第4話 僅かな可能性
闇の妖精フィアは『余命3日』と俺に告げた。
正確には早くて3日、長くとも5日という見立てらしい。同じような症状のゴブリンを、何度か見送った事があると言うので信憑性は高い。
口の中がパサ付いて、酷い渇きを覚える。もうすぐ寿命が来ると言うのに、1度も腹に物を入れた事のないこの身体は、飢えを求めて止まない。それが何故か無性に可笑しくなって、思わず笑いが零れた。
「お、可怪しくなった!? ち、ちょっとあんた今直ぐアビスたん返しなさいよ!!」
誰が、俺をこの世界に転生させたのか分からない。が、もしそんな存在が居るとすれば、何をさせたかったんだろう。いや、これは俺に対する罰で、絶望を味わって死ねって事か。
1度死んで転生して、またこの世界で直ぐ死ぬのなら、もしかしてこの先もずっと、死に続ける事になるかもしれない。まるで無間地獄だなと、そう思った。
先の見えない絶望は胸の内を覆い尽くし、愕然と生きる意思を見失いそうになった。
『……死んで……も、絶対……諦めない!!』
ズキッと頭に痛みが走り、強引に彼の声が俺を現実へと引きずり戻す。
「……お前の、そういうところだよ」
「いやぁあああ!! ブツブツ訳わかんない事言い出したぁ!! アビスたんを離〜〜し〜〜て〜〜!!」
誰に何を言われても変わらぬ想い。誰かが決めた道ではなく、自分で決めた道へただ全力を掛ける。あぁ、そうだな、せっかく彼に託して貰ったこの体だ。なら、今やれる事をやれるまでやってやる。
思いっきり息を吸い込み、あらゆる弱音を全て吐き出した。
さて、まずは情報が必要だ。もしポンコツ蝶々が駄目でも、せめて何か知ってそうな魔物や情報が集まる場所が分かれば、まだ何とかなるかもしれない。
いつからやってるのか、唸って耳を引っ張り続ける闇の妖精を摘み上げた。
「なぁ、フィア。俺が延命出来る方法を知ってるか??」
「ちょ、ちょっと何処触ってんのよ!? その手を離しなさい!! あたしの羽根を掴むなんて、いったい何考えてんよ、まだ未来の彼氏にも触らせてないのにぃーー!!」
手を離した後もまだギャアギャアと煩いので、目の前で片手をワキワキと動かして見せると、ビクッとその動きを止めた。
さっさと話さんかい。
「う、う〜〜ん……まぁ、無い事もないけどーー」
「ほんとか!? 教えてくれ!!」
おぉ、いきなりヒットするなんて、幸先が良い。
ようやく俺にも運が向いて来たとそう思ったが、現実はそんなに甘くは無かった。
やる事はシンプルで、魔物としての存在階位を上げる事だった。つまり、俗に言う『進化』をすれば、寿命はリセットされるらしい。ファンタジー過ぎる内容に今いち現実味を感じられないが、とにかく進化するしかない。
ただそれを実現するのは困難で、フィアが言う条件をまとめると、以下の内容となる。
①近くにあるラースという街へ行く。
②魔物ギルドで登録し、ダンジョンへ入る。
③人間を殺しレベルアップ。
④③以外にも進化の実、もしくはレベルの実というアイテムをDPで購入する事で目標を達成。
ラースという街の場所はフィアが知っているらしく、アビスを連れて行くという条件で、案内してくれる事になった。
ここから歩いて3時間程度かかると言うので、分からない事は情報を埋めながら移動する事にした。その際、使えそうな物を見繕って拾ったが咎められる事はないだろう。
魔物ギルドについても何とかなりそうだった。登録は魔物なら誰でも無料で登録出来るようで、正直ほっとした。ここでラノベ主人公達のように、銀貨何枚必要ですとかテンプレを言われれば、かなり時間を取られる展開もあったからだ。
「ダンジョンシステムってのは、どういった物なんだ??」
ギルド登録を行う事で、ダンジョンシステムという機能が使えるらしく、今後の活動で無くてはならないものだと言う。
ギルドでは街の仕事も斡旋してはいるが、殆どの魔物はダンジョンへ趣き、人間を討伐する事をメインとしている。その為、ダンジョンではダンジョンシステムは必須という事に繋がる。
「はぁ……あんた本当に何も知らないのね。大抵の魔物は生まれて直ぐ魔物ギルドに登録してるから、説明も何もないんだけど」
やれやれみたいな、可哀想な目で見るのは止めろ。
