第5話 魔物ギルド
魔物の街ラース。
100万匹近くのモンスター達がここで暮らし、その広さは異様なほど広大だった。恐らく遥か上空から見れば巨大な円形で構成されるこの街は、三重構造の外壁でそれぞれ囲われている。
その全ての壁の高さはオーク10匹分と言われ、確かに見上げれば首が痛くなるほど高い。因みに、1匹当たり何メートルなのかは知らない。
フィアによれば、ラース以外の街も外観こそ多少違うものの、構造自体は似たりよったりらしい。
「事前には聞いてたけど、これは想像以上にヤバイな」
良い意味ではなく、悪い意味でヤバイ。
外壁の周りを夥しい数の魔物達が陣取り、そこで日々生活している様子が見て取れる。ボロ布や廃材で組み上げた小屋とも呼べない住処が、外円に沿って所狭しと建っているのだ。所謂、スラムという状態に近い。
ゲーム知識と照らし合わせて魔物達を表現するなら、スライムやゴブリンにスケルトン、でかいネズミに角ウサギなど、多種多様な魔物達が無数に蠢いていた。
魔物達の文化は完全実力主義、弱い魔物は外に強い魔物は環境の良い内壁で生活していると言う。
正確にはG〜Fランクは街の外、E〜Dランクは3番街、C〜Bランクは2番街、A〜Sランクは第1番街までの通行許可が認められ、棲み分けがされている。
まぁ、当然俺は登録すらまだなので、最低ランクGからのスタートとなる。
じゃあ、そのランクはどうすれば上がるのかと言えば、魔物ギルドで稼いだDP量、ダンジョンでの実績、ステータス等を考慮してギルドに認められればランクアップとなる。
さて、時間も無いので空腹や疲れはグッと我慢して、魔物ギルドの受付を探すとしよう。
G〜Fを受け持つ魔物ギルドは、外壁部のあちこちに窓口があり何処も行列が出来ているのが目に入る。なるべく空いている場所を探し、そこへ向かった。
「はぁ……いい加減泣き止めよ」
延々と耳元ですすり泣く声を聞かされては、さすがの俺も気が滅入る。
「うぅ……だって……こんな……のって……ない……しかも……あと……すこしで……わたしも……しんじゃぅ……わぁーーーーん!!」
(おい、静かにしろよ!! 姿を消して見えないかもしれないけど、そんな大きな声出したらばれちまうぞ!?)
ほら、言わんこっちゃない。前に並んでいる小汚いゴブリンが、ギロリと振り返って見てるじゃないか。
顔面筋をフル稼働し、愛想笑いを形成させてアハハと誤魔化してみる。間近で見るゴブリンはこんなにも恐ろしいのか。
「ぐすっ……もういいの……わたしの……生涯の……パートナーは……ゴブリンだし……あはは……アビスたん……ごめんね」
ポタポタと肩が濡れ、もはや壊れ気味な状態ではあるようだが、このままでは正直言って困る。
(あのな、はっきり言っておくが、俺は死ぬ気なんてこれっぽっちも考えてないぞ)
『生きているのに何もしないなら、それは死んでいるのと同じだ』
かつて自分が感銘を受けた言葉だ。
(俺は残された時間全て使って全力で抗う。俺は生きたいんだ。お前も死なせたりしない……だから、力を貸してくれフィア。俺にはお前が必要だ)
なんだかちょっと告白っぽいセリフな気もしたが、小っ恥ずかしくなる年でもないし、それにそういう意味じゃないので問題ない。
「……嘘……じゃない……」
想った事をそのまま話したんだから、嘘な訳がないだろうこのポンコツ蝶々。
「ふぎゃああああ!! ふぎゃあああああ!!」
不意にアビスが泣き出す。
「あわわわ!! アビスたんが泣き出した!? どどどどうすんのよ!! 早く何とかしなさいよ!!」
よしよしとあやしても一向に泣き止まないので、違う理由だと当たりを付けた。支えている左手が先程より暖かいのを感じて、その場でアビスを地面に下ろすと、予め巻いていたオムツを外した。
「ぎゃぁあああ!! アビスたんのお尻にス、スライムが生まれてるぅうう!! 大変、大変よヘル!!」
ふと、フィアが初めて俺の名前を呼んだのに気付いたが、それを指摘すればまた面倒くさそうなので、気にせず淡々と作業を進めた。
「これはうんちだ」
赤ん坊の生まれて最初のうんちは、胃に入っていた羊水が殆どなので、赤黒いうんちになる。1生に1度のレアうんちと考えれば、実に感慨深いものだ。
イタズラ心で彼女の声がする方へ使用済みオムツを近付けてみると、ギャアギャアと悲鳴を上げる様子から、調子は少しは戻って来たのだろうとひとまず安堵した。が、大声出すとバレるからダマレヤ。
周りから奇っ怪な目が集まり、何食わぬ顔でのオムツ替えもいよいよ辛くなって来た。ポンコツ蝶々のせいで、さっきよりも注目度がうなぎ登りじゃねぇかと、世界の中心で不満を叫びたい。
冷や汗を流し待つ事しばし、祈りが通じたのかようやく受付の順番が回って来た。
窓口は城壁と一体となっており、昔行った映画館のチケット売り場に似た造りだ。部屋の奥には若干のスペースがあって、机や棚には隙間なく書類が並べられているのが見える。
「魔物ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか??」
そう声をかけて来たのは、青色のジェル状で出来た人形のような魔物。
(なに固まってんのよ!! ギルド登録よ、ギ・ル・ド・登・録!!)
