キスのレベル?
女子会をしつつ、最近の話題はもっぱら恋バナになっている。
そういうのも、婚約の見直しがされ、新しく婚約を結び直す子女が出てきているのが原因なのと、リアン達の婚約解消がいよいよ現実味を帯びてきたからだ。
「クロエには気になる人はいないの?」
「わたくしは家の為に結婚をしますのよ。わたくしの思慕の感情は二の次ですわ」
「しかし、メイジュルは嫌なのじゃろう?」
「あの方が、我が家に貢献出来る方なのであれば何も申しませんでしたわ」
クロエはそう言ってほうじ茶を飲みつつおはぎを食べる。
そんな態度にリアンは「つまらぬ」と言って豚の角煮をつまみながら、梅ソーダを少しずつ飲んでいく。
「けれども、相手を想っていた方が良き家庭が築けるのではありませんか?」
「リーチェ、その言葉は大半の貴族に喧嘩を売っていますわよ。平民になるのならまだしも、貴族の結婚はあくまでも義務の一つですわ」
あくまでも家の為、国の為と考えているクロエに、リーチェは肩をすくめてピザを口にしてから紅茶を飲む。
最近思うけど、自分の食べたい物を自由に作るから、皆料理スキル上がっているよね。
でも、鉄板は外せないとか言って、リアンは肉じゃがを絶対にわたくしに作るように言うし、クロエはおはぎが無いとしょんぼりするし。
好物を作らなくても文句を言わないのってリーチェぐらいじゃない? でも、ハンバーグを作ると目の輝きが違うか。
これが、肉食系女子なのかっ!
「……マルドニアはどうじゃ?」
「彼が?」
「よく傍に居るであろう?」
「マルドニア様はわたくしの侍従見習いですもの。傍に置いておくのは当然ですわ」
「ツェツィの従兄弟になれた相手をそのように扱うのですか?」
「侍従になるものをツェツィの従兄弟だからと特別扱いしては、他の者に示しが付きませんわ」
「それはそうですが」
リーチェが苦笑している。
マルドニア様って、完全にクロエへの恋心を秘匿しているから、クロエは絶対に気が付いていないんだろうなぁ。
でも、わたくしの誕生日パーティーでエスコートを任されたりと、二人の仲は他の子息よりも近しいんだっていう事は何となくわかってるんだよね。
リーチェは、マルドニア様の感情に気が付いてそう。
リアンはどうかな? 恋愛小説はめっちゃ読むけど、実際に気が付くかどうかは謎だよね。
「リアンはどうですの?」
「ハンジュウェルは、そうじゃなぁ。……その、や、約束をの」
「「「約束?」」」
「条件が整ったら、こっ、こクはくを、婚約のもうシこみを、しテくれると」
「「「あらぁ」」」
ハン兄様、やるわね。通りで最近張り切っているわけだ。
来年度から商会ギルドも王都で本格的に稼働することになるから、二年ぐらい様子を見てハン兄様を商会ギルドの長にする予定なんだよね。
その時に伯爵位を貰う予定だっていうのも、最初は渋っていたけど、前向きになったのはリアンのおかげかぁ。
ん? その場合リアンはわたくしの義理の姉になるの? 妹になるの?
……まあ、どっちにしろリアンがわたくしの親友である事に違いはないし、いいか。
「リーチェの方は進展はありまして?」
「パイモンドが色々条件を出して、一日でも早く養子になれるよう努力をしているようです。最悪、士爵位を貰えるようにと動いているようなのですが、士爵ではきっと私の両親は納得しないと思います」
「難しいねぇ。流石に何の功績も上げていない人に爵位を上げるほど、グレイ様は甘くないもんなぁ。何か功績が上げれそうな物ないの?」
「そうですね。パイモンドは文官を目指して勉強していますが、それ以外の事はこれと言って。武道も嗜んでいますが、騎士になるほどではありませんし、ダンジョンに出て功績を上げるという事も無いと思いますよ」
「そっかぁ。じゃあ、本気で養子に入らないと厳しいね。今進めている方じゃなく、今更だけど、うちの系列でどっか探そうか?」
「いえ、それはそれで今進めている家に不義理になってしまいますよ」
「だよねぇ」
「そうですわよ。それに、それでいけば系列は違いますが、公爵家であるわたくしが動いた方が早かったと思いますわ」
「そのお心だけ頂いておきます。けれども、パイモンドが私の為に動いていてくれると思うと、この上なく嬉しいのですよ」
「あ、なるほど?」
「愛じゃな」
「そういう物ですのね」
微笑むリーチェに何とも言えない空気が流れる。
うん、初恋が誰よりも早かっただけあって、成熟が早いよ。
あれれ~、おかしいぞ~。わたくしって前世を入れればアラフィフをとっくに通り越しているのに、負けている気がするのはなんでなの?
