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剣舞使いの聲亡者  作者: チスペレ
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「ねー、どこにいるのー?」


緊張感も無く、喚きながら廊下を闊歩するイルミナ。

ラニアは教室から息を潜めて、彼女を盗み見ていた。

昨日の作戦会議でいったように、ラニアの基本戦法は逃走である。しかし、イルミナには時間を与えたくない。彼女が最上級の悪魔を召喚すれば勝ち目が無くなる。


ならば、今ここで倒すべきではないだろうか。 他の候補者に頼らず、自らが仕掛けるべきではないだろうか。ラニアの脳内ではそんな思考が展開されていた。

既に剣舞による詠唱は済ませてある。後はイルミナに《レッドポンドの業焔魔術》を放つだけだ。

柄を握る力がより強くなる。


イルミナが一体も悪魔を従えていない今がチャンスだ。一気に距離を詰めて切り伏せる。

イルミナが、ラニアのいる教室を通過した瞬間。―――ラニアは教室から飛び出し、イルミナに切り掛る。


「はあああ!」


気迫に満ちた声を出すラニア。

背後は取った。イルミナにはまだ気付かれていない。

しかし、イルミナの肩に刃が触れる直前、突如顕現した巨大な腕に軌跡を阻まれた。


「あっ、そんな所に隠れてたんだぁ〜」


イルミナが一拍遅れて振り返る。

空間から現れた紫色の巨大な腕。まるで丸太のようなそれは、赤色の体毛が生え、人の頭程ある爪が指の先に揃っている。

ラニアがどれだけ力を加えても、腕はビクともしなかった。


「驚いたぁ? 私って、直接攻撃にはメッポー弱いんだよねー。―――《召喚魔術デルヘロ》」


イルミナの舌に刻まれた紋章が紫に輝く。

次の瞬間、彼女の傍らの空間が澱んだかと思うと、もう一本の腕が突き出し、ラニアに迫る。


「……くっ!」


反射的に剣で受けた。が、拳の威力は凄まじく、ラニアは吹き飛ばされる。水を斬る小石のように、廊下へ身体を何度も打ち付け、辛うじて止まる。

剣で防げていなければ、致命打になっていただろう。


「だからね、予め《防壁魔術》の詠唱文を身体に刻んでもらったの。“表面”にはもうスペースが無かったから、“内側”に」

舌を出して笑うイルミナ。


ラニアは剣を杖のように使って立ち上がった。

無意識下の攻撃も防ぐとは、かなり高度な《防壁魔術》だろう。魔術を放った所で結果は同じだ。

イルミナの側近に出現した二本の腕が、澱んだ空間に戻っていく。無防備になったように見えるが、結局はいつでも出せる飛び道具がまた装填されたということだ。


「ねぇ、アレ見してよ」


イルミナは舌を出したまま、首を横に捻る。


「魔術、使えるんでしょ?」


闘技場であれだけの観客を前に披露したのだ、当然イルミナも知っているだろう。

ラニアは一瞬の思案の末、剣を構えた。


「いいわ! 見せてあげる!」


ラニアは剣を薙ぎ、闘技場の時と同じように剣先をイルミナに向ける。


「《業焔魔術レッドポンド》ッ!」


紅に光る剣身。切先に形成される炎球。しかし、炎球を放つ直前、ラニアは剣先を大きく下に逸らした。

廊下を煙が満たす。ラニアは、炎球により空いた穴に飛び込んだ。





「けほっ……、けほっ……! もうっ! 何なのよ!」


煙を腕で払いながらイルミナは目を凝らす。

聲亡者が追撃してくる気配は無い。煙が晴れた時、もうそこに聲亡者の姿は無かった。

廊下には大穴が空いている。攻撃すると見せ掛け、《業焔魔術》を廊下に当てたのだろう。


「逃げ足はや……」


イルミナが歯ぎしりをする。


「なんか、一人一人殺すのめんどくさくなったなぁー」


イルミナは廊下の穴から一階を覗き込む。西校舎なので、一階には食堂があるはずだ。

イルミナの口の端が上がる。


「デルヘロちゃん呼んで、ちゃっちゃと終わらせてもらお〜」




「はぁ……はぁ……」


北校舎一階の廊下。

ラニアは剣を抱えながら蹲っていた。荒くなった呼吸を無理やり抑える。

どうやら、イルミナは追って来ないらしい。


まさか、《防壁魔術》を刻んでくるとは思いもしなかった。身体の表面と体内魔力にも限度がある。刻術で身体に刻める魔術は一つか、多くても二つだ。

イルミナは《召喚魔術》で紋章を刻む隙間すら無かったはずだが、どうやら身体の“内側”に詠唱文を刻むという裏技を使ったらしい。


「イカれてる……どんな家よ」


それ程この選定戦に懸けているということだろう。何にしても、イルミナ唯一の弱点が無くなってしまった。

その時、グラウンドの中央で花火のような光が瞬く。ラニアは腰を上げ、曇った窓を擦って外を見た。