「す、すいません。あの、ギルド登録をお願いします」
やべぇ……さっき間近で見たゴブリンもそうだけど、近くで魔物を見るのは中々慣れない。
それよりも、本当に魔物と話が出来ちゃったよ。
豆知識として教えて貰った事だが、全ての魔物には魔核と呼ばれる器官が存在し、魔力と呼ばれるこの世界に存在する物質が、何らかの作用をして聴覚とリンクする事で、魔物同士のコミュニケーションが可能となっているんだとか。
余命の件がなければ、魔物との会話や魔力を知って、はしゃいでいた自信はあるが、今の俺達にそんな余裕はない。使えるか、使えないか、ただそれだけだ。
「ギルド登録ですか……」
頭らしき部分が僅かに動き、足の下から上までじっと観察されているような気配を感じた。
「な、何か問題でもありますか??」
「いえ、失礼しました。問題はありませんよ。ただ年配のゴブリンさんが登録なんて、珍しかったのでちょっと驚いただけです」
確かに死にかけのゴブリンが登録しに来るなんて余り無いケースだろう。
「私は受付担当のドッペルゲンガーです。呼びやすいようにドッペルとお呼び下さって構いません。では、さっそく登録を行いますので、この用紙の魔法陣に、血を1滴垂らして頂きます」
そう言うや否や、ドッペルゲンガーさんの青い手がシュルッと蔓のように変化し、アビスを支える左手を掴まれたと感じた瞬間、チクッと痛みが走る。
「はい、終わりました」
はや!? ドッペルさんは仕事のプロに違いないとそう思った。
「左手をご覧下さい。現在のクラスを表すGの文字が描かれていると思いますが、それが当ギルドの登録証明の代わりとなります。また、既にダンジョンシステムのサービスが利用になれますので、有効にお使い下さい。システムの質問も受付ております。最後に当ギルドに関する注意事項ですが、これもシステムにて閲覧可能ですので、是非1度はお読み頂く事を推奨致します」
左手の甲を確認すると、漆黒に輝く線でGと書かれていた。どういう原理かわからないが今はいい。
「ありがとう御座います。さっそく質問なんですが、ダンジョンに臨む場合、この子も一緒に連れて行く事は出来ますか??」
「……可能です。但しそのお子さんも登録が必須となりますし、さらにパーティ登録を行って頂く必要がありますが、それ等をクリアすれば問題ありませんが登録なさいますか??」
赤ん坊のアビスと妖精のフィアを置いて、俺だけがダンジョンに入るのはどう考えても得策とは言えない。
「お願いします」
ドッペルさんは戦闘に子供を連れて行くのはお勧めしませんと心配してくれたが、事情が事情な為やむを得ない。淡々と仕事を熟しているように見えるが、実は優しい部分があるのを知り、出来ればまたここに来ようとそう思った。
その後、アビスが登録する時にギャン泣きしたり、ダンジョン保険なる商品を進められたりと大変だったが、気になる部分を何点か質問し終えると、ドッペルさんにお礼を言って窓口から離れた。
こうして無事に俺とアビスは登録を済ませた。
正直、新しい事だらけで頭がいっぱいだけど、泣き言も言ってられない。
「内心ヒヤヒヤしたけど登録出来て良かったじゃない。アビスたんを泣かせたのは許せないけどね!! キィーー!!」
お前、あんな優しく丁寧に説明してくれて、仕事がバリバリ出来る魔物に文句言うなんて、ある意味凄い奴だな。
「はいはい。それよりもダンジョンシステムについて教えてくれる約束だろ」
左手の甲を目の高さまで出し、ダンジョンシステムをいよいよ呼び出す。
『システムオープン!!』