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第15話 サイクロプス

 

 サイクロプスとは元々ギリシャ神話に登場する巨人で、別名キュクロークスとも呼ばれる下級神の1人である。鍛冶技術が得意で詳しくは思い出せないが悲劇的な最後を迎える物語だったはずだ。


 実際、生前よく目にしたサイクロプスは、ゲームやアニメなどで登場するものが殆どで、主人公やプレイヤーに襲い掛かる恐ろしいモンスターの1匹として扱われる事が殆どだったが。


 それに目を釘付けにされながらも、徐々に荷車の順番が進み、距離が無くなるにつれその大きさに圧倒される。


 背丈はおそらく自分の5倍はある。上半身はミシミシと聞こえて来そうな引き締まった筋肉に覆われ、下半身のボロい腰布からは樹齢数百年の如き足が2本生えている。


 今は作業に没頭しているのか、取っ手部分が木製で刃先がニ又のフォークのような道具を使い、ひとたびゴミ山に突き刺すとゴボッと大量の小山をすくい上げ、目前に並ぶ荷車へとどんどん乗せていく。ただ、何処か疲れているのか瞼は重く目元が細い。


(ヘル、あのサイクロプス!!)


 ああ、フィアに言われるまでもなく気付いている。あの左手は赤黒く光っていた。


 間違いなく同族殺し。


 なるべく関わらない方が良いと心に決め、荷車の持ち手に力を入れたその時だった。背後から投げつけるような声にビクッと身体が強張った。


「テメェ!! オメェだよ気持ち悪いゴブリン!! さっきからチンタラ進みやがって!! 普段見ねぇ面だが、オメェ新人だろ?? なら先輩の俺様に先を譲りやがれグルルゥ!!」


 当然、魔物が日本人のように礼儀正しく並ぶはずはない。にも関わらずそうせざるを得ないで並ぶのは、単にゴミ山に囲まれて往復出来る道幅しかないからだ。


 しかし、参った。どうする……無視して先を進む事は出来るが……


 顔だけを振り返って見れば、今も小汚い毛並みのコボルドはいやらしく口を歪め、チラチラと左手の赤い文字を見せこちらの動向を楽しげに見詰めている。


 というか、同族殺し多すぎだろ馬鹿野郎。いや、逆に言えばこれはチャンスとも言える。簡単に舐められる訳にもいかず、事実、前後数匹の魔物達がどうするか興味深々としている中で、ここで引けば他の魔物達にも舐められてしまう。考えた末、面倒だがここでしっかり対応する事に決めた。


「はぁ……お断りします。それにさっきからチラチラ見せてるそれ、偽物ですよね??」


「あ゛あ゛!? 何言ってんだテメェ!! そんな訳あるか、俺はこの手で何匹も殺ってんだグルゥァアアア!!」


 叫びながら水戸○門の印籠のように見せて来るそれに周りはざわつくが、俺は冷静に手を向け予め用意していた精霊魔法を放った。


「な、何をしやがった!?」


 慌てふためくコボルドは突然現れたボールサイズの水玉を振り払おうと躍起に暴れたが、まるで離れずその水玉は手を包み込んだままぐるぐると回転を始めると、小汚いそれを落としていった。


 やがて魔法の効果が切れ、混乱していたコボルドは自分に一体何が起こったかを理解すると、その顔色は赤から青へ変化していった。


 なんの事はない。彼等の多くは威嚇や自衛の為に、刻印を偽装していただけだ。知恵の立つ魔物ならまだしも、ただ刻印を赤く塗れば恐怖すると勘違いしている魔物も多い。フィアには言わないが、彼女の集めて来る情報には助けられてばかりだ。


 さて、トドメと行こう。


「同族殺しの刻印は赤黒い。そう、真っ赤な刻印ではなくて……これが本来の刻印なんですよ、先輩」


 俺はわざとゆっくりと左手を上げ、周りの魔物達にもその刻印が見えるように掲げた。


「にゃにゃにぃ!? ひ、ひょんもの!?」


 おい、お前いつからネコ科になったんだ。


 魔物達の目に映った刻印は赤黒く、まさに同族殺しの証だった。周りの魔物は1歩下がったように怯え、絡んできた例のコボルドはモフモフな尻尾をシュンと丸め、小刻みに震える始末だ。


(ちょっとヘル!! こんなに目立って大丈夫なの!? 厄介事が増えたら面倒なだけじゃない!!)


(逆だフィア。今回これだけ沢山の魔物達の前で、偽装を暴露してやったんだ。偽物は俺達を警戒して近寄らなくなる)


 外縁部にいて偽装するような魔物は殆どが自衛目的だ。それにこれだけ目立つ事を選んだのは、自身の安全確保の為に、この場にギルド職員がいるという条件が揃っていたからだ。


 荷車の積み込み場所近くに視線を向けると、真っ黒なスライムが平たい板の上で文字を記入しつつも、こちらを警戒しているのが分かる。


 全ては計画通りのはずだった。


『ドゴォオオオオオン!!』


 地震のような揺れと、何かが爆破した錯覚を覚える程の激音が鳴り響き、事態は急変した。



「この馬鹿だれがぁああああ!!」



 その場は一瞬にして凍りつき、重々しいプレッシャーが辺りを包み込んだ。重厚な足音と伴に近付いて来る巨体は紛れもなく先程まで積み込み作業を行っていたサイクロプスだった。


「キャ、キャィーン!! モ、モリー……これは、ち、違うんだ。お、俺はただ、新人君に、仕事を教えてただけで……」


(はわわわわわわわ!! はわわわわわ!!)


 周りの魔物はゴクリと喉を詰まらせ、このコボルドやフィアなどはパニック状態に陥っている。勿論、俺も動揺しているさ。まさか、こんな雑魚同士の争いに関わって来るなんて予想していなかったからだ。


 モリーと呼ばれるサイクロプスは青筋を立て、やがて膝を曲げて間近で睨みつけて来た。


 駄目だ……俺、死んだ。


『おらが怒ってるんは、そういう事じゃねぇべ!!』


 一言一言が暴風と暴音となり俺達を襲い、鼓膜が破れそうな痛みに耐えながら、咄嗟にアビスに覆い被さった。だが、流石に薬が効いていたとはいえ、案の定彼女は起きてしまった。


「ふぎゃぁああああ!! ふぎゃあああああ!!」


『あばばば!! 赤子さ、おごしてしまっただ。こりゃ申し訳ねぇだ』


 まるで、割れ物に触れてしまったように狼狽えたモリーに全員唖然としていると、彼は少し離れた後、両手を口に当てて音量を下げ、こう言った。


『おめぇさ話があるべ。荷物さ運び終わったらちょっくら時間くんろ』


 結局、その場はアビスのお陰で事なきを得た俺達は、中々泣きやまない彼女を抱え、あやしたりオムツを変えたりしながらも荷物を運んだ。


 ちなみに、モリーと呼ばれる魔物は積み込みの際、口元で『申し訳ねぇ、申し訳ねぇだ』と泣きそうな顔で、アビスを見詰め続けていたのは印象的だった。


 ただ、あの時の怒りようを見れば、子供好きな魔物であってもどうなるか分からず気が気でない。


 何が彼を怒らせたのか、悶々と頭にそればかり浮かべてはどう答えるかを繰り返したが、結局会って話を聞いてみないとどうしようもなかった。


 重い足取りの中でも時間は平等に過ぎ去り、何事もなくにゴミ拾いの作業を終えた俺達は、再びあのサイクロプスの前へと歩を進めるのであった。

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