必死乙
「お嬢様、お客様がお見えでございます」
「今日は来客の予定はなかったと思うけど? それに、わたくしに? お父様達ではなく?」
「はい。ツェツゥーリアお嬢様にお会いしたいといらっしゃっています」
王都の屋敷の執事長であるセバスの言葉に、わたくしはどうしたものかと考えてしまう。
社交シーズンであるため、我が家に来客があるというのは珍しい事ではない。
しかし、それはあくまでもお父様や兄達への訪問であって、未成年であるわたくしへの訪問となれば、リアン達以外はいない。
けれども、このようにセバスが言うのだとすれば、リアン達ではないのだろう。
「どなたなのか、名乗ってはいるのよね?」
「ルシマード公爵家のナルジア様です」
「げっ」
思いっきり王太后様の実家の人じゃん。
王太后様のお兄さんで次期跡取りじゃんかよ。
なーんでわたくしに会いに来るのかなぁ? グレイ様に取り成して欲しいとか言いに来たとか?
ない話ではないんだよね。
お茶会でも、自分の家の人間や親族をって推薦してくる令嬢はいるしね。
でも、厄介だなぁ。
ここで無下にするわけにもいかないし、だからといって、タイミング悪くナティ姉様はお茶会に、お父様とロブ兄様は狩りに、ハン兄様はアンジュル商会の方に行っちゃってるんだよね。
同席も無く、未成年が大人に対応するのは失礼っていう事で断る事も出来ないわけでもないけど、あのメイジュル様の伯父さんでしょ?
難癖付けてきそう。
「はあ……。会うわ。準備するから応接室にお通しして」
「よろしいので?」
「ここで帰ってもらって、無い事無い事言いふらされるよりはましよ」
そう言うとわたくしは諦めの表情を浮かべ、メイドに着替えの指示を出すと、失礼にならないけれども、明らかに『在宅中です』というドレスをチョイスする。
身に着けるアクセサリーもイミテーションオンリーで、髪もきつくきちんと結い上げて編みこむのではなく、軽く結い上げて編み込みも緩めにしておく。
あからさまに、事前連絡もなくいきなり訪問したお前が悪い、と言っている装いだ。
貴族が他家を訪問する場合、余程の事が無ければ、事前にお伺いを立てておくべきなのだ。
訪問される側にも準備という物があるし、用事がある事もある。
今回はそれをせずに、直接、いきなり訪問してきたので、こちらとしても、歓迎はしていないという意思を示さないわけにはいかない。
わざと一時間かけて身支度を整えると、応接室に向かう。
メイドがノックをすると、中から対応していた執事が扉を開けてくれた。
中には我が家の執事の他は、ナルジア様と一人の従者以外はおらず、ここに来た真意はまだ読み取れない。
「やあ、いきなり来てしまってすまない」
「お待たせしてしまい申し訳ありません。いきなりの事でしたので、準備に時間がかかってしまいました」
にっこりと微笑み合うけれども、お互いに警戒心を解いてない視線を交わす。
とりあえず、ナルジア様の対面のソファーに座ると、執事がすぐに紅茶を出してくれたのでそれを一口飲んでから、「それで」と切り出す。
「公爵家の次期跡取りでもあるナルジア様が、こんないきなりいらっしゃるなんて、しかも、未成年であるわたくしに御用だなんて、何かございましたの?」
「無作法は詫びよう。しかし、こちらとしても重要な問題があってね」
「まあ、なんでしょう?」
「私の可愛い甥の、メイジュルの事だ」
その言葉に、わたくしは膝の上に置いていた扇子を手に取り、パチリと広げると口元を隠す。
「クロエール嬢と仲が良いツェツゥーリア嬢なら知っているかもしれないが、メイジュルとクロエール嬢の不仲説、ましてや婚約解消の噂があるだろう? 私としては、可愛い甥にそんな不名誉な噂は背負わせたくないし、何よりも、折角結ばれた婚約を台無しにするなんて、貴族として失格だとは思わないかい?」
「そうおっしゃられましても、その婚約はハウフーン公爵家と王家の物ですので、わたくしのような小娘にどうこう言えるものではありません」
「しかし、ツェツゥーリア嬢は陛下のご寵愛が深いと言われている。貴女の言葉なら、陛下も耳を傾けるのでは? 嘆かわしい事に、最近では陛下はすっかり私共の意見を聞いてくれなくなってしまった。一部の貴族に踊らされるなど、国を束ねる者としてあるまじき姿。そう思わないかい?」
「そうなのですか? 陛下は『実力のある人』を重用していると聞きます。身分を蔑ろにしているわけでもないと聞きますし、そのような対応をされるのでしたら、何か理由があるのではありませんか?」
「妹である王太后が、いきなり無責任にもその地位を捨てた事でご立腹なのかもしれませんね」
「そういえば、ルシマード公爵家の方も、近しいご親戚の方も、お国の重要役職には今はどなたも就いていないのでしたね」
「しかたがありません。王太后を輩出しているのですから、貴族のパワーバランスを考えれば当然の配慮でしょう。もっとも、まだ若い陛下は、感情の赴くままに動こうとなさっているようですが」
「そうなのですか? それは知りませんでした。けれど、陛下の後宮にご親族をお妃様としているそちらの家は、また王太后様を輩出なさるおつもりなのですか?」
「さて、そればかりは。もっとも、子供が生まれれば、我が家の威信にかけて万全の教育を施すつもりではありますよ」
「それは素晴らしいですね。……あら? けれども、メイジュル様はこう言っては何ですが、学院でも成績は下から数えた方が早いですし、授業もサボりがち、陛下が付けている家庭教師の授業も真面目に受けていないと聞きますね」
「まだ幼いのです。それに、男は意地を張って親から与えられた物に反抗したいと思ってしまうものなのですよ」
「そうでしたか。わたくしの兄達は、全くそういった素振りはありませんでしたので知りませんでした」
「それで、話を戻しますが。ツェツゥーリア嬢から陛下に、早まったお考えを止めるよう、おっしゃっていただけますか? もちろん、我が家からもハウフーン公爵家に話は通しますよ」
にっこりと言われ、わたくしもにっこりと微笑み返す。
クロエとの婚約がいよいよ危うくなって、なりふり構わなくなって来たって所かな?
