第14話 ゴミ拾い
ドッペルさんに紹介された時の事を思い出しながら、俺はアビスを抱えギルドに向かった。
「……なるほど、ダンジョン以外の仕事で、高収入ですか。アビスさんが体調不良なのは聞いていましたから、事情は理解しているつもりですが……」
困るドッペルさんへ俺は頭を下げ頼み込んだ。
「お願いします。多少の汚れ仕事やリスクのある仕事でも構いません」
実際、ダンジョン以外の仕事は興味があったし、何より今は高額な薬を買う為にDPはあればあるだけ良い。とにかく情報や選択肢がある事に越したことはない。
今言ったような仕事は、前世でも人が嫌がる仕事、重労働な職種は、総じて高収入のものが多かった。とはいえ、非正規雇用や高齢化社会が進み、社会保障の拡充を名目とした度重なる重税の繰り返しで、そういった職種ですら手に入る賃金は下がっていく一方だったが……
まあ、魔界に税金なんてものは無いが、命のリスクは段違いなので一概にどちらがいいとも言えないけどな。
「以前、仕事を紹介するとは言いましたが、基本的には外壁の補修作業やギルド職員の手の回らない補助といったものを斡旋しようと考えていたのですが、ヘルさんのランクで高収入となると、もうあれしか……」
「何か心当たりがあるんですか??」
「今後もダンジョンで活動する方にオススメ出来る仕事ではないんですが、通称『ゴミ拾い』と呼ばれている仕事をご存知でしょうか??」
確かフィアが周りの魔物達から集めて来た情報の中に、そんな内容の話があった気がする。
ゴミ拾いとは街の中央から集めて来たゴミを回収し、俺が目を醒ましたあの岩穴まで運んで捨てる作業だったはずだ。当然、ラースに住む100万もの魔物達が出すゴミは膨大で、一番外側に積まれるゴミの量は常に山と化している。
ラースの四方には中央へ繋がる巨大な門があり、それぞれの入り口には例のゴミ山が存在している。中には掘り出し物が見つかる事もあり、それを目的に魔物が群がって、スラム化の一因となっているのは言うまでもない。殆どは日常生活で出る生活ゴミや使わなくなった家具、中には死体なんてものも平気で捨てられている。
「その認識で間違いありません。ですが過酷な労働や環境もさる事ながら、普通の魔物がこの仕事を受けない理由があります」
「……理由、ですか??」
それは知らない情報だ。進化した今の自分は、身長は変わらないものの、力の数値が上がったのを実感出来る程度にはパワーアップしている。例えるなら、子供の身体で大人の力を発揮出来ると言えばわかりやすいだろうか。正直、ここまでの内容であればDP次第で受けようと考えてはいたが……
「まず第1に多くの者は口に出しませんが、この仕事は魔物達から忌避されています。何故なら、借金地獄に陥った魔物、ギルドでのペナルティを受けた問題ある魔物、つまり、はみ出し者達の最後に残された労働なのです」
手を顎に添え考える。最低ランクの魔物達の中でも最底辺な労働。それは舐められるって事だ。この世界では治安なんてものは無く、争いは日常茶飯事。実際、日が明るい内は、そこら中で言い争いや殴り合いが起こっている。であるなら、軽視されるような立場はそれだけで危険となり得る。だが、ドッペルさんの言い方だと、問題はそれだけではなさそうだ。
一旦相槌をうち、黙って耳を傾けた。
「問題の2つ目は、この集団に『同族殺し』が多数存在するという点です。ご存知の通り、ダンジョンマスター達はスタンピード等特殊な場合を除いては『同族殺し』は日雇いですら雇用しようとしません。ダンジョンで活動する魔物に勧めにくい理由はこれです」
それはそうだろう。もしそいつらを雇用した場合、普通の魔物はそのダンジョンで働きたいと思わない。結果、魔物不足が起こりダンジョンを管理運営出来なくなって、人間にあっさりとコアを破壊されて終わりだ。
「勿論、殺し合いなど起こさないように、ギルドでも抑止力となる対策はとっていますが、全ての魔物を常に監視など到底不可能なのです。現にいつの間にか居なくなってしまった者達は今までも無数にいます」
