくる領民の居住区、そして工房地区、娯楽施設、市場などの食品街、農業や畜産業をする為の場所などを見回り、今のところ問題なく建設が進んでいるのを確認した。
鉱山はあるものの、今まで資金の面からどの領主も手を入れてこなかった為、貧しかったこの領地の領民は、今後の予定を話したところ、誰もが率先して協力してくれた。
その際、一緒に居てくれた文官さんや武官さんに「天使の微笑みっ」とか言われたけど、なんなんだろう?
しかし、ちょっと大変だったね。
一軒一軒の家を回って、今までの経済状況と、今後の展望を説明して、生活状況を変えるための引っ越しの説明をするのに、今年の滞在期間のほとんどを使ったわ。
でも、その甲斐があって来年には全員の移動が終わってるでしょ。
鉱山が事前調査で、想定していたよりも大きかったせいで、雇う予定の鉱夫と魔法士の人数も増えそうだしね。
通常の鉱石や原石以外にも、魔石の反応もあるそうなので、初期投資は増えてもリターンは大きそう。
夕方になって領主の屋敷に戻ると、わたくしは着替えて厨房に移動をする。
「領主様、今日は何を作るんですか?」
「芋煮ですよ」
「初めて聞きますな」
「こっちでは初めて作りますからね」
わたくしはそう言って材料をどんどん用意していき、テーブルの上に並べて行く。
そこで、ふと一人のコックが首を傾げる。
「領主様、これは豚汁なるものの材料では?」
「おっと、それ以上はいけません! 戦争が起きますよ!」
「せ、戦争!?」
「味噌と豚肉、そして里芋! これは決して譲れません! これから作るのは、芋煮であって豚汁ではないのです!」
「わ、わかりました」
食文化がわたくし基準なのなら、文句は言わせない。前世知識はこんな時こそ悪用してなんぼでしょ?
醤油に牛肉? わたくしの中であれは芋煮じゃないから。
戦争ならば受けて立つ! 筆者が!(メタ)
芋煮を作りつつも、他の食品も作って行く。〆用のうどんもそうだけど、他にもほうれん草の胡麻和え、菊のおひたし、唐揚げなんかも作る。
領主がわたくしという事もあって、この屋敷の広い食堂で一人で食べるのが嫌なので、文官さんも一緒に食べてもらうようにしている。
武官さんはお仕事の立場上無理とお断りされてしまった。
そもそも、芋煮は職場内のコミュニケーションとして広まったとか言われているし、これもコミュニケーションの一環だよ。
食事中にペラペラおしゃべりをするのはマナー違反だけど、気品を損なわない程度のおしゃべりならOKなのだ。
提出されたレポートに記載されている事以外の、ささやかな点なども話に上り、思わぬすれ違いが発覚したりと、この時間は中々に有意義な物だったりする。
「そういえば、早速商人の出入りが始まっているようですよ」
「もうですか? まだ稼働していないのに気が早いですね」
「アドバンテージを取っておきたいのでしょう。もっとも、この領地では既にアンジュル商会が勢いを増していますね」
「そうですね。こちらで商売を始めるように言ったのはわたくしですが、今までなかった物に対する皆さんの貪欲さはすごいですね」
「しかし、この長期休暇が終われば、王都では商会ギルドが本格始動し、商売をするにはそこの許可書が必要になるのでしょう?」
「そうなります。営業許可はそのまま取り扱う商品の品質保証にもなりますからね。定期的に覆面監査も入れることになります」
そういえば、王都の方のスラム街の改築も終わりそうなんだったか。
工事に携わる事で仕事を得ていた人に新しい仕事を斡旋しないとな。
手に職をつける事が出来た人はそれで何とかなるかもしれないけど、そんな人ばっかりじゃないし、こっちの鉱山が稼働すればこっちに流れることも出来るか。
そうなると、スラム街の再建が終わる時期に合わせてこっちの鉱山の採掘作業を始めるようにしないといけないのか。
タイミングを合わせるのが難しいな。
王都に戻ったら、スラム街の再建が終わりそうなタイミングを確認して、こっちに手を入れるか。繋ぎの仕事も、こっちで街の整備とかに関わってもらえばいいし。
領地経営って本当に大変。これでダンジョンとか魔の森の管理もしなくちゃいけないお父様とか、本気で尊敬するわ。
デュランバル辺境侯爵領以外にも、ダンジョンを抱えている領地はあるけれども、どこも出入りする冒険者の力量に左右されるから、安定した税収を確保するのが難しいって聞くよね。
冒険者ギルドや、商会ギルドが正式稼働することによって、少しでもよくなって欲しいわ。
「ところでツェツゥーリア様」
「なんですか?」
「今日の豚汁は随分具沢山ですね」
あ゛?
