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第3話 妖精と赤ちゃん

 

 黒い漆黒の瞳、肩まで伸びる艶のある髪もまた黒く、反して透き通るような白磁の肌は良く目立つ。丸みのある輪郭に胸には気持ち程度の膨らみがあるので、性別は女性だろう。


 何処かあどけなさも見えるが、気の強そうな目元と整った顔立ちは女の子と言うより、美女の方が近いかもしれない。服装は膝下まで隠れる真っ黒なワンピースで、簡単に言えば真っ黒だ。


 ここまでなら、まるで日本人を解説しているように聞こえるかも知れないが、身長は20cm程度の人形サイズ、黒くて怪しく光る2枚2対の羽根が付いているのを加味すれば、間違い無く異世界の生物だろう。


 目が合った一瞬、救いを求めるような表情は一変し、両手をバッと広げると般若の如く睨み付け言い放って来た。


「この子は食べものじゃないんだからね!!」


 酷い言われようだ。俺を一体何だと思って……あぁ、俺、ゴブリンだ。


 その場で自分を見直してみる。上半身は裸で肋がくっきり見えるほどの骨骨しくスタイリッシュ、皮膚は全身ザラザラで爽やかな草原を彷彿とさせる色に加え、腰から下は歴戦の戦士の如く血と泥で染め上げた、ごわごわした薄布が自慢の一張羅だ。


 認めよう。確かに見た目は酷い。


 だからといって、いきなり言い掛かりのような事を言われれば、流石にカチンと来るし一言ぐらい物申してやろうとも思ったが、意思の強いその瞳から滲み出るものを見てしまえば、強くも言えない。


 女の涙は苦手だ。


「はぁ、赤ん坊なんて食べるわけ無いだろう。ちょっと心配で見に来ただけだ」


「はぁ!? そんなガリガリで今にもスケルトンに進化しそうな、汚ったないゴブリンの言う事なんて、信じられる訳無いじゃない!!」 


 おぉ……なんて言われようだ。目の前にヒステリーと言う名のストレスの化身がおられる。


「この子は私が守るって約束したの。さっさとどっか行きなさいよ!! って、あれ?? このハゲゴブ今嘘付いて無かったような……んん??」


 なんだか様子が変だが、俺をハゲゴブ呼ばわりするほど自信を持ってるなら大丈夫だろう。内心、気になって寄ってみた程度の事だし、ご覧の通り赤ん坊だけじゃない。もしかしたら、こうした光景はここでは日常茶飯事なのかもしれない。うん、自分の事もままならないこの状況だ、このまま行くとしよう。


「まぁ何だ。邪魔したな」


 先を急ごうとその場を離れると、背後で赤ん坊がさらに激しく愚図り始めた。


「ふぎゃあああ!! ふぎぁああああ!!」


「ちょ、ちょっとあんた待ちなさいよ!! あぁ!! よしよし、アビスたん大声出してごめんねぇ」


 慌ただしい喧騒に呼び止められ、思わず足を止めてしまうそんな自分にほんと嫌気が刺す。


「……どうしろって言うんだ」


 て言うか、アビスタンて名前なのか?? いや、ニュアンス的にアビスが正解っぽいな……しかし、こいつキャラ変わり過ぎだろう……


 ため息混じりに振り返り、泣きじゃくるアビスと呼ばれる子を、目を細めてよく見た。


 生まれたばかりだからか、髪は僅かでまだ少し濡れ、紫の美しい色をしている。肌は赤ん坊とは言えないほど真っ白で、酸欠という言葉が頭を過ぎったが、これだけ激しく泣いているなら、それは無いだろうとほっと胸を撫で下ろす。


 外見は髪の色以外は俺の知る人間とほぼ同じように思えたが、口の中にちょこんと尖った歯が見えたので、この子も魔物の類なのかもしれない。


 近くの遺体に目を向けると、髪も肌もこの子と同色なので、やはりこの人が母親なのだろうと、そう思った。


 ただどうしても気になるのは、お包み変わりの汚れた布が、隙間だらけで所々地肌が見えるほど雑に巻かれている事だ。


「あぁ、もう見ていられない!! お包みの巻き方は、こうやって、こうして、こうやるんだよ!!」


「ちょ、えっ、えぇええ!?」


 緩過ぎたり、きつ過ぎるのは良くない。本当は綺麗な布が欲しいところだけど、こんな状況ならやむを得ないな。


 結局、全部解いて最初から丁寧に巻き直した。途中、ポンコツ蝶々が服や耳を引っ張って、邪魔をして来たがそのうち作業を見守る事にしたようだ。そうそう、その時に分かったけど、アビスは女の子だった。