「リスクは理解しました。要するに正当防衛と言えど、もし争いで命を奪った場合は、私も同族殺しになる可能性が高い。ただ、そんなリスクが高い仕事の報酬はやはり……」
ドッペルさんはやはり勧めたくないのか、ひと呼吸分の間を置いてこちらを見る。俺が黙って頷くと、肩を落としながら続けた。
「確かに高く設定されています。万一受注される場合は配慮も加え、なるべく他の魔物との接点が少ない運搬係を紹介する予定です。もし自家用の荷車がない場合は、ギルドでレンタルも行っており利用料は報酬から引く形で対応する事になりますが、1往復500DPとなります」
やはり魅力的な報酬だ。あの岩穴からこの街までかかったのは約3時間、進化した今なら荷車を引いた状態でもそう変わらないと仮定した場合、往復6時間で500DPとなる。
「色々教えて頂き、ありがとう御座います。アビスの薬代を稼ぐ間だけも受けさせて貰えないでしょうか」
「……分かりました。ギルドとしてはゴミ処理はいくら魔の手があっても足りないので、こちらとしても助かります。最後に忠告しておきますが、システムに感情などありません。例えば間違ってゴミの中に生きていた魔物が存在し、投げ捨てた衝撃で死亡させた場合でも『同族殺し』として判定されます。いつの間にか左手のモンスターランクが紅くなっていた、なんて事例もあります。もう一度確認しますが、本当にお受けになるんですね??」
結局、俺はそのまま押し切り、ゴミ拾いの仕事を受ける事にした。
「何その怖い話!? 本当に大丈夫なんでしょうね!? いくらアビスたんの為とはいえ、ダンジョン入れなくなったら終わりじゃない!! それに他の魔物にでも襲われる可能性があるんでしょ!? 馬鹿なの!? ねぇ、馬鹿なのぉおお!?」
こいつはイチイチ人を不快にさせる天才か何かだな。
姑の小言のようなものを聞き流しながら、ギルドで荷車を借り終わり、東門の前まで運搬するゴミを積みに向かった。
幸いアビスは薬が効いているのか、今は移動する揺れが心地良いのかは分からないが胸の中で寝ている。ポンコツ蝶々と違い本当に良い子で愛くるしい。
ただ、やはりまだ熱があるのだろう。顔は赤く呼吸が早いのを見れば、胸を締め付けられる想いだった。
街の外壁を伝うように反時計回りに進むと、ようやく東門らしきものが見えた。
「あれが東門よ。ま、南門と何も変わんないけどねぇ。あはははは!!」
可哀想に、俺には何が面白いのか全くわからんが、多分過去に辛い事があって、頭が可怪しくなったんだろう。
「ちょっと何よその顔、また失礼な事考えてるんじゃないでしょうね!?」
「…………」
「考えてるんかーーい!!」
いつもより少し変なテンションなのは、こいつもこいつなりに心配しているのかもしれないな。
そうこうしている間に、門前に到着した。
脇にある山積みのゴミは、南門と同様に異臭が酷く鼻が曲がりそうだが、黙って荷車を持つ列に並んだ。
「グルゥ、今日はアイツが当番なんだよなぁ……」
ふと、すぐ後ろに並んで来た犬顔の魔物、コボルドの1匹が不満そうに溢したのが聞こえ、色々教えて貰えないか話し掛けようとしたが、眉間に皺を寄せ、牙を剥き出しに唸って来るので諦めた。きっと、俺と同じでお腹が減って気が立っているんだろう。
この身体になってからというもの、いくら食べても飢えが治まらないので、そういった気分は良く分かる。
ある時、実験と称して試しにカチカチパンを食べれるだけ食べてみたが、吐き出す寸前まで行ってもこの激しい食欲はなくならなかった。慣れるまでは苦しんだが、最近ようやくコツを掴んだところだ。
こうして友人作りは失敗に終わったが、反して行列は順調に進み、コボルドが言っていた『アイツ』の正体は直ぐに判明する事となる。
無数にそびえるゴミ山の麓を進むと、その魔物が姿を現した。
圧倒的な巨体と存在感、1つ目で額には黒光りする角が1本。ギョロリと眼球が動く度にビクリと身体が反応してしまうのは、本来外壁で生活するような低級な魔物ではないからに違いない。
中級と呼ばれる魔物の中において、トップクラスの怪力を誇る魔物。
サイクロプスがそこにいた。