「これは、芋煮であって、豚汁ではありません」
「え? しかし」
「芋煮であって、豚汁では、ありません」
「あ、はい」
王太后様は、そもそも芋煮に馴染みが無いって言っていたし、異論は認めない。
前世の食の知識でたまーに王太后様と対立する時もあるけど、大抵意見は一致する。
まさか、王太后様がこしあん派だったとはっ。
そして、桜餅が長命寺派だったなんて……、道明寺派のわたくしが広めた桜餅に異議を申し立てられてしまったのよね。
作れない事はないけど、転生してから作った事なかったから、むっちゃ渋々作ったわ。
まあ、桜の時期でもないし、普通にお茶菓子として出したけど、その理論で行けば、年中おはぎを食べているクロエとかどうなのよってなるしね。
「それにしても、あのお小さかったツェツゥーリア様が、こんなにも立派になられて、感慨深いものがありますね」
「わたくしはまだ十四歳ですよ」
「何を言います。初めてお姿を見たのは五歳の時ですよ。それがこんなにも国民の事を考える立派な方になられて」
お前は親か、親戚のおじちゃんか? と思いつつも、微笑みを浮かべておく。
「そうですね。初めて陛下がツェツゥーリア様とお会いしていると聞いた時は、陛下がついに激務に精神をやられてしまったと思いましたが」
「まったくです。学院にも通っていない幼子を……などと話題になりましたな」
へぇ、どこもかしこもそんなんだったんだ。やっぱりそうなってたっていう感じだなぁ。
今のわたくしだったら、それはもう面白おかしく噂を流しまくるわ。
「ああ、そういえば。ご報告する事があります」
「なにかありましたか?」
「実は、結婚する事になりました」
「まあ! どなたと?」
「メイドのアマリアです」
「それは素晴らしいですね。何かお祝いをしないと」
「いえ、ツェツゥーリア様のお邪魔にならないよう、挙式はこちらにいらっしゃらない間にしますので、お祝いはいりませんよ」
「そんな、水臭いですよ」
アマリアさんといえば、この屋敷のメイドでもよく働く印象の感じのいい女性だ。
お祝いはいらないって言うけど、何かしないとわたくしの気が済まない。
「あ、そうだ。お二人の為に、明日は腕によりをかけてケーキを作ります!」
「そんな、お時間を取らせるなど」
「大きい物を作るので、『皆で』食べてもらえると嬉しいです」
にっこりと微笑んで言えば、文官さんは「それなら」と受けてくれた。
八号と五号の二段重ねケーキにしよう。
確か、苺もたくさんもらっていたし、飾りつけも問題ない。あ、でもチョコケーキへの食いつきがよかったから、チョコベースの方がいいかな?
やーん、こういうお祝い事ってワクワクしちゃうわ。
◇ ◇ ◇
Side とある文官
もう結婚する事などないだろうと思っていたのに、こちらの領地に派遣され、忙しくもやりがいがあり、楽しい日々を過ごしている間、気が付けば一人の女性を目で追うようになっていた。
ふとした時、差し入れてくれる紅茶や、疲れた時にさり気なく俺の好みのおかずを作るようにコックに言ってくれたりと、彼女の優しさが身に染みてしまったのだ。
けれども、こっちは四十手前のおじさん。まだ若い彼女にとっては、よくても親のような存在でしかないだろうと思っていた。
それが俺の思い込みだと知ったのは、彼女から、アマリアから告白された時だった。
こんなおっさんを捕まえて、と若いアマリアにはもっとふさわしい相手が居るだろうと断ったのに、彼女は諦めずに何度も想いを俺に伝えてくれた。
しばらくすると、アマリアを応援する者が増え、同僚の文官には腹をくくれとからかわれる日々。
熱意に負けた、と言えば聞こえは悪いが、こんなおっさん相手にと自分に言い訳をする事も難しくなり、改めて俺からアマリアにプロポーズをした時は、泣かれてしまって困ったのはいい思い出だ。
アマリアはまだ二十五歳。子爵家の次女であったそうだが、身売り同然でこの領地に来たそうだ。だから、実家はもうないと笑って言っていた。
そんな彼女を見ていると、温かい家庭を築いて、幸せになりたいと切に願ってしまう。
ツェツゥーリア様に結婚予定の報告をしたのはついでのような物であったのに、存外に喜んだツェツゥーリア様は報告した翌日、想像以上に豪華なチョコレートケーキを作ってくださった。
このために朝早くに起きたとは、なんて使用人想いなのだろう。
幼い頃は愛らしく、今は花が開花していくように美しくなっていくツェツゥーリア様は、まさにこの国の宝と言える。
しかし、ニコニコと嬉しそうにケーキを召し上がっている姿は、まだあどけなさを残しており、すっかり子供の成長を見守る保護者の気分になってしまうな。
これは、俺だけじゃなく他の奴もそうなんだから、ツェツゥーリア様の人徳という物だろう。
陛下も大変だな。ツェツゥーリア様のご機嫌を損ねたら、ツェツゥーリア様に味方をする王宮勤めの人間が多そうだ。
「ヴェル、ルジャ。あーん」
しかし、いつも思っているのだが。
子供とはいえ、聖獣と魔獣の加護を受けていて、常日頃傍に居るツェツゥーリア様は、物理的にもこの国最強なのではないか?
もちろん、加護を受けている事は屋敷の者しか知らないし、漏らさないように契約書もしたためているが、今は、爆発的に増えた魔力の操作を手伝ってもらっているとも聞くし、なんでもありだな。
「しかし、結婚前にこれだけの物を準備されると、本番は略式でいいと思えてしまうな」
「何を言っているんですか! 結婚式は女性の夢と希望とトキメキがつまっているんですよ! 後から聞いて、納得がいかないものだったらやり直しですからねっ」
何気なく呟いた言葉をツェツゥーリア様はしっかりと耳にし、妥協は許さない、と念を押されてしまった。
まったく、これではツェツゥーリア様が大好きなこの屋敷の者が、それはもうアマリアの夢を詰め込んだような結婚式を計画するだろうな。
アマリア自身、ツェツゥーリア様信者になっているから、こんな事を言われたら、喜んでちゃんと結婚式をすると言うだろう。
そうだな、アマリアを蔑ろにして放り出した実家がうらやむような、豪華な結婚式にしてやるか。
この年まで独り身だったおかげで、貯金はあるからな。