イミテーション
「ツェツゥーリア様、そちらのネックレスはとても美しいですわね」
「ありがとうございます。けれども、こちらは実はイミテーションの宝石を使った物なんです」
「えっ」
にっこりと微笑んだわたくしに、同じテーブルでお茶を飲んでいた令嬢達の視線が集まる。
今の今まで本物の宝石だと信じて疑っていなかった、そんな目だ。
「紛い物を身に着けるなんて……」
眉をひそめる令嬢もいるけれども、今日わたくしがあえてこのネックレスを着けて来たのは、どれだけ本物に見えるかテストを兼ねているから。
それに、イミテーションでも着ける人がきちんとしていれば、『本物のように見える』のよね。
「アンジュル商会で、今後宝石を取り扱う予定があるのですが、その先駆けとして、イミテーションのアクセサリーを販売する事になったんです」
「そうなんですか?」
「けれど、イミテーションといえども皆様がお気づきにならなかったように精巧な物ですので、安物というわけではありません。ターゲットは裕福な平民、少々財政の苦しい貴族、という所でしょうか?」
「けれど、偽物は所詮偽物。高貴な方が身に着けるべき物ではないでしょう?」
その言葉は正しくもあり、間違ってもいる。
ここ十年程の質屋の品物の出入りを調べればわかることだけれども、貴族、もしくは元貴族からの宝飾品の売りが多いのだ。
中には家宝と言って値段を釣り上げる家もあるほどだという。
けれども、見栄を張らなくてはいけない機会は多く、無理をして着飾る家もある。
イミテーションであれば、見栄えはそのままに、けれども値段は大分抑えめで準備する事が出来る。
もちろん、今わたくしが身に着けている物ほどのレベルとなると、値段もそれ相応だけれども、少しランクを落とすだけで値段はそれこそ桁が変わってくる。
いやぁ、ガラス細工に関しては発展している世界観でよかったわ。
ただ、色ガラスっていう概念が無かったようなので、わたくしが行ったのは色ガラスの提案。
ステンドグラスが無いから、この世界の、少なくともこの近隣諸国のガラスは透明な物だけが流通していたので、色ガラスを提案した時は、工房の人にすごい斬新だと絶賛された。
この辺の知識に関しては、王太后様にも協力してもらった。
米ぬかで作った美容パックの試作品と交換だから、まあいいんじゃないかな?
うちの領地に引きこもってから毎年会ってるけど、薄化粧の王太后様はあれだよ、美魔女。
一時期肌荒れがやばかったらしいけど、今はそれも解消して、十三歳の子供が居るとは思えない若々しさなんだよね。
年齢を言われなかったら、二十五歳もしくは二十代前半って言われても信じるわ。
とにかく、わたくし『達』が身に着けているアクセサリー類は、言われるまで誰もイミテーションだって気が付けなかったみたいだし、貴族と平民向けに本格展開しても大丈夫だね。
「……宝石といえば、ツェツゥーリア様が拝領したところにある鉱山は、いつ稼働する予定なんですか?」
「急いではいませんので、ゆっくりと準備をしています。陛下にも時間はいくらかかっても構わないと言われていますから」
「そうですか。けれどもツェツゥーリア様も大変ですわね。陛下のご寵愛が深いとはいえ、役に立たない領地を与えられるなんて」
「海沿いの領地も、そこまで税収が無いと聞きますし、海に出たとしても帰還率が低い賭けのようなもの。鉱山があっても初期投資がかかりすぎて手が付けられない税収の低い土地ですものね」
ニコニコと微笑みながら言う令嬢達に、実際現時点で領地からガッツリ税収が入ってきているわけじゃないので、黙って微笑み返すだけにしておく。
海の向こうの国に行くにはね、最低でも中級以上の水魔法使いを三人と、風魔法使い三人が必要になるんだよね。
それでも、帰還率が三割だから希望者は少ない。
つまり、お金で釣ったところで、投資金を回収できる可能性も低い。
だから海の向こうへの商売をするのを躊躇ってしまう。
実際、わたくしも無理に海の向こうに船を出そうとは思わないけどね(血涙)。
そんな事を話していると、チンチン、とリアンがカップをスプーンで叩いて鳴らした音がする。
この国では、晩餐会とお茶会の主催者が、行事の終了を告げる時に注目を集めるために行う事が許されている。
あくまでも控えめに、ガンガン叩いて食器類に傷がつかないようにするのがポイントだ。
観劇会や音楽会、舞踏会ではまた違うようだけれど、どちらにせよ主催者が終わりを告げるのは変わりはない。
まあ、観劇会や音楽会は演目が終わってしまえば自主解散だろうけど、舞踏会はタイミングが難しそうだよね。
お父様達も酷い時は朝方までお出かけしているみたいだしね。
「名残惜しいが、本日はここまでとさせてもらう。各々、帰り道に気を付けるがよい」
そう言ってリアンが立ち上がったため、わたくし達も同じテーブルの人に軽く会釈して立ち上がるとリアンの傍に行く。
一応わたくし達は『招待客』なので、このまま帰っても構わないのだけれども、わたくし達は『薔薇様』としてすでにワンセットで見られている為、お見送りも四人でしている。
え? もちろんそうなるように、今までわざとそう行動しているけど、なにか?
