第13話 餓鬼
あの日から1ヶ月が過ぎた。
「受注手続きが完了しました。ぷ、作業内容の確認をお願いします」
「はい、内容は大丈夫そうです。ありがとう御座いました。ところでドッペルさん、今、ぷって笑いましたよね??」
「なんの事か分かりかねます。私は受付として常に冷静に対応し……くっ…………あ、次の方どうぞ」
「…………」
小さな反抗心から黙ってドッペルさんを見つめても、鳴り止まない腹の音だけが虚しく響き、ドッペルさんはただただ明後日の方向に顔を背け、小刻みに震えていた。
心の中でため息を吐き、俺はいったんアビスを迎えに家とも呼べない住処へと戻るのだった。
道中も他の魔物達からケラケラと笑われ散々だが、そもそもお前らも大概変わんないからな。特にゴブリン共、この姿はお前らの進化系だぞ?? ちょっと腹が出て、後頭部限定で髪の毛が生えてるぐらいの差だからな??
そう、あの日俺は進化して餓鬼になった。
気付いた時には魔界に戻っていて、直面していた寿命という難問からの解放で、フィアと共に涙して喜んだ、までは良かったのだが、あのポンコツ蝶々と来たら……
「ぷ、ぷぎゃははは!! 何その腹ぽよとキモハゲ!! ゲホゲホ、オェッ……あんた、私を笑い死にさせる気!? ひ、ひぃひぃ……何に進化したらそんな姿になんのって、こっち見ないで!! ぎゃははは!! 死ぬぅうう」
ああ……勿論、腸が煮えくり返ったので、ポンコツ蝶々を捕まえ教育的指導を実施したのは当然の事だ。
フィアや今の魔物達の反応からも分かる通り、この餓鬼と呼ばれる魔物は珍しく、いや、存在していなかったと言った方が正しい。わざわざ魔物ギルドでドッペルさんに頼んで調べて貰ったけれど、その存在は確認出来なかった。
ギルドとしても新種として扱うかどうかを検討するとは言っていたが、判断が下されるまでの間は見た目から、今まで同様ゴブリンとして対応するそうだ。
まぁ、俺が頑なにシステム画面の開示を拒んだのも理由の1つではあるんだが、ギルドのような巨大組織に個人情報を渡すなんて気にはなれない。
しかし、見た目はこんなで常に空腹を強いられるバッドスキルの『飢え』を持つが、良い部分もある。当然、寿命がリセットされた事が1番ではある。が、加えて進化した事で『夜目』と『鬼火』の二つもスキルを得られた。当然、ステータスも変化しており、今はこんな感じになっている。
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レベル3(3/15) 種族 餓鬼
名前 ヘル
DP 985
HP 10/10
MP 12/12
力 6
体力 6
素早さ 8
賢さ 25
運 5
魅力 0
スキル
精霊魔法Lv1
言語Lv3
夜目Lv1
鬼火Lv1
飢えLv4
称号
転生者 妖精の契約者 ロストエレメントの玩具
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まずステータスだが、一般人の人間であればオール10程度と聞いたので、奇策を使えば何とか一対一で戦えるようにはなって来たと言うところだ。
魅力?? 何それ美味しいの??
