第10話 精霊魔法
ダンジョンアタックまでの小一時間、フィアから精霊魔法の使い方を学んだ。とは言っても基本的な知識と、どんな事が出来るのかを知った程度だ。
まず、ところどころ登場していた魔力についてだが、この世界の何処にでも存在するもので、フィアの説明も「あるものはあるの!!」と理解不能なため、取り敢えず俺の中では空気中に含まれる窒素や酸素といったものと認識しておいた。
人間や魔物もその魔力を取り込む事で、どういうメカニズムかは不明だが、自分の体内で自らの魔力へと変換する事ができ、それがステータスに出てくるMPと言うものに当たる。
続いて魔法を含めたスキルだが、そのMPを強制的に消費し利用する事で、火を起こしたり水を創り出したりしているのだと説明を受けた。
「た・だ・し!! 精霊魔法は別格で、スーパー超絶ミラクルスキルなのよ!!」
「……ソウナンダスゴイネ」
「あぁ〜〜んもぅ、このバカゴブ!! 本当に何も知らないのね。精霊魔法はそこら中にある魔力を精霊達が集めてくれるからMPの消費が少なくて、すっごい魔法が使える優れものなのよ!!」
両手を握りしめ、ぷんぷんと噴火しそうな顔で騒ぎ始める。
いや、だから姿を隠せよこのバカ蝶々。いくら練習の為に他の魔物達から離れた場所に移動したからって、油断はいかんよ油断は。
やはりフィアは感情の起伏が激しくなると、周りが見えなくなる傾向がある。まぁ子供が2人いるようなものと思えばいいか。
いつまでも精霊魔法の自慢話を聞いてはいられないので、本題を話さんかいと鷲掴みして超近距離で微笑めば、彼女は質問に対して自動音声機能の如くスラスラと解説し始めた。
「ヘイ、フィア。今日の天気は??」
「ハレデス!!」
「ヘイ、フィア。元気??」
「デス!! デス!!」
うむ、正常に機能しているようだ。
その後ひと騒動あったがそれはさて置き、ようやく精霊魔法の使用方法を知った。他の魔法とは違いMPの消費が少ない反面、デメリットとして精霊達の協力を得る為の詠唱が必要だった。
そもそも精霊は魔力に似て、何処にでも存在する思念のような存在で、火がある場所には火の精霊が、風がよく吹く草原などには風の精霊が好んで集まって来ると言う。
そして、精霊魔法は使用者の魔力を糧に呼び集め、詠唱というお願い、指示する事で力を行使するという流れだ。
詠唱の構成としては精霊の名前、起こしたい現象、目的、の3つの工程を経て発動するようで、傍から見たら中二病っぽくて、とても嫌だ。
しかし、今は少しでも生き抜く力が必要であり、背に腹は替えられない状況だ。兎に角、フィアに聞いた簡単な精霊魔法を仕方なく試してみる事にする。
使えなくなったボロ布を地面に置き、右手を突き出し詠唱を開始した。
「火の精霊さん、小さな火を、ここに点けて」
・・・・・・
「ぜーーんぜん、駄目!! 精霊達はもっとこうカッコイイ言葉じゃないと反応しないの。『地獄の炎』とか『極寒の氷結』とかそういうのよ!!」
おい、何だそのふざけた仕様、やめろください。
目頭が熱くなって来たが、ここで止めたら逆に恥ずかしいくなるのは、大人なら周知の事実。
えぇい、ままよ!! 覚悟を決め、記憶の中に残るそれらしい言葉を並べ立てる。
「ひ、火の精霊よ、地獄の炎を、よ、呼び出し、かの邪悪なるものを滅ぼせぇえええ!!」
あぁ、何だろうこの大事なものがゴッソリ持って行かれる感覚。これが、人じゃなくなるって事なんだ……失くしたものはMPか、いや、尊厳だな。
「おぉ!! 付いた付いた!! ヘルもやれば出来るじゃない、ってなんでそんなに悲しい顔してんのよ」
