第18話 褒めてない!!
「しっかし、あのモリーとか言うサイクロプスは変わってたわねぇ」
「そうか?? 俺はサイクロプスなんて初めて見たし、何とも言えんが、実際モリーさんのおかげで命拾いしたのは事実だし、あんな豪華なご飯も奢って貰って文句なんて言ったらバチが当たるぞ」
モリーさん家から我が家へ帰る道のり、フィアは腕を組んで空を見上げながらも、何か腑に落ちない様子でそう呟いた。
夜風が優しくフィアの黒髪を揺らし、その横顔に目が止まる。真面目にしていれば整った顔立ち、美人と言えなくもないのに、いつもキィキィ言って台無しなのはまぁ、こいつらしいか。
でも、本当にあの料理は美味かったなぁ……明日からまたカチカチパンだと想像するだけでゲンナリして来る。
下手に舌を肥えさせてしまったから、寧ろ食べない方が良かったんじゃないかなんて考えも過るが、いやいや、いつかあんな料理をアビスに食べさせてやらねば。
「ん〜〜だけど、助けた理由が『良くわからない』なんて、やっぱりへんよ」
「その後、アビスを見て助けなきゃって身体が勝手に動いたんだって言ってたじゃないか。種族がなんであれ、どんな赤ん坊でも保護欲を掻き立てるものだし、特に変だとは思わんがなぁ」
そう、どうして助けたのかという問いに対して、あの時モリーさんは僅かに動揺したあと『分からない』と答えた。
ただ、何故か彼の瞳からは涙が滲み出て、慌てて誤魔化そうと笑っていたのは、確かに気にはなったが……
でも、モリーさんの名付けは奥さんと言っていたし、ラースの壁の向こうで暮らす家族を思い出したと推測すればそれは自然の事で、誰にでも無闇に触れて欲しくない部分もあるだろうさ。
「でた、その変顔!! 何だか俺分かってますぅ〜〜みたいな顔して、ちゃんと考えないのはただの馬鹿よ!! 何となく変だって直感は、この世界で生き残る為にはとっても大事なの、分かった!? この腹ぽよゴブリン!!」
「……お前は相手の心を粉砕する天才妖精だな」
「ふぇ!? あ、ありがとう??」
「褒めてない!!」
それからようやく帰宅した後、アビスに血を与え、熱で汚れた身体を湿らせた綺麗な布で丁寧に拭き取ると、おむつを交換し一緒に横になる。
最近は、鼻歌で知っている子守唄を歌い、優しくアビスの布団をポンポンと叩いていると、いつの間にか意識を手放すのが流れだ。
時折、静か過ぎると無性に心配になり、お腹の辺りを見て呼吸しているのか確認してしまう。フィアは不死なのだから問題ないと言うけど、理由は分からないが心配なんだから仕方がないじゃないか。
ゆっくり上下に動く可愛らしいお腹を眺め、長い1日が終わった。
次の日、少し肌寒さを感じながら目を覚ます。
そこに違和感を感じながらも、新鮮とは言えない外の空気を一杯に吸い込み、身体を伸ばし終わると朝の日課を始める。
最近、アビスの睡眠時間が徐々にだが伸びてきたので、俺も休める時間が増えてありがたかった。初めは4〜5回は起こされたのに、今は多くて3回だ。親想いの良い子だと考えるだけでちょっと泣きそうになる。
室内に戻りそっとアビスの額に手をのせた。
「……良かった……良くなってる」
余裕が出来れば体温計とかちゃんとした物も揃えたいが今はまだ無理だ。実際、ダンジョンシステムにも体温計は売っているが、今の俺には高過ぎるし先に買い揃えたい物が沢山有り過ぎる。
アビスが次に目覚めるまでの間に、ラジオ体操とストレッチを行い、今日も今日とてカチカチの固いパンに意地で噛み付く。どうしても昨日モリーさんに御馳走になった料理が浮かんでしまうが、いつか食べてやるとポジティブに思考を切り替える。
そうこうしてる間に、アビスが泣き出したのでおむつを替え、血を与えた。
「うぉ!? 何だか今日はやけに凄い吸い付きだな??」
いつもと違い口にした途端に目を見開いて、ふぅふぅと興奮気味に吸い続けるアビスは初めてだ。
「ふぁ〜〜どうしたのぉ……アビスたん良くなったぁ??」
ボサボサ頭を携えて、ふらふらと浮遊するフィアはよく寝たぁと言って、いまだまどろんでいる様子のままアビスの顔を覗き込んだ。
「あぁ、熱が下がった。後は凄い食欲でちょっと驚いてな」
「本当に!? 良かったね、あたしのアビスたん!!」
そう言ってアビスのぷるぷるほっぺに、自分の頬をぐりぐりと擦り付ける。
おい、そのほっぺは俺のだぞ!?
