予算を割くのも勿体ない
社交シーズンが終わってしばらくして、グレイ様の後宮のお妃様の一人が不貞を理由に追い出された。
これで六人目になる為、驚きはさしてなかったはずなのだが、今回に関しては、相手が貴族の子息や元婚約者ではなく、庭師であるという事でちょっとした話題になった。
もちろん、王宮の離宮に出入りを許されている庭師なので、士爵の地位は持っているけれども、はっきり言ってしまえば身分は限りなく平民に近い。
噂話だけで確証はないけれども、容姿もさしていいものとは言えず、グレイ様に相手をされないからといって、慰めに選ぶ相手としては随分……。と言われている。
もちろん、ここで身分や姿かたちを越えての真実の愛、だとでも言えば少なくとも多少の憐憫はかけられたかもしれないけれども、元お妃様曰く、庭を散歩していたらいきなり襲われ、それ以降は関係をばらされたくなければと脅されていた、と言い訳をしたそうだ。
もちろん、お妃様である以上、寝室や自室でならともかく離宮の庭とはいえ監視が無い一人きりの状態という事はありえないので、明らかに嘘をついていると判明。
後宮を追い出された元お妃様は、今は実家の領地に監禁されているけれども、次の生理が来たことを確認されたら、準備が整い次第、既に跡取りに当主の座を譲っている老齢の貴族への嫁入りが決定しているらしい。
今までの元お妃様は、浮気相手と結婚させられたり、他国へ逃げたりしたから、ちょっと重い方かな?
まぁ、あと一人浮気をしているお妃様が居るんだけど、今はまだ様子を見ている状態なんだよね。
その人を先に追い出すと、先にお妃様になっている二人の権力が強くなっちゃうから。
とはいえね、第二王女のお母様も後宮を出た今となっては、お妃様を一気に出せば、それこそリアンのお母様が後宮を牛耳る事になるからそれも出来ない。
めんどくせー。
わたくしとの婚約を正式に発表すればいいと思う?
どうせ憶測でそんな噂が出回ってるんだから、いっそ、正式に発表してしまえばいいと思う?
そんな事をしてみな? わたくしの周囲で人が死ぬぞ。
主に聖王と魔王の加護でな!
一応憶測という事で、わたくしに直接手を出してくる人がいないから、平穏が保たれているけど、正式に発表となると、そうはいかなくなるんだよ。
どこぞの家がわたくしを亡き者にしようとしたりするからな。
それでわたくしの周囲で人死にが多数出てごらん? 聖獣と魔獣の加護を受けているなんて盛大にばれて、国単位で誘拐騒ぎになるぞ。実際はもっとすごいけどな。
うふふ、戦争の前にそんな事を企んだ国が滅びるぜ。
どっちか片方の加護だけならまだいいけど、両方の加護を受けているとなればくっそ貴重だからね。
誘拐して洗脳してでも手に入れたいと考える国が出てくるんだよ。ヴェルとルジャが聖獣と魔獣の子供だって主張しても、「それで?」で流されるしね。
ましてやわたくしの背後には、『塔』の重鎮が居るわけだ。
簡単に手を出すのは危険、けれども危険を冒してでも入手する価値がある。ってわけだ。
うふふ……(遠い目)
「それにしても、ポケットマネーも復活してきたわ」
「そのポケットマネーだが、どうせ鉱山の初期投資で無くなるんだろう?」
「そだね」
シュークリームを食べながら頷くと、グレイ様は小さくため息を吐き出した。
なんぞ? と思って首を傾げると、グレイ様はわたくしの頭を撫でてくる。
「確かに、ツェツィの好きにしていい、任せると言ってはいるが、金銭面で頼ってくれて構わないんだぞ?」
「国に借金をしてまでするのはちょっとねぇ」
「どうしてそこで、私の個人資産と考えない」
「あるの!?」
「当たり前だろう。父上が亡くなった時に受け継いだ物もあるし、母上の持参金はそのまま私がもらっているのだぞ。母上はあくまでも正妃の予算内で事をすましていたからな」
「へえ」
余計な予算を使わないのはいいけど、それで大丈夫だったのかな?
まあ、国宝とか貸し出してもらってたらドレスだけ用立てれば済む事だろうし、大丈夫なのかな?
