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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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ガンバース魔術学園の食堂は西校舎の一階にある。お金持ち学校と呼ばれるだけはあり、まるで高級レストランのような内装だ。いくつも並べられた長机と円形のテーブル。その上には白いクロスがかけられ、床には赤色のカーペットが敷きつめられている。


しかし、そこを使うのは食べ盛りの学生。昼休みになると腹を空かせた学生達が溢れんばかりに押し寄せ、酒場のような賑わいになる。


レスターは学生達を掻き分けながら食堂に入り、辺りを見渡した。

ラニアはすぐに見つかった。昼食を摂る学生達でほぼ満席の中、まるで避けられるように、彼女とその友人を中心に空席ができていたのだ。


「よう。とんでもない事しでかしたみたいだな」


机に肘をつきながら頭を抱えるラニア。トレイに載ったパンには一切手をつけていないようだ。

レスターはその向かい、プリッツの隣に腰を下ろした。


「ところかしこで噂になってたぜ。お前とベッドレイクのガキが決闘するってな」


公には禁止されている候補者同士の私闘。ましてや、優勝見込みの無い“聲亡者”から決闘を申し込んだとなれば話題性は十分だ。


「ごめんなさい、私のせいで……」


プリッツが申し訳なさそうに顔を俯かせる。


「……プリッツは悪くないわ。私が熱くなって決着をつけようなんて口走ったから……」


ラニアは大きく息を吐き、席を立った。


「私……、今からでもロアンヌに謝ってくるわ」

「何でだ?」

「何で……って。……決闘になったら私は“女帝候補者”から辞退させられるからじゃない!」

「なるほどな。じゃあ、もう一つ教えてくれ。何で負ける前提なんだ」


ラニアは両目を見開く。


「だって私、剣を振る練習しかしてないのよ?! まさか、勝つ見込みがあると思ってるの? 」

「当然だろ。ベッドレイクのガキにタイマンで勝てなくて優勝が狙えるかよ」


レスターはラニアのトレイに載ったパンを奪い取り、齧り付いた。


「本来は“女帝選定戦”本番まで隠しておくつもりだったがな。少し早いがお披露目といこう」


残りのパンを口に放り込み、レスターは空いた手でラニアを指さす。ラニアは未だにレスターの言うことが信じられないという様子だ。


「勝つ方法はある。問題はお前が時間までに習得できるかだ。死ぬ気で身体に染み込ませろ。分かったか?」


ラニアは息を飲み、大きく頷く。彼に従うしかロアンヌに勝つ方法が無いと分かったのだろう。


「当然じゃない!勝てるなら何だってやるわよ!」




―――放課後。

候補者同士が戦うとなれば、学園の一大ニュースだ。授業が終わった途端、示し合わせた訳でも無く皆、決闘の舞台となる闘技場へと急いだ。


闘技場は学園の南西にある。普段は授業での模擬戦、実技練習で使われるそこは、柔らかい砂が敷き詰められた円形の広場と、それを囲うように観客席が設えられていた。

観客席が学生達でどんどん埋められていく。


その騒がしさをラニアは、控え室から聞いていた。

『校舎裏の続き、片方が一方的に甚振るだけ』と一応は言ったものの、ここまでオーディエンスが集まればそういう訳にもいかない。教師達が止めに来る前に決着をつけなければならない。


ラニアは剣のグリップを両手で握り、大きく息を吐く。これだけ沢山の人間の前に立つのは初めてだ。緊張しないはずがない。


「大丈夫……大丈夫。やれる事はやったわ……」


ラニアは自らに言い聞かせる。

昼休みから今までの時間で、レスターに言われた事は完全に習得したつもりだ。

その時、観客席の方から歓声が聞こえる。ロアンヌが闘技場に現れたのだろう。


ロアンヌは勝利までの手順を脳裏に思い浮かべる。そして、もう一度大きく息を吐き、両頬を叩いた。


「よし!」


“聲亡者”が刻まれた右手で剣を掴み、ラニアは立ち上がる。




一足遅れて闘技場にやってきたレスターは、その人の多さに唖然とした。席の大半は埋まり、立ち見までいる。


「レスターさん、こっちです!」


観客席の中段からプリッツの声がレスターを呼ぶ。どうやら、隣の席を空けておいてくれたらしい。


「おう、サンキュー」


レスターがその席に座った途端、プリッツは彼に顔を迫らせた。


「ラニアちゃん、勝てますよね!?」

「勝つための方法は教えた。問題は、アイツが正確にそれをできるかだ」


確かに、レスターは勝つための方法と手順を教えた。しかし、ラニアが“それ”を実戦で試すのはこれが初めてだ。緊張から失敗する可能性はある。

観客席が声援で大きく揺れる。控え室の一つからロアンヌが闘技場に現れたのだ。


赤髪のツインテールを手でなびかせ、《ベッドレイクの電撃魔術》の紋章を高らかに掲げている。彼女が小さく口を動かすと、掲げられた手から電撃が空気を焦がしながら天に昇る。火花が観客席にまで掛かり、生徒達は一層の盛り上がりを帯びた。