アビスは少し迷惑そうに眉間に皺を寄せたが、今は食欲を優先させたいのか、フィアにされたいがまま満腹になるまで飲み続け、またうつらうつらと船を漕ぎ出した。
そんなアビスをおくるみに包み、抱っこ紐を縛り終えると、魔物達がいない広いスペースへ移動した。そう、鍛錬の時間だ。と言っても、『鬼火』は生活で使用する際に普段から練習しているので、精霊魔法の練習となる。
以前のあの恐ろしい体験から、精霊魔法を使う事に抵抗を覚えたが、これがなければただのゴブリン程度でしかない俺には精霊魔法を少しでも鍛える必要がどうしてもある。
それにフィアからも「あれは闇の精霊関係で間違いないんだから、他の精霊なら問題なし!!」と言われ踏ん切りがついたのもある。
「それじゃあヘル、今日も魔力操作の修行からよ。基礎を疎かにする魔物は死すべし、死すべし!!」
何でお前そんなにテンション高いんだよ。
俺は胡座の状態で目を閉じ、自分の体内に意識を向ける。マンガなんかではよく腹の下の丹田と呼ばれる場所を意識して、主人公が覚醒するなんてのがよくあるテンプレだが、俺達魔物の丹田はおそらく心臓付近にある。
以前フィアから教えて貰った話では、外部から吸収した魔力の素である魔素を、心臓近くにある魔石がMPに変えている的な事を言っていたので、この魔力を感じる修行をするのなら、最初に意識すべき場所はそこだと思って試していた。
結果、俺の魔力操作の修行は順調に進み、今では体内に流れる魔力を感じる事が出来るようになって来た。
どうでもいい事だが、金持ちの魔物はダンジョンシステムで『魔力操作Lv1』を買って終わりらしい。実にどうでもいい……金持ちなんて嫌いだ。
「じゃあ次は、感じている魔力を自分の意思で指先に集めてみて」
それを聞いて、膝の上に置いた手の人差し指を立て、そこに魔力を集めようとするが、これが中々難しい。普段血液の流れとそう変わらない速さで循環しているのに、集めようとすると途端に動きが鈍くなる。
その影響なのか、乱れた魔力のままだと気分が悪くなり頭痛や胸焼けといったような状態を引き起こした。
「だぁあああ!! 駄目だ、全然上手くいかん!!」
「もう、諦めたらぁ?? そもそも魔物が魔力操作の練習なんて普通しないんだし、出来なくても仕方ないじゃない。妖精だって生まれたばかりの時は、苦労するのよ??」
そう、フィアの言うようにスキルや魔法はこの世界に住む魔物達は生まれ持っているか、ダンジョンシステムで買うのが普通だ。でも、以前修行してスキルが生えた魔物の話をフィアから聞いて、DPを節約して強くなる為に今は試行錯誤している最中という訳だ。
「魔力を感じる事が出来るようになったんだし、少しだけ意思で動かせてるんだ、もう少し続けるさ」
「はぁ……これから寒くなるけど、まぁヘルがやりたいなら付き合ってあげるわよ」
不意にさっきと同じ違和感がまた湧き上がる。
ん?? 何だ……今の会話で一体何に引っかかった??
頭の中でパズルがカチリとはまり、はっとなってその場に立ち上がる。
自分の頭から血の気がひいていくのが分かった。ダンジョンなんてのがある摩訶不思議なこの世界で、完全に思考が停止していた。何故ちゃんと確認しなかったんだと、自分で自分をぶん殴ってやりたい思いに駆られるが、今はそんな事どうでもいい。兎に角、確認しなければ。
視線をフィアへと移し、そうであってくれるなと僅かな願いを込めて言葉を絞り出す。
「フィア……もしかして冬ってあるのか??」