喪女だから? 画面越しや文字の恋はカウントされないと?
否定出来ないけどな!
「それで、ツェツィは兄上との仲はどうなっているのじゃ?」
「別に変わりなし」
「「「え?」」」
「本当に、なんにも、変わりは、ない!」
力を込めて区切って言うと、リアン達が目を瞬かせる。
以前はあれだけ接触して来ていたのに、ここ最近は許した手を握るという事も無く、接触があるとしたら頭を撫でられるぐらい。
やっぱり幼女趣味だったんじゃないかと疑いたくなるほど、ここ最近の接触は皆無に近い。
なんなの? 幼女じゃなくなったら用済みなの?
あの誓いは何だったの? わたくしの純情を弄んだの!?
くっそ、王太后様に言いつけてやろうか。
わたくしだって、クロエほどじゃないとはいえ、ちゃんと年相応に体つきだって成長しているのに、それに合わせてドレスのデザインだって変わって行っているのに、グレイ様とのお茶会ではむしろ以前はなかった拳三個分ぐらいの距離が、物理的に開いている気がするんだよね。
「しかし、王宮に出入りしている者の話では、兄上は以前にもまして精力的に執務をしていると聞くが?」
「それ、単純に忙しいだけじゃない?」
「ツェツィとのお茶会をかかすことはありませんわよね? 長期休暇や社交シーズンはともかくとして」
「そりゃ、事情があるからね」
「私が情報を集めている限り、ツェツィへの陛下の情熱は変わっていないと思いますよ」
「その情報源が気になるんだけど!?」
リーチェ、貴女は何を目指しているの!?
「でも、実際にグレイ様って最近わたくしに対して距離を保とうとしているっていうか、絶対に報告が行っているはずなのに、前に言ったこともする様子が無いし」
「言った事とはなんですの?」
「……キス」
「「「今更?」」」
「くっ口にはされたことないからね? わたくしにだって、ちゃんと弁えるべきところはあるのよ」
「つまり、ツェツィは陛下に口にキスをして欲しいという事ですか?」
「ちがっ……そう言う約束だったから気になっているだけ、全然そういうのじゃないからっ」
ああもうっ、今のわたくしって絶対に顔が真っ赤になってるわ。
でも、あのグレイ様なのよ?
わたくしに生理が来たって報告を受けたら、絶対に何かしらの動きがあると思ったのよ。
全然ないし……。むしろ距離を開けられているような気がするし。
「ツェツィ、しばし待って居るがよい」
「ん?」
「少々書庫を漁ってくる」
「そうなの? いってらっしゃい?」
部屋を出て行くリアンを見送って、わたくしは首を傾げた後に紅茶を一口飲む。
クロエはおはぎを食べ終えて、お茶を飲みつつ、呆れたような視線をわたくしに向けてきているし、リーチェは微笑みつつもなんだか可哀想な子を見るような目を向けてくる。
なんで?
「わたくし、ツェツィは聡い方だと思っておりましたけれども、意外と鈍感ですわね」
「自分が対象になっていると思っていないだけでは?」
「それにしても、ですわよ」
「私的には、ツェツィが汚されないのであればそれでよいのですが」
「リーチェ、一応相手は陛下で、ここはリアンに与えられている離宮でしてよ」
「このぐらいの事で何かしてくるようでしたら、ツェツィは任せられませんね」
クロエとリーチェの会話に首を傾げると、クロエがわたくしを見てため息を吐き出した。
「わたくし達もですが、ツェツィも年頃になり体の発育が進んでいますわよね?」
「そうね。クロエが既にわがままボディになりそうな気配がしていてわたくしが霞むけど」
「それ、わたくしだけじゃなくリアンもですわよね? リーチェだって」
「クロエ、話がそれています」
「……コホン。とにかく、年頃の女性として開花していくツェツィが魅力的に見えて、陛下は距離を取っているのだと思いますわ」
「あのグレイ様が?」
「たまに、ツェツィの中の陛下がどのようになっているのか気になって仕方がありませんわね」
「え、……顔面偏差値お化け腹黒陰険変態ロリコンヤンデレ一途?」
「「……それは流石に可哀想です(わ)」」
「ともかく、陛下は今は必死に理性と戦っていると思いますよ」
「そうですわね。子供の時は見ているだけ、触っても何の問題も無かったのに、いざ成長を目の当たりにして、というところだと思いますわ」
「ええ……、童貞じゃあるまいし。………………あ、童貞だったわ」
「「わたくし(私)は何も聞いていません(わ)」」
「でもさぁ、グレイ様って性欲を労働意欲に変換する魔法薬を飲んでいるんだよ? 今更すぎじゃない?」
「いえ、ですから以前にもまして政務に精力的だとリアンが先ほど言っていましたわよね」
「元々睡眠時間一時間ですんでいたのに、今更精力的とか言われても」
「わたくし、陛下に心の底からご同情申し上げますわ」
「はあ、お茶がいつもより美味しいですね」
わたくしが納得いかないままクロエとリーチェを見ていると、バン、と扉が開き、息を切らしたリアンが入ってきた。
「ツェツィ、この本を熟読するがよい! 妾も愛読したのじゃぞ」
「……男心百選。気になる彼の心を惹きつける方法。……まって、この二冊はいいけど、この、男を堕とす傾国の淑女って何?」
「中々に面白くあったぞ」
「リアン、貴女はまたそんな怪しげな物を読んで! いい加減になさいまし!」
「男尊女卑が激しい我が国であるがゆえに、男を手中に収める手段は必要であろう?」
「うっ……」
「………………あら、ツェツィ。ここにいい事が書いていますよ。思春期の少年が女らしくなっていく想い人に対して、悶々とした想いを抱え、思わず距離を取ってしまうという物ですよ。まさに陛下にぴったりではありませんか」
「思春期っていう年じゃないでしょ」
「いや! 兄上の態度はまさにそれじゃ! ツェツィ、ここは女からアピールすべきところじゃぞ!」
「えぇ……。いや、それってわたくしがキスして欲しいみたいに見えるじゃない」
「違うのか!?」
「……………………ちがうし」
ぼそっと言えば、リアンが理解出来ないと言うように眉間にしわを寄せた。
「折角相思相愛で、王太后殿にも許可は貰っているのであろう?」
「それは、まあ……。約束だったし、渋々っていう感じだったけど、くれぐれも自重するのであればっていう前提でだよ」
「それでも、許可が出ているのであれば問題なかろう? デュランバル辺境侯爵家も何も言わぬであろうし」
「だからって」
「妾であれば!」
「ん?」
「許されるのであれば、ハンジュウェルに抱きしめて欲しいし、好きだと言って欲しいし、あ、愛していると言って欲しいし、キスもして欲しい!」
「お、おう」
「それが許される環境でありながら、チャンスを無駄にする等、勿体ないのじゃ!」
「リアン、落ち着いてください」
「う、うむ。しかしじゃな、これらの本を参考にしても、やはり、兄上は年頃になって色気を身につけて来たツェツィに悶々としているのじゃ! ここは押せ押せじゃ!」
いつになく熱いリアンに、わたくし達は思わず引いてしまう。
いやぁ、いいんだよ? 別にリアンがわたくし達の前で見せるこういう暴走も、最早様式美だからいいんだけどね?
「リアン、とりあえずなんだけどさ……」
「なんじゃ?」
「リアンの考えているキスって、どのレベル?」
素朴な疑問に、リアンが首を傾げる。
あ、これは通じてないわ。多分、リアンに読ませる本を厳選しているメイドさんが読ませていない系だわ。
多分バードキスだわ。
そう思ってクロエを見ればすっと視線をそらされるし、リーチェに至ってはニコニコと何を考えているかわからない笑みを浮かべている。
「ツェツィ、キスにレベルがあるのか?」
「わたくし、リアンはそのままでいいと思うわ」
「そうですわね、あとでリアンのメイドとお話をしたいと思いますわ」
「いつまでも知らないわけにもいきませんけどね」
クロエ、純情なくせに知識はあるのね。
まあ、次期女公爵だし必修科目なのかもしれないけど、知識がある分、余計に純情なのかも?
そしてリーチェ、見た目は一番純粋培養そうなのに、絶対中身がそぐわないよね? わたくしのせい? わたくしがシナリオブレイクしちゃったせいなの?
だとしたら、運営ごめん! でも、ざまぁみやがれ!