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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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28

―――“女帝選定戦”から三日後。

レスターは国立魔術学園ガンバースの生徒会室に呼び出されていた。

レスターが教室の扉をノックすると、中から招き入れる声がする。扉を開けると、部屋の奥で生徒会長である、エリーゼが机に座していた。


「一応……、初めましてですね」


エリーゼのことは調べ尽くしたレスターだったが、こうして直接面を合わせるは初めてだった。

エリーゼは椅子から立ち、深々と行儀よく礼をする。


「エリーゼ・フォートエーゼです。と言っても、私のことはとうに知っているかと思いますが」

「これはどうもご丁寧に、次期女帝様。俺のこともとうに知っていると思いますが、レスター・アークフィリオでございます」


レスターは皮肉っぽく、わざとらしく丁寧な口調で挨拶を返した。


「どうぞ、腰掛けてください。紅茶でも飲まれますか?」


エリーゼは椅子に座ると、机のティーカップ二つにポットから紅茶を注ぎ、片方をレスターの前に出した。

湯気の立った、いい香りの紅茶だ。高価なものかは分からないが、少なくとも魔術を使わずに入れられた丁寧なものだ。


「それで、俺を呼び出して何の用だ?」


次期女帝の前にも関わらず、レスターは椅子に足を組んで座る。しかし、彼の無礼な態度にもエリーゼは眉一つ動かさず、笑顔のままだった。


「まずは、お礼をさせていただきます。―――先日は私の家族を助けていただき、ありがとうございました」

「誘拐の件なら礼には及ばない。プリッツのついでだったからな。なんなら、ガキンチョ三人は助けないっていう選択肢も浮かんでたんだ」

「……なら、何故助けてくれたのですか?」


ほんの少しだけ、エリーゼの声に圧がかかる。レスターは気にした様子も無く、肩を竦めてみせた。


「アンタを敵に回せば、流石の俺もタダじゃ済まない。単純な損得だよ」

「そうですか。しかし、結果として貴方のお陰でわだかまりなく最後まで戦えました。感謝しています」


エリーゼはお代わりを聞くように、ティーポットを指で持ち上げたが、レスターは手を振ってそれを断った。


「貴方の噂は、ラニアさんから聞いていますよ。彼女に魔術を指導したのは貴方だそうですね」

「まぁな。アイツが優勝できたのは間違いなく俺のお陰だ。それをアイツは……」


レスターは背中を曲げ、大きくため息を吐く。


「せっかく優勝できたのに、タラタラと演説をして、女帝の座もアンタに渡しちまいやがって……」

「そうですね。しかしあの演説で、私達は彼女の魔術にかかったと思います」


エリーゼは自分のティーポットに紅茶を注ぎながら言う。魔力を持たない少女の魔術とは、妙な言い方だ。


「アイツが魔術を使えないのはアンタも分かってるだろ?」

「もちろん。ですけど、彼女の声は少なからず国民の心に響いたはずです。人によって差はあれど、魔力と家柄が全ての価値観に一石を投じました。ラニアさんは自らの声と言葉で国民の考え方に影響を与えたんです。適切な言葉で人の感情を動かすのが、魔術の根本でしょう?」


レスターは口角を上げた。


「確かに、そういう意味じゃアイツは魔術を行使したのかもな」


魔力量と家柄が全てのこの国で、魔力のない無名な少女が選定戦で優勝するのは異例なことだ。厳密な魔術の定義はともかく、ラニアと彼女の演説は人の記憶に残るものだろう。


「ラニアさんは自分が思っている以上に強い方ですよ。自分じゃこの国を変えられない、なんて言っていましたが、現に彼女は国民の価値観に影響を与えた。―――しかし、それはあくまで一時的なものです」


