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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
19/28

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選定戦の会場となっている、ヴァイオルド闘技場。そこから少し離れた所にある古びた民家にプリッツはいた。手足は縛られ、口にも布が当てられているので、魔術の詠唱もできない。床から伝わる冷気が彼女の心身を冷やしていく。


「フォートエーゼちゃん、動揺してるねぇ。ここのガキ共の事聞かされたか?」

「フォートエーゼに賭けた連中今頃泡吹いてるだろうな」


モニターに映された選定戦の映像を見る、黒装束の二人。仮面は付けていないが、格好からして先日ラニアを襲ったのと同じ連中だ。

選定戦の内容は映像しか流れないので、候補者達が何を言ったかまでは、外の人間に分からない。しかし、エリーゼとラニアの動揺を見るに、プリッツと子供達が人質に取られていると聞かされたのだろう。


プリッツは隣に目を向ける。

肩を寄せ合っている三人の子供達。エリーゼの孤児院で見た子供達だ。皆酷く怯えた様子で震えている。

プリッツもこれからどうなるのかと、不安で仕方が無かった。しかし、プリッツが怯えれば子供達は余計に怖がるだろう。

プリッツは恐怖を内に留め、毅然とした態度で黒装束の二人を睨んでいた。

ふと、黒装束の一人と目が合う。


「なぁ、このガキ共結局どうするんだ?」

「無事に選定戦が終われば、記憶処理をして道に捨てておくよう言われている」

「ほー、なら今何してもバレないよなぁ?」


黒装束の男がプリッツに歩み寄ってくる。

プリッツは自身の鼓動を聞きながら足を曲げ、身体を強ばらせる。


「こいつの連れに風穴空けられたからなぁ。そのお返しをさせて貰おうじゃねえの」

「程々にしとけよ。《治療魔術》で治せる範囲にな」

「分かってるよ。おら、立て!」


男がプリッツのフードを掴む。

プリッツは他の子達には手を出さないよう懇願したかったが、口を塞がれていてはそれもできない。


「たっぷり痛めつけてやるから覚悟するんだなぁ!」


男が汚く笑いながら、プリッツのフードを引っ張って別の部屋に連れていこうとする。

その時、扉がノックされた。


室内の空気が凍る。まさか無関係な一般人が訪ねてきたのだろうか。いや、そんなはずはない。

黒装束の二人が目線だけで疎通を取り、座っていた一人が足音を立てずに扉へ歩み寄る。手にはナイフを持ち、誰が来ても“対応”できるようにしていた。

男がドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。


「―――よう」


扉の隙間を男が覗き込んだ途端、瞬いた光線に吹き飛ばされた。

扉が蹴り破られる。そこには、左手に短銃を構え、右手はローブのポケットに入れたレスターが、悠然と立っていた。


「テメェ!」


プリッツのフードを掴んでいたもう一人の男が怒鳴る。迅速な動きでレスターとの距離を詰め、左手の短銃を蹴り上げた。

―――マズい!

あの距離では、詠唱する時間は無い。ナイフの方が圧倒的に有利な間合いだ。


「まさかテメェが来るとはなっ! この前の御礼!たっぷりと―――」


口早に声を出す男。しかし、再び光線が飛び出し、その男も床に倒れた。

レスターのポケットには穴が空き、そこから煙が出ている。そのポケットからもう一丁の短銃を取り出された。


「悪いな、二丁持ちだ」


レスターは床に倒れた男を足で小突き、動かないのを確認すると、プリッツの方を向いた。


「二人だけか?」


プリッツが頷くと、レスターは短銃をしまった。


「遅くなって悪かったな」


レスターがプリッツの拘束を解く。


「あ、あの……、あの人達死んじゃったんですか?」

「最初に心配するのがそれかよ……。気絶してるだけだ、死んじゃいない」


それを聞いて、プリッツは胸を撫で下ろした。どんな人間でも、命を落とすのは悲しいことだ。


「でも、どうしてここが?」

「ほれ、ここ見てみろ」


レスターは取り出した短銃の、引き金部分を指した。


プリッツが顔を近付けると、米粒のように小さな紋章が書かれている。


「《発信魔術》の詠唱文だ。これと同じ物がお前らに渡したやつにも刻んである」

「じゃあ、それを追って?!」

「そういう事だ。お前がちゃんと持っていたおかげだな」


《発信魔術》はさほど難しいものでは無い。しかし、顔を寄せなければ分からない程小さな紋章で行使するのは並大抵の事じゃない。それでもレスターは誇る様子を見せない。彼からすれば、それ程のことでも無いのだろうか。