「お包みってのはな、保温性はもちろんのこと母親のお腹の中にいる時と同じような安心感を与えるのが目的なのと、持ち運ぶ時にズリ落ちたりしないよう、安全の面でも大切なんだ」


 そんな事も知らんのかと、このポンコツ蝶々をその場で正座させ滾々と説教してやりたい気分だった。


「な、何このゴブリン。めちゃくちゃ手際良すぎるんだけどぉ!?」


 まぁ、もっと詳しく原始反射などについても説明してやりたい気分だが、このポンコツ蝶々には理解出来んだろう。


 当然まだ首が座っていないので、首の後ろに腕を通してお包みを抱っこした。


「ア、アビスたんが泣きやんだ!? なんだかわかんないけど、悔しいーー!!」


 いちいち耳元が煩い。しかし、この子も可哀想に、誕生して直ぐ母親を亡くすなんてな。


 腕の中にいるアビスは、泣き疲れて眠ったようだ。間近で見ても、とても小さくてそして何処か懐かしい暖かさを俺に与えてくれる。


 これが赤ん坊、なんだな。


「あ〜〜ん、どうしよう。嘘は付いて無かったけど、ガリのツルツルゴブリンだし、言葉も不気味なほど流暢に話すのは何かキモイしぃ」


 なんて事を言うんだコイツ。未だかつてハゲの人の気持ちなんて考えた事もなかったが、こんな気持ちだったとは……この理不尽さ、無性に腹が立つな。きっと全世界の仲間達はこう思っていたに違いない。


 好きでハゲてんじゃねぇよ!!


「う〜〜ん、意外に使えそうだし、この際仕方無いよね……でもゴブリンよ、ゴブリン……」


 ポンコツ蝶々が頭を抱え、あちこち飛び回り、あ〜〜だ、こ〜〜だとのたうっているのは非常に鬱陶しい。


「もぅいいわ!! 私は闇の妖精フィア。いつか大妖精になる偉大なる存在よ。そこのハゲゴブ、嘘は付いていないようだし、特別にこの子の面倒を少しの間だけ見させてあげるわ。光栄に思いなさい!!」


 フンスと鼻息を荒くして、ドヤ顔でチラチラ見下ろしてくるこの妖精(仮)は、いったい何を言ってるんだろうか。

 

「あ、無理です。ごめんなさい」


「……」


「…………」


「なんでよーー!!」


 顔を真っ赤にして頬を膨らませ、肩を震わせる程お怒りの様子だ。


「正直、ここが何処かも分からないし、取り敢えず情報が手に入りそうな場所を探そうかとは思ってるけど、誰かを助けたり守ったりなんて余裕は無い。あと、俺はハゲゴブ何かじゃなくて、名前は……ヘルだ」


 この世界でどちらの名を名乗るかで言えばヘルの方が良い。俺の過去はもうどこか納得している部分もあったし、逆にヘルの場合は数こそ少ないかもしれないが、知り合いに会う可能性も有る。ただ転生した事はリスクがないと判断出来るまでは誰にも話すつもりはない。


「はぁ!? 自分の記憶がないって事?? てか、いっちょまえに名前があるなんて、ゴブリンのくせに生意気!! でもまぁ仕方無いっか、あんたの眼の色は随分濃いし、普通のゴブリンと比べても弱々しい魔力だから、寿命前の物忘れって奴かもねぇ」


 背筋が凍った。


 ちょっと待て、今、こいつなんて言った。いや確かに寿命って言ったよな?? はは……まさか、そんな馬鹿な事があってたまるか。


「ポンコツ蝶々、ちょっと教えて欲しいんだが、ゴブリンの寿命って短いのか??」


「誰がポンコツ蝶々だぁーー!?」


 バッとフィアの前に掌を突き出し、睨み付けて続きを促す。予想が外れてくれれば良いが、そうでないのならこんなじゃれ合いをしている暇は無い。


「教えてくれ……」


「はぁ、あんたの言う通り短いわよ。私達妖精はとても長生きだから、得た知識や目にして来た事も多いわ。其れこそ、そんじょそこ等の魔物とは比べるまでもない程には知ってる。あんた達ゴブリンも今まで沢山見て来たけど、恵まれた環境で3年、食べていけるだけの過酷な環境なら半年ってところかしら??」


 何処かでそれは無いと思い込んでいた。今まで読んだどんな物語も、そんな絶望的な展開など有りはしなかったからだ。


 まさか自分が、こんな理不尽な現実を突き付けられるなんて、想像出来る訳ないだろう。


 フィアが言うには、ゴブリンは通常眼球は白く死期が近付くに連れ、徐々に黄色く染まると説明する。


 そして、さっきフィアは俺の目が濃いと、そう言った。



「……俺はあと、何日生きられる??」



 そうだ。



 転生したら寿命までリセットされるなんて、誰も(・・)言っていない。

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