『夜目』は字のごとく白黒にはなるが、暗くてもはっきりと見る事が出来て、ダンジョンでの活動で大いに役立ちそうなスキルだ。
続いて『鬼火』は実証した結果、握りこぶしサイズの青白い火の玉を、半径10mの範囲で発生させる事が出来るスキルだった。ファンタジー物でよく登場する火の玉のように飛ばす事は出来ないが、使い方次第で使えそうだと前向きに考えている。
因みに精霊魔法でも火は起こせるが、例の事件以降は気軽に使おうとは思えなかったので、正直そういった面でもこのスキルは有り難い。
例の事件と言えば、あの悍ましい存在は一体何だったのか、直ぐにフィアペディアに確認したけれど、知識の豊富な彼女ですら詳しい情報は持っていなかった。
ただ、システム画面にある称号【ロストエレメント】と呼ばれる項目を彼女に伝えたところ、エレメントとは基本、水、火、風、土を表す精霊を指す言葉で、有名どころで言えば、四大精霊と呼ばれる存在だと言う。ロストと付くのがあれを指しているのなら、それらの精霊から外れた何かなのかもしれないと彼女は濁していた。
「ただいま。アビスの具合はどうだ??」
我が家に到着した。家と呼べるほど立派ではないが、俺に取っては帰るべき場所となっている。
地面に三角屋根の屋根部分のみを置いたような造りで、簡素ではあるものの雨風凌げる程度には工夫してある。やはりあの時の勉強は、無駄ではなかったな。
骨組みや屋根に使う葉はラースの街から外れた森から集め、屋根は葉を丁寧に並べ掛け、風で飛ばされないように補強も忘れない。入り口はつっかえ棒に長いボロ布を固定する事で、外からの視界を遮る仕様にもなっているのがポイントだ。
実際ここで寝るのは2人分のスペースさえあれば良いので、贅沢を言わなければそこまで不便でもないと思っている。
「しーー!! 今ようやく泣き疲れて眠ったところよ。やっぱりヘルが言ってた通り、熱のせいかいつもより物音に敏感になってるみたい……アビスたん可哀想」
そう、昨日からアビスは熱を出している。
人の子が生後4ヶ月から3歳位までの間に9割発症すると言われる突発性湿疹にしては早過ぎる。
日頃から思い付く限りの衛生と食事回数には気を遣っていたつもりだった。少し値は張ったが、清潔で柔らかい子供用布団を購入したり、大きめの桶を用意して毎日身体を拭いて綺麗にもしていたが、恐れていた病気は嘲笑うかのようにいとも簡単に突然やって来た。
彼女の持つ虚弱体質(呪)が原因なのか、自然に起こるべくして起こった病なのかは分からない。が、今はただ何とかしてやりたい。
発熱に気付いた昨夜は、急いでアビスを抱え魔物ギルドに医者の居場所を聞きに行ったが、街の外縁部には医者のような治療出来る魔物は存在しないと言われた。
ただその時『キュア』と呼ばれるスキルを獲得すれば、症状は良くなると聞いたが20万DPなど出せる訳がないし、何とか出来そうなのは症状を軽くする熱さまし用の薬なのだが、これすら150DPと高額ではあったが、背に腹は替えられない。
「切り詰めておいて良かったとも言えるし、心許ないとも言えるな……」
そう、この病気の原因を治す薬ではない。病気が続いた場合、何とか遣り繰りしても5日分も用意すれば貯金は底をつく。
「どうするのよこの甲斐性なしの腹ぽよゴブリン!!」
おいそこ、腹ぽよとか言うな。HPだって有限なんだぞ。
ヒステリックフィアをなんとか宥め、システム画面を開き薬の購入ボタンを押すと、親指サイズの木筒が現れてポトリと手元に落ちた。
「しかし、こんなに金で苦労する事になるとは想像もしてなかったな。こんな状態のアビスを連れてダンジョンには行けないし、けど少しでも薬代も稼がなきゃならない」
「ちょっとヘル、あんたまさか計算出来ないの!? このままじゃ直ぐにDPが無くなっちゃうわよ!?」
「大丈夫だ。ドッペルさんに相談を持ち掛けたら、良い仕事をくれたんだ」
そう言いながら、試しに筒をフィアに渡してみると何とか持って飛べるようだ。ふぅ、これなら何とかフィアでもやれそうだ。
「ふぬぬぬ!! ラース近郊での仕事、さらに高収入なんて怪しさ満開なんですけどぉ!?」
木筒に奮闘するフィアの顔を楽しみ、俺は答えた。
「あぁ、俺の仕事はあの『ゴミ捨て』だ」