最後から7日目の奇跡
今日もよく晴れていた。
「世界があと7日で終わるっていうのに学校なんて行ってられないよ」
「予言なんて当たりっこないんだがら、いってらしゃい」
父と母は目に見えるものしか信じないたちで、おばけも宇宙人も、この予言も全く信じていなかったが、私が通う中学ではこの話題でもちきりだった。1ヶ月前から学校を休んで世界一周旅行しているリサのことをみんなうらやましく思っていた。
学校の帰り、電線にとまっていた鳩が一斉に飛び立ったかと思うと、グラグラっと揺れた。
私は思わずしゃがみこんだ。地震はそれほど大きくもなくすぐにおさまった。急いで家に向かった。
インターホンを鳴らす。
誰も出ない。
「めんどくさいな」カバンから鍵を出してドアを開けると、玄関には父と母の靴が並んでいた。
「いるなら開けてよ」
家の中はシンとしている。
「お母さんっ」
(買い物かな。ついでにアイス買ってきてもらおう)
携帯電話を鳴らすと、キッチンで鳴った。
母はきっちりした人で、携帯電話を忘れて出かけることはまずなかったし、私が帰宅する時間に出かける時には必ず手紙を置いていった。
(おかしい)
在宅で仕事をしている父の部屋に行った。
ノックをしても返事はない。
「失礼します」
いつも通り片付いた部屋だ。だが、電気がつけっぱなしで父はいない。
デスクには仕事用の携帯電話とプライベートで使う携帯電話が並べて置いてあった。
テレビをつけると、昼の3時だというのに放送休止時間に流れるカラーバーが映るだけだった。非常用のラジオのスイッチを入れても何も聞こえないし、スマホのニュースも2:50から更新されていない。
私は急に怖くなって、外に出た。
やたら静かだ。
そういえば、いつもうるさいぐらいに鳴くせみの声も聞こえない。
(そうだ、さっきの地震。意外と大きかったのかな。)
昼間の避難場所として家族で決めておいた近くの公園の広場に向かった。
通りに出ても車も人もいない。
世界終末論のニュースが頭をよぎった。
(まさか。あと1週間あったはず。そもそもあんな予言当たるはずない)
私は階段を駆け昇り、広場に着いた。
誰も、いない。
「そんな、」
私はその場に座り込んでしまった。
(みんなどこに行っちゃったの?)
「よっ!」
ふりむくと、同い年くらいの髪の長い女の子が立っていた。
「やっと見つけた。あんたも生き残りね」
「いきのこ…り…」
「ごめん、ごめん。言い方が悪かったね。そんな顔しないでよ」と笑う。「この街から、みんな消えちゃったみたいなんだよね。さっき地震あったでしょ。私さ、小さい頃にお父さんが失踪したの。その時も小さい地震があった。それと、家に帰ったらその時と同じ匂いがした。いやだけど、ちょっと懐かしい匂い。それでやっぱり母さんも消えてた。あ、名前言ってなかったね、私は馨。高1、そこの南高校の。あんたは?」
「沙彩。中2」
「サアヤ、いい名前ね。カオルってさあ、画数多いし、あんまり好きじゃないんだよね。なんでこの名前にしたのって聞いたら、画数がいいからだって。そういうのけっこう信じるタイプなんだよね、あの人」と笑う。「世界終末論もすっごい信じててさ、焦ってたよ。友達の誰それに会わなくちゃとか言って。消える前にみんなに会えたのかな。」
カオルの目が一瞬だけ潤んだように見えた。
「それにしても暑いね。よかったらうちに来ない? 電気は使えるんだよ。エアコンきいてるし。あぁ、アイス食べたい。うちで作戦たてよう」
私はカオルの家に行くことにした。
「お邪魔します」
「だから、誰もいないって」と、また笑う。
玄関に置いてある男物の黒い革靴を見て、カオルの動きが止まった。
「サアヤ、ちょっと待ってて」
カオルが部屋に入ると同時に、中から男の声がした。
「ただいま、カオル、大きくなったな」
「お父さん? なんで、今…」
「ごめんな。父さんがカオルにどうしても会いたいと思ったばっかりに、母さんが代わりに消えてしまうなんて思わなかったんだよ。世界がもうすぐ終わるんだろ。最後の1週間だけでもカオルの父さんとして過ごさせてくれないか」
「お父さんのバカ! 母さんだけじゃなくて、みんな消えちゃったんだよ。…でも、戻ってきてくれてありがとう」
カオルのむせび泣く声が聞こえた