第8話 初ダンジョン!!
俺達が選んだダンジョンはこれだ。
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【頑張り屋のダンジョン】
詳細 テスラ草原 最深部5階層
内容 1階〜5階の防衛
人数 50匹(残り2匹)
資格 無し
階級 無し
期間 8時間
報酬 64DP(最低賃金)
ダンコメ『冒険者が定期的にカツアゲしに来るんですぅ(泣)駆け出しで赤字経営なんて最悪ですぅ。心ある魔物さん助けてぇ〜!!』
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書き込みを見てわかる通り、経営者には向いてないマスターだとそう思った。名前もあれだしな……そもそも心優しい魔物とかいるんだろうか。ト○ロとか見つけたら、あの胸に飛び込みたい。
さて、このダンジョンを選んだ理由は何点かある。まず当たり前だが参加条件がクリア出来ている点、そして賃金であるDPはかなり低いが、他の魔物の数がある程度揃っている事、そしてどの階層でも参加可能な部分は都合が良い。
システムを使いダンジョンの詳細項目で情報を集めた結果、1階は草原ステージ、2階は森林ステージ、残りは迷路型ステージの構成と、ほぼ俺の考える理想と言える。
フィアに教えて貰った話だと、人間側から見ればこういうダンジョンは既に内部の情報が公開されており、階層も浅い事もあって、低〜中ランク冒険者にとっては安全が確保されたおいしいダンジョンという事だ。
しかし、冒険者か……やっぱりあるのかテンプレ職業。
「まぁ、ダンジョン側は悲惨だけどね。資金がないから強いモンスターは呼べないし、かと言って呼び餌であるアイテムをケチったら『ダンジョンが死んだ!!』とか言って、ダンジョンコア破壊されて、はい、お終い」
そう、コアを破壊されたらダンジョンは崩壊する。だからマスター的にはある程度の階層を作り、コアに人間が到達しないようにしなければならない。つまり、頑張り屋のダンジョンは既にほぼ詰んでいる。
「世知辛い世の中だな」
ま、そのおかげで俺みたいな魔物でも参加出来るんだから、世の中上手く出来てるとも言う。
ぐぅと腹が鳴り、頭が回る内に行動した方が良さそうだ。参加登録はしてあるので、後は入場ボタンを押すだけの状態だ。
パシンと頬を叩いて気合いを入れる。
「行くぞフィア!!」
「おおーー!!」
こうして、俺達の初めてのダンジョン活動が始まった。
力強くボタンをタップすると僅かな浮遊感を味わう。瞬間、視界を覆う暗黒のカーテンが現れ、それが過ぎ去ると視界は一気に森へと切り替わっていた。
「す、すげーー」
「何ぼうっとしてんのよ!! 直ぐに隠れてマップを開きなさい!!」
慌ててしゃがみ込み、バクバクと高鳴る心臓を納めようと息を整える。恐ろしい事に、転送されて目の前に人間がいるケースもあるらしくフィアの指示は適切だった。
鬱蒼と繁る森の中、息を殺してシステムのダンジョンマップに目を向ける。
ダンジョンマップはダンジョン限定で使用出来る機能の1つで、自分のいる階層だけではあるが人間が何処にいるのかを表示してくれる優れ物だ。
因みに青が自分、赤が人間で、黄色が他の魔物で表示される。
「すまん、近くに人はいない」
「まったく……で、ヘル。あんたの作戦てやつは、上手く行くんでしょうね??」
「はぁ、そこは『ヘル、貴方を信じてる』とか言えんのか??」
平静を装ってはみたけれど、失敗が許されない現状に身体が強張っているのが嫌でも分かる。申し訳ないが、フィアには少しだけ揶揄わせて貰う事にした。
「な、な、な、何馬鹿な事言ってんのよ!? 言う訳ないでしょ!? このハゲゴブ!! ツルツル頭!!」
凍える視線を予想したのに、熟れたリンゴみたいな真っ赤な顔になった。それを見て小さく笑うと、頭を叩かれた。
おい、毛根が絶滅したらどうしてくれる。
けど、おかげで身体はさっきよりも動く、フィアに軽く礼を言ってさっそく下準備を開始する。
6時間が経過した。
まずい、非常にまずい事になった。
準備は割とスムーズだったのに、狙い目の冒険者が中々見つからない。このままだとDPすら貰えない事になってしまう。
前もって、ダンジョンに入って何もしなかった場合はどうなるかをドッペルさんに聞いていたが、返ってきた答えは0だった。
ダンジョン活動中は、随時マスターやその仲間が監視していて、人間に対して攻撃もしくは妨害行為を行わないと、支払い義務は発生しないのだとドッペルさんは説明していた。
最悪はアビスを隠して、俺だけで突っ込むしかないと拾って置いた棍棒を握り締めたその時だ。
「来た!! やっと来たわよ!! でも、本当にこんな作戦で大丈夫なんでしょうね!?」