今まで少しも笑みを崩さなかったエリーゼの顔に影ができる。

レスターは興味深げに目を見開いた。彼女の本性を垣間見た気がしたのだ。


「影響を与えたとはいえ、それも一時的なもの。このまま月日が流れれば、彼女の演説も風化してしまうでしょう」


やっと本題に入ったのだと、レスターは悟る。

人間は忘れる生き物だ。どれだけ感動的な話を聞き、熱烈な恋をしようと時間が経てば忘れていく。ラニアのことだって例外ではない。

このまま放置されれば、ラニアが変えかけたこの国も、何も無かったように元へ戻るだけだ。


「彼女の言葉を、投じた一石を、無駄にはしない。彼女の与えた影響を大きくし、維持するのが私の役目だと思っています。そのためにも―――」


エリーゼは引き出しから一枚の書類を取りだし、レスターの前に置く。


「レスター・アークフィリオさん、貴方の力をお借りしたい。貴方の頭脳と能力がこの国には必要です」


レスターは腰を上げ、書類を手に取る。


「なるほど……」


レスターの眉が少しだけ上がった。




レスターが、生徒会室を訪れた次の日。


「よう、久しぶりだな」


レスターは、評議員 パドロフ・バターフィンの部屋に入ると、部屋の主であるパドロフの返事を待たずに椅子へ腰かけた。


「あぁ、レスターか。話は聞いたぜ?」


レスターが訪れた事に差程驚きもせず、パドロフは口を歪め、性格の悪そうに笑う。


「エリーゼ・フォートエーゼの申し出を断ったらしいな。お前のせいで評議会はテンヤワンヤだ」

「何がテンヤワンヤだよ。俺が最英智者になったらお前ら全員首にしてたところだ。有難く思えよ」


レスターは偉そうに背もたれへ身を預ける。

事の発端は一日前。エリーゼに書類を渡された時点まで遡る。




エリーゼが渡してきた書類には、レスターを最英智者に推薦するという内容が、次期女帝の名前で書かれていた。


「つまり、俺にアンタの最英智者になれって?」

「その通りです。元よりレスターさんは、ラニアさんとそう言った契約をしていたと聞いています。その代わりという訳ではありませんが、私は貴方に最英智者を任せたいと思っています」


レスターはしばらく無言になった。

願っても無い機会だ。もし、この紙切れに同意すれば念願だった夢を叶えられる。

最英智者になれば、誰もがレスターのことを天才と認めるだろう。それだけじゃない。レスターの頭脳とエリーゼの力を使えば、この国だけじゃなく、世界全てだって支配できる。


だが―――

レスターは推薦状を破った。

驚愕からエリーゼが目を見開く。


「悪いな、フォートエーゼ。俺はもう最英智者の座に興味は無い」


レスターは立ち上がり、まるで挑発でもするように破った紙切れをエリーゼの机に叩きつけた。


「参考までに、理由を聞きましょうか……?」


エリーゼの眉間が小刻みに震えている。怒りを抑えているのは明確だ。


「俺は、最英智者の座が欲しい訳じゃない。“この国で一番賢いって称号”が欲しかったんだよ!」


レスターは興奮気味に語尾を捲したてる。


「俺は聲亡者を選定戦で優勝させた。そして今! アンタから推薦状も貰った。俺がこの国で一番ってのは明白だろ? だからもう、“最英智者”なんて国で一番の座じゃ満足できない。次に狙うなら世界一だ」


エリーゼへ人差し指を突きつけるレスター。


「覚悟しておけ、アテストの次期女帝。近いうちに俺は、全ての国を配下にしてやる。全人類に俺が天才だと認めさせてやるっ!」

「そうですか。……今のうちに国家反逆罪で逮捕すべきかもしれませんね」


エリーゼは鼻を鳴らし、顔を俯かせた。茶化すというより、どこか納得したような顔だった。


「では、いつか私に後悔させてみてください。あの時捕まえて置くべきだったと」




「という訳だ。俺はこの国に居られなくなった」


レスターが事態の説明を終えると、パドロフは呆れたように大口を開けた。


「お前、ほぉんと世渡りってものがヘタクソだな! そんな態度だから、俺が推薦しても最英智者の候補になれなかったんだよ」

「そうかもな。だが、もうそんな称号に興味ないんだよ」


レスターはローブの中から封筒を取りだし、パドロフの机に投げ捨てる。


「俺の戸籍やら身分証を詰めておいた。後はそっちで処理しといてくれ。国外追放でも、死んだことにしてくれても構わない」


ここに来た要件を済ませ、席を立つレスター。


「待てよ」


そんな彼をパドロフが止めた。


「お前、本気で国を出ていく気か?」


「国の最高権力に楯突いたんだ。平気な顔で生きていけるかよ」


きっとエリーゼは、レスターがこのまま国に留まったところで何も言わないだろう。だが、レスターのプライドがそれを許さない。


「出ていってどうする。戦争でもふっかけるのか? 言っちゃ悪いがこっちは大国だぞ?」

「誰が戦争なんて馬鹿みたいなことやるかよ。俺の天才性で、お前らの方から仲間にしてくれって頭を下げさせてやる」


それがどれだけ大層な事かはレスターも自覚している。しかし、彼の承認欲求がそうさせるのだ。

世話になったな、とレスターは言い残し、ドアノブに手を触れた。


「そう言えば、最後に聞いておきたいことがあった」


何かを思い出し、レスターはパドロフに振り返る。


「これはあくまで推理だ。何か証拠がある訳じゃない」

「何だ。言ってみろ」

「お前、ラニア・パラダムの父親だろ」


唐突に聞かれ、パドロフは目を見開いて驚いてみせる。少し遅れて彼の頬が緩んだ。

それを見れば、返事を聞かずとも答えはわかる。


「どうしてそう思うんだ?」

「お前がラニアを助けるメリットがそれしか思いつか無かったんだよ。逆に聞くが、何故俺をラニアに会わせた? 馬鹿にしてたのか?」


何故あの時、パドロフはラニアに会うよう言ったのか。ラニアを優勝させてなんのメリットがあるのか。そう考えた時、真っ先に思いついたのが血縁上の関係だった。資料によれば、ラニア・パラダムの父親は不明だ。