かといって、立場上グレイ様に直接あーだこーだ言うわけにもいかず、この様子だと、格上のリアンの所には公爵夫人が、わたくしの所には次期当主、となれば、リーチェの所には次期公爵夫人がってところかなぁ。
そんでもって、クロエ本人の所には公爵直々に。
うん、本格的に家族総出で動き始めてる感じなのか。
後宮に差し出しているお妃様が子供を生めなくても、クロエとメイジュル様が問題なく結婚して、子供が複数人生まれてそれが次の国王と異性であれば、後宮に入れる事が出来るもんね。
金と権力に固執する公爵家として有名ではあるものの、その分血が分岐しまくって貴族の五分の一ぐらいはこの家の傘下。
少ないと思うなよ。二十%はけっして無視出来ない数字だ。
もちろん、我が家や他の公爵家を主家とする家や、単独で生き抜いている貴族が結託してしまえば問題はないが、貴族は一枚岩ではない。
共通した敵がいる間はいいかもしれないが、居なくなった途端に崩壊してしまっては何の意味も無い。
わたくしはわずかばかりぬるくなってしまった紅茶をことさら優雅に飲み、ふわりと微笑みを浮かべる。
「クロエは、実直で誠実な方を好みますので、その手の問題がある方は、難しいかもしれませんね」
現実を見れずに、下半身の欲望に忠実な男は論外だと言えば、ナルジア様は笑みを崩さずに口を開く。
「ハウフーン公爵は愛人も庶子もいますので、年頃のご令嬢は余計にそう思うのかもしれませんね。けれども、家を守るために必要なのだと、いずれ理解する日も来るでしょう」
ガキが小賢しい事を言うなって? ふーん?
「そのお話で行きますと、クロエが何人愛人を持ってもメイジュル様は何もおっしゃらない、という事ですよね」
「まずは、正式な夫との間に子供をもうけるのが常識では?」
「そうですね。けれども、わたくしには大人の事情はよく分かりませんが、大切なのはハウフーン公爵家の血を受け継いでいるという事ですよね」
無垢であるというような素振りでそう言えば、微笑みを崩さないままナルジア様が紅茶を一口飲む。
「そういえば、とある家では婿入りした方の庶子が、自分こそが家を継ぐ長子だと言って、本来の長子の婚約者を奪った事があるんですよ。恐ろしいですよね、当然夫君は離縁され、子供共々行方知れずだとか。わたくし、その話を聞いて恐ろしくなってしまいました」
「それは嘆かわしいですな」
「そういえば、メイジュル様は随分親しくしているご令嬢が多いですが、ご自分の立場はもちろん理解なさっているのですよね?」
「当然でしょう」
にっこりとナルジア様は微笑んだけれども、一瞬だけ目が揺らいだ。
ふーん、クロエの家の財産を利用して、貴族を纏め上げてグレイ様を玉座から引きずり降ろそうと画策しているっていう噂、結構本当なのかもね。
自分達の傀儡になる国王でいてくれたほうが、この国を操りやすいもんねぇ。
「ならよろしいのですが、まさかとは思いますが、在学中に隠し子が現れたりしたら、ハウフーン公爵はお許しにならないでしょうね」
むしろ、そこまで致命的な事をしてくれると、婚約解消じゃなく、婚約破棄に出来るんだけどね。
にっこりと言ったら、ナルジア様が自信を持った笑顔で「それは絶対にありえません」と言ってきた。
手を出した相手が万が一妊娠したら、密かに流させるって事かな。
くそがよっ。
「そこまで自信を持ってお答えいただけると、安心ですね。けれども、メイジュル様が態度を改めない限り、クロエとの関係改善は難しいかと存じます」
「ふむ」
「ああ、そういえば話は変わりますが。先日のお茶会で、ガルシャド侯爵家のフェリシア様が、リアンに無茶を言いました。確かガルシャド侯爵家といえば、ナルジア様の奥様のご実家、フェリシア様は奥様の姪御さんでいらっしゃいますよね」
「そうですね。ちなみに、どんな無茶を?」
「あら、ご存じないのですか? 参加をお断りしていたはずのお茶会に、是非に参加して欲しいと皆様の前で言ったんです。もちろん、教育の行き届いている令嬢がそんな事を正気な状態で言うわけがありませんから、暑さで気がやられているのだろうと、リアンがわたくし達主催のお茶会には、少なくとも今年度は参加しなくてもいいと」
「そうですか」
これは、まだそこまで話が行っていないか、隠されているってところだな。
まあ、最悪な状態一歩手前に陥っているんだし、言いたくない気持ちもわかるけど、知らないと対処が出来なくて困った事になる時もあるよ?
今まさに、わたくしの目の前でナルジア様が一瞬目を細めたみたいにな。
その後、わたくしからの攻略は難しいと判断したのか、自然と会話を終わらせたナルジア様が帰って行ったけれども、他も同じ状況だって早く理解して、現実を受け入れる方がいいと思うな。