第17話 命の軽さ
この世界に来てから、カチカチパンの焦げた味しか知らない俺の舌は、その絶叫とも言える喜びを脳天へと伝え、それを涙へと変えていった。
だが、食べても食べても満たされず、胃袋から逆流して来る不快な感覚が過り、慌てて手を止める。
モリーはそんな俺を興味深そうに見詰め、笑いながらもっと食べて良いと勧めて来たが、今の俺にはこの暴力的なまでの臭いは呪いでしかなく、食べ物を目にするだけで、気が狂いそうになる。
咄嗟に腕の中にいるアビスの頭を撫で、モリーが話し出すのを待った。
実際のところ話の内容は気になるが、それよりも早くアビスを連れて帰りたい。じゃないと良くなるものも良くならない。
「がははは、もうえぇだか?? なら、さっそく本題に入るべ」
モリーは頭をゴリゴリと掻きながら、いつも半目なその瞳を動かし言葉を選びながら口に出した。
「ずばり、同族殺しについてだ。ヘルは同族殺しじゃないべ?? ああ、言わんくてもおらには分かるだ。同族殺し同士でないと理解できん事だでな」
「それはーー」
否定しておいた方が良いのか?? 正直、今日会ったばかりのモリーを信用するほどお人好し?じゃない。仮に素直に喋って彼が俺を偽物だと言いふらせば、せっかく危険をおかして魔物達へ牽制したのが無駄になる。
今の話が本当なら、同族殺し同士を認識出来る何かがあるのか?? どうしようか迷っていると、都合良くモリーが話を続けた。
「んーーまぁ、他にも同じように誤魔化してる魔物もおるで気持ちはわかるべ。だども、本物の同族殺しは同じ同族殺しが近付くと、この傷が痛くなるだ」
そう言って、ゴツい腕を上げ赤黒い文字を見せて来る。
魔物の紋章が痛むなんて話は聞いたことがなかった。基本フィアが持ってくる内容は、ダンジョン関連や生活に使えるぷち情報ばかりで、同族殺しについては殆どゼロだ。
「……初めて聞きました」
「がははは!! 知らんのは当然だべ、寧ろ知らん方がええでな。だどもおらがあん時、ヘルを怒鳴ったのは、理由があるんだべさ。皆の前でヘルが同族殺しを名乗ってたべ?? あれはよぐねぇ、今後は絶対にやっちゃならねぇだ」
「何故です?? 他の魔物達もやっている事だし、だから絡まれないようにと自衛の為に考えた策だったんですが……」
「ヘルはやっぱり何も知らねぇだか……ここに連れて来て良かっただ。がははは!!」
分かるように説明しろよ……
「こりゃすまねぇ。何処から話すべ、んだなぁ……まず、おらが怒鳴った時、ヘルは危うく殺される寸前だったんだど」
「は!? あ、あのコボルドにですか!?」
「違うべ。ギルドの殺し屋、つまり『掃除屋』だぁ」
殺し屋と聞いてゾクッと背筋が冷たくなった。前世で殺し屋なんて身近に存在していなかったし、そんな奴に命を狙われていたなんてとてもじゃないが信じられない。
モリー曰く、ギルドには同族殺しを討伐する専門の魔物がいるらしい。それらは同族殺しが暴れたり、問題を起こした際に速やかに処分する腕利きの魔物達で、知るものの中では『掃除屋』とも呼ばれ、彼が言うにはその内の1匹がこちらに向かっていたと説明した。
でも、可怪しい……それは同族殺しに対してであって、そもそも俺は同族殺しではない。その旨をモリーに説明したが、モリーは首を振って否定する。
「ん〜〜そう言う問題じゃないんだども……教えるのが下手だで、どう言ったらえぇべか……ヘルは『咎人』ってのを知っとるか??」
今度は反対に俺が首を振るう番だった。