わたくし達が仲がいいって見せつけるのと同時に、いつも一緒に行動していてもおかしくない状況を作り上げる事で、少しでも悪役令嬢に降りかかるイベントを防ごうとしてるんだよ。
あとは、あれだよね。
正直四人でいると、気心が知れているから、ぶっちゃけ楽!
そんなわけで、わたくし達が並んだ所で、招待客のご令嬢方がそれぞれ席を立って、爵位が低い順に、主催者であるリアンに招待してもらったお礼を言ってから会場から出て行く。
リーチェのお茶会以外ではお土産を渡さないので、特にそれ以外のやり取りはない。
手土産を渡しているリーチェが開くお茶会には、言ってしまえば『家からの扱いがよくない』令嬢ばかりを招待しているので、人気取りと言われることもない。
むしろ、施しを与える偽善者、とは言われているようだけれども、リーチェ自身はその事をむしろ笑って受け入れている。
芸術関係者や孤児院、娼館のパトロンをやっているので、偽善者と言われた方がむしろ楽なのだそうだ。
例え侯爵令嬢とはいえ、出る杭は打たれるんだよねぇ。
「メイベリアン様。今度、ぜひ我が家のお茶会にいらしていただきたいのですが、如何でしょうか?」
不意にそう言われて、残っていた令嬢や、退出しようとしていた令嬢の動きが止まった。
リアンやわたくし達が他の令嬢や留学してきた王女が主催したお茶会に参加しないのは、ある意味常識と化しているのだ。
体裁を保つために招待状は出すけれども、全てに参加を遠慮する返事をしている。
それで納得すべきだというのに、断りの返事をもらってなお、誘うというのは、マナー違反というか、常識知らずと言えるだろう。
リアンも一瞬ふわりと微笑む。
「フェリシアよ、今何と? 聞こえなんだ」
「……ぜひ、私の開くお茶会に出席していただきたいのです」
リアンのかけた慈悲を無下にした言葉に、わたくし達はこっそりとため息を吐き出した。
「妾は、そなたから貰った招待状にはしっかりと不参加の返事をしたと記憶しているが?」
「ええ。ですが、心変わりという物もございますでしょう?」
「……なるほど」
リアンが笑みを深くしたところで、わたくし達は一歩下がる。リアンの横に立っていたクロエが挨拶が済んだ令嬢に早くこの場から退席するように手を上げた。
まだ挨拶のすんでいない数人の令嬢を除き、今日のお茶会の会場に使われたリアンの離宮のサロンに残っている令嬢の間には、とてつもない緊張感が溢れている。
「ガルシャド侯爵家は、そなたを随分溺愛していると聞くの」
「ええ。お父様もお母様も、私は天使のようだといつも言ってくれます。上が兄ばかりですから、待望の娘なので、当然ですね」
「しかし、よくもまあ、その程度の知性で留年しないものじゃな」
「なっ?」
「妾に対して、親しくも無いそなたが、意見を言うと? しかも、一度しっかりと返事をした物を変えてまで、自分に有利に動けと、妾に命じるのか?」
「め、命じてなどっ」
「ふむ。そうか、では妾の勘違いじゃな。まるで、妾に自分を贔屓しろと言っているように聞こえたが、全ては妾の勘違いなのじゃな?」
リアンがパチンと扇子を広げて口元を隠して目を細める。
「はっはい……」
「そうか。そういえばこの季節は暑さで意識がもうろうとする者も出ると聞く。この部屋はしっかりと気温調整がされているが、きっとそなたは熱気にあてられてしまったのじゃな」
「そ、そうですね」
「その様子では、今後もお茶会に出席する事は難しいじゃろう。そう思わぬか?」
リアンがそう言ってわたくし達を振り向いたので、わたくし達は内心また、ため息を吐き出しながら、リアンと同じように扇子を開いて口元を隠す。
「「「ええ」」」
揃って答えた言葉に、リアンはフェリシア様に視線を戻す。
「今後、……そうじゃな、少なくとも今年、妾達が主催するお茶会に出席せずともよい」
「そんなっ」
「気温が調整された部屋でこの様子では、他でも苦労するじゃろう? 今後もこのように意識がもうろうとなるのでは、招待した者も出席したそなたも困るからの」
リアンはにっこりと笑ってそう言うと、フェリシア様から視線を外して後ろに控える令嬢に視線を向けた。
フェリシア様、終わったな。
少なくとも、今年はお茶会への謹慎を言い渡されたに等しい。
他の人が主催するお茶会に出席する事は出来るだろうけれども、リアンにこんな事を言った、そしてわたくし達のお茶会への出入り禁止が噂にならないわけがない。
必然的に、既に招待している分を除いて、お茶会への誘いは減ってしまう。
そして、お茶会が減るという事は、わたくし達の年齢では社交が出来ないという事に等しい。
もちろん、学院生活で人脈を広げるという事は可能ではあるけれども、すさまじく努力しなければリカバリーは難しい。
婚約者はいたと思うけれども、婚約解消されないといいね。
王族であるリアンの機嫌を損ねたっていうのは、貴族社会で生き抜くにはかなり厳しいよ。
たとえ、リアンがいずれどこかにお嫁に行って王籍を抜けるとしても、『今は』王族なんだからね。