流石魔術一家の跡取りと言えよう、大衆への魅せ方は心得ているらしい。


その時、ラニアが控え室から現れる。手に持った剣を剣舞の如く鮮やかに回転させながら、闘技場の中央へ進んでいく。


右で、左で、頭上で、刃を振り回すラニア。一見自暴自棄になって暴れているようにも見えるが、その動きは計算し尽くされた完璧なものであり、剣先は鮮やかな軌道を描いていた。昼休みからの数時間で習得したとは思えない素晴らしさだ。

剣舞など見慣れていない学生達は、声援も忘れてラニアを悲観的に見下ろしていた。


「まさか剣で……?」「イカレてるぞアイツ」と口々にラニアを嘲笑う声がレスターの耳に届いてくる。

しかしレスターは、今彼らが浮かべている嘲笑が数分後には驚愕に変わることを想像し、誰よりも醜悪な笑顔を浮かべた。


「―――ここまでは予定通りだ」




「右に三回……、左手に持ち替えて正面で一回……」


ラニアは呟きながら、その通りに剣を振り翳す。勝ちたいという揺るがない意思で何度も練習した動きを、正確にこなしていく。


「―――最後は、切り上げて……頭の上に」


ラニアは頭上に剣を構え、立ち止まる。

完璧だ。ラニアは我ながらそう思った。手順も順番も全て完璧にこなした。後は戦いが始まるのを待つだけだ。

そんなラニアへ、敵対する少女から乾いた拍手が送られる。


「綺麗な舞ね。まさか、その剣で戦うつもり?」

「当然じゃない」


ラニアは短く答える。緊張で上手く喋れないのだ。

ラニアとロアンヌの間には大股五歩程の距離がある。間合いとしては完全に魔術の方が有利だ。ロアンヌはそれを分かっていて、両手を大きく開いた。


「貴方の好きなタイミングで始めてちょうだい。すぐ終わらせたら詰まらないでしょう?」

「……そうね」


ラニアは目を閉じて、深呼吸をした。―――チャンスは一度きりだ。


「じゃあ、終わらせてもらうわ!」


刃を横に薙ぎ、犀利をロアンヌに向ける。そして、“聲亡者”は高らかに叫んだ。


「―――《業焔魔術レッドポンド》ッ!!」


刹那、紅に光る剣身。荒れ狂う大海の如く炎の本流が刃から顕現し、切先に炎球が形成された。


炎球を撃ち抜いた反動で、ラニアの腕が頭上に大きく振れる。矛先から放たれた炎球は一直線にロアンヌへ迫り、彼女が事態を把握する早く腹部へめり込んだ。ロアンヌの華奢な体躯ではその衝撃を抑えきれない。火球に押し切られ、彼女は闘技場の壁に打ち付けられた。


闘技場が静まりかえる。誰がこの結果を予想しただろうか。よしんば、万が一つの可能性としてラニアの勝利に賭けた者がいたとしよう。しかし、その者もまさか“聲亡者”が魔術を行使するなど予想できただろうか。


「くっ……!」


壁に打ち付けられたロアンヌが呻きながら立ち上がろうとする。しかし、その首元にはラニアの構えた剣が肉薄していた。


「終わりみたいね」


ラニアは高揚を押さえ込んだ冷たい声で言い放つ。

ロアンヌの目はまだ負けを認めていない。今にも噛み付いて来そうな程怒りで煮えたぎっている。しかし、この状況が彼女に敗北という烙印を押し付けていた。


「終わりじゃない!」


それでも尚、ロアンヌは止まらない。

彼女が叫び、《電撃魔術》の刻まれた右手をラニアに向ける。


「―――いえ、ここまでです」


マズイ! とラニアが思ったと同時、二人の間に割って入ってきた少女が、ロアンヌの右手を掴んだ。

ミルク色の髪と、青色の瞳に刻まれた十字の瞳孔。その特徴的な目を見れば、彼女が誰かなんて一目瞭然だった。学園の生徒会長にして選定戦優勝候補―――エリーゼ・フォートエーゼ。


「闘技場を使用するには、最低でも三日前に申請が必要です。ご存知無かったですか?」


まるで校則をそのまま暗唱したような、感情の感じられない冷たい声。

候補者同士の決闘に触れないのは暗に、ここで終わるなら見逃してやる、とでも言っているようだ。


ここでエリーゼに歯向かっても勝ち目は無い。ラニアはそれを感覚的に理解する。そもそも、彼女の“異質な”両目に睨まれれば抗う気も失せてしまった。


ラニアはロアンヌから剣を離す。すると、ロアンヌも腕を下ろした。ここで背いても得はないと二人とも理解したのだ。


「よろしい。罰として闘技場の無断使用について反省文を二人とも提出しなさい。この一件はそれで目を瞑りましょう。―――観客席の皆さんもです。もう下校時間ですから、用事の無い生徒は帰宅してください」


生徒会長であるエリーゼに言われて、刃向かえる人間はいない。生徒達は小声で不満を漏らしながらも闘技場から去っていく。


「では、お二人も解散してください」


ロアンヌは恨みがましくラニアとエリーゼを睨んでいたが、何も言わずに控え室へ帰っていく。まだ《業焔魔術》のダメージが残っているようで、腹部を抑えていた。


エリーゼにより中断はされたものの、どちらの勝利かは明白だった。そして何より、魔力の無い人間が、魔術を行使した。その事実が需要だ。

“聲亡者”の反撃が始まった瞬間だった。



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