赤く色付けされた点が、徐々に接近して来る。数は狙い通り1人。最悪失敗しても逃走するルートも確保してあるので、後は俺の覚悟だけだ。
そう、人であった俺が人を殺すという覚悟。
皆、人が人を殺して良いのかと聞かれれば、揃って首を横に振るだろう。なら、なぜ駄目なのかまで、みんな深くは考えていない。
仮に人が人を殺していい世界だとしたら、人は誰も信じられなくなると俺は考える。
例えば、夫婦喧嘩で気に食わないから殺した。友達がムカついたから殺した。レストランの食事が不味かったから殺した。ただ何となく暇で殺した。まるで殺人鬼だらけの世界で、人は人を恐怖しやがて滅びるのは誰でも想像出来る。
だから、人は本能的にも人を殺さないというルールを生み出し、それがやがて法になったのだとそう思った。
しかし、それは人と人の中のものだ。
人は鶏を食べるために殺し、自分達が生きる為の栄養として利用する。俺自身も鶏を食す時に可哀想だとか考えたこともなかった。それが当たり前で、普通で、常識で、習慣で食べるのだ。そこに善悪はなく、食物連鎖としてそう出来ている。
今の俺は魔物で、人と魔物は違うルールで生きている。
人は魔物を狩り、ダンジョンの資源や魔物という獲物を取りにやって来る。魔物も同じで、ダンジョンで人間達を討伐し物資やDPを集める為に戦っている。
身体は魔物で心は人。
人のルールと魔物のルール、どちらを選択するべきかを考えた末、俺はある決断を下して覚悟を決めた。
声を殺し身を隠して、獲物を待つ。
アビスは良い子で今は寝ているけれど、起きそうなら直ぐに血を飲ませれる用意はしてある。
ザッザッと足の音が近付くと、1人の中年オヤジが目に入る。
「ちっ、あの馬鹿奴隷め、こんなちんけなダンジョンで死にやがって!! おかげで大損じゃねぇかクソったれ!!」
どうやら散々な日だったようだ。冒険者は大抵の者達は金稼ぎが目的、ならそれを利用させて貰うのが今回の作戦だ。
注意を払い、フィアにだけ分かる合図を送ると彼女は男の前で隠していた姿を現した。
「あ、あれれ〜?? こ、こ、こはど、どんこだろう〜〜??」
壊滅的だった。
いや、きっと彼女は本気なのだろう。が、極度の緊張の中、必死で演技しているつもりなんだろうが、はっきり言って、まともに見ていられない。
怪し過ぎるフィアの演技に、作戦中止が頭を過ぎったが、馬鹿な男はニヤニヤとフィアの後をつけて行った。
嘘だろ!?
理解出来ない結果に開いた口が塞がらないが、それからも順調に計画は進んでしまい、予想に反して簡単な作業となった。
「うぁああああああ!! な、なんだこれは!?」
誘いたい場所へ意気揚々とやって来た愚かな男は、呆気ないほどあっさりと、俺が仕掛けた吊し上げ式の罠にはまってしまった。
両足が縛られ逆さ吊り状態になった男を、素早く両腕をロープで縛り付け、口にも巻き付けた。因みにロープや口に巻きつける紐は、破いた布で俺が作ったものだ。
なんでそんな罠とか作れるのか?? いつか家族が出来て、孤島に取り残されたらどうしようと不安に駆られ、デスカバリーチャンネルから始まり、そこからサバイバル術を独学で勉強したからに決まっているだろう。
「うっそーー!? 本当に上手くいっちゃった!! そっか……私の演技力ってこんなにヤバヤバだったのね!?」
「あぁ、ヤバヤバ酷すぎて顎が外れそうだった」
「あははは!! 何だろう……褒められてる気がしない?? あ、それよりヘルもうあんまり時間ないわよ??」
「んーー!! ん゛ーーーー!!」
顔が真っ赤に染まる中年オヤジは、涙を流しながら何かを訴えかけている。近くで見ると彫りが深く鼻が高いので、日本人とはまるで違う風貌だ。
「なぁおっさん。俺の言葉が分かるか??」
不意に声を掛けると、ビクッと身体を震わせ何かを期待するかのように激しく頭を縦に振る。
やはりフィアの説明通り、俺の持つ言語スキルはこの世界の人間にも通じるのがこれではっきりした。魔物達の間では戦闘に使えない能力という理由で不人気だが、存外有能だと俺は感じている。
実際、人間側からは一般的な魔物は話さないのが普通で、逆に話が出来るのは高位の知恵を持つ魔物とされ危険視されているので、この男もその可能性を感じて怯えているのかもしれない。
「1つだけ質問する。『はい』は縦に『いいえ』なら横に首を振れ」
持っていた棍棒をちらつかせれば、壊れた玩具のように男は頷いた。
これからする質問は、本来必要のない質問。
答えは既に知っている。
ただ、やはり俺は弱いから、救いが欲しいが為に行う儀式のようなもので行動に移す理由が欲しいだけだ。
魔物の世界で守らねばならないルールがある。
人間の世界で守らねばならないルールがある。
ならーー
どちらにも存在するルールに従い俺はこの男を処す。
「お前は同族を殺したか??」
そして、その日、俺は初めて人を殺した。