ポッと出た火はライターの火より頼りなく、読み上げた詠唱との物凄いギャップが俺の精神をゴリゴリと削っていた。
「……妖精だか精霊だか分からんが、何故にこんな恥ずかしい言葉じゃないと駄目なんだよ」
頭痛を覚え勢いよく片手を頭に持っていくと、ペチッと悲しい音がしてさらに落ち込む始末だ。
「こらぁ、精霊と妖精を一緒にしないで!! 全然違うんだから!!」
またフィアのスイッチを踏んだみたいだ。唾がかかる勢いで詰め寄り捲し立てて来たその内容は、精霊は肉体を持たない存在、妖精は肉体をもつ者であり、格が全然違うのだと彼女は憤慨している。
さっきまでの俺なら肉体を持たない存在など、スピリチュアル過ぎて信じられなかっただろうが、実際に精霊魔法を知って使用出来たのだから、やはりいるのだろう。
しかし、この耳元で騒がしい妖精よりも、何も言わず協力してくれる精霊のほうが、よっぽど助かる存在だと思ったのはここだけの話。
兎に角、戦力にはならなさそうだが、出来る事が増えたのは良い傾向だ。もう少し慣れれば、火を使ってお湯を沸かせたり、俺の風呂は厳しいけどアビスをお湯で拭いてやれるかもしれない。パンも炙れば少しはマシに……なるのか??
「って、ちゃんと聞いてんの!?」
「あぁ、聞いてる聞いてる」
「同じ言葉を2回使う時は、大抵聞いてない証拠よ!! 」
「まぁそんなに怒るなよ。禿げるぞ??」
「お前が言うなーー!!」
なぜこんな夫婦のような会話を、こいつとせにゃならんのだ。
「あ、精霊魔法の基本的な事は理解したが、どうすればスキルのレベルを上げれるんだ??」
「……なんだか上手くはぐらかされてる気がする」
怪しむようなジト目に対し俺は優しく目を細め、相手が話し出すのを静かに待った。結局、呆れた顔に変わると、仕方なさそうに諦めフィアは再び説明に戻った。
「まぁ精霊魔法だけじゃなくてどのスキルもそうだけど、そのスキルを沢山使って熟練度を上げれば自然と上がるのよ。初期スキルは生まれ持っているケースと、ダンジョンシステムで購入する場合がほとんどね。中には修行して手に入れた、なんて魔物もいるみたいだけど稀なパターンとしか言えないわ」
つまり、スキルレベルを上げるにはどんどんチャレンジして慣れろって事か。それにしても、魔物の中にも修行とかする奴もいるとは驚きだ。
「そうそう、言い忘れてたけど精霊魔法の威力は、MPをより多く消費して上昇させる方法もあるの。ま、それには魔力操作が上手にならなきゃ無理だけどね。だから一番簡単なのは、火という言葉を『紅蓮の炎』とかに変えたり、より精霊が反応してくれる言葉を使えば威力は増すって事よ」
もうやめろよその仕様!!
「ゴブリンのヘルはMPもショボいから、凄い魔法なんて使えないんだけどね」
こいつは煽りのプロでも目指しているのだろうか??
結局、進化しなければ力も快適な生活も手に入らないって訳か。
進化して生き残る事を前提にした時、まずはアビスを安心して育てられる環境が欲しい。今のような毎日生きるのに必死な状況では話にならないし、サバイバルじゃないが、まずはしっかり衣食住を確保したい。
まだまだ未熟とはいえ、新たな力を手に入れ目標も定まったいま、胸にあったあのわだかまりはもうそこにはない。
魔物の身体が心まで魔物へと変化させているのか、それとも人として壁を1つ乗り越えた結果なのかは、自分自身でさえ分からない。
ただ今は、俺が決めた人生を俺が生きるだけだ。
そして、いよいよダンジョン2日目が始まった。