『ペルド・ドラグド 退場リタイア

場所:北校舎三階

討伐者:エリーゼ・フォートエーゼ』


《パーダスの立体魔術》により、グラウンドの上空にそのような文が現れた。

候補者が戦闘不能になった場合、今のように退場した候補者、場所、倒した候補者が表示される。

どうやら、エリーゼが最初の一人を退場させたらしい。

それより―――


「北校舎三階って……この上じゃない」


ラニアがいるのは北校舎一階。つまり、いるのだ。この二階上に、“優勝候補”が。

そして、今の退場メッセージを見たのはラニアだけでは無い、エリーゼを倒そうと他の候補者も集まって来るだろう。

北校舎から出ようとするラニア。が、目の前の窓ガラスが飛び散り、何者かが行く手を阻んだ。


「久しぶりね、ラニア・パラダム……!」


紅色のツインテール。それと同色のドレス。

それさえ見れば、彼女が誰かなんて明白だった。


「ロアンヌ……ッ!」


闘技場の一件以来、初めて対峙する二人。

しかし、ロアンヌの様子はその時と何処か違う。誰かと戦った後なのか息は荒く、まるで犬のように口を開いている。右手で頬を乱雑に掻く様は、明らかに挙動不審だ。


「貴方にずっと会いたかったわ。この手デ貴方を捻り潰すの」


どこかノイズが混じったような、奇妙な声でロアンヌは言う。まるで彼女の外見にそっくりな人形を見ているようだった。

しかし、ラニアのやる事は決まっている。ロアンヌとの交戦は何百と想定し、練習を積んできた。抜かりはない。


ラニアは、闘技場の時と同様に《業焔魔術》の剣舞を開始する。

当然ロアンヌは、《電撃魔術》で妨害してくるだろう。そうなれば“干渉法則”で更にそれを妨害するつもりだ。

が、ロアンヌは何もしない。彼女はラニアを睨むばかりで、腕すら向けてこない。


ギリギリまで惹きつけるつもりか、とラニアは見越す。だが、ついには剣舞も完了してしまった。

順調すぎる故の恐怖がラニアを襲う。何か根本的に間違っているのではないかと不安に駆られる。しかしだからといって撃たない手は無い。


「―――《業焔魔術レッドポンド》ッ!!」


剣身が紅に染まり、繰り出された炎球。

しかし、ロアンヌはあろう事か、それを右腕一本で薙ぎ払ったのだ。


「なっ……!」


絶句。

まさか廊下に穴を空ける威力のある魔術を片手で消し去るとは、ラニアも想定外だった。

ロアンヌの口から秒針が動くような笑い声が漏れる。

そして、奇妙な笑い声が止まった時、ロアンヌは高らかに言い放った。


「―――《異言魔術イオラルド》」


ロアンヌの右腕が蠢いた。

中に収めていた“何か”が外に出ようとするように、原形が乱れていく。

骨が砕け、筋肉の捻れる音がする。しかし、ロアンヌは顔色一つ変えない。殺意のこもった視線でラニアをねめつけていた。


変貌が終わった時、人間の腕はもうそこに無かった。代わりにあったのは、海獣クラーケンのような幾本もの触手。紫色の皮膚の至る所に付いた目が、ギョロギョロと機敏に動いていた。

見ているだけで吐き気と嫌悪感を抱くその形貌に、ラニアは後ずさる。

人体を変化させる魔術は無数にある。しかし、彼女が使った魔術はそんな類のものでは無い。明らかに神との契約魔術、それも邪神と呼ばれる存在とのだ。


「……潰レテ」


ロアンヌが呟いた途端、触手が爆ぜるように動き、ラニアへ迫った。

ラニアは刃を立て抗おうとするが、激流の如く押し寄せる触手に全身を呑まれてしまった。


「うぐっ……!」


壁に押し付けられ、ラニアは身動きが取れない。

ロアンヌは白い歯を覗かせ、笑みを浮かべる。しかし、未だ息は荒くどこか辛そうでもあった。


「ヤッと、貴方と決着デキるッ……!」


より一層濁った声でロアンヌが叫んだ。

ラニアは顎を上げ、どうにか触手から抜け出そうとする。しかし、呼吸が困難な程圧迫が強く、剣を握る力も段々と抜けていく。

このままでは圧死か窒息で退場リタイアになる。そう分かっていても為す術は無かった。剣が振れなければ魔術は使えない。その事実を痛感させられる。

意識が遠のき、剣がラニアの手から零れ落ちた時だった。

突如響く、切断音。触手の圧が弱まり、ラニアは廊下に膝を付いた。


「えほ……! げほ!」


咳き込みながら、肺に空気を入れる。

床には、先程までラニアを推し潰そうとしていた触手の先端。顔を上げれば、目の前には見覚えのある背中があった。


「……立てますか?」

「エリーゼ……さん?」


左手に剣を顕現させ、菱形に大きく開いた瞳孔。制服を纏い、戦闘態勢となったエリーゼが、ラニアとロアンヌの間に立っていたのだ。


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