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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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「まずは契約のおさらいだ」


教壇に立ったレスターは黒板にチョークを走らせる。教壇を中心に半円状の長机がいくつも取り囲み、その最前列にラニアは座していた。


「俺はお前を選定戦で優勝させ、女帝にしてやる。そしたらお前はその報酬として俺を、このレスター・アークフィリオを“最英智者”に任命しろ」


この国の最高権力者である女帝は、絶対的な権力を握っている。国民全員がNOを掲げていようと、女帝がYESと言えば全てがひっくり返るのだ。

仮に、評議会の投票により、どこぞの馬の骨が最英智者に任命されたとしよう。しかし、女帝がレスターの名前を出せば、それだけで最英智者はレスターに決定する。彼はそれを企んでいるのだろう。


「非常にシンプルな契約だろ? お前は俺の言う通りに動けば晴れて女帝だ」

「……分かったわ」

「さて、じゃあ早速始めるか」


ラニアは息を飲んだ。

彼は一体どうやって選定戦で優勝させようというのか。その計画が今明かされようとしているのだ。


「まずは基礎から、なぜ魔術が成立するのか、どうやって成り立っているのかを確認するぞ」


ラニアは拍子抜けして、椅子から転げ落ちそうになった。


「私が勝つための方法を話してくれるんじゃないんですか!流石にそれくらい知ってます。仮にもこの学園で学んでるんですよ!」


しかし、レスターは疑うように目を細めてきた。


「魔術基礎 Eなんて、理解してないのと同義だろ……。お前の“聲亡者(性質)”とも関係する話だ、黙って聞いてろ」


それを言われるとラニアは強気に出られない。事実、ガンバースに来るまで魔術とは無縁の生活を送ってきたラニアには、魔術の基礎ですら当時は難解だった。


ラニアは静かに席に着くと、顔を顰めながら黙ってレスターの話に耳を傾ける。


「ときに、お前は小説とか読むか?」

「え?」


出だしから魔術とは関係無さそうな話だ。


「いいから答えろ。例えば恋愛小説とかな」

「ま、まぁ人並みには読みますよ」

「なら、主人公とかに感情移入もするだろ。展開によっては泣いたり、怒ったりな」

「そうね。時々泣いたり……はするかしらね」


ラニアも年頃の少女だ。流行りものには興味を持つし、恋愛にも憧れを抱く。しかし、これが魔術の成り立ちと何が関係していると言うのか。


「でも、結局は物語だろ? お前が体験した訳じゃないのに、何故泣くんだ?」

「何故って……、だって主人公に感情移入とかするじゃない?」

「そうだな。つまるところそれが魔術の根底で、基礎に当たることだ。適切な言葉を繋ぎ合わせれば、人の感情は動く。楽しんだり、泣いたり、怒ったり、ただ文章を正確に紡ぐだけで人間は変わるんだよ」


レスターは今言った内容を簡単に板書する。話はまだまだ終わらない。


「魔術の始まりは三千年前。とある大馬鹿で超天才の野郎が思いついたんだよ。『そうだ、これを世界に対してやろう』ってな。世界に対して、適切な単語を正確な文法で紡げば、この世の道理も変えられるはずだ。そういう考えから魔術の研究が始まったわけだ」


その話はラニアも知っていた。何せ、彼の言うその大馬鹿で超天才の野郎は、彼女が何千回と失敗した《反射魔術》を創った張本人、ハロ・フィボロスだからだ。

レスターは板書を終え、ラニアの方へ向き直る。


「つまり、詠唱文ってのは世界に対する“お願い事”だ。魔術言語で小難しく言ってるが、結局のところ、薪を燃やしたいです! 敵に電気を飛ばしたいです! って請願してるだけなんだよ」


故に、複雑な魔術程、詠唱文も長いわけだ。とレスターは付け足す。


「そして魔力とは、言うならば、お願い事をする時の“声”だ。声を出さないと世界は聞いてくれないからな。―――それが、お前を聲亡き者、“聲亡者”と揶揄する所以だ」


産まれつき魔力を持たない、世界の道理を変えられない人間。今まで何度も馬鹿にされてきたラニアだったが、ここまで正確に説明されるのは初めてだった。


レスターの口元が緩み、鋭い犬歯がその頭を覗かせる。


「さぁ、ここからが問題だ。お前は魔力を持っていない。この世界を唯一、変えることのできない存在だ。そんなお前がどうやって“女帝選定戦”を勝ち残ると思う?」


レスターはそう問いかけるも、答えを求めていないのは明白だった。

ラニアは姿勢を正し、レスターへ期待の視線を送る。ここまで自信満々に語ってきたのだ。きっと誰もが驚くような計画があるに違いない!

ラニアはそう思った。




「ほれ」


西校舎の裏にあるグラウンドの隅で、レスターは“それ”を投げ捨てた。

金属が地面でカラカラと転がる音がする。ラニアは困惑気味に“それ”を拾い上げた。


「なんですか……これ」

「見てわかるだろ、剣だ」


レスターが持ってきた物、それは何の変哲もない剣。鍔が多少小さいが、それ以外は柄も剣身も特筆することのない、所謂ロングソードと呼ばれるものだった。


「まさか、この剣で戦えって言うんですか!?」


一体どんな計画を立てているのかと思えば、これである。拍子抜けを通り越して、ラニアは怒りすら抱いた。


「三十点だな」

「え?」

「確かにその剣で戦うつもりだ。だがそれだけじゃない。だから点数で言うなら三十点ってところだ」


それだけ言うとレスターは踵を返し、校舎へ戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと! どこに行くつもりですか!」

「俺にもやる事があるんだよ。とりあえず昼飯まで好きに振り回してみろ。まずは身体に馴染ませるところからだ」


じゃあな、と片手を上げて、レスターは校舎へ去ってしまう。

ラニアはまさかなんの説明も無く、剣を振れとだけ言われるとは予想していなかった。てっきり、ラニアでも魔術を使える方法が用意されているとばかり思い込んでいたのだ。


「何なのよ……アイツ」


握る剣に目を落とす。今からでも契約を破棄してやろうかと考えてしまった。……だが、それをすれば、仕返しの機会を無くしてしまう。


「もうっ! 分かったわよ」


ラニアは両手でグリップを握り、分からないなりにも素振りから始めてみた。



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