「娘にいい思いをして欲しいっていう親の愛情か、それともアイツが優勝したら父親だと名乗り出て、女帝の父親として安泰した生活を送るつもりだったか。その辺は知らないがな」


一通り推理を話し終え、レスターはパドロフの顔色を伺う。

パドロフは口元を歪めるだけで、何も口にはしなかった。彼が違う、と言えばそれで終わってしまう話だ。答えに意味は無いだろう。


「ま、俺はとんだタヌキだと思っているがな」


レスターは扉を開き、パドロフの部屋から出ていった。




パドロフの屋敷から出ると強い風が吹き、レスターは身体を強ばらせた。もうじき季節が、そして時代が変わるのだろう。

書類の処理は任せてきたので、この国にもう用は無い。住む場所のあては色々とあったが、どこへ行くかは即決できなかった。


レスターは最英智者になる、という目標を掲げて生きていた。その目標を追い越し、さらに巨大な野望を抱いた彼の心情は、何もない空間に放り投げられたようなものだった。ゴールすら見えない果てしない道のりだ。どうやって進むべきかも分からない。

そんな彼の元へ、疾駆してくる影。


「あ、あの!」


背後から声をかけられた。

聞き覚えのある声だと思えば、ラニア・パラダムである。走ってきたようで、ラニアは肩で息をしながらレスターへ視線を向けている。


「よう、どうした?」

「ど、どうした? じゃありませんよ!」


ラニアは息を吐ききって無理やり呼吸を整える。


「どうして、選定戦の後来てくれなかったの?!」


レスターとラニアがこうして顔を合わせるのは選定戦開始前の控え室以来だ。

ラニアが優勝した後、レスターは彼女のもとへ訪れていない。


「どうしてってお前、契約破っただろうが。お前が優勝して俺を最英智者にする。それを、エリーゼに譲っちまいやがって」


レスターは怒鳴るわけでもなく、淡々と事実を述べるが、それだけでラニアは肩身が狭そうだった。


「お祝いムードの中、俺が行っても気まずくなるだけだろ」

「それは……その、本当に申し訳なく思っています。で、でも、エリーゼさんから聞きました! 最英智者の申し出を断ったって」


昨日の今日でもう耳に入ったらしい。きっと、ここへもエリーゼから聞いてきたのだろう。


「まぁ、断ったな」

「どうしてです? あんなに成りたがってたのに」

「お前を選定戦で優勝させたし、エリーゼからも推薦された。実質的になったのと同じだからな。興味が失せたんだよ」


レスターはもっと根本的な所を言おうかと悩んだ。だが、彼女にこそ言わなければと口を開く。


「実を言うとな。少なからずお前の影響を受けたんだ」

「え?」

「お前を見て考えたんだよ、俺も“最英智者”になって何をしたいのか」


レスターは肩を竦め、両手を開く。


「そしたら何も思いつかなかった。結局俺は“一番賢い”って称号に憧れていたんだ。だから、もういい。お前を優勝させた時点で、俺が一番ってのは明白だからな」


適切な言葉で人の感情を動かすのが、魔術の根本。そういう意味では、レスターが一番ラニアの魔術にかかったのかもしれない。


「だから最英智者の件は気にするな。―――じゃあな、ラニア・パラダム。達者でやれよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


まだ何かあるのかと、レスターは苛立って振り返る。すると、ラニアが背負っていた鞄をレスターの前に出した。


「国を出るんでしょ? なら、私も連れて行って!」

「あぁ?」


衣類や持ち物が一式詰め込まれ、はちきれんばかりに膨らんだ鞄。きっと、レスターが立つのを聞いて、急いで詰め込んできたのだろう。


「私もっと強くなりたいんです。あの学園にいても成長できない。なら、貴方から学びたい。そう思ったの!」


確かに、魔力の無い彼女が魔術学園に通ったところで、せいぜい身につくのは魔術の基礎知識位だろう。


「本気で言ってるのか?」


レスターは疑うように尋ねる。


「はい! ほ、本気です」


レスターの威圧に気圧されながらも、ラニアは大きな声で答えた。


「そうか。なら……」


レスターがラニアに歩み寄る。すると、一切の手加減をせず、彼女の脳天に拳を振り下ろした。


「っっ!! な、な、何するのよ!」


目尻に涙を貯めて、ラニアが喚く。


「契約違反の罰だ。今後は二度とするなよ」

「最英智者の件はもういいって言ってたじゃない!―――って、ついて行ってもいいの??」


二度とするな、ということは二度目以降があるということだ。そう解釈したラニアは声を弾ませる。


「……好きにしろ。召使程度には使ってやる」


ラニアは小さくガッツポーズをし、鞄を背負い直す。

国境へと向かうレスターの横をラニアが走ってきた。


「これからどうするんですか?」

「考え中だ」


女帝と最英智者になりそこなった二人。

彼らがこれから何を為すのかは、まだ誰も知らない。


これにて完結になります。

どこかしらの賞へ投稿する前に連載してみました。気に入っていただければ幸いです。


またそのうち、書き溜めてあるやつを投稿するかもしれません。

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