因みに妖精であるフィアは、魔物ではないのでこのシステムは使えないとドヤ顔して言って来たが、出来ない事を自慢して来るこのポンコツ蝶々は、やはり可哀想な子だった。
そもそもヘルが屋敷から外へ出た記憶はないし、ギルドの登録も当然した覚えはない。フィアの話を加味しても、彼も普通とは違う生活だったのかもしれない。
さて、話を戻そう。ダンジョンシステムとは、言ってしまえば高性能なステータス画面が使えるようになるらしい。更に使える内容は多岐に渡り、ショップやスキル習得など用途が膨大な事から、詳しい説明は使えるようになった時に説明してあげると、面倒臭そうな顔で無理矢理話を打ち切った。
屍とゴミの山と化した岩穴を登り、森に挟まれた街道とは呼べない細道へ進むと、視界が拓けラースの街が見えて来た。というか、想像以上に巨大な街で、遠くからでも見えるので、まだまだかなりの距離が有りそうだ。
この世界の景色はやはり異常に感じる。見た事もない木々や草花、鳥らしき動物達も見て取れたが、それでも前の世界と似た部分は多い。でも空が赤いので、目に入るもの全てが真っ赤に染められて、そう思わせるのだろう。
「あんたって、本当に変なゴブリンよねぇ。てっきり死に場所を探してあんなところに居たんだと思ってたけど、長生きしたいって聞かされた時は正直驚いたわ。今は初めて外に出た子供みたいな顔してるし、わけ分かんない」
「自分でも分かんない事だらけさ。呆けてしまったのか、記憶喪失なのかすら分からん」
近くで凛と羽根が鳴り、目の前で止まるとフィアが少し寂しそうに言う。
「……嘘ね」
どうしてーー
「私が妖精だからよ。妖精は嘘が付けない代わりに、相手の嘘が分かる種族なの。あんたはまるで分かってないけど、その稀少な能力を利用しようとする輩は多いの。だから、普段はこうやって姿を隠してる」
そう言い終わると、フィアはその姿を消した。
文字通り、いま目の前に居た筈なのに、消えたとしか言いようがないほど完璧にだ。僅かな輪郭くらいは見えるかと、色々角度を変えフィアがいた場所に目を向けてもまるで認識出来ない。
突然、パチンッと頬を打たれた。
「ど、どこを覗いてんのよ!! この変態ゴブリン!!」
とても理不尽だった。
「とにかく!! 私に嘘を付くのは禁止。こんな能力があるから、私達は嘘を付かれるのが大嫌いなのよ。分かった!?」
再び姿を現したフィアは、頬を真っ赤に染め興奮気味にそう言った。
頬を擦り懐かしいなと苦笑しそうになるのを抑え、フィアに「分かった」と頷いた。
こういったこの世界の常識も、しっかり学んで行かないければならないのだろう。既に実際、フィアの知識や情報がなければ、俺はここに居なかったかもしれないのだから。
しかし、なんだか視界がキラキラと眩しい。どうやらフィアの鱗粉のようだが、普段よりも一層光が強く輝いて周りを大きく包み込んで行くようだ。
「へぁ!? うそ……うそ、うそ、嘘ーーーー!!」
何が起こっているのかまるで分からんが、なんかまずい展開っぽい。それにしてもフィアの慌てようは尋常じゃない。
そうはいっても、俺にはどうする事も出来ないと思って、ただ呆然とその状況を眺めた。
次第に光は加速し、点から線、線から面、さらに立体へと変化していき、パンッという音と伴に光も弾け消滅した。
空中で固まるムンクの叫びを暫く眺めたが、動かない。何かブツブツ言っているので、そっと近付き耳を傾ける。
「……け……いや……く……た……契や……しちゃ……」
うん、よく分からん。
俺は優しくフィアを掴んで、アビスの上に座らせると先を急いだ。
その後、ラースの街に着く頃ようやく正気を取り戻した彼女は、涙目になりながら弱々しく事情を説明する。
フィアから聞いた内容に、俺も思わず絶句した。
どうやら知らず知らずの内に、妖精の契約とやらを結んでしまったらしい。それは生涯を伴にするという契約であり、片方が亡くなった場合、もう片方も後を追う事になるらしい。
本来は生涯を誓い合った恋人と行う儀式な筈なのに、このポンコツ蝶々はすっかりその事を忘れ、儀式に必要な『妖精の秘密』『自分の1番譲れない想い』を告げ、俺が了承した事で契約が結ばれてしまったらしい。
「いやぁああああああああああ!!」