「んで……、こっちのガキンチョらは?」


レスターが部屋の隅で震えている子供達を顎で指す。


「エリーゼさんの孤児院の子達です!」

「フォートエーゼのか。……なるほどな、全貌が見えてきたぜ」


プリッツは手足が自由になり、孤児院の子達へ駆け寄る。

もう大丈夫だよ、とプリッツが子供達へ声をかける中、レスターは黒装束の一人から仮面を奪っていた。


「ほー、《妨害魔術》に《屈折魔術》まで施しているのか。なかなか高級なもん使ってるな」

「レスターさん! 全員のロープ解きました!」

「おう、ご苦労」


レスターは仮面を自身のローブの中にしまい、立ち上がる。


「これからどうするんですか?」

「どうするって当然―――」


意地の悪そうな笑顔。レスターはいつもの如く、その顔を浮かべプリッツに振り向いた。


「仕返しだろ」




西校舎一階の食堂は、いつもと様子が違った。

食堂いっぱいにあった机と椅子は全て縁へ追いやられており、敷き詰められたカーペットは剥がされて、茶色のタイルが広がっていた。

その中心で膝を着き、巨大な魔法陣を描いているイルミナ。


「はんふふん、はん♪ ははんふん、ふん♪」


イルミナは魔力を集中させた指を床に這わせ、赤色の線を繋げていく。鼻歌交じりに行っているが、本来ならば熟練の魔術師が十人がかりで取り掛かるような、超がつく高等魔術だ。

ふと、何者かの気配を感じ、イルミナは顔を上げる。


「なァんだ。ロアンヌか」


食堂の中へ入ってくるロアンヌ・ベッドレイク。しかし、イルミナは気にせず魔法陣を描き続けていた。


「相変わらず呑気ね」


「だぁって、イルミナ絶対負けないもん」


《防壁魔術》により、唯一の弱点だった生身をカバーしたイルミナは、負ける気がしなかった。優勝最有力と言われるエリーゼも、今描いている魔法陣で上級悪魔を召喚すれば十分に勝機はある。

お互い名家の生まれということもあり、幼い頃から顔見知りだ。しかし、学園での交友関係があった訳ではない。むしろ、イルミナは自分より圧倒的に魔力量が少ないロアンヌを馬鹿にして見ていた。


「その腕、気持ちわるいねぇ〜」


刻術により黒く染まったロアンヌの腕を、イルミナは嘲笑う。


「貴方も同じでしょう? ただ、見えないようにしているだけで」


嘲りでロアンヌが返す。イルミナの身体にはロアンヌと比べものにならない量の詠唱文が刻まれている。魔術により見えないようになっているが、それを解除すれば、彼女の素肌は隙間も見えなくなるだろう。

イルミナは露骨に顔をしかめ、ロアンヌを睨んだ。


「違うっ! 私のはパパとママからの愛情だよ! お前とは違う!」

「何が違うの? むしろ、産まれる前から“いじられている”貴方の方が、余程気持ちが悪いんじゃないかしら?」


イルミナが両拳でタイルを叩きつける。彼女を取り囲む魔法陣が紫色の光を放ちだした。

イルミナにとってこれ以上の侮辱は無い。彼女からしてみれば、両親が自分にしてくれた事一つ一つが愛の結晶であり、世間の価値観からして歪んだものであろうと、その絶対的な愛の量は誰にも負けないと思っていた。イルミナと両親を侮辱したのだ。このまま生かしてはおけない。


「―――《召喚魔術デルヘロ》!」


イルミナは自らが従える、最上級の悪魔の名を呼ぶ。舌に刻まれた紋章が光り、魔法陣の描かれた床が、何かに押されるように盛り上がっていく。

響く爆発音と飛び散る床の断片。


そこには、巨大な上半身があった。

赤色の体毛が映え揃った紫色の肌。樹齢何百年の幹のように太い両腕と、触れたもの全てを裂く鋭い爪。頭部に付いたドラゴンのそれには、三本の角がうねりを見せていた。

その姿こそ、イルミナと契約した最上級の存在。ドラゴンの悪魔と呼ばれるデルヘロだ。


上半身だけの不完全な《召喚魔術》であったが、その威圧と熱気だけで生身の人間なら気を失ってしまうだろう。

デルヘロの肩に乗ったイルミナがロアンヌを見下ろす。


「許さない! イルミナとパパ達を侮辱したこと、後悔させてあげる!」


魔の化身を前にしても、ロアンヌは顔色一つ変えなかった。


「―――《異言魔術イオラルド》」


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