第24話 私という存在2
フィアの過去編はこの話までです。
その町は今まで訪れた場所とは違い、冒険者と呼ばれる者達を中心とする冒険者の町だった。
近くに複数のダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟があり、そこから大量に得られる魔石や魔物の素材等は、町の繁栄に大きく貢献しているようで、冒険者達を相手に商人が集まり、とても活気のある場所だった。
ダンジョンに入った事のなかった私はいつもの好奇心に駆られ、姿を消して何度も冒険者の後を追ったり、1人でダンジョンを飛び回ったりした。
どのダンジョンも多種多様で、草原や砂漠、雪原や火山など様々なフィールドで創られていて、その不思議な光景は私を魅了していった。
だが、そんな日々も突然終わりを迎える。
冒険者の中に私の姿が見える者がいたのだ。以前、女王様から聞かされた『精霊眼』と呼ばれる魔眼の持ち主。
油断していた私はあっけなく捕獲され、特殊な鉱石で出来た鳥籠のような物に入れられ、オークションの商品として出品された。
ステージは眩しい程の光が降り立ち、片やその向こう側には闇が広がっていた。おぞましい人間達の瞳は爛々と光り、私の全身を舐るように眺めていると感じた。
自分がどうなってしまうのか分からない事が怖かった。
人間に捕まった妖精は死ぬまで観賞用として飼われると聞いた。或いは、首を切られ生き血を飲む事で不老長寿が手に入るなんて噂を信じて買われるのかもしれない。
そんな想像が浮かび、両手で顔を覆い泣き続ける事しか出来なかった。
結局、オークションで私を落札したのはローズマリアという女性だった。
今思えばこの時、人生の運を全て使い果たしたのかもしれない。そう思える程に私にとって運命的な出会いとなった。
彼女はこの町を纏める大商人の1人で、とても裕福な暮らしをしていた。落ち着いてよく見れば、優しい垂れ目に泣きぼくろ、豊満な胸にメリハリのある身体は憎たらしい。紫色のゆるく波打つ髪からは、大人の色香が漂ってくる。
しかし、彼女の本来の姿は人間の世界に紛れ込み、長い年月この町に住み続けるヴァンパイアと呼ばれる魔物だった。
ヴァンパイアならば、血を吸う事が目的なのかもしれないと身体を震わせたが、そんな私を見て彼女はただ話し相手が欲しかっただけ、と目に涙を浮かべ笑いを堪えた。
ローズマリアと名乗るその女性は、数百年も時を越えたヴァンパイアであり、自分の事をかなり高位な魔物だと豊満な胸を揺らしながら説明した。何故かイラッとしたけれど、魔物なのに何処か人間らしい部分があって、それがちょっと可笑しかった。
ローズと過ごした日々は、今までの人生になかった幸福な一時だったと言える。
数百年生きる彼女の話は果てしなく長く、その知識と経験は海の如く膨大だ。何を聞いても答えが返ってくるその異様な存在を前に、好奇心に溢れた私はそれらを乾いた砂漠のように飲み込んだ。
彼女はとても穏やかで優しく、賢い魔物だった。
人間達の歴史や文化、種族の特徴や習慣に始まり、当然、魔物についてもかなり見識があった。しかも驚く事になんとローズ自身もダンジョンを所有しているという。所謂、ダンジョンマスターでもあった。
彼女は私にとって落札者であり、教師であり、そしていつしか友と呼べる存在になっていた。
人生で初めての掛け替えのない友達だ。
一緒にいっぱい話した。一緒に美味しいものを食べ歩き、時には彼女のダンジョンに潜って、いかに人間をドッキリ死させるかなんて馬鹿な事を真面目に考えたりもした。一緒にお風呂に入って、もちろん寝る時だって一緒だった。
そんな楽しい日々の中、ふと違和感を覚える。いや、会話の中で気付いた少しのズレとも呼べるほど小さな違和感。その小さな違和感は過ぎ去る日々の中で、やがて確信へと至る。
彼女は生きる事に飽いているのでは……
以前彼女自身から聞いたヴァンパイア達の話だ。
彼らは不老不死の存在である故に、長く生きた個体ほど生への執着がなくなると彼女は言った。かつていた同胞達は皆、自ら命を断ったらしい。
いつでも食べれる。いつでも見れる。いつでも学べる。いつでも寝れる。いつでも、いつでも、いつでも、いつでも、いつまでも……いつまでも生きれる。
あらゆるものが価値を失う感覚に、彼等は最後に死を望んだと彼女は言っていた。
私にはまるで理解出来ない。
でもローズなら大丈夫。最近ちょっと少なくなったけれど、新しい遊びや新しいお店にも行ったりしてる。
でも、私の予感は嫌な時ほどよく当たる。
まさか、そんなはずはないと自分に言い聞かせても、確かめずにはいられなかった。
彼女が最近始めた天体観察の帰り道、私は言った。
「……ローズ、これからもずっと一緒に生きて行こうね」
「ふふ……そうね」
嘘だ。
私は堪らず星空に向かって飛び、泣いた。
妖精は嘘をつけない存在。そして嘘を見抜いてしまう生き物だ。これは絶対に外れてはくれない。
本来、生涯を誓うパートナーにしか知りえない妖精の秘密。妖精と妖精が行う契約が殆どであるこの内容を、ローズが知るはずもなかった。
何故なら私は教えていなかったから。
彼女が好きになって、私を知って欲しい、友達になって欲しいとあんなにも願っていた私が彼女を信じ切れていなかったんだ……
この日、私は嘘が嫌いになった。
ただ、今ならまだ間に合う。妖精の秘密を話し、契約を結べば、本当の友達になれる。そしたらローズだって生きたいって思ってくれるに違いない。
いままで教えていなかった妖精の秘密がある。そう言って話し出そうとした時、ローズは悲しそうな顔をして、人差し指で私の口を止めた。
「フィア……ごめん、ごめんね」
彼女の瞳からポロポロと月光に照らされた宝石は溢れる。彼女は知っていたのだ。いや、正確には嘘を見抜く事は知らない。けれど、妖精が秘密を打ち明け、契約を結べば生死を共にするという儀式がある事を知っていた。
「私は貴方と出会う前から、既に死ぬつもりだったのよ。最後の終わり方を探していた私は、オークションで貴方を見つけた。昔、古い文献に書かれていた妖精の儀式をその時思い出した私は、自分が死ぬ方法を思い付いた」
私の理解が追いつかない中、彼女は続ける。
「はじめは貴方ともし友達になれたら、貴方が人生を終える時、私も一緒に死のうってそう思ってた……でもね、フィア。私、気付いたの。貴方と仲良くなればなる程、貴方を知れば知る程、それじゃいけないって……」
泣きながら懺悔する彼女に、私はそれでいいよと言ったけれど、ローズはかたくなに儀式を受け入れてくれなかった。
私の友達が、生きる意欲を持てるように、生きる欲が湧き上がるように、沢山沢山話をしたけれど、彼女の意志は変わらない。
やがて、ローズは食事である血も飲まなくなった。
そんな日々が続いたある日、ローズは私に最後のプレゼントがあると言って、突然お腹を触らせる。
貴方が寂しがらないように。
貴方が1人にならないように。
貴方が私を覚えていてくれるように。
そして、彼女はアビスを産んで私に託した。
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