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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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3

「最近のガキは好戦的だな」

ベッドレイクの娘を追い払ったレスターは、手を下ろした。干渉法則を見ただけでビビってしまうなんて実力が知れる。


レスターは、校舎に背をつける少女を見た。未だ何が起きたのか分かっていない様子だ。


「ラニア・パラダムって、お前のことか?」


自分の名前を呼ばれた事に驚いたのだろう、少女は警戒した様子で重々しく頷く。


「立てるか?」


柄にも無く、レスターはラニアへ手を差し伸べる。が、ラニアはその手を掴むことなく一人で立ち上がった。


「別に……助けてなんて頼んでませんけど」

「……可愛くないガキだな」


率直な感想がレスターの口をついて出た。

ラニアはそんな言葉も気にせず、地面に目を落としながら辺りを歩き出す。何かを探しているのか、神妙な面持ちで草むらを漁っている。


「一つ聞きたいんだが、パドロフ・バターフィンを知ってるか?」

「……誰ですかそれ」


パドロフはラニアに会えば分かると言っていたが、彼女はパドロフを知らないらしい。

一体彼女は何者だと言うのか。


「あった……!」


ラニアの声が少しだけ弾む。

草むらの間から拾い上げたのは魔術の教科書のようだった。しかし、学園の生徒が読むようなものではなく、それよりも幼少向けの基礎中の基礎とも言える分野のものだ。とても年季が入っているようで、表紙は折れ曲がり、ページも色褪せている。


その時、レスターはある事に気付いた。

彼女が教科書を持つ右手の甲に、刻まれている紋章。レスターですら文献の中でしか見た事のない、敗者の証とさえ言われたそれに、レスターは目を見開いた。


「お前……“聲亡者ウォクス・ゼロ”かよ」


この世界に産まれた人間は多かれ少なかれ、必ず体内に魔力を有している。しかし、何かの手違いか、魔力を一切持たずに産まれ落ちる者がいる。それが、“聲亡者”。

その確率は何万何億分の一と言われているが、今までに確認された数が少なすぎる為に正確な数字は分かっていない。


ラニアは慌てて右手の紋章を左手で握り隠す。だが、今更ごまかせないと思ったのか、すぐに手を離した。


「……だったら何だって言うんですか」


ラニアはレスターに顔を向けずに、拾った教科書を開く。覗き込めば、マーカー線や書き込みが至るところにあった。イジメの一環では無く、ラニア自身が書き込んだのは明白だ。


教科書を左手で持ち、紋章の刻まれた右手を正面にかざしながら、ラニアは《フィボロスの反射魔術》を詠唱し始めた。


あらゆる物質を、ゴム毬のように弾ませる魔術だ。初歩の魔術は無から有を生成するより、既に存在する力を強化するものが多い。

レスターは“聲亡者”である少女が詠唱する様子を、興味深げに眺めていた。


「お前、自分が何してるか分かってるのか?」


ラニアは答えない。詠唱に集中したいのだろう。


「どんな魔術でも魔力を消費する。魔力の無いお前はどれだけ詠唱しても魔術は行使できないんだぞ」


彼女がやろうとしているのは、水中で呼吸をするようなものであり、どれだけ試しても不可能なことだ。努力して何とかできるものでは無い。


「そんな台詞、今までに何百回も言われましたよ!」


ラニアはそう返事をした。《反射魔術》に失敗して、口が自由になったのだろう。

レスターの方を向いたラニア。その目尻には、微かに雫が溜まっていた。


「私には魔力が無いし、魔術も使えない。そんなの私が一番分かってます! でも……、だからって何もしなかったらそれでお終いじゃないっ! せめて、足掻くくらいしたいのよ! じゃないと負け犬に甘んじたことになる。いつまで経ってもロアンヌ・ベッドレイクを、私を馬鹿にしてる他の連中も見返せないッ!」


息継ぎを挟まず、ラニアは捲し立てる。

今彼女が肩を揺らしているのは、呼吸のためなのか、泣き出す前兆なのかレスターは分からなかった。


「……それは悪かったな。無駄な努力でもしないよりはマシだろうしな」


レスターは両手を上げて、降参のポーズをとる。ラニアはそれを見て多少満足したのか、再びレスターに背を向けた。


レスターは考える。

何故パドロフは彼女に会えと言ったのだろうか。確かに“聲亡者”は珍しい。だが、彼女と最英智者が繋がらない。


まさか、レスターを帰らせる為に適当な事を言ったのだろうか。それで“聲亡者”に会わせるのは皮肉が効きすぎている。きっと何か、まだ気付いていないことがあるのだ。


「しかし大変だな、“聲亡者”ってだけでイジメられるのも」

「……それだけじゃない」


少女は後ろ髪に手をかけ、自らの項をレスターに晒す。

レスターは彼女が“聲亡者”と分かった時以上に、いや、これまでの人生で感じた事の無い程の驚愕が襲った。何たる幸運……彼女からすれば不運と言えるだろうか。


彼女は、項に刻まれた紋章を、三日月に剣を突き立てたようなそれを、包帯の巻かれた指でなぞる。


「―――私が“女帝候補者”に選ばれたからよ」


“聲亡者”でありながら、“女帝候補者”に選ばれた。それがどれだけ特別で異常なことか。

しかし、レスターは微かに笑みを零していた。これで、パドロフの言いたい事が全て分かったのだ。


「ラニアちゃぁあん!」


その時、少女が校舎裏に走ってくる。

ローブのフードを深く被り、顔は殆ど見えないが、小柄な体型と声からして女の子だと予想が着いた。


ラニアの名を呼ぶ少女は、ラニアの傍に駆け寄ると、すぐさま《治療魔術》を行使し、彼女の傷を癒していく。


「またロアンヌさんにイジメられたんでしょ? 大丈夫だった?!」

「プリッツ……、私は大丈夫だから安心して」


傷の治療も程々に、プリッツと呼ばれたフードの少女はレスターに顔を向ける。初めて見る顔に警戒しているのだろう。


「あの……何方でしょうか」

「レスター・アークフィリオ。そいつがイジメられてるところを偶然通りかかってな」

「あぁ、それはどうもありがとうございました! ……ラニアちゃん、ちゃんとお礼言ったの?」

「別に……助けてなんて頼んでないし」

「もう! またそうやってへそ曲げる。―――ごめんなさい、レスターさん。ラニアちゃんは素直じゃないので」

「もういいから! プリッツ、帰るわよ」


ラニアはプリッツの腕を引き、校舎裏を去ろうとする。


「おい、待てよ」


レスターはラニアの背中に呼びかける。ラニアが恨みがましく振り返った。


「お前、馬鹿にしてくる連中を見返したい、とか言ってたよな?」

「それがどうしたって言うんですか」


ラニアの拳に爪がめり込む。これ以上茶化すなら許さないとでも言いたげだ。


「俺が手伝ってやるよ。何なら、“女帝選定戦”でも優勝させてやる」

「何を言ってるんですか……?」


ラニアは困惑を通り越して、気味の悪さすら感じていそうだった。

当然だろう。今しがた、お前は魔術を行使できないと言ってきた相手がそう提案してきたのだから。


“聲亡者”が“女帝選定戦”で優勝するなど不可能だ。産まれながらに才能を持つ人間が鎬を削る争いに、魔力の無い人間が立ち向かうなど、何かの冗談だろうか。

“普通”の人間ならそう思うだろう。しかし、天才を自称するレスターは笑みを浮かべた。悪人がするように白い歯を見せて……。


「俺がお前を女帝にしてやる。だからお前は、俺を最英智者に指名しろ!」



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