「本来、同族殺しになった魔物は、どのクラスであろうと関係なく外壁に追放されるだ。追い出された魔物はダンジョンには働きぶちがねぇから、おらがやってるようにゴミ捨て作業ぐらいしかねぇだ」
ドッペルさんからも似たような情報は聞いている。
「んでそう言う魔物は、ギルドに行ったら初めに言われるだ。『同族殺しとなった者が、外壁でも罪を重ねた場合はギルドで討伐する事になる』ってな。咎人ってのは、その罪を重ねた魔物の事を言うんだべ。おらも1度出会っとるが、そりゃあ強くて強くて危うく死ぬところだっただ。がははは!!」
頭をバシバシ叩き豪快に笑うモリーに驚かされる一方で、頭に残る痛々しい傷跡は、もしかしたらその時のものかもしれないと、ふとそう思った。
「モリーさん、今更ですけど俺は同族殺しではありませんし、咎人でもありません。今の話を聞く限り、同族殺しがお互いに認識出来るのなら、なおさら私がその掃除屋に狙われる理由が分からないんですが……」
「ん?? まだわかんねぇだか?? あの場所にいたブラックスライムはギルド職員だど?? ヘルがあの時堂々と同族殺しを名乗ったら、そら通報されて掃除屋が来るべ」
「だから俺は咎人じゃないーー」
噛み合わない会話の中で、1つの可能性が頭を過ぎった。そんな筈はないと思ってしまうがまさか、な。
「もしかして、その掃除屋は同族殺しを認識出来ないなんて事は……」
「んだんだ。掃除屋はギルドの仕事だで同族殺しにはなんねぇからな、手の傷は使えねぇど。ああ!! それでなんだか話ズレとったんだな!? がははは!!」
魔物を殺す正式な仕事だから、同族殺しにはならないなんて、想像出来るはずがない。
なんてこった……例えるなら、警察官の前で見知らぬ人間が「おれ人殺しです!!」と盛大に喚き出したので、増援を呼ばれた……みたいな話だ。馬鹿過ぎて死にたい。
そもそも同族殺しだと名乗っただけで、殺されるのかとモリーに問いかけたところ、あっさり殺されると返って来た。
おぅ……
ゴミ拾いに来る魔物達の命はとても軽いのだ。
荒くれ者が集まる中ではやむを得ないと理解する反面、そういう環境に自分もいるという実感がなかった。
そりゃドッペルさんが何度も止める訳だ……
最後に咎人について教えて貰った。
同族殺しを続ける堕ちた魔物は、手を血に染めた数だけ徐々に狂っていく傾向があるようで、奇っ怪な行動や言語障害、最終的に目に入った生き物を殺さずにはいられない衝動にかられるとモリーは説明した。
「がははは!! まぁ、いまのもスケさんから教えて貰った話だで。そうだ、そうだ、咎人って呼ぶのは、まるで人間達のように魔物を殺し回るからだどか言ってただな。スケさんは何でも知ってるだ」
スケさんすげぇな、脳みそないのに。
一通り話を聞き終わった俺は、モリーさんに深々と頭を下げた。モリーさんは間違いなく命の恩人だからだ。
俺がやらかしたあの時、モリーさんは咄嗟に俺が同族殺しではないとブラックスライムのギルド職員に話し、自ら注意しておくと説得してくれたおかげで、事なきを得たのだと知った。
だからこそ、自然と浮かんでくる疑問。
「どうして……助けてくれたんですか??」
魔物の命は軽い。
今日運んだゴミの中にも、魔物だったものの何かがあったぐらい死が近い。そんな世界、そんな環境、そんな当たり前な生活の中で、モリーさんが俺を助ける理由が見つからない。
この世界に転生して1ヶ月の俺ですら、未だにモリーさんが俺を罠にかけようとしてるのでは?とチラつくほど、外壁の魔物達は群れないし油断がならない。
人間だったから、よくある事のように錯覚してしまうけれど、モリーさんの優しさはここでは異常だ。