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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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2

西校舎の裏側。人目のないその場所で、少女は校舎を背に蹲っていた。


晴れ晴れとした空のように青い長髪の髪と、少し釣り気味な赤い瞳。キメの細かい美しい白い肌をしていたが、至る所に包帯が巻かれている。

それを取り囲む三人のクラスメイト。蹲る少女を心配しているのではない。むしろ、今まさに蹲る要因を作り出していた。


「ほんとっ、なんで貴方が選ばれたのかしら、ねっ!」


リーダー格である赤髪でツインテールの少女―――ロアンヌ・ベッドレイクが、ブーツの硬いつま先を少女の脇腹にめり込ませる。


「……ぐっ」


包帯の少女は疼痛を噛み締める。

抵抗はしない。ただ目を細め、獣の如く睨むだけだ。


―――負け犬だ。


「何とか言ってみたらぁ? 蹴られることしかできないのかしら」


ロアンヌが嘲るも、包帯の少女は何も答えない。声を出せば相手が喜ぶ事を知っていたし、何を言っても抵抗にはならないと分かっていたからだ。


―――負け犬だ。


しかし、口には出さないものの、少女は強くそう思っていた。


―――私は負け犬だ。私に手を上げるコイツらも等しく負け犬だ。私に当たらないと生きていけない犬だ。


そう思い込むことしか、この苦痛に耐える手段を知らない。発散する場のない怨嗟を募らせることだけが唯一の抵抗だと、彼女は幼い頃から自らに信じ込ませていた。


包帯の少女が何も言わないのに苛立ったのだろう、ロアンヌは少女の髪を乱雑に掴み、引き抜くようにして少女を持ち上げた。


「貴方、この紋章が何か分かる?」


ロアンヌは右手の甲を、少女の顔に近づける。その手には、逆三角形の魔法陣が刻まれていた。


「《ベッドレイクの電撃魔術》。私のようなベッドレイク家の人間にしか扱えない魔術の紋章よ。女帝候補者には、私のような選ばれた人間が相応しいの」


ロアンヌの指の間を、小さな稲妻が幾本も行き渡る。バチバチと空気を焦がす音が、包帯の少女の眼前で響いた。


「どう? 一回撃たれてみたら辞退する気になるんじゃないかしら?」


ロアンヌは親指と人差し指を立て手を拳銃のような形にすると、銃口にあたる指先を少女の眉間に当てた。


「大丈夫、死にはしないわ。叫ばずにはいられないでしょうけどね。―――“Gratia Bedlake(ベッドレイクに幸あれ)”」


ロアンヌが魔術を行使しようと、祝詞を呟く。

少女はどんな激痛にも耐えようと、いっそう強く歯を噛み締めた。


「―――その辺にしとけよ」


その時、男の声がロアンヌを阻む。

声の方を見れば、ローブのポケットに手を入れて佇む男。顔立ちは学生のように見えるが、目の下にある濃いクマと纏っている服装のボロさがその仮定を否定した。


「……何かしら?」


ロアンヌは少女の髪から手を離し、男に向き直る。ただ友人と戯れていたとでも言いたげな、毅然とした態度だ。


「校舎裏に来てみれば、《電撃魔術》で脅してる真っ最中とか最悪だな……。お前らの事情は知らんが、ガキの喧嘩に魔術を使うのはやりすぎだろ」

「ガキですって……?」


ガキ呼ばわりされたのが余程プライドを傷つけたのか、ロアンヌは包帯の少女にしたのと同じように、右手の紋章を男に見せ付けた。


「私を誰だと思っているのかしら? この紋章を持つのを許された人間、ベッ―――」

「見りゃあ分かる。ベッドレイクんところのガキだろ?」


ロアンヌの両目が見開く。まさか、自分の名前を当てられるとは思っていなかっただのろう。

男はさも当然のことを言ったかのように後頭部を掻く。


「その紋章、《ベッドレイクの電撃魔術》だろ? その位見れば分かる。ベッドレイクは初代の創った魔術にいつまでも頼りっきりな没落魔術一家として有名だからな」


この男は紋章を見ただけで、それが何の魔術のものか分かるというのか。

理論上は可能だ。紋章による詠唱省略は魔術史全体からすれば比較的最近、約三百年前に確立された技術だ。これまでに創られた紋章もせいぜい数万個だろう。それら全てを記憶していれば、それが何の魔術を表しているか言い当てられる。―――しかし、そんな馬鹿げた事をやる人間がいるだろうか。


包帯の少女が、男の離れ業に舌を巻いている間も、ロアンヌは没落魔術一家と呼ばれた屈辱に拳を震わせていた。


「いいでしょう! そこまで言うなら一度撃たれてみますか?」


ロアンヌの人差し指が男に向く。

男はそれでも怯まず、欠伸すらして見せた。それがロアンヌの最後の理性ストッパーを壊した。


「“電撃魔術ベッドレイク”―――!」


祝詞も無く、ロアンヌは《電撃魔術》を行使する。

彼女の人差し指から生み出された電撃が、手入れ不足な髪のように、いくつも小さは枝を派生させながら男に迫る。

しかし、電撃が男に当たろうという直前、稲妻は男の顔を逸れ、校舎の壁にめり込んだ。


「なっ……」


ロアンヌが言葉を失う。

普通なら有り得ない軌道に、ロアンヌの取り巻きである二人も唖然としていた。


「最近は干渉法則も教えないのか? 魔術言語と詠唱文が分かれば、魔術は妨害できるんだよ。紋章なんて堂々と見せるもんじゃないぜ? 認識妨害魔術でもパパにかけてもらうんだな」


少女はまるで手品でも見せられている気分だった。当然、干渉法則は習っている。しかし、実践で行えるようなものではない。普通なら、相手が何の魔術を行使するかわからないからだ。仮に、ロアンヌが《電撃魔術》を撃つと分かっていても、詠唱文までは不明のはずだ。この短期間で詠唱文も予測したというのだろうか?

底が知れない。包帯の少女は男に恐怖すら抱いていた。自分の溜まった怨嗟が悪魔でも呼び出してしまったのかと錯覚してしまう。


「当たらなかったとは言え、一撃は一撃だ。俺の魔術を受ける覚悟はできてるよな?」


男は自分がされたように、ロアンヌへ親指を立てて人差し指を向ける。男のその行為が何を意味しているのか、ロアンヌが一番わかっているだろう。

ロアンヌはバツの悪そうに舌打ちをすると、後ずさる。


「覚えていなさい、貴方! この屈辱いつか返します!」


取り巻き二人を押し倒し、ロアンヌは校舎裏から逃げ去ろうとする。


「そして、ラニア・パラダムっ!この続きは選定戦でしましょう……!」


包帯の少女にそんな捨て台詞を吐いて、ロアンヌとその取り巻きは走り去っていった。


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