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「なんで……助けて……?」
当然の疑問だ。これは選定戦。全員が敵で、味方はいない。エリーゼがラニアを助けるメリットなんて一つもないはずだ。
「気まぐれですよ。まだ貴方の“答え”を聞いていませんから」
エリーゼは背中を向けたまま答える。《ヘストスの創剣魔術》により創り出した剣をロアンヌに向け、闘技場の時と同じ、敵に向けた冷たい声を出す。
「御機嫌よう、ロアンヌ・ベッドレイク。闘技場以来でしょうか」
「エリーゼ・フォートエーゼ……!」
ロアンヌは切り落とされた触手を押さえながら、エリーゼを睨む。
「随分醜い姿になりましたね。私の剣と同じく、魔術を無効化できる能力もあるようで。いったい何処の邪神と契約したのですか?」
ロアンヌは答えない。その間も新しい触手が、破裂音を立てながら再生されていく。
「答えないならいいでしょう。―――終わらせるだけです」
エリーゼが踏み込むと同時、ロアンヌの触手が彼女に襲いかかる。
エリーゼはヘストスの剣で触手をバターのように切り裂いていき、あっという間にロアンヌとの距離を詰めた。
「チッ……」
ロアンヌが舌打ちをし、唐突に蹴りを繰り出す。が、《バドラットの神眼》の前にはそれも無意味だ。
エリーゼは予め蹴られる事が分かっていたようにその蹴りを避け、ロアンヌの喉元に矛先を突きつける。
「何か、言い残すことは?」
絶体絶命。ロアンヌからすれば、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。だが、それでも彼女は余裕を見せる。
「貴方ノ家族、元気カシラね?」
ロアンヌの口から出た意味不明な発言。
しかし、エリーゼは一向にトドメを刺そうとしない。むしろ、剣の頂点をロアンヌから少し遠ざけた。
「何が言いたいのですか……!」
「孤児院の子供達、何人かいないンじゃナイカしら?」
「何故……それをっ!」
柄にも無く取り乱すエリーゼ。
「いいの? 私ヲ倒して。あの子達の無事ハ保証できないケレド」
ロアンヌは再生した触手を払い、エリーゼが飛び退く。
ラニアはそこで理解した。プリッツ同様、エリーゼの孤児院の家族も行方が分からないということを。それにベッドレイク家が絡んでいることを。
「そこまで堕ちましたか……!」
エリーゼの罵倒にも、ロアンヌは答えようとしない。ただ、不愉快そうに眉を顰めるばかりだ。
その時、ラニアは自然魔力の乱れを察知した。
エリーゼとロアンヌは魔術を行使していない。
ラニアの横顔に突風が吹く。今までそこに無かった物が突如出現した故に、空気が押しやられたのだ。
次の瞬間、宙に舞うエリーゼの右腕。
《空殺魔術》によって現れた、ティランダ・ラドールがロアンヌの傍らに膝を着いていた。口元を布で隠し、隠密に向いていそうな黒装束。手には血のついたダガーナイフを握っている。彼女がエリーゼの右腕を切り落としたのは明白だった。
「ご苦労サマ」
「隙があったから攻撃したまでのこと……」
ティランダは血払いをして立ち上がる。
「エリーゼさん!」
「来てはいけませんっ!」
やっと状況を把握したラニアが、エリーゼに駆け寄ろうとするも、声で抑えられた。
エリーゼは輪切りにされた傷口を握り締めながら、ロアンヌを睨み続ける。
「なるほど……お二人は協力関係ですか」
「利害ガ一致しタだけよ」
エリーゼとはいえ、手負いの状態で二人を相手にするのは厳しい。更に、彼女の家族とプリッツがベッドレイク家の手中にある以上、迂闊に手は出せない。
ラニアは歯痒い思いをしながら、剣を握るしかなかった。
レーズン・パロットはとても賢い少女だ。
優秀な生徒の集まるガンバース魔術学園において座学では首席を取っている。
思慮深く聡明で、魔術学会が定期的に発刊している雑誌に、何度か論文が掲載された程だ。
しかし、意外にも実践においては大胆な面を見せる。
強力で高難易度な魔術を行使すれば勝てる、という戦略もへったくれも無いシンプルな考え方を持っており、敵を前にしてもチンタラと長文の詠唱を始めるので、先手を取られて大抵負ける。
お陰で実技の成績は同級生と比べて悪く、彼女が座学“では”首席を取る所以となっていた。成績表にも、『普段の賢い貴方は何処へ行ったのですか。もっと考えて行動しましょう』と苦言を呈されているが、それでもレーズンは自らの過ちを正そうとしなかった。
レーズンは南校舎の屋上で身を潜めながら、特異魔術の詠唱をしていた。
彼女が選定戦に向けて用意した戦術は非常にシンプルだ。
『防ぎようのない強力な魔術で、全員倒す』
もはや戦術と呼ぶのもはばかられるような代物だったが、残念なことにレーズンにはそんな魔術を創り出せてしまう知能があった。
三つの魔術言語を織り込み、威力は全魔術でもトップクラス。練りに練り上げた高純度の魔力を撃ち出す、その名も《パロットの崩丸魔術》だ。魔力量の多くないレーズンでも使いやすいよう工夫された、彼女にしか知らない、彼女だけの魔術。……唯一欠点があるとすれば、詠唱に一時間以上かかることだろうか。
それでも詠唱が完全に完了すれば、あのエリーゼさえも吹き飛ばす威力がある。……レーズンの理論ではそういうことになっている。
―――ちょっと、嘘でしょ……?
レーズンは詠唱を続けながら思う。
彼女の視線の先には北校舎の一階。
ラニア、ロアンヌ、ティランダ、そしてエリーゼ。候補者四人が一箇所に集まっている。まさかこんな機会が巡って来るとは予想もしていなかった。
レーズンの脳裏に選択肢が浮かぶ。このまま詠唱を続けて、詠唱を完了させるか。それとも、不完全な詠唱でも今撃ってしまうか。
一時間の詠唱は流石に危険だと、《崩丸魔術》はいつでも中断できる仕組みにしてある。しかし、威力はそれまでの詠唱分だ。現在詠唱開始から二十分。全体の三分の一が完了している。問題は半分にも満たない詠唱であの四人を倒せるかだ。
もし倒せれば、残るはイルミナのみ。優勝に大きく近づく。しかし、もし一人も倒せなければ、レーズンのいる位置がばれ、狙われるだろう。
揺れ動くレーズンの心情。ハイリスクハイリターンな賭けだ。
それでも、レーズンは立ち上がった。
全員倒れなくてもよい。見たところ二対二で均衡しているようだ。レーズンの魔術によりその均衡が崩せれば、なし崩し的に誰かが退場するだろう。人数が減れば見つかる可能性も下がり、再度詠唱する時間もできる。
「―――混濁の祖、破断し合い、砲弾を形成せよ」
詠唱文の何処からでも繋げられる最後の三句を言い、詠唱を無理やり完成させる。
「絶ち穿てッ!! ―――《崩丸魔術》」
レーズンの指から高純度の魔力が球体となって放たれる。
その熱量と衝撃に、小柄なレーズンは後方に吹き飛ばされてしまった。