お茶会や夜会を主催する場合は、正妃なら王族としての特別予算が組まれるんだったか。
グレイ様の話によると、前国王様とグレイ様のお母様は完全に政略結婚で、その関係性も冷え切っていたんだそうな。
しかも、第一子であるグレイ様を産んだ事で、元からある妃としての仕事は終わったと言わんばかりに、正妃としての政務しかしなかったんだって。
他のお妃様も既に後宮に入っていたっていうのも、原因かもね。
ただ、正妃として有能過ぎたせいで、妃としての役目は果たさなくても支持されていて、貴婦人からも慕われていたそうだ。
もし、王太后様の言うように、グレイ様のお母様が暗殺されたというのなら、ただ正妃の座を奪うだけが目的ではなく、グレイ様のお母様自体の存在が邪魔だった可能性もある。
王太后様の実家が怪しいけれども、証拠がないもんなぁ。
自分でゲロってくれればいいんだけど、あの家は変に姑息だからな。
実の娘である王太后様も、王太子の妃になると決まった時点で、余計な情報は教えられなくなったとかで、詳しい事は知らないらしい。
とにかく、実家からは『正妃』として、『実家の為』にどんな手段も辞さずに、尽くすように言われたそうな。
その一方で、実家の為に動いているのであれば、どんなに育児放棄しようとも、散財しようとも、慇懃無礼な態度を取ろうとも許されたそうだ。
そう考えると、メイジュル様の性格って、本当に三つ子の魂百までなんじゃないの?
再教育が始まる前の家庭教師って、あの家が手配していたんでしょ?
今は監視が付いているけど、離宮ではあの家の息がかかった使用人に囲まれて、それこそ小さな王国の王様気分で過ごしているんだったら、もうだめじゃね?
「ねえ、すっごい今更なんだけど、メイジュル様の離宮の使用人を全員総取り換えしてみたら?」
「本当にいきなりだな。あれについてこれ以上予算を割くのは無駄だろう」
「あ、真面目に見捨てたんだ」
「これだけ再教育に金と時間をかけたのに、全く改善しないどころか悪化していっているからな。クロエールとの婚約が無くなってしまえば、適当な理由を付けて、どこかに監禁だな」
「いやぁ、乙女ゲームの強制力があったりするんじゃない?」
「それなんだがな。そもそも、メイジュル達三人が居なければ、乙女ゲームそのものが始まらないんじゃないか?」
グレイ様の言葉に目を瞬かせてしまう。
いや、目から鱗?
「……あ、やっぱりだめだわ」
「なぜだ?」
「わたくしの思い込みかもしれないんだけどね、メイジュル様達三人が居なくなったら、留学生に被害が出そうな気がするんだよね。わたくしの知識では留学生なんていなかったのに、現実では居るでしょ? まさかとは思うけど、正規ルートが開始出来なかった場合の、世界の強制力とか……」
「そういう可能性もあるのか。確かにそうなってしまったら、光属性の使い手を他国に渡すことになるな。国営的に考えて、よろしくないな。いや、それだけならともかく、国際問題になったら厄介だ」
グレイ様がため息を吐き出す。
それはそうだろう。闇属性の使い手と同じように、光属性の使い手が作り出す魔道具は、『塔』が作り出す魔法薬レベルの効果があるのだ。
一時的に効果のある魔法薬と違い、物次第では永続的効果が見込める魔道具は高価ではあるが、それだけ有用なのだ。
それを作り出す事が出来る光属性の持ち主を国外に出すのは有益ではない。
その点では、乙女ゲーム開始時点でメイジュル様達には学院に存在してもらっていなければいけないし、無事に三人の誰か、もしくは逆ハールートに進んでもらわなければいけない。
グレイ様ルートはない。
なんといってもグレイ様はわたくしに対しては、聖王と魔王の名に誓ってくれているので、那由他に一あったとしても、その瞬間グレイ様は死ぬしね。
「やっぱり、乙女ゲームはちゃんと始まってもらわないとダメじゃない?」
「はあ、うまくいかない物だな。しかし、メイベリアン達を開放するぐらいは許容範囲だろう?」
「多分? 前世で見た小説では、悪役令嬢が事前に婚約解消をしているバージョンとかあったし」
うん、ありだよね?
乙女ゲームに転生した悪役令嬢物にはあったはずだよね?
それでも、自分に未練があると思い込んだ攻略対象が、馬鹿な断罪をしてざまぁされるとか言うのもあったはず。
わたくしが乙女ゲームにかすりもしないモブ令嬢に転生しているし、王太后様も転生者でそのせいで既に乙女ゲームの設定と変わっているし。
そもそも、乙女ゲームの中ではリアン達は最低限の婚約者としての態度をしていたけれども、今ではもう『お互い』に『婚約者の義務』をしていない。
しかも下準備、すなわち次の相手にしっかり当たりをつけた状態での婚約解消目前。
「わたくしは、リアン達が無事なら、ぶっちゃけ乙女ゲームはどうでもいいんだけど。この国の事を考えると、そうもいかないのよね」
「ふむ。まあ、なるようにしかならないだろう」
グレイ様も結構適当だな。
いや、そう見せているだけかもしれないで、裏では何企んでいるかわからないけど。
しかし、乙女ゲーム開始まであと約二年。それまでに、わたくし達に有利になるように、色々頑張らないとな。
全ては、わたくしの